2008年 03月 05日

何を目指すか、沖縄タイムス

■1.「アサヒる」■

「アサヒる」という言葉が流行っている。「歴史事実やニュー
スを捏(ねつ)造し、あとでそれが間違いであることが明らか
になってもきちんと謝罪することなく、論点をすり替えたり、
居直ったり、知らんふりをしたりする」ことを総称した言い回
しである。[1,p86]

 弊紙でも、今まで歴史教科書検定[a]、従軍慰安婦[b]、百人
斬り競争[c]、沖縄戦住民自決[d]などで、朝日新聞がいかに
「アサヒった」かを紹介してきた。

 最近の好例は、沖縄戦での住民自決事件の記述に関する教科
書検定に対して、昨年9月29日に沖縄県宣野湾市で開かれた
抗議集会に「11万人」もの人が参加した、という報道だろう。
翌30日の朝日朝刊では、トップニュースで「『集団自決強制』
削除、沖縄11万人抗議」との大見出しを掲げた。「11万人」
と言えば、沖縄の総人口137万人の約12分の1である。

 このニュースに、福田首相は「随分たくさん集まったね。沖
縄県民の気持ちは私も分かりますよ」と発言。これを受けて、
文科省も「(訂正申請が)出てきたら、真摯に対応したい」と
教科書各社に訂正申請を促すような発言までした。

■2.「11万人」の実態は「2万人程度」■

 しかし、この記事では、朝日新聞は二つの点で「アサヒっ」
ている。

 第一は「11万人」という参加者数である。沖縄県警は「4
万人強」という推定数字を示している。地元紙に掲載された集
会の航空写真を東京の警備会社テイケイ(株)が拡大して丹念
に数えたところ、視認できたのは「1万8179人」だった。
建物や木陰に隠れている人を加えても、せいぜい「2万人程度」
という結果が出ている。

 この疑問に対して、朝日は例によって沈黙しているが、朝日
新聞の子会社、テレビ朝日の報道ステーションで古舘伊知郎キャ
スターは「仮に2万人だとしても何か問題があるのでしょうか」
と居直った。「論点をすり替えたり、居直ったり、知らんふり
をしたりする」のが「アサヒる」の定義だが、「居直り」は初
心者のやることである。親会社のように「知らんふり」をする
方が、より高度なテクニックだ。

 嘘でも「11万人」とセンセーショナルに煽っておけば、そ
れで狙いは達成できるのであって、「本当は2万人じゃないか」
などと批判されても、「地元紙がそう報道した」などと適当に
受け流しておけば、そのうち世論は忘れてくれるからだ。

 第二のアサヒった点は、「『集団自決強制』削除」という見
出しである。これでは読者はこの事件が教科書からまったく削
除されたように思ってしまう。実際はどう変わったのか、『実
教出版 日本史B』の例で見てみよう。

【修正前】(日本軍は、県民を壕から追い出し、スパイ容
疑で殺害し、日本軍のくばった手榴弾で集団自決と殺しあ
いをさせ、八百人以上の犠牲者を出した。

【修正後】(日本軍は、県民を壕から追い出したり、スパ
イ容疑で殺害したりした。また日本軍のくばった手榴弾で
集団自決と殺し合いがおこった。犠牲者はあわせて800
人以上にのぼった。

 まるで間違い探しのようだが、違いは「集団自決と殺しあい
をさせ」が「集団自決と殺し合いがおこった」に変わっただけ
なのだ。これが「『集団自決強制』削除」の実態である。

■3.「無辜の民を次々と殺害」■

 地元の沖縄でこの運動を煽ってきたのが、沖縄タイムスであ
る。同紙のホームページで「沖縄戦『集団自決』問題」という
一覧[2]があり、昨年の関連記事のリストが掲載されている。
平成19年の1年間だけでも、単発記事103本、連載記事
16本というから、読者は「沖縄戦『集団自決』問題」だけで、
毎日のように記事を読まされることになる。

 連載記事の一つ、『神軍の足跡』(5月20〜24日)では、
以下のような説明文がついている。集団自決を慰安婦、南京大
虐殺、マレー虐殺などと関連して捉える同紙の史観が窺える。

「集団自決」訴訟は、日本軍「慰安婦」問題や、南京大虐
殺など、日本の加害責任を否定し、軍の名誉を回復しよう
とする動きと連なる。アジア太平洋戦争下、華人虐殺が起
きたマレー半島と「集団自決」の起きた慶良間諸島。二つ
の地点を結び、「神軍」の姿を追った。

 個々の記事タイトルを見ても、いかにもおどろおどろしい。

(1)マレーシアの地獄絵図/惨殺 命ごい無視
(2)華人虐殺と「集団自決」/差別・不信感が根底に
(3)マレー事件から「集団自決」へ/海外の虐殺 恐怖の連鎖
(4)無辜の民を次々と殺害/軍の論理を住民に強制
(5)問い掛ける虐殺の被害者ら/目立つ軍加害の矮小化

■4.「過激派、新左翼の機関誌まがい」■

 8月24日から9月29日まで連載された『教科書改ざん—
ただす』には以下の説明文があり、「県民大会」に向けて、同
紙が運動の盛り上げを図っていた様子が窺われる。

 九月二十九日の「教科書検定意見撤回を求める」県民大
会を前に、沖縄戦の体験者や体験を伝える活動を続けてい
る人、参加する団体の関係者に、大会への思いや教科書検
定の問題について聞いた。

 ついに実現した県民大会では、号外速報まで出している。翌
日の朝刊では、1面と最終面の見開き2ページぶち抜きという
豪快なスタイルで「11万人結集抗議 島ぐるみ史実守る」と
報じた。さらに識者のコメントなど関連記事が、総合2面、3
面、特集12面、13面、写真特集14−15面、社会面、第
2社会面と続く。まるで阪神大震災なみの扱いだ。

 こうした報道ぶりを見れば、沖縄タイムスは客観的に不偏不
党の立場から、この抗議集会を報道しているのではない事は明
らかである。赤旗が日本共産党の大会を盛り上げるのと同様に、
この抗議集会に主体的な推進者として関与していたのである。

 同紙が「過激派、新左翼の機関誌まがい」[1,p200]と言われ
るのも無理はない。というより、「過激派、新左翼の機関誌」
が「一般紙まがい」の擬態をとっている、と言うべきだろう。

