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2007年 12月 05日

慰安婦決議、カナダやオランダも 〜 やまない日本糾弾

国際問題評論家 古森 義久氏
2007年12月4日

 日本にとって屈辱的な慰安婦決議案がまた外国の議会で採択された。今度はカナダの連邦議会の下院である。11月28日のことだった。米国と同様、カナダは第二次大戦中、日本軍の慰安婦の慣行に直接、なんのかかわりもなかった。であるのに、戦争が終わって60年以上が過ぎた今、そのカナダで、なぜ慰安婦に関しての日本糾弾の動きが唐突な形で起きてくるのか。

 その背後には米国での慰安婦決議の推進の影の主役だった中国系組織の、カナダにおける執拗で精力的な動きが存在する。日本を終始、標的にしてグローバルな活動を恒常的に続けるこの中国系組織の活動に光を当てると、いわゆる慰安婦問題の真の構造が浮かび上がってくる。

 米国議会の下院が同種の決議案を採択したのは今年7月末だった(本コラム第55回:「慰安婦決議の推進役がねらう次の対日攻撃」参照)。当時の日本の首相は安倍晋三氏である。

 安倍氏は従来、慰安婦問題に対してはわりに強い姿勢をとっていた。日本の非を事実調査の徹底を待たずにあっさりと認めて謝ってしまった「河野談話」には批判的だった。米国議会で慰安婦に関連して日本に謝罪を求める決議案が出されてすぐの今年春、当時の安倍首相は、いわゆる「狭義の強制性」を否定した。その否定が「日本軍の関与までを否定した」という米国大手紙などの虚報となって米側に伝わり、議会などでの反発を強めた。

 その「安倍発言報道」が決議案の可決を実際に推進してしまったのかどうか。この点の議論はひとまずおいても、慰安婦問題で日本を非難する側にとって、安倍氏の態度は攻めねばならない標的だったとはいえよう。

 しかし、その安倍晋三氏はもう日本の首相の座から去ったのである。いまの首相は周知のように、慰安婦問題など歴史案件に対しては中国や韓国からの非難に反発することもないソフトな福田康夫氏なのだ。「河野談話」の継承や保持にはむしろ積極的な日本の政治家だといえよう。外国の慰安婦問題糾弾勢力からみれば、日本の歴代首相のうちでも、理解のある、謝罪派の首相だともいえる。

 だがそんな福田政権に対しても、カナダ議会は容赦なく非難の決議を可決してしまった。

ソフト福田政権でも続く日本糾弾の実態

福田政権登場後の同種の動きとしては、つい最近の11月20日に、オランダ議会の下院が同様の慰安婦問題での日本非難決議を採択していた。この間、福田首相は慰安婦問題、あるいは他の戦争や歴史にかかわる案件について、外国の日本非難勢力を反発させるような言動は一切、とっていない。むしろ戦争や歴史については福田氏は対外的に融和と呼べる態度で知られる政治家なのだ。

 しかしそんなことは一切、構いなく、オランダでもカナダでも日本糾弾決議が採択されたのである。この点は、日本国内の一部にもある「慰安婦など歴史問題は日本側が見解を改めるような強硬な態度をとるからこそ、外国が非難してくるのだ」という主張が虚構であることを証明してしまった。

 ではカナダでの実態をみよう。

 連邦議会の下院本会議が発声投票で反対表明なしに採択した慰安婦決議は、カナダ政府が日本政府に対し次のよう措置をとることを奨励すべきだ、と宣言していた。

 「日本政府は日本軍の強制売春システムへの関与に対して、犠牲者すべてへの国会での公式かつ誠意ある謝罪の表明を含む全面的な責任をとること、そして影響を受けた関係者への対応を和解の精神に基づいて継続すること」
 「日本政府は日本軍のための『慰安婦』の性的な奴隷化や人身売買は実在しなかったとするような主張は明確かつ公的に否定していくこと」

