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2006年 09月 21日

李氏朝鮮、在日特集

司会者: 現地の新聞がそういうことを言ってるというわけなんですけども
いかにそういう意味では朝日新聞なんかがガンガンね、良心の人みたいな形でやっていましたから、この辺の認識というものの一つの例なんでしょうけども・・
実は朝鮮半島は、いわゆる彼らの言葉なんですけども併合なんですけども、
みやさんあれなんでしょ?植民地支配とかよく言われるけども実際は違うわけなんですよね。
みや東亜: 植民地支配と言われているのは、全くの間違いとは言いませんけども
植民地というなら、非常に幸福な植民地支配ですね。
司会者: う~ん。そうなんですよ。ここを言いたいのは北朝鮮も韓国もですね、なんか、「あの植民地支配」っていうね、「日帝の支配」のおかげでね、もう、全然、韓国は発展もできなかったっていうんですよね。この「痛み、苦しみ」いったいどうしてくれるんだというような言い方するわけなんですよ。それで、極端なやつだと辻元清美さんみたいなね人が言うように、あの苦しみに比べれば拉致問題も5人や6人ととんでもないことを言う女がいたんですけども、これ実際はどうだったのか、お二人いろいろ研究なさっているんでね、聞きたいと思うんですけども、まずどうですか?
みや東亜 例えばですね。まぁ植民地といえば人頭税、児童労働、モノプランテーション、プランテーションですね。それをやって、搾取すると・・・
司会者: 収奪しまくるというのが基本ですね。
みや東亜: そうですね。
児童労働、日帝、禁止しました。人頭税、実は朝鮮半島では、無税です。
司会者: 最高ですね。地上の天国ですね。
みや東亜: プランテーション造るにもそういうところではできないと・・・
司会者: できないですよね。あそこでは
と、いうことで別にね、ちょっと、いわゆる一般論でいう植民地支配というのとでは、まぁ、イギリスやフランスがやったものとでは全然違うことが行われてきた。
ということはですね、私は一番ハッキリ言って調べるのがいいのは、日帝支配といわれる時代のやったこととその前の時代はどうだったのか、
これはどうなんですか?
ドロンパ: あの~、それはですね、データでですね、一番わかりやすく示されるのは人口と寿命なんですよ。で、まぁ1910年の時点でだいたい1300万人ぐらいの朝鮮半島の人口が1944年、日本の敗戦の一年手前ですね。これでだいたい2500万人
司会者: 2倍ですね。
ドロンパ: 約2倍まで増えてるんですよ。ただ人口が増えたというだけではなくて寿命をみてみると1910年以前というとだいたい24歳、実はこの数字一つ見ても李朝というのがいかに酷い社会であったかというのがわかると思うんですよ。
24歳ですよ。これ、24歳というのがいかに低いかというと例えば安土・桃山時代ぐらいの日本というのを考えていただきたいんですよ。「敦盛」というの歌はご存知ですかね?
司会者: はい
ドロンパ: 「人生五十年、下天(天上界で四天王の住む部分。一昼夜が人間界の50年に当たる)の内とくらぶれば」ってありますけども、あの当時でさえ、人生50年なんですよ。
それが李朝、日本でいえば明治期ですよね。このあたりで24歳なんです。それが日本が併合した(併合末期の)1940年以降っていうのは、だいたい47歳くらいまで寿命が延びているんですよ。(注6)
司会者: だいたい、2倍ですね。
ドロンパ: 人口が延びて、なおかつ寿命が延びるということがどういうことっていうことが当然のことながら、人間っていうのは生きるためにはカロリーが必要なんですよね。
司会者: 食料ですよね。
ドロンパ: カロリーっていうのは人間の口からしか入れられませんから当然、食料が必要になってくる。その食料が当然のことながらこの人たちを養っていく食料っていうのは延びるわけですね。
司会者: 2倍以上、延びてますものね。
ドロンパ: 実際には3倍以上延びてるですね、穀物生産量というのは・・・
で、それだけじゃなくて医療ですね。まぁ、李朝時代というのは赤痢・チフス・コレラ・・ 実は今でもこれらっていうのは韓国でも結構流行るんですけども、李朝時代っていうのはこれが蔓延してたんですね。