■5.反戦一坪地主の中に編集幹部たち■

 沖縄タイムスは米軍基地への反対活動にも執念を燃やしてい
る。

 沖縄での米軍への基地提供を妨害するために、「反戦一坪地
主」たちがおり、2千平米ほどの土地に2968人が登記して、
抵抗運動を行った。一人あたりでは0.6平米、一坪どころか
ちょうど座り込みをする程度のスペースである。

 この反戦地主一坪たちのなかに、革マルや中核に混じって、
沖縄タイムス、琉球新報の編集幹部らの名前がぞろぞろ出てき
たのは有名な話である。

 編集幹部が、過激派、新左翼に混じって反基地活動をしてい
るのだから、その新聞はまさに「過激派、新左翼の機関誌」な
のである。こうした新聞が、米軍基地に関して公正な報道がで
きるはずもない。

■6.普天間飛行場の移設■

 たとえば平成18年4月、日米両政府が合意した在日米軍再
編をめぐる報道が良い例だ。この合意には在沖縄米海兵隊の約
8千人のグアム移転や、普天間飛行場の移設などが盛り込まれ
ている。

 普天間飛行場は市街地の中心部を占めており、そこに軍用機
が頻繁に離着陸するので、きわめて危険である。実際に平成
16年8月には、同基地所属の大型輸送ヘリコプターが訓練中
にコントロールを失い墜落、沖縄国際大学1号館に接触・炎上
する、という事故が起きている。この飛行場の移設と8千人の
グアム移転は、沖縄県民の負担と危険を軽減する上での重要な
施策である。

 政府間の合意に先立って防衛庁の額田長官と名護市の島袋吉
和市長は、普天間の移転先について名護市の米軍キャンプ・シュ
ワブ沿岸部とすることで合意した。協議は難航したが、「(米
軍機が)住民の上空を飛行しない」(島袋市長)ようにするた
めに離陸専用、着陸専用と2本の滑走路を作ることでようやく
決着にこぎつけたものだった。

 島袋市長はこの平成18年1月の市長選挙で当選したばかり
だったが、立候補期間中から「地元の納得が得られる形であれ
ば、政府との協議には応ずる」との姿勢を見せていた。そして
移設反対を全面に掲げた基地反対派候補2人の合計票よりも多
くの票を得ていた。だから、名護市民の多数は、基地受け入れ
に賛成していたと言える。

 それを沖縄タイムスは、県民の7割は移転に反対として、徹
底的に攻撃した。

■7.「中国は日米両国にとって脅威ではないはずだ」■

 沖縄タイムスは、4月9日付け社説で「まやかしの修正案だ
 基地機能強化の恐れも」と題して、1)滑走路を2本にした
のはかえって基地の危険性を増大させた、2)米軍の基地機能
強化につながる恐れがある、3)絶滅危惧種のジュゴンの藻場
にも影響する、などとして「県民の願いを無視して『県内移設
ありき』で強行する政府に島袋市長が屈したのは残念というし
かない」と決めつけた。

「ジュゴンの藻場」よりも、普天間飛行場周辺住民の安全確保
の方が大事だろう。また「県民の願いを無視して」というが、
島袋市長が市長選に当選した事自体が、市民多数派の支持を受
けている点を無視している。

 そして次の一文が、沖縄タイムスの社説の核心部分である。

 辺野古周辺地域や県が求めているのは新たな基地を北部
に造り、基地機能を強化することではなく、県外そして海
外への移設である。

 沖縄に米軍基地がある限り、沖縄タイムスは決して、満足し
ないのである。

 また同年2月に防衛庁が那覇基地所属のF4ファントム戦闘
機を平成20年度中にF15イーグル戦闘機に更新する方針を
明らかにした際にも、沖縄タイムスは2月18日付社説「アジ
アへの逆脅威だ」と題して、次のように主張した。

 今のところ中国は日米両国にとって脅威ではないはずだ。
中国脅威論を政治的プロパガンダに利用することで、米軍
と自衛隊の軍事一体化を促進しようとする日米両政府の思
惑が見え隠れする。・・・配備は紛れもなく中国を始め周
辺諸国を刺激する。

 日本の各都市に核ミサイルの照準を合わせ、20年近くも軍
事費2桁増を続ける中国が、日本にとって脅威でないはずがな
い。その中国の軍拡を「脅威ではないはずだ」と強弁して、自
衛隊の戦闘機更新に反対し、なおかつ米軍の「海外への移設」
を沖縄タイムスは求めているのである。その狙いはどこにある
のか。

■8.沖縄を「東シナ海の孤島」に■

 米軍が「県外そして海外」に移設すれば、沖縄に軍事的真空
地帯が生まれる。中国は、1973年に米軍がベトナムを去った翌
年にパラセル(西沙)諸島を軍事占領した。1992年に米軍がフィ
リピンから撤退した翌年には、南シナ海の中ほどに浮かぶスプ
ラトリー(南沙)諸島に軍事基地を建設した。ベトナムもフィ
リピンもこれに抗議したが、米軍が去った後では負け犬の遠吠
えに過ぎなかった。[e]

 同じ事が、かねてより中国が所有権を主張している尖閣列島
で起こるであろう。そして台湾と沖縄の中間地点である尖閣列
島を軍事要塞化すれば、そこから中国の原子力潜水艦は米軍不
在の沖縄近海を通って、自由に西太平洋に出られるようになる。

 実際に2006年には中国の原潜が沖縄本島と宮古島の間の海域
を通って太平洋に出た後、グアム近海を一周して戻る際に石垣
島近辺の日本の領海を侵犯している[f]。 この原潜は米軍の
対潜哨戒機が発見し、海上自衛隊が追尾したが、米軍がいなく
なれば、こうした行動が自由にとれるようになるのである。

 その結果、中国の制海権は沖縄をすっぽりと覆って、太平洋
の西側に広がる。そこはもはや西太平洋というより「東シナ海」
と呼ぶべき海となり、沖縄はその中の孤島になる。

■9.中国の長期戦略の尖兵として■

 沖縄の近海に中国の原潜が自由に徘徊するような状況になっ
たら、どうなるのか。中国側はいつでも食料や医薬品、石油な
どを運ぶ沖縄のライフラインをストップできるわけで、その無
言の圧力に、日本政府も沖縄県も従わざるをえなくなる。

 たとえば沖縄を経済特区にして、中国人がビザなしで入れる
ようにしたり、あるいは中国企業が自由に進出できるようにす
る。沖縄と中国との定期航空便を増やす。中国人滞在者と中国
企業が増え、沖縄と中国との経済的一体化が急速に進む。

