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2008年 07月 22日

政府の莫大な補助金が支える欧米農業の実態と、その買い手に成り下がっている日本の無能政策

国民の負担なくして自給率は上がらない
政府の莫大な補助金が支える欧米農業の実態とは
食料危機は最大の好機――今こそ作れ、儲かる農業
2008年7月22日 火曜日  篠原 匡

 世界を襲った食料価格の高騰。日本でも食料自給に関する関心がにわかに高まっている。確かに、1960年に79%だった日本の食料自給率(カロリーベース)は食生活の変化や農業政策の失敗もあり、低下の一途をたどる。生産国の輸出規制や穀物価格の高騰を前に、危機感を募らせるのは当然と言えば当然だろう。

 だが、耕地面積が狭く、気候的に大豆や小麦の栽培に向かない日本で自給率を上げるにはそれ相応のカネがかかる。

 現実に、自給率を向上させている欧米各国は農業に対して相当の補助金を投入している。食料自給率100%オーバーの米国やフランス、オーストラリアはもとより、ドイツや英国で70%を超える自給率を達成しているのは国を挙げての保護の結果。国民も食料自給について、それなりの覚悟と負担をしている。国民負担の議論なくして自給率を論じてもあまり意味がない。

 今回、世界を襲った食料価格の高騰。日本でも食料自給は大きな関心を集めている。欧米各国がどのように農業を成り立たせているのか。工業と農業のバランスをどのように取るべきか。世界の農業政策に詳しい東京大学大学院の鈴木宣弘教授に聞いた。(聞き手は日経ビジネス オンライン記者 篠原匡)

――先日、閉幕した洞爺湖サミットでは、各国の首脳が原油や食料価格の上昇に強い懸念を表明しました。生産国の輸出規制や穀物価格の高騰など、食料問題は地球規模の問題となっています。この食料を巡るここ最近の動きを、鈴木教授はどのように見ていますか。

■ 食料輸出規制という“有事”に備えるべき

鈴木 今回の食料価格高騰で問題視しなければならないのは、「輸出規制が簡単に行われる」という事実でしょう。価格高騰の要因には、投機マネーの流入が広く指摘されています。ですが、今回の食料価格の高騰では需給要因以上に価格が高騰した。本来は物があるのに、貿易市場に食料が出てこなくなったためです。

 コメが顕著ですが、トータルで見ると、コメの在庫率は全然減っていない。だけれども、小麦やトウモロコシ、大豆が高騰した結果、コメの暴騰を心配して生産国がコメを囲い込んだ。そのせいで、物がないわけではないのに市場に出なくなった。カネを出しても買えないという状況が発生したわけです。それで、世界の市場で食料を調達しようと考えていた国が、特に貧しい国が仰天してしまった。

 現実に、穀物は生産量の十数%しか貿易に回りません。もともと貿易に回る量が少ない特殊な市場ですから、ほんのわずかな貿易量の変化が価格の急騰を招きやすい。1国でも輸出規制をしてしまうと、すぐに影響が出てしまう。

 では、生産国に輸出規制を課せばいいか、というと、これもそう簡単な話ではない。どこの国も自分の国民の食料を確保する責任と権利を持っているわけですから、それをやめろとは言えないでしょう。食料に関しては、市場が十分に機能しない状況が生じ得る。日本はまだ、カネがあるからいいと言っていますが、こういった事態を想定して、有事を乗り切れるように国内での食料生産を維持すべきです。

――国はカロリーベースの自給率で50%を目指すと打ち出しています。今回の食料価格の高騰をきっかけに、自給率に関心を持つ人々も増えてきました。ただ、自給率を上げると言っても、口で言うほど簡単ではありません。海外の輸出国を見ても、かなりの財政負担で農業生産を維持していると耳にします。

鈴木 食料輸出国の多くは、手厚い保護によって自給率や輸出競争力を維持しています。米国を見ると、穀物の市場価格は安く、自由に形成されている。その一方で、生産者に対しては再生産が可能になるような水準の目標価格が設定されて、低い市場価格との差額を生産者に補填する仕組みになっている。コメや小麦、トウモロコシ、大豆、綿花などがこういう形で支援されています。