それを日本が近代医療を取り入れることによって、まぁ併合後、たしか10年くらいで完全に抑えきっているんですよ。
でまた、日本が併合やめた後は赤痢・チフス・コレラが流行だすっていう皮肉な結果になってるんですけども、そういった医療、それから教育ですね、インフラ、ありとあらゆる
いろんな要素が組み合わさって人口も延びるし、寿命も延びるということなんですね。
司会者: そうですね。実際に、ただ単に延びただけではないですもんね、物が全部、こう
住む場所、着るもの、食べるもの、衣食住全部こう2倍以上の少なくともこうもっと豊かにきちんと育てないと育ちませんもんね。
ドロンパ: 工業だけ見ると、例えば李朝時代は一番主な産業というのは繊維とかあのあたりなんですね。で、その軽工業といわれているものが日本が併合した後、重工業に変わっている国内社会自体が、これ一つ見てもですね、日本というのが朝鮮半島にいかにですね、そのなんというか「搾取」とかですね、そういう意味ではなくて貢献してきたかというのがわかると思うんですよ。ただ、それに感謝しろとか言ってるわけではなくて、その功績は功績として認めなさいということなんですね。そうすれば一方的なですね、日本批判っていうのはそう起こらないと私は思うんですね。
司会者: 事実をまず、認めるということですね。
ドロンパ: そうですね。
みや東亜: 事実に関してですけども李朝時代っていうのがですね、どれだけ酷いかっていうのがですね、こういう本があるんですが。。。
司会者: これ、わりと有名な本ですよね。
みや東亜: イザベラ・バードのですね、「朝鮮紀行」というのがあるんですけども、この辺は日本語で訳されていますけども、原書は英語なんですけども、韓国ではハングル訳が出てないんです。

司会者: あ、そうなんですか。
みや東亜: はい、こういう貴重な資料というか当時を知る資料というのが全く出てないんですよね。
司会者: それは無理にねらって出してないということですか?
みや東亜: これはですね、やはりあの出してないというか。反発を恐れてるんでしょうね。
司会者: そうですね。
みや東亜: 例えばですね、他のダレ神父(「朝鮮教会史序論」「朝鮮事情」著者)とかですね、そういう、後、「韓国滅亡」とかいろいろあるんですけどもいっさい出てません。韓国では
司会者: なるほど、ということは、この朝鮮紀行というこの文庫本だと東洋文庫のと平凡社のと講談社の学術文庫ですね。それで出てるんですけども
これは、いろいろうちの掲示板とかでですね、評判になってる本なんですけども
これ、みやさんどういう本なのか一応簡単に説明いただけますか?
みや東亜: 簡単に言いますと、あの~いかにですね、
ソウルが世界最悪の都市であったかということが詳しく書いてあります。
司会者: そうですか。
みや東亜: あと、この方、日本から朝鮮半島に行ったんですけども
司会者: イギリス人なんですね。
みや東亜: はい、日本の風光明媚な自然と釜山に着いてですね、禿山だらけで愕然としてるんですね。その時点で、それで禿山の中に一部残ってるんですよ。樹林が。
それ何かっていうと、なんと加藤清正が植林した後なんですよ。(注7)
司会者: なるほどねぇ~。たとえ、まだ一応、みなさんのために確認すると、これはまだ併合前、李朝時代ですね。
みや東亜: そうです。1895年のことですから。
司会者: そしたら禿山だらけと、その様子はどうなんですか、実際の描写は?
みや東亜: ソウルの街角はですね、もう汚物だらけと、言うのがもうはばかる状態ということですね。
司会者: もう不潔だったと、
みや東亜: それで非常にイギリス人の女流の紀行作家で、非常に公平なんですよ。目が、
例えば他の沿海州ですとか、天津とかと見比べての話ですから・・
司会者: あっそうか、別にここだけ目の敵にしてっていうわけではないんですね。
みや東亜: はい、そういうことではないんです。
司会者: なるほど、まぁそういうとにかくハッキリ言うと悲惨な状況・・・
人々については書いてあるんですか?
みや東亜: はい、あとシャーマニズムについてですとか、あの閔妃の暗殺事件も書いてますし、
司会者: それとあれですか?人々の暮らしとかについては書いてあるんですか?
どんな程度っていうか・・・?