 その先に見えてくるのが沖縄独立論である。それが中国の属
国への道であることは、言うまでもない。

 沖縄が中国の属国になれば、ライフラインを分断された日本
も台湾も、熟した柿のように中国の勢力圏に落ちてしまう。日
本と台湾の巨大な富と先進技術を手に入れれば、中国はアメリ
カを凌ぐ超大国になりうるのである。

 中国がこうした遠大な国家戦略を数十年というスパンで実行
する国であることは、30年以上にわたって核兵器を独自開発
してきたことを見ても分かる。[g]

 日本軍の残虐ぶりを声高に罵って住民の反日意識を煽り、米
軍の撤退を断固要求し、自衛隊の軍備増強にも反対する沖縄タ
イムスは、中国の長期戦略の尖兵として、まことに得難い存在
なのである。この事を沖縄タイムスがどのように自覚している
のかは定かではないが。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(044) 虚に吠えたマスコミ
 朝日は、中国抗議のガセネタを提供し、それが誤報と判明し
てからも、明確に否定することなく、問題を煽り続けた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog044.html
b. JOG(106) 「従軍慰安婦」問題(上)
 日韓友好に打ち込まれた楔。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html
c. JOG(028) 平気でうそをつく人々
 戦前の「百人斬り競争」の虚報が戦後の「殺人ゲーム」とし
て復活した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog028.html
d. JOG(472) 悪意の幻想 〜 沖縄戦「住民自決命令」の神話
「沖縄戦において日本軍が住民に集団自決を強要した」との神
話が崩されつつある。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog472.html
e. JOG(152) 今日の南沙は明日の尖閣
 米軍がフィリッピンから引き揚げた途端に、中国は南沙諸島
の軍事基地化を加速した
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog152.html
f. JOG(481) 中国、太平洋侵出の野望 〜 西太平洋を「中国の海」

 日本を「中国の海」に浮かぶ孤島列島にするのか。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog481.html
g. JOG(186) 貧者の一燈、核兵器〜中国軍拡小史
 9回の対外戦争と数次の国内動乱を乗り越えて、核大国を目
指してきた中国の国家的執念。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog186.html

http://archive.mag2.com/0000000699/20080302060000000.html



沖縄住民自決の新証言を報道しない沖縄タイムズ

伊勢雅臣
 沖縄県座間味村で民宿などを経営する宮平秀幸さん(78)
が、自決用の手榴弾などを求める住民に対し、軍が「そんなも
のは渡せない。われわれの役目はあなた方を守ることだ。なぜ
自決させなければならないのか。ただちに、集まった住民を解
散させ、避難させよ」と命令していたことを証言した。[a]

 あきらかに軍が住民に集団自決を命令したという「神話」を
覆す重要証言である。宮平秀幸さんは3月10日に沖縄県庁で
記者会見を開き、当時の状況を改めて語った。

 だが、この会見は地元の有力2紙、沖縄タイムスと琉球新報
には報じられなかった。宮平氏は以前、両紙に「集団自決につ
いて真実を話したいから、取材に来てほしい」と申し入れたが、
どちらも取材に来なかったという。[1]

 ちなみに各新聞のデータベースで「宮平秀幸」で最近1ヶ月
を調べてみると、記事が出てきたのは産経新聞のみ。朝日、読
売、毎日、共同通信ともすべてゼロだった。

 2万人程度の抗議集会が「『集団自決強制』削除、沖縄11
万人抗議」などとと誇大に報道され[b]、自らに都合の悪い証
言は、まったく無視する。これでは報道機関ではなく、宣伝機
関である。

 わが国が真の自由民主主義国家であるためには、こうした事
実から我々を目隠ししている宣伝機関を打破していく必要があ
る。

■リンク■
a. Wing(1406) 沖縄戦「住民自決命令」神話を覆す新証言
http://archive.mag2.com/0000013290/20080225000000000.html
b. JOG(537) 何を目指すか、沖縄タイムス
 反日意識を煽り、米軍の撤退を要求する、その先にあるもの
は?
http://archive.mag2.com/0000000699/20080302060000000.html

■参考■
1. 産経新聞、「【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂 閉ざ
された沖縄の言語空間」、H20.03.15、東京朝刊、13頁
http://archive.mag2.com/0000013290/20080317000000000.html






若い世代に期待したい! - 軍事評論家=佐藤守のブログ日記

「諸君」4月号はこの問題についてジャーナリスト・鴨野守氏と、1954年生まれの山室建徳・帝京大学理工学部講師の論文を掲載しているが、双方共に読み応えがある。
 鴨野氏は、沖縄タイムスの常務だった豊平良顕氏が、豊平氏の同級生であった中松氏に「沖縄タイムスは、米軍から新聞発行のための配給を受けている。それで米軍から、『こういう記事を書け』という指示が来る。そうしないと紙の配給がストップし、新聞が出せなくなる。その米軍の指示通りに書いたのが『鉄の暴風』だ」と、戦後期における米軍とのやり取りの裏話を語ったことを書いているが、「昭和24年11月に脱稿、それを全文英訳して、軍政府に提出し、出版の許可が出るのは翌年6月15日。だが、本を監修した豊平氏は『月刊タイムス』25年1月号に、早くも『“鉄の暴風”と記録文学 沖縄戦記脱稿記』という一文を寄せている。・・・その脱稿記の終わりに気になる記述がある『沖縄戦記の刊行をタイムス社が承ったことは、あるいは、最適任者を得たものではあるまいかと思う』。豊平氏が『承る』と言う丁寧な言葉を使う相手が、沖縄タイムスに生殺与奪の権限を持つ米軍と読めば、この手記の掲載も納得がいくのである。日本本土と沖縄を離間させ、沖縄住民が日本軍国主義の犠牲者であるという『虚構の対決の構図』を作り上げるため、執筆を指示した『鉄の暴風』に、“毒”として盛り込まれたのが、『軍の自決命令』ではないだろうか」と書いているが、私も全く同感である。

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20080327


杜撰な沖縄集団自決論/沖縄の言論 異論認めぬ画一的報道
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# by thinkpod | 2008-03-05 19:46 | メディア
2008年 02月 14日

杜撰な沖縄集団自決論

 昭和二十年四月にアメリカ軍が沖縄に上陸して、日米両軍が激戦を展開した時に、日本軍が沖縄住民に集団自決を「強要」したということが教科書に記載されていたのが、その証拠がないことになると、文科省が介入して集団自決に「関与」したという表現に改められた。その是非をめぐって、論争がたたかわれている。

 何とも、奇怪なことだといわねばならない。
このような政府と文科省に、教育という国家の大事を委ねてよいものだろうか。
それよりも、どうして住民の集団自決の議論を沖縄に限定するのか、私には理解することができない。