■ 農家には差額を補填、国内需要を超えた分を輸出する米国

 この補填が、実は米国を食料輸出国たらしめている。生産者に支払う目標価格が十分に高ければ、生産者は需給に関係なく作りますから、国内需要を上回る生産が生じる。しかし、農作物の価格は市場メカニズムに基づいて決められており、価格そのものは低い。価格が低ければ、外向けにどんどん輸出できますよね。

 このために、米国はかなりの資金を投入しています。今は穀物価格が高騰しているため、補填する差額は減っていますが、1999年や2000年頃を見ると、輸出に向けられたコメと小麦、トウモロコシの差額補填で約4000億円を使った。コメや小麦、トウモロコシの生産者の農業所得では政府からの支払いが5割を占めている。これは、実質的な輸出補助金ですね。

 WTO(世界貿易機構)は2013年までに輸出補助金を全廃するという方針を打ち出しています。本来であれば、米国の差額補填は輸出補助金に分類されるべきでしょうが、「国内も輸出もすべて補填しており、輸出だけに特定した補助金ではない」と米国は主張していますね。まあ、話が逸れましたが、自給率が100%を超えて、結果的に輸出国になっているのはこうした政策の結果です。

 まとめると、米国の農家は競争力があるから増産して輸出国になっているのではなく、差額の補填が十二分にあるために国内需要を上回る生産が生じ、それが輸出に回っている。こういう理解ができるのではないでしょうか。

■ フランスもスイスも、政府の直接支払いが農家を支えている

 農業所得に占める政府からの支払い割合という点では欧州はもっと極端です。フランスは大変な農業大国ですが、農業所得の8割が政府からの直接支払いです。ほかのEU(欧州連合)諸国も同じような割合でしょうか。EUではありませんが、スイスのような山岳国ではほぼ100%、政府からの支払いで農家の生活が成り立っている。

――生産調整で高い米価を維持しようとする日本のコメ政策と似たようなものですか。

鈴木 高米価維持の場合は消費者が差額を負担していることになります。EUの場合は政府の直接支払いですから、消費者の負担を減らして、税金の負担を増やすということ。このように、世界の農業政策は消費者負担から納税者負担に移りつつあります。ただ、その中で消費者負担の部分が大きいのが牛乳や乳製品の世界でしょう。

 牛乳や乳製品は圧倒的にオーストラリアとニュージーランドが強い。これを、自由市場に任せると、欧米といえども負けてしまう。ですから、今でも200%、300%の関税を課しています。もちろん、消費量の5%は安い関税で輸入するというミニマムアクセスは設定しています。ただ、米国のチーズ輸入量は消費量の2%ほど。ほかの国々もミニマムアクセスの枠いっぱいを輸入しているわけではありません。

■ 余っているコメを律儀に輸入し続ける日本

 日本では、ミニマムアクセスを「最低輸入義務」と訳していますが、WTOの条文にはそんなことはどこにも書いていません。とにかく低関税の枠を設定しろ、と言っているだけ。国内に需要がなければ入れなくても構わない。

――日本だけが律儀にコメを輸入しているわけですね。

鈴木 もう、そこは米国との約束でやらざるを得ない、ということのようですけれども…。

 欧米のほとんどの国では、牛乳や乳製品の自給率は今でも100%近い。これは、政府が国内で相当高い価格で買い入れているためです。ただ、そうすると、必ず余りますよね。今度はそれを輸出補助金で安い価格にして、あるいは援助という形で外に出していく。

 この援助というのは、見方を変えれば輸出価格をゼロにする究極の輸出補助金とも言えます。援助は人道的な側面が強いですが、戦略的に考えれば輸出補助金と区別がつかないところがありますね。米国などは、多い年で援助だけでも1200億円の予算を使っている。こういった単純な援助のほかに、輸出信用という手段もよく取ります。

 例えば、ソマリアのように、カネがなくほとんど払えないと分かっている国に対する輸出に政府が輸出信用をつける。ほとんど焦げ付くわけですけど、輸出の保証人は米国政府。穀物商社のカーギルがソマリアにコメを売って、代金が回収不能になると米国政府がカーギルにカネを払う。初めから分かっていてやっているわけですが、こういう輸出信用が多い年で4000億円はある。