みや東亜: 中に写真もありますが、もう、ものすごいです。
司会者: ものすごいっていうと
みや東亜: たぶん、日本でいいますと私は見たことありませんが、黒澤明の「羅生門」の世界。
あれを想像していただければわかると思うんですよね。
司会者: なるほどね。すさまじいですよね。
みや東亜: すさまじいです。
司会者: 映画を見ていただかないと分からないですけどもまぁとにかく乱れきった、とにかく人を喰いというかですね、そのくらいの悲惨な状況ということですよね。
司会者: これはもう、もちろんお読みになったんですか?
ドロンパ: はい、読みました
司会者: どんな感じ持ってますか?
ドロンパ: もう、おっしゃった通りですね。
で、あのこれをですね、一度、ご覧になってるみなさんにもですね、読んでいただいてその上でですね、朝鮮併合が行われた後のことも知っていただきたいんですね。
それで見比べれば、どっちがましな世界だったかなんて子供でもわかることであって
わからないのは韓国人だけなんですけども
司会者: あの、まぁそういう、まぁちょっとそのある意味で失礼な言い方に聞こえるかもわかりませんけれども、ものを見たらとてもに嫌になっちゃうんじゃないかという、本当のことを知ったらね、逆に、というのは歴史的に、ちょっとまぁこれは民族、他民族を貶めるつもりないですけどもやっぱり朝鮮半島という非常に難しい場所に住む人たちにとって大陸の帝国、国家ですね、それとまぁ日本という国にはさまれた間になっているという、そうした時、一回もまともに私の記憶している限り、まともに自立したことのない国ですよね。非常にそういう意味では偉そうな言い方をさせてもらえばお気の毒な場所というか、人たちというかね。それで、また現実見ちゃったら、それはもうつらいんじゃないですか?
ドロンパ: 朝鮮紀行を読めばわかるんですが、もう国家としての体をなしてないんですね。
たとえば中に書かれてあるんですけれども
穴あき銭、だから、もう銭しかないわけですね。貨幣流通も小判もなければ紙幣もない、何にもない、ただの穴あき銭、それでイザベラ・バードが旅をするときに当然、お金を持たなくてはいけない。持って行くときに当然そのお金自体をこういう形(担いで)持って行く。とんでもない・・・
司会者: あぁ、穴あき銭をね。昔、原始家族ってあったけどね。石のあの・・
ドロンパ: ってことは逆に経済として見たときに明らかに機能してないわけですね。国家として、で、そういったものがずーと続いていてにっちもさっちも行かない状態になったときにイ・ワンヨン、まぁ李完用首相ですね。当時の、韓国では李完用首相っていうのは「乙巳(ウルサ)の五賊」とかですね。「逆賊」ですね。もう、一番の悪党扱いなんですけども、私は朝鮮史上、最高の名宰相だと思ってるんですけども、この方は当時としては2つしか選択肢はなかったと、ロシアのもう属州になるか、属国じゃない、属州ですよ、あれはもう、属州になるか日本と併合するか、どっちかしか選べなかったときに李完用首相は日本と併合するのを選んだわけですね。で、この結果として後の朝鮮半島っていうのは一気に近代化が進んでいった。その結果を見ればですね。併合というのは本当はどういうものであったのか、というのはですね。朝鮮jinの人たちが公平に見ないといけないんですね。なんにも日本人が好き好んでこんないいことやりました。こんないいことやりましたって言う必要はないんですけどもただ、彼らがあまりにも虚偽、捏造、歪曲で、「日本はこんな悪いことをしました。」「こんな悪いことをした」とだから、お前ら謝れ謝れとこれ60年やってるわけですよ。もう、いい加減にしろ、とそういうことですね。
司会者: そうですね。まぁある意味でいうとイメージとしては今の北朝鮮の300万人くらい餓死が出たりですね。自由もない、それから食べるものもない、まぁいわゆる国民経済というのはシステムももう崩壊してしまっているというあぁいうイメージなんですかね。
ドロンパ: あれより酷いですね。ハッキリ言えば
司会者: あれより酷かった?