 こうした日本への命令のような要求の背景説明として同決議は次のようにも述べていた。

 「日本軍は1930年代から第二次世界大戦全体を通じて、アジア各地や太平洋諸島で若い女性を性的奉仕の目的のみに獲得することを公式に命じた」
 「日本の一部の当局者は1993年当時の河野洋平官房長官が謝罪や悔悟を表明した声明を薄める、あるいは撤回することへの期待の意向を最近、述べた」

 以上のような決議案を提出したのは野党の新民主党所属の中国系女性議員、オリビア・チョウ(中国名・鄒至蕙)女史だった。提案理由を説明する議場での発言でチョウ議員は次のように述べていた。

 「第二次世界大戦中、多数の15歳の少女たちが日本軍の数知れない男たちによる拷問と強姦に何週間も、何カ月間も、何年間も、課せられた。20万人以上もの女性がその種の拷問の苦痛を味わわされた。こうした性的奴隷の生存者のうち4人が本日、この議会にきて、わたしたちが日本に公式の誠意ある謝罪を表明することを要求するよう求めている。さあ、カナダは慰安婦の味方をするのか」

 この発言はカナダ政府への質問の形でなされた。それに答えたのは政府の多文化主義・カナディアン・アイデンティティ担当閣外相のジェイソン・ケニー議員だった。チョウ議員の発言に謝意と同意を述べていた。

推進役は抗日連合会カナダ支部

 さてこうした経緯で採択されたカナダ下院の慰安婦決議をみれば、米国議会のそれと同様の内容であり、枠組であることが明白となる。つまり以下の趣旨だということである。

 「日本の軍や政府が政策として組織的に20人以上の若い女性を強制徴用し、性的奴隷として、日本軍将兵のレイプの被害者とし、しかも戦後の日本はその行為に謝罪をしていない――」

 こんな断定が事実に反することは、これまた明白である。しかし日本政府は、今年7月に米国議会からそんな断定を突きつけられても、反論も抗議もしなかった。米国議会でそう断じる糾弾の決議を採択されても、当時の安倍政権は謝罪こそしなかったが、「残念だ」という簡単なコメントを出しただけだった。否定も抗議もしなかった。だから日本を非難する側にとっては、好ましい状態だったはずだ。

 ところが、そうした日本の従順な態度は高く評価されて、もう同じ糾弾はしないようになると思ったら、とんでもない。現実は正反対なのだ。日本が黙っているのを見透かしたように、同種の非難の矢がさらに激しく、さらに多方面から飛んでくるのである。このへんにも、いわゆる慰安婦問題の真実が存在するといえよう。

 カナダで慰安婦決議案を最も活発に推進した最大組織は「カナダALPHA」(「第二次世界大戦アジア史保存カナダ連合」)だった。この組織は米国カリフォルニア州クパナティノに本部をおく「世界抗日戦争史実維護連合会」(以下、抗日連合会と略)のカナダ支部である。「抗日連合会」世界本部は米国議会での慰安婦決議案提案者のマイク・ホンダ下院議員の選挙区内にある。

 同連合会は在北米中国人を中心に結成され、中国の政府や共産党との連携も密接である。日本の戦争に関する行動を一貫して糾弾し、戦後の対日講和条約での日本の賠償も謝罪も認めないとする点では「反日」と特徴づけても自然だといえる。

ものすごい議会工作

 カナダではその抗日連合会の支部組織「カナダALPHA」が、米国とは異なり正面に出て、議会への工作などを展開してきた。米国では抗日連合会は主役ながら、舞台裏に留まることが多かったのだ。

 カナダの同組織は、チョウ議員のような、香港を含む中国に生まれ育ってカナダに移住してきた中国系カナダ人が主体である。その代表格のチョウ議員が連邦議会に提出した慰安婦決議案はまず今年3月、下院外交委員会の国際人権小委員会で審議され、27日には可決された。賛成4票、反対3票の僅差だった。内容は日本政府による元慰安婦たちへの謝罪表明と賠償支払いを求めていた。