■ 欧米の農業政策は「攻撃的な保護」

 先ほど、コメや小麦、トウモロコシだけの差額補填に米国政府は4000億円を投入していると申し上げましたね。それと、食料援助の1200億円、輸出信用の4000億円。ほかにも、牛乳や乳製品でも輸出補助金を使っていますが、それを入れなくても、実質的な輸出補助金だけで、多い年で1兆円近くの金額を農業に投入している。

――国内で作るだけ作らせて、輸出や援助などの「出口」を作る。それが、欧米の農業国の戦略ということですか。

鈴木 そもそも米国でバイオ燃料と言い出したのは穀物の出口を作るという意味合いもありました。今でこそ価格が高騰していますが、トウモロコシや大豆、小麦価格は長い間、低迷していました。低い市場価格と目標価格の差額を負担するのは米国にとっても重荷だったわけです。

 何か新しい需要が必要という時に、原油価格が値上がりし、国民的な大義名分ができた。バイオ燃料を推進したのはこういった背景があったためです。これはEUも同じですよ。EUでは砂糖の輸出補助金をやめた結果、ビートがだぶつきました。それで、ビートを使ったバイオ燃料の生産を始めた。

 様々な形で増産が図られて、その結果として出てくる物を外に吐かせる――。こういった体制を整えて、自給率100%を達成しているわけですね。日本のようにコメを生産調整し、何とかしようという非常に内向きの、選択肢の少ない世界とは明らかに違う。いわば「攻撃的な保護」と言うべきスタイルです。

 まあ、今のような穀物価格の高騰を招くとは思っていなかったのでしょうが、穀物価格を上げるという意味では、米国の目論見通りになりました。これまで、どんどん増産し、貧しい途上国には「非効率な基礎食料の生産はやらなくてよろしい」と、「私が売って上げるから、商品作物を作って、そのカネで買いなさい」と言ってきた。にもかかわらず、価格が低すぎると思ったらつり上げてしまう。自己の利益で世界を振り回している感がありますね。

――「攻撃的な保護」。コメの生産調整に行き詰まっている日本の農業政策とはまるで違いますね。この現状、日本は食料自給をどう考えていけばいいのでしょう。

■ 食料安全保障のためには水田の最大限の活用を

鈴木 日本には今、465万ヘクタールの農地があります。ただ、この農地だけでは今の日本人の食生活を満たすことができません。穀物や飼料の輸入などを考えると、1250万ヘクタールの農地を海外に借りているのと同じこと。今の食生活を前提に、自給率を引き上げることはとんでもなく大変なことです。

 そう考えると、トータルの自給率はあまり上がらない。だから、考え方としては、輸出規制などで食料が入手できなくなった時に、しのぐ体制を準備しておくことです。小麦や大豆、トウモロコシを自給するんだ、と言ったところで、耕地そのものが限られており不可能に近い。

 では、どうするか。現在、コメ作りを抑制するために、相当のカネと時間、労力をかけている。コメ政策で年4000億円ぐらいを投下していると私は見ています。でも、この間の2008年産米の作付け面積を見ても分かるように、生産調整がうまくいっていないわけでしょう。過剰生産が解消されないのであれば、そこにかけている金を有効活用すべきです。

 日本には水田の生産能力が豊富に存在しています。世界的に見ても、国内的に見ても、日本が食料の安全保障に貢献するには、この水田を最大限に活用し、できるだけ自由にコメを作る方がいいのではないでしょうか。その代わり、欧米各国のように出口の部分をもっと調整していく。

 よく言われていますが、米粉を作ったり、飼料用米を作ったり、というのは出口戦略の1つ。ほかに、日本の場合はバイオ燃料という選択肢もあるでしょう。それと備蓄。フィンランドは主食用小麦を消費量の1年分、備蓄しています。それに比べれば、日本は1.5カ月分に過ぎません。

 備蓄は援助にもつながります。今回のようにコメが暴騰した時、日本の援助が常に発動しますという体制を整えておけば、それがメッセージになって価格の暴騰を抑えることができる。日本の食料の確保にも、そして世界の食料安全保障にも貢献できる。まあ、備蓄増については国民が納得するかどうかです。