 アメリカ軍は沖縄に上陸した十ヶ月前の昭和十九年六月に、サイパン島に来攻した。
サイパン島には二万人の邦人住民が、居住していた。アメリカ軍が来攻する前に、老幼婦女子の内地送還が実施された。
しかし、第一船目のアメリカ丸、第二、第三船の千代丸、白山丸がアメリカ潜水艦によって撃沈されたので、中止された。三回の疎開船とも、生存者がなかった。

 サイパン島の面積は、東京二十三区の四分の一弱に当たる百八十五平方キロである。わが軍はアメリカ軍が上陸してから、三十一日間にわたって、他のアメリカ軍を迎え撃った島嶼と同じように敢闘したが、武運つたなく島を敵手に委ねた。

 南雲忠一長官以下、高級将官が自決した後に、残存していた将兵と、在郷軍人、警防団員、青年団員などの邦人を合わせて、三千人あまりが最後の突撃を行った。多くの邦人女性が迫るアメリカ軍を前にして、最北端のマッピ岬の断崖から、母は乳児を抱いて、あるいは親族や、友と手をつないで、南の海へ身を投げた。

 集団自決だった。アメリカ軍が海上から、望遠レンズを用いて撮影した、痛ましい動画の映像がのこっている。悲劇のマッピ岬は今日、〃バンザイ・クリフ〃(クリフは断崖)と呼ばれて、知られている。サイパン島を訪れる日本人観光客がかならず訪れる、不謹慎なことだが、観光スポットの一つとなっている。

 だが、沖縄住民の集団自決については、「日本軍による強制」とか、「関与」を問題にしてきたのに、いったい同じ集団自決であったのに、どうしてサイパンにおける邦人住民の集団自決が取りあげられることがないのだろうか。

 年末に、イギリス人の畏友が新年の休暇のために、『ネメシス 日本との戦い 一九四四—四五年』(マックス・ヘイスティングス著、ハーパース・プレス社、ロンドン)と題する本を贈ってくれた。「ネメシス」はギリシア神話の復讐、あるいは天罰を降す女神である。対日戦争を一九四四年から克明に記録した、六百七十四ページにわたる大著である。著者はイギリスでよく知られた、歴史作家である。

 沖縄本島には、千二百隻の艦船に分乗する十七万人のアメリカ軍が来攻した。わが軍と陸海空において、凄惨な血戦が繰りひろげられた。先の本から引用しよう。
「一般住民がさまよう戦場では、身の毛がよだつようなことが起こった。とくに沖縄戦がそうだった。

(アメリカ軍兵士の)クリス・ドナーは、こう記録している。
『地面に十五歳か、十六歳と思われる、少女の美しい死体が横たわっていた。全裸でうつ伏せになって、両腕を大きく拡げていたが、やはり両脚を開いて、膝から曲げてあがっていた。仰向けると、少女の左乳房に銃弾が貫いていたが、何回にもわたって強姦されていた。日本兵の仕業であるはずがなかった』
しばらく後に、ドナーの分隊の何人かが、丘の上から敵によって狙撃されて、倒れた。
その直後だった。赤児を抱きしめている日本女性に、遭遇した。
兵たちが口々に、『あのビッチ(女)を撃て! ジャップ・ウーマン(女)を殺せ!』と、叫んだ。
兵がいっせいに射撃した。女は倒れたが、渾身の力を振りしぼって立ち上がると、手離した赤児のほうへ、よろめきながら進んだ。
兵たちは、さらに銃弾を浴びせた。女が動かなくなった」
アメリカ軍は戦闘中に、しばしばこのような残虐行為を働いた。こうした戦慄すべき事実は、目撃した住民によって、わが軍戦線の背後にいた住民に伝わったはずである。

 ヘイスティングスは本書のなかで、アメリカ兵が日本人を人間だと思わなかったので、故国への土産(スブニール)として、日本人の頭蓋骨を蒐集したが、ヨーロッパ戦線においてドイツ兵については、頭蓋骨をそのように扱うことはなかったと、述べている。日本人の頭蓋骨を飾り物として、珍重したのだった。

 私はこれまでアメリカ人による太平洋戦線の記録のなかで、アメリカ兵が残虐行為を働いたという、多くの記述を読んでいる。

 教科書の沖縄戦中の住民の集団自決についての記述から、アメリカ軍の存在がなぜなのか、すっぽりと抜けている。沖縄戦はいうまでもなく、アメリカ軍が沖縄を侵攻したことによってもたらされた。なぜ、アメリカ軍が不在なのか。当然、アメリカ軍が「関与」していたはずである。

 教科書の執筆者や、文科省の担当官は、沖縄住民がアメリカ軍を恐れていたことに、頭が回らなかったのだろう。どうしてアメリカ側の記録を調べる熱意が、欠けていたのだろうか。杜撰(ずさん)なことだ。教科書は正確な記述を期さねばならない。

 サイパン島が失陥した十二日後に、アメリカ軍がテニアン島に来攻した。
テニアン島には、一万五千人あまりの邦人住民が居住していた。ここでも、一般邦人は国軍によく協力して、勇戦した。沖縄と同じように、男子住民も祖国の弥栄を祈念して、最後の突撃に加わった。そして、多くの婦女子が自決している。
 (2008.2)

加瀬英明のコラム
http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi

reference archives : 集団自決と検定






【詳説・戦後】沖縄の言論 異論認めぬ画一的報道
12/27 09:53更新
 沖縄戦の集団自決をめぐる教科書検定をきっかけに、異論を認めない沖縄における画一的な報道のあり方が注目されている。主催者が参加者数11万人と発表した教科書検定を批判する県民大会をめぐっては、沖縄県警が「約4万人」としており、ある警備会社の独自調査では2万人以下という見解もある。しかし、県内で九十数%という圧倒的なシェアを持つ琉球新報、沖縄タイムスの地元2紙が、それを報じることはない。その背景に、激しい地上戦が繰り広げられ、多数の犠牲者を出した沖縄の歴史的事情があるとしても、地元紙の報道姿勢に疑問を投げかける人も少なくない。