 国際人権小委員会で可決された決議案は、次には下院外交委員会で5月10日に審議され、同小委員会に差し戻された。外交委員会では与党のカナダ保守党の議員らから「日本への内政干渉となる」とか「日本の首相は既に元慰安婦たちに謝罪している」という反対意見が出た。その結果、小委員会に戻して、「さらなる調査を求める」という措置がとられたのだった。

 その後、「カナダALPHA」による議会工作がものすごかった。国際人権小委員会での「さらなる調査」のために、この中国系組織は下院外交委員会のメンバー議員たちを主目標に活発きわまるロビー活動を展開したのである。カナダ各地の中国系住民を動員し、「トロントALPHA」「ブリティッシュコロンビアALPHA」というふうに地方別の小組織を編成し、連邦議会の、特に与党議員あてにアピールを繰り返した。国際小委員会のメンバーで閣外大臣をも務めるケニー議員などは、とくに積極果敢な訴えの集中的な対象となった。

 そしてその結果、最初は決議案の推進には乗り気ではなかった与党議員連までが賛成に回っていったのである。中国系組織の「カナダALPHA」は巧みに韓国系や日系までも巻き込んで、アジア系カナダ人全体の声のように、慰安婦決議賛成の動きを拡大していった。その間、各地で「慰安婦問題の研究」と題するようなセミナーや討論会を頻繁に開き、日本糾弾に基づく「慰安婦問題への理解」を広げていったのだった。カナダ議会の慰安婦決議採択の関連記録には、「カナダALPHA」とその連携組織から多数の議員や政府にあてた日本非難の種々の書簡が山のように保存されている。

日本糾弾の“世界的戦略会議”

 カナダの実例をこうしてたどってくると、抗日連合会というグローバルな中国系組織が、いわゆる慰安婦問題を通しての日本糾弾を世界規模で画策しているという構図がいやでも鮮明になってくる。その重要な戦略会議が、今年10月にロスアンジェルスで開かれた慰安婦問題で日本を糾弾する「国際会議」だったといえる。

 10月4日から6日まで開かれたこの会議の主催者側の中核はホンダ議員が指導を受けてきた抗日連合会だった。同会議は、主催者側から「慰安婦問題での初のグローバル規模の歴史的な世界会議」と評された。参加は米国、カナダをはじめ、欧州、オーストラリアなどからの中国系活動家たちが大部分だった。

 ちなみに会議開催の前日、現地の日本総領事館前に抗日連合会の代表ら約50人が押しかけ、日本が慰安婦問題その他、戦争中の残虐行為に対し謝罪もせず、賠償もしていないのはけしからんと主張して、気勢を上げた。この抗議デモの様子はロスアンジェルス・タイムズ10月4日付の記事で報道された。

 その記事の主要部分は以下のようだった。

 「日本軍による女性や少女の性的奴隷化についてのロスアンジェルスでの歴史的な世界会議に備えて、世界各地からの元性的奴隷を含む人権活動家たちは、日本が戦時中の日本の残虐行為の犠牲者たちに公式な謝罪を表明し、賠償を提供することを4日、要求した」

「あくまで日本政府を非難し続ける」

 さてこの会議での注目すべき出来事は、カナダ代表の発言だった。同国際会議で基調講演者の一人となった米国下院のエニ・ファレオマバエンガ議員が質疑応答で言明した。

 「今後は、わたしたちは女性の弾圧や人権の抑圧に関して、日本の慰安婦問題から次元を高めて、国際的な条約や協定の違反行為へと監視の視線を向けていくべきだ。もう日本ばかりを糾弾しても意味がない。日本にいまさら慰安婦問題などで賠償を払わせることはできない」

 ファレオマバエンガ議員は米国下院外交委員会の東アジア太平洋小委員長として、慰安婦決議案に賛成し、その採決のために活発に動いた民主党リベラル派である。その議員が下院で慰安婦決議を採択した以上、もう日本だけを非難するのをやめて、もっと幅広い対象を監視しようと提言したのだ。

 ところがこの言明に「カナダALPHA」の議長セルカ・リット女史が反対したのである。

 「いや、あくまで日本国民の意識を高めるために、日本政府を非難し続けることが必要だ」

 そう、何はともあれ、日本を非難し続けねばならない、と言うのである。いわゆる慰安婦問題の真実も、その全体の構図も、この単純な言葉に端的に明示されているといえよう。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/63/