ドロンパ: あれより酷い、今の北朝鮮を国家として機能してるかと見て、してます。と言う人は、まず、いませんよね。あれより酷い状況だったときに当時の最高権力者であった李完用首相が下した決断っていうのがどうであったかと、そこを考えてほしいんですよね。
司会者: そうですよね。
みや東亜: 実際、反対した人っていうのはいないんですよ。
例えば併合に関して言えば、反対運動、まったく起きていないんですよね。
で、賛成の運動はまぁ有名な100万人の一進会というのがありまして、そこが併合の前年に上奏文を高宗に上げてますんで、反対した人いないんです。
で尚且つですね。金玉均と言う人がですね、上海で暗殺されているんですけども、その暗殺した犯人が洪・・洪鐘宇とか言う人なんですけども。その人はもう完全に王党派なんですよね。
その人が、こんな国王を頂いて国が滅ばないのは僥倖(ぎょうこう)だ、と。幸せであると、日本に併合してもらっても、国は滅んでも、民族は滅ばないって言うことを言ってるんですよね。

司会者: なるほどね。まぁそういう意味では、こういう事実ですね。ということが知られたのが、よく巷でいわれる。ちょっと関連して言いますとですね、北朝鮮、我々ちょうど昭和30年代に小学校の教育受けたときは、韓国は農業国、北は工業国ってね、教わったんですよ。電気やダムもあってて教わったんですよ。我々は、日本の教育ですよ。戦後の教育で。ということはそれは全部、日本のインフラですよね。
みや東亜: そうです。
ドロンパ: 基本的に今の北朝鮮地域に工業が集中的に置かれたというのは間違いないんですよ。でも問題なのはそれを朝鮮戦争で勝手に両国同士で殺し合い、同族同士で殺しあって、自分たちで破壊してしまったっていう、まずそれだけなんですね。だからもし、あのまま残っていたらですね。ひょっとしたら日本への見方も少しは変わったんではないかと私は思うんですけどもね。
司会者: それと、あの~例えばよく言われるんですけどもサンフランシスコ平和条約のね、講和条約の条件で、もしですね。こんなことはないんでしょうけども北朝鮮と平和条約を結ぶなら約8兆9千億、返してもらわなくてはいけないということを言われるんですけどもあれは本当なんですか?
みや東亜: はい、そうですね。
司会者: と、いうことも知られてないんですね。
ドロンパ: ちょうどお金の話が出たのであれなんですけども崔 基鎬(チェ・ケイホ)さんという加耶大学の客員教授の方がいらっしゃいまして、その方があの「日韓併合」という本の中でですね、この朝鮮併合時の朝鮮半島にですよ。日本政府がですよ。民間ちょっと置いといて、政府がいったいいくらのお金を突っ込んだのかというのを出してるんですね。数字で、今のお金に直すとだいたい60兆円くらい
司会者: あぁ~それすごいお金になりますね。
ドロンパ: それ、韓国人の方が調べてですよ。で、さらにそこに民間というものを加えるとおそらく80兆円くらいだったんではないかと私はそのように計算しているんですけども。
司会者: 今年の日本の、81兆円でしょ。予算案が、現在のね。
ドロンパ: それをまるまる朝鮮半島に40年間、つっこんでしまったんですね。
つっこんでしまって当然のことながら返してもらえない。
返してもらえないどころか経済協力という形でさらにお金を渡している
司会者: う~ん、なんとかに追い銭みたいな。
ドロンパ: それは今ちょっと日韓基本条約の件で韓国では大騒ぎになっているんですけどもね。
その日韓基本条約っていうのが結ばれた経緯というのがやっとすこしずつ明らかになってきて今年の8月15日までに全部明らかにするってことに韓国政府が決めたみたいですけども
司会者: まぁそういう意味でもさっき言った、例えばハングルの問題ありますよね。日本がね、言葉を奪い、それから、みんな奪ったというね、ことになっているんですけども・・
教育の問題についてはどうなんですか?
みや東亜: はい、まず、ハングルですけども奪ったっていうのは大嘘で、近代ハングルを創った人っていうのは実は福沢諭吉なんですよ。
司会者: あっそうですか。
みや東亜: えぇ、福沢諭吉の弟子のですね、井上角五郎って人がですね、日本でハングルの活字を作ってですね。それを朝鮮半島、ソウルに持っていって新聞を創ったのが、近代ハングルの始まりなんですね。(注8)
司会者: あぁ、ということは日本の進めによって、そのまぁ取り戻したってことなんですね。どっちかって言うと民族的な文字をですね。
ドロンパ: それ、『漢城旬報』っていうですね。朝鮮半島で一番最初の漢字混じりハングル新聞なんです。

by thinkpod | 2006-09-21 19:41 | 半島


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