                   ◇

 ■黙殺された当事者証言
 「沖縄タイムスの記者が私に取材を申し込んだり、話を聞きに来たりしたことは全然なかった。きっと、知らんぷりしている方が都合よかったということだろう」
 こう話すのは、沖縄タイムス社編『鉄の暴風』に実名で登場する知念朝睦氏(85)。知念氏は、渡嘉敷島守備隊長として島民に自決命令を出したと同書に記述された赤松嘉次氏(故人)の副官代理を務め、赤松氏とずっと行動をともにしていた人物だ。
 『鉄の暴風』は、赤松隊長の自決命令を聞いた知念氏の様子を次のように描写している。
 《これを聞いた副官の知念少尉(沖縄出身)は悲憤のあまり、慟哭(どうこく)し、軍籍にある身を痛嘆した》
 だが、知念氏は実際には「そんな隊長命令はなかった。渡嘉敷島の人からも、戦友からも聞いたことがない」と証言し、軍命令の存在を明確に否定している。
 また、『鉄の暴風』によると、知念氏は自決命令を地下壕内で開かれた将校会議で聞いたことになっているが、「当時、渡嘉敷には将校会議が開けるような広い壕はそもそもなかった」と語る。
 この証言によれば、沖縄タイムスは現場を知る生き証人である知念氏を一度も取材しないまま、知念氏が軍命令を聞いたと決めつけ、その心中まで推し量って本を書いたことになる。
 「沖縄の新聞やテレビは、私のような体験談や意見は全く流さない」と、知念氏は指摘する。
 取材を受けないまま、地元メディアに一方的な記事を書かれた点では、戦後の琉球政府で旧軍人軍属資格審査員として軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄氏(83)も同様だ。
 照屋氏は昨年8月、産経新聞の取材に対し、「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類をつくった」と証言し、当事者として軍命令説を否定した。
 それに対し、沖縄タイムスは今年5月26日付朝刊で、慶良間諸島の集団自決をめぐり、当時の隊長らが作家の大江健三郎氏らに損害賠償などを求めている裁判での被告側主張を引用。「『捏造(ねつぞう)』証言の元援護課職員 国の方針決定時 担当外 人事記録で指摘」などと、4段見出しで大きく報じた。証言を否定する趣旨の記事で、名指しこそしていないが、すぐに照屋氏だと分かる書き方だ。
 しかし、照屋氏は当時の琉球政府辞令、関係書類などをきちんと保管している。被告側が提示した記録について、照屋氏は「人名の上にあるべき職名が伏せられていたり、全員、庶務係となっていたり不自然だ」と指摘するが、こうした反論は地元メディアには取り上げられない。
 照屋氏は渡嘉敷島に1週間滞在して住民の聞き取り調査を実施しており、「隊長命令があったと言った人は1人もいない。これは断言する」と述べている。「捏造」と決めつけた沖縄タイムスから謝罪や訂正の申し入れは一切ないという。

                   ◇

 ■「集団自決を削除」と誤解
 「この記述をなくそうとしている人たちは、沖縄戦を経験したおじい、おばあがウソをついていると言いたいのか」
 「次の世代の子供たちに真実を伝えたい」
 9月29日の県民大会で、高校3年生の2人が集団自決に関する教科書検定を批判するシーンは、繰り返しテレビ各局で放映された。
 また、同日付の沖縄タイムスは「県議会の意見書が指摘するように『日本軍による関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実』である」、30日付の琉球新報は「いかなる改竄(かいざん)、隠蔽(いんぺい)工作が行われたにしても、真実の姿を必死に伝えようとする県民の意志をくじくことはできない」と、それぞれ社説で主張している。
 だが、検定意見は「軍が(自決を)命令したかどうかは明らかといえない」と指摘したにすぎない。
 また、検定決定後の記述でも、軍の関与自体はそのまま残っている。
 甲南大、熊本大などの学生有志が11月、沖縄県で実施した興味深いアンケート調査(723人回答)結果がある。
 それによると、検定意見がついた背景に、元琉球政府職員の照屋昇雄氏らの新証言があったことを知っていたのはわずか17%。8割の人が「知らない」と答えた。県民大会に「参加した」または「参加したかった」と答えた人にその理由を聞くと、「集団自決を伝えたい」が48・1%に上り、「軍命令を記述してほしい」は25・7%にとどまった。
 「多数の県民は報道を通じ、集団自決そのものが抹消されたと誤解している。地元紙は、検定対象が軍命令の有無であることをストレートに報道してこなかった」
 歴史評論家、恵忠久氏(82)はこう指摘する。恵氏らは県民大会の場で、「検定意見では、集団自決の記述は従前どおりであり、変更はない」「沖縄の新聞などの異常な報道ぶりは、誤報でしかない」などと訴えるビラを配布した。すると翌日から「これは事実か」と約100件の問い合わせ電話があったほか、「本当のことを聞かせてほしい」と直接訪ねてきた人も数人いたという。
 ただ、沖縄ではこうした意見を表立って論じにくい空気がある。元宜野湾市議の宮城義男氏(83)は「軍命令はなかったという話をすると、『非県民』扱いされる。だから本当のことは言えない」と語る。

                   ◇

 ■沖縄と地元メディアの変遷
明治
 5年 明治政府が琉球藩設置
12年 廃藩置県
26年 琉球新報創刊(昭和15年廃刊)
昭和
20年 6月、沖縄戦終結
    7月、米軍の要請で現在の琉球新報前身、ウルマ新報創刊
    8月、政府がポツダム宣言受諾
23年 沖縄タイムス創刊
24年 政府が沖縄への旅券発行開始
25年 沖縄タイムス社編「鉄の暴風」出版
26年 日本復帰促進期成会発足
27年 琉球政府が発足
35年 沖縄県祖国復帰協議会発足
44年 沖縄時報創刊(2年もたずに廃刊)
47年 沖縄が日本に復帰
48年 曽野綾子氏が集団自決の軍命令説に疑問を投げかけた「ある神話の背景」出版
61年 沖縄タイムス紙上で「鉄の暴風」著者の大田良博氏と曽野氏が論争
平成
7年  米兵による少女暴行事件発生
19年 3月、文部科学省が沖縄戦での集団自決について「日本軍に強いられた」との趣旨の記述があった教科書7点に「日本軍が命令したかどうかは明らかといえない」との検定意見
    9月、教科書検定意見撤回を求める県民大会開催