■「ばらまき」でない有効な補助金の使い方を

――米粉、飼料用米、備蓄増。いずれにしてもカネがかかりますね。

鈴木 WTOに申告している農業の国内補助金を見ると、日本は6400億円です。それに対して、米国が公式に出している金額は1兆8000億円。実際は、3兆円ぐらいあると言われています。EUは4兆円ですね。

 こうして見ると、総額では日本は少ない。ただ、総額以上に、農業所得に占める政府の支払い割合が低い。どう計算しても、せいぜい2割というところ。補助金が農家に届いてないんですよ。

 もちろん、土地条件が悪い日本では基盤整備という土木事業も必要です。ただ、今みたいに、農家が疲弊している状況では、所得を形成できる支援がないと、農業が成り立ちません。相当、カネを出しているのに、どこに行ったか分からない、ということのないように、効率的な予算作りをする必要がある。

――食料の自給、農業の再生を考えるのであれば、国民もある程度の負担を覚悟しなければならない、ということでしょうか。

鈴木 そうですね。それが、国民として必要なカネと納得できるかが問題なわけで、単にばらまきと受け取られるような形ではね。農家が困っているから、では理由になりません。欧州では農家への直接支払いが充実していますが、それを国民に納得してもらうためにいろいろと理由づけをしています。

■ 欧州では棚田の機能を重視しカネをかける


 その1つが、食料生産における多面的な機能の評価です。農村があって、食料が生産されている。これは、食料確保はもちろんだけれども、それ以外に様々な役割を果たしています。それを様々な指標で具体化し、国民に見せている。

 例えば、日本で言えば、山間部の棚田は非常に非効率です。日本では、ああいう非効率な田にカネを出すという議論は受け入れられそうもない。ところが、北イタリアの水田地帯では、棚田での稲作についてはほかの作物より上乗せされたカネが直接、支払われている。

 その上乗せの理屈の1つは、水田による水の浄化作用。そしてもう1つがオタマジャクシや赤トンボ。生物多様性に効果があるということですね。あとは、ダムとしての洪水防止機能です。こうした水田の機能はコメの価格には反映されません。

 でも、生産者に市民が対価を支払うべきもの、と彼らは理解されている。日本でこういった考え方が理解されるかは分かりませんが、小規模で非効率な棚田を維持するには、対価を払わなければならない。

――下手をすると、予算のばらまきになりかねない。

鈴木 効率性のように目に見えて金額換算できる部分、市場で取り引きされる部分ばかりが議論されますが、山林などのように、金額換算されずに対価が支払われないままになっている価値がいろいろあります。もちろん、すべてが金額で換算できるわけではありませんが、様々な指標を総合的に勘案し、最適な解を導き出すのが本来の経済学の議論でしょう。

■「農家が困る」からでなく、将来の国の姿を描くために議論を

 自給率の問題にしても、今回のような穀物価格の高騰で発生するリスクを計算し、それに対してどのくらいのコストを支払うか、という議論が欠かせません。実際に計算するとなると難しい面はありますが、こういう方向で議論していくことは必要です。

 これまで農業サイドは様々な運動をしてきましたが、「農家が困る」というところばかりが目立ったような気がします。だから、農業サイドの主張を多くの国民は「農家のエゴ」と判断したのではないでしょうか。

 その一方で、経済界は経済界で工業製品の輸出拡大がすべて、というイメージで物事を語ります。両方とも両極端でかみ合っていない。

 農業と産業。将来の国の姿として、どの辺りでバランスを取るか。冷静な議論が十分になされてきたとは言えませんし、それを議論するだけの客観的な指標も十分に提示できていなかったと思います。今回の食料問題は良い機会ですから、客観的なデータを基にして、納得できるまで議論すべきです。


鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院・農学生命科学研究科 農学国際専攻 国際環境経済学研究室教授。1958年生まれ。1982年農林水産省に入省、九州大学教授を経て、2006年より現職。専門は農業経済学

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080718/165787/?P=1

by thinkpod | 2008-07-22 15:31 | 政治経済


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