                   ◇

【用語解説】『鉄の暴風』と軍命令説
 沖縄戦の集団自決を日本軍の「命令」と最初に書いたのは、沖縄タイムス社編『鉄の暴風‐沖縄戦記』(朝日新聞社刊、昭和25年)だ。この本の記述がノーベル賞作家の大江健三郎著『沖縄ノート』(岩波書店)などさまざまな書籍に孫引きされ、「軍命令説」が広く流布されていった。「鉄の暴風」は渡嘉敷島での集団自決についてこう書いている。
 《恩納河原に避難中の住民に対して、思い掛けぬ自決命令が赤松からもたらされた。「こと、ここに至っては、全島民、皇国の万歳と、日本の必勝を祈って、自決せよ。軍は最後の一兵まで戦い、米軍に出血を強いてから、全員玉砕する」というのである》
 赤松とは、慶良間列島・渡嘉敷島守備隊長だった赤松嘉次氏(故人)のことだ。大江氏は『沖縄ノート』で赤松氏らを念頭に「慶良間の集団自決の責任者は罪の巨塊」と断罪している。これに対し、赤松氏の弟、秀一氏らは平成17年8月、「誤った記述で多くの読者に非道な人物と認識される」として、大江氏と岩波書店に、出版差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こしている。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/112198/



【詳説・戦後】沖縄の言論 「軍命令説」矛盾する記述
12/27 09:55更新
 沖縄の地元メディアは、沖縄戦の集団自決に関する「軍命令説」を自明のことであるかのように報じる傾向があるが、沖縄県公文書館に所蔵された書物の中には、これと矛盾する記述がみられる。琉球政府と沖縄県教育委員会が編集・発行した「沖縄県史」第10巻は、元渡嘉敷郵便局長の徳平秀雄氏の次のような手記を掲載している。
 《そこでどうするか、村の有力者たちが協議していました。村長、前村長、真喜屋先生(元渡嘉敷小学校校長)に、現校長、防衛隊の何人か、それに私です。敵はA高地に迫っていました。後方に下がろうにも、そこはもう海です。自決する他ないのです》

 また、沖縄県警察本部発行の「沖縄県警察史」第2巻では、渡嘉敷駐在所勤務だった比嘉(旧姓・安里)喜順巡査がこう記している。
 《村の主だった人たちが集まって玉砕しようという事になった。私は住民を玉砕させる為にそこまで連れて来たのではないし、戦争は今始まったばかりだから玉砕することを当局として認めるわけにはいかないと言った》
 現場にいた徳平、比嘉両氏の手記は、いずれも村の有力者たちが自決を決めた過程を克明に記録している。

                   ◇

 ■編集局長が率先して「一坪反戦地主」に
 琉球新報、沖縄タイムスの地元2紙は戦後、ともに米施政権下に機材提供など米軍の後押しを受けて出発した。米軍基地問題では反基地の姿勢を貫いているが、沖縄戦など歴史問題では、米軍による加害より、旧日本軍による住民危害を強調する傾向もみられる。
 2紙は基地問題について専門記者を置き、米軍兵士による事件・事故や騒音問題をめぐるキャンペーンを展開する。特に駐留軍用地特別措置法(特措法)改正時、法案の閣議決定を伝えた平成9年4月4日付朝刊では、「苦痛を強いる改正」(新報)、「がまんできぬ改正」(タイムス)と題する社説を掲載した。
 このときは、反戦地主・平和団体による反対運動や県内識者の反対談話をほぼ連日、大きく取り上げたが、賛成意見はほとんど取り上げなかった。また、当時の嘉手納、普天間両米軍基地内にある土地の「一坪反戦地主」として、新報の三木健編集局長(当時)が名前を連ね、反基地の姿勢を編集責任者が率先して対外的に示した。
 今年9月の県民大会参加者数の「11万人」(主催者発表)の信憑(しんぴょう)性について、新報の嘉数武編集局長は「6万人入ると聞くグラウンドがいっぱいで周りにあふれていたから、それも妥当だと(判断した)」と12月9日付朝刊の対談で述べた。タイムスも主催者発表の妥当性を紙面で主張した。

                   ◇

 ■2紙とも本紙の取材拒否
 産経新聞社は今回の特集記事掲載にあたり、沖縄県の有力地元紙、「沖縄タイムス」「琉球新報」の2社の編集局長に対して取材を申し入れた。取材内容は、(1)沖縄の戦後復興に両社が果たしてきた役割の評価(2)米軍基地問題や歴史問題に対する報道姿勢(3)9月29日に開かれた教科書検定意見撤回を求める県民大会の参加者数の報道をどう考えるか‐などについてで、インタビュー形式または文書での回答を要請した。
 これに対し、沖縄タイムス社は「貴社の取材要請について、対応できかねます。日々の新聞報道が弊社の姿勢だとご理解ください」(諸見里道浩編集局長)と文書で取材を拒否した。
 琉球新報社は「インタビューも文書の回答もしない。あとで(新聞記事を)拝見させていただきます」(嘉数武編集局長)と電話で答えたのみで、両社の具体的な見解を直接、取材することはできなかった。

                   ◇

 ■幻の保守系第3紙、記者クラブ加盟に地元紙反対
 「保守の言論は存在しない」といわれる沖縄だが、琉球新報、沖縄タイムス両紙を真っ向から批判する保守系の「第3の日刊紙」が一時期、存在した。昭和44年に創刊され、県内経済界などの期待を集めたものの、2年もたずに廃刊に追い込まれた「沖縄時報」だ。
 「琉球新報と沖縄タイムスは左派系労組に支配され、もっぱら反米基地闘争ばかりしていた。両紙の主張は、本来の沖縄人の考え方ではない。沖縄時報が今も続いていたらとは思うが…」
 沖縄時報の社長を務め、社説執筆も担当した崎間敏勝氏(85)はこう振り返る。崎間氏はうるま新報(琉球新報の前身)の記者を経験し、琉球政府では法務局長の要職に就くなど顔が広く、「地元2紙の左派連中を筆でやっつけよう」との意気込みだった。
 しかし、沖縄時報は見切り発車的なスタートとなったため、営業、販売態勢が整っておらず、すぐに資金難に陥った。また、地元紙の反対で県政記者クラブにも加入できず、紙面作りにも苦労するようになり、あっけなく短い歴史を閉じることになった。

                   ◇

 ■ジャーナリスト・櫻井よしこ氏『沖縄県民の知る権利守る対策を』
 新聞をはじめメディアの基本的役割は、入手した情報をできるだけ事実に沿って伝え、読者の理解を助けることにある。「李下に冠を正さず」という姿勢が必要で、記事の編集など重要なポジションにいる人は、賛否の分かれる問題について、どちらのサイドにも加担しないようにするのが当たり前だ。
 ところが、沖縄では過去に、沖縄米軍基地の「一坪反戦地主」が琉球新報編集局長(当時)を務めた。明確に反基地、反日米安保の政治目標を持つ勢力ということになる。報道する立場から、運動する立場になるということは、新聞社の政治部の派閥担当記者が、派閥の正式メンバーになるようなもので、異常だ。
 また、地元紙が教科書検定意見の撤廃を求める県民大会の参加者数を誇張するのと、中国政府が発表する日中戦争の犠牲者数が膨れあがっていくのは同じ構図といえる。
 地方紙による寡占支配は、読者に対してプラスよりもマイナスの影響をもたらす。当然の権利として、沖縄県民が正しい情報にアクセスできるようにしないといけない。県民の知る権利をもっと守る対策を、国民としても考えるべきだろう。(談)

                   ◇

 ■3つの恨み・反感 表現の場
 国旗・国歌が不当に扱われていた戦後の日本とは逆に、米施政権下の沖縄では、沖縄県教職員組合(沖教組)の前身である沖縄教職員会が率先して日の丸掲揚運動を推進するなど、国旗を象徴に掲げた祖国復帰運動が盛んだった。しかし、昭和47年の日本復帰が近づくにつれて様相が変わっていく。背景には、過激な左派勢力の流入と、沖縄の特殊な歴史事情、それに呼応した地元紙の報道などがあった。
 昭和44年から約1年間、時事通信社の沖縄特派員を務めた田久保忠衛・杏林大客員教授は「日本復帰にめどがついたら、琉球独立論が噴出した。沖縄の右派も左派も、沖縄は薩摩藩による琉球征伐、廃藩置県、沖縄戦の3つの犠牲になったという『恨み』と『反感』は共通していた。そして、左右双方がその思いを表現する手段として地元紙を使った」と振り返る。
 田久保氏は現在も、琉球新報、沖縄タイムス2紙の購読を続け、記事内容をチェックしており、「僕がいたときから40年近くたっても変わらない。2紙とも同じ紙面をつくっている」と話す。
 同時期に、総理府の那覇南方連絡事務所法務係長として沖縄に駐在していた大森義夫・元内閣情報調査室長は「沖縄に真正保守はなく、警察もそうだった。米軍による反日宣伝の効果も確実にあっただろうが、琉球警察は本土復帰派をマークしていた。私の前任者も尾行されていた」と明かす。
 復帰直前の沖縄には、鹿児島経由で革マル派など左翼過激派が流入し、反米・反基地闘争を繰り広げていた。大森氏は「70年安保闘争は結局、沖縄闘争になった。その中で、本土との系列化が進み、穏健な地元勢力は本土の過激な勢力と同化していった」と話し、こう指摘する。
 「現在の沖縄では中国、韓国、北朝鮮、台湾…。いろんな国・勢力が活動し、マスコミだけでなく各界各層に浸透している」
 一方、沖縄問題研究家の春日井邦夫氏は、復帰1周年時の地元紙の論調に着目している。48年5月16日付の沖縄タイムスは1面トップで「復帰一年“屈辱の日”実感 県民の不満が増大」と報じ、同日付の琉球新報も「五月十五日を“屈辱の日”に 返還は県民意思を無視」と書いている。
 春日井氏は「復帰後の沖縄では物価が高騰し、相当暮らしにくかった。だが、これは沖縄に限られた状況ではない。それなのに、沖縄だけが復帰したために屈辱的で悲惨な状態に置かれたと言わんばかりの報道には、首をかしげたくなった。何でも本土のせいにしているようだ」と話す。

                   ◇

 ■沖縄県内の新聞各紙発行部数
 沖縄タイムス 20万5066部
 琉球新報   20万2221部
 日経新聞      4141部
 朝日新聞      1522部
 読売新聞       531部
 毎日新聞       373部
 産経新聞       244部
 ※部数は19年1~6月の販売店朝刊部数平均(社団法人日本ABC協会調べ)。沖縄タイムスは19年10月現在の公称部数
 
                  ◇

 阿比留瑠比、比護義則が担当しました。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/112199/



何を目指すか、沖縄タイムス
http://archive.mag2.com/0000000699/20080302060000000.html
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# by thinkpod | 2008-02-14 01:44 | 社会
2008年 02月 10日

「日本は没落した」はハゲタカの言葉

経済アナリスト 森永 卓郎氏
2008年1月21日

 日本株の下落が止まらない。1月18日の日経平均株価の終値は1万3861円29銭。前日比77円84銭(0.56%)高となったとはいえ、昨年末に比べると1446円も下げてしまった。21日はさらに落ち、午前終値は1万3395円28銭である。

 株下落の原因は、米国の失業率が予想以上となり景気後退懸念があること。そして、サブプライムローン問題が米国の金融機関に予想以上の赤字をもたらしたことが挙げられる。さらに、そのなかで円高が進行しているために、日本にとってダブルパンチとなったわけだ。このままでは日本経済はダメになるという連想が働いたのは、確かに間違いではない。

 しかし、納得できないこともある。本家の米国のダウが、この間に8.8%の下落率であったのに対して、日本株はそれを上回る10%以上の下落率となっていることだ。

 まさに日本経済への悲観が極まった形といえよう。現に、メディアに登場する評論家たちは口を揃えて「日本は没落した」「日本に未来はない」という。だが、それは本当なのだろうか。

 結論から言えば、いま株式市場で起こっている事態はオーバーシュート、つまり、相場が行き過ぎた展開であるとわたしは見ている。数字を一つ一つ検討していけば、現在が異常な状態であることが理解できるだろう。異常な状態は、いつか必ず正常な状態に戻ることは疑いがない。

 日本経済が没落していると言う評論家たちは、表層的な現象だけを見て言っているに過ぎない。さもなければ、何か魂胆があってそう言っているではないかと、わたしには思えるのだ。

日本の株価は過小評価されている

 わたしは去年から、株価が1万2000円台まで下落することもあり得ると言ってきた。しかし、その後に劇的に回復するとも言っている。なぜかといえば、これから外資が日本株を買いにくると考えているからだ。理由は明らかである、実態にくらべて日本の株価がとんでもなく安いからである。

 現在、日本経済は二つの面で過小評価されている。

 その一つは、株式時価総額に対する名目GDPの割合である。実際に、日米両国についてこの割合をくらべてみよう。ただし、時価総額はすぐには発表されないので、1月11日時点で計算したものだ。

 米国の株式時価総額は、1月11日現在で、ニューヨーク市場とナスダックを合わせて、15兆2343億ドルと推定される。これは名目GDPの1.38倍にあたる。

 一方、東証の時価総額はマザーズを含めて451兆円で、名目GDPの88%に過ぎない。これは明らかにおかしい。日本の金融市場の発達の度合いは、ほぼ米国並みとなっている。しかも、市場経済化が進んでいない中国でさえ1.5倍だ。

 確かに、非上場企業はこの数字に含まれていないが、それを考慮に入れても、日本全体の時価総額が名目GDPを下回るという状況は納得がいかない。

 バブル時代に時価総額がニューヨーク市場を上回るという事態が起きたことも異常だったが、現在の状況もまた異常である。

 仮に、日本の株式時価総額のGDP比が、米国並みになるとすれば、それだけで株価が57%上昇しなければならないことになる。日経平均に換算すると、2万2219円の水準だ。いかに現状が安すぎるかがお分かりになるだろう。

為替レートも過小評価されている

 第二の過小評価は為替だ。ここにきて為替が円高になったといって騒いでいるが、わたしに言わせれば、去年までの1ドル=120円というのが、どう考えても異常であった。現在は、単にその調整が進んでいるに過ぎない。

 経済学でいう「購買力平価」という考え方に基づけば、まだまだ円は安い。購買力平価というのは、自国通貨と外国通貨の購買力に合わせて、為替レートが決定されるという考え方だ。

 基準とする年をいつにするのかは難しい問題だが、仮に10年前との比較をしてみよう。すると、米国はこの10年間で消費者物価が30.1%上昇しており、日本は1.9%下落している。

 これはどういうことかと言えば、米ドルはその価値を30.1%失い、日本円は価値を1.9%高めたということになる。これを日本の物価を基準にして計算すると、米国の物価はこの10年間で相対的に32.7%高くなっていることになる。そこで、この分を為替で調整しなくてはならないというのが、「購買力平価」の考え方である。

 ところが、実際はどうか。1997年11月末の円ドルレートが127円だったのに対して、昨年11月末のレートは110円となっている。つまり、10年間で円高は15.4%しか進んでいないのだ。そのために、異常な事態が起きてしまっている。

 日本人にとって欧米の物価は異常に高くなってしまったのだ。マクドナルドのセットを注文すると、米国でも欧州でも1000円以上。タクシーの初乗りも1000円を超える。ロンドンの地下鉄に至っては、初乗りが4ポンド、つまり800円以上である。

 逆に言えば、外国人旅行者にとって、日本は非常に物価が安い国になっている。現に、おびただしい数の外国人旅行者が日本にやってきているのは、ご存じの通りだ。新しく有楽町にペニンシュラホテルというホテルが出来たのだが、そこは1泊7万~8万円というとんでもない値段がつけられている。いったい誰が泊まるのかと思うのだが、これが外国人で賑わっているという。

 それというのも、為替レートにからくりがあるからだ。円で考えるから高いのであって、ドルやユーロに換算すれば、さほど高くないホテルなのである。

日本株はドル建てで1.81倍に大化けする?

 では、10年前の購買力平価が成り立つためには、1ドルがいくらになればいいのか。それは、1ドル=96円である。現状からさらに10%以上の円高が進まなければならないのだ。それではじめて、10年前の状態に戻る。

 製造業は「とんでもない」と言うかもしれないが、1997年はそのレベルでやっていたのである。1997年は特に円高だったわけではない。逆に言えば、それでやっていかなくてはならないのだ。

 もちろん、購買力平価を考える場合、いつの時点を基準にとるかについては意見が分かれるところだが、大方の専門家は、80~90円台が適正為替だと見ているようだ。

 さきほどは、株式時価総額が米国並みの名目GDP比率になれば、日経平均は2万2219円になると述べた。それに加えて、ドルベースで考えると、この円高もリターンに加えることができるから、日本の株価と為替が本来の水準に戻るだけで、ドル建ての日本株投資は現在の1.81倍に化ける可能性があることが分かる。

 さあ、これだけの高いキャピタルゲインが得られるチャンスを、投機資金が見過ごすはずがないだろう。彼らの投機対象が枯渇してきている現状を踏まえれば、なおさらだ。

 このまま株価下落が進むと、現在商品投機に向かっている世界の投機資金が日本株に向けられ、安値で買い占められてしまうのではないかとわたしは考えている。そして、その後、株価が本来の水準に戻っていくことにより、また巨額の利益をハゲタカに持っていかれてしまうのではないか。

株を買うなら安値圏にあるうち

 さて、あなたがここでハゲタカ側の代表者となったとして、どういう意見を述べるのが適切か考えていただきたい。

 正解は次のような発言だ。「日本には未来がない。こんな国の株を買っていたら大損をする」。これから日本株を買うのだから、株価を下げるように誘導すればいいのである。そうして底値になったところで株をごっそりと買い、株価をつり上げてから売るわけだ。

 そう考えると、冒頭で述べた「日本はダメだ」と論評している評論家は、こうしたハゲタカの片棒をかついでいる人たちではないかと勘繰りたくなってくる。さもなければ、まったく経済を分かっていない評論家のどちらかだろう。

 冷静に考えれば、本当に日本がダメかどうかは判断がつくだろう。米国製の車や冷蔵庫を欲しいという人がどれだけいるだろうか。それに対して、日本の車や冷蔵庫なら、いくら高くても欲しいという人は世界にいくらでもいる。

 ましてや、日本の工作機械、時計、計測機器の評価が、大きく落ちたとは思えない。先進国のなかで、日本の技術が落ちたわけではけっしてないのだ。

 こうした状況を考えてみれば、少なくとも株価も為替も、いつかは本来の水準に戻るはずだということが分かるだろう。

 わたしは、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」で予想しているわけではない。あるべき姿に戻るとどうなるかを述べているだけである。そして、本来の水準に戻ると、前述したように、ドル建てでみると日本の株価は8割上がるのが必然なのである。株を買うなら今である。

 そもそも株でもうけようとしたら、安値のうちに買って高値で売るというのが大原則である。ところが多くの人は、株が高くなり、メディアが騒ぐころになって買う。そして、株価が落ちてくるとすべて売り払ってしまうのだ。それでは損するために株を買っているようなものである。

 2003年のパブル崩壊後の最安値になったとき、わたしは「いまこそ銀行株を買うべきだ」と言い続けた。そのときも予想屋をしたわけではない。不良債権処理の金額を除けば、膨大な収益を見込めることが数字で分かっていたからだ。

 もちろん、現在下落している株価がどの時点で上昇に転ずるかを言い当てることはできないが、少なくとも今が安値圏にあることは間違いない。安いときに株を買うのが長期投資の基本である。現に、わたしも買い始めた。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/o/116/index.html
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# by thinkpod | 2008-02-10 21:11