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった



慰安婦決議 欧州での連鎖反応が心配だ

(12月15日付・読売社説)

 日本の信用を貶(おとし)めるような決議がこれ以上広がらないよう、政府は各国政府に強く働きかけるべきである。

 いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる対日批判決議が、欧州議会で採択された。旧日本軍が、アジアの女性たちを強制的に「性的奴隷」にしたとして、日本政府に謝罪を求めている。

 今年7月の米下院の慰安婦決議が、ヨーロッパに“飛び火”した形だ。既に同様の決議が、オランダやカナダの議会でも採択されている。

 慰安婦問題への関心が、ヨーロッパで特段に高まっているわけではない。欧州議会の決議は、少数会派の緑の党が推進し、採決の際に出席した議員は全体の1割にも満たなかった。

 しかし、国際人権擁護団体の「アムネスティ・インターナショナル」が、各地でオランダ人などの元慰安婦の証言を聞く公聴会を開催し、慰安婦決議の採択を各国の議会に働きかけている。中国・韓国系の反日団体も背後で動いている。

 第2次大戦中、日本がオランダ軍を追い払い軍政を敷いたインドネシアでは、収監されていたオランダ人女性が、日本軍兵士によって連行され、強制的に「慰安婦」にされた事件もおきている。

 事態を知ったジャカルタの軍司令部は問題の慰安所を直ちに閉鎖し、女性たちを解放した。

 遺憾な事件であったが、軍が組織的に慰安婦を強制連行したのではないことを示す「反証」でもある。

 事件に関与した将校らは、戦後、オランダの軍事法廷で「BC級戦犯」として裁かれている。

 ヨーロッパでは、ほとんど問題とされていないが、第2次大戦中、ドイツ軍も東ヨーロッパなどの占領地に、500か所以上の“慰安所”を持っていた。

 「ナチスがユダヤ人の女性を兵士用の売春婦として連行した」とローマ法王に報告したカトリック関係者の文書をはじめ、いくつもの文書が残されている。

 慰安婦をめぐる対日批判決議を推進した欧州議会の緑の党には、ドイツ選出の議員も多い。自らの国の問題には口をつぐむつもりなのだろうか。

 日本が繰り返し批判される背景には、1993年の河野官房長官談話がある。日本の官憲が組織的、強制的に女性を慰安婦にしたかのような記述があった。

 そうした事実を裏づける資料はなく、「強制連行」を認めるよう迫る韓国側の圧力をかわすためだったことを、石原信雄元官房副長官らが証言している。

 国際社会の誤解の根元である河野談話を見直していくことも必要だろう。

(2007年12月15日1時47分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071214ig91.htm

朝鮮戦争時の韓国軍にも慰安婦制度 韓国の研究者発表




シーファー米大使を手玉にとった“従軍慰安婦3人”の前歴

由々しき事態だ。米下院に提出された慰安婦問題での対日謝罪要求決議案を巡って公聴会が開かれ、3人の元従軍慰安婦が出席。これを駐日米大使が“尊重”する旨の発言をした。が、大使を信じ込ませた彼女らは、過去、証言が何度も変わり、その信憑性に疑いの目が向けられているのである。

<私は、彼女たちが売春を強制されたのだと思います。つまりその時、旧日本軍により、 強姦されたということです>
ニューヨーク・タイムズ紙(3月17日電子版)に載ったシーファー米駐日大使のコメントが本当ならば、まさに“手玉にとられた”と言うしかあるまい。何しろ2月15日、米下院の公聴会に出席した元従軍慰安婦3人の中には、これまで猫の目のごとく言うことが変転してきた、いわくつきの女性がいるのだから。

まずは、韓国人の季容洙(イ・ヨンス)。「彼女が初めて元慰安婦として公の場に出たのは92年。当時は、慰安婦にされた経緯を“満16歳の秋、国民服に戦闘帽姿の日本人男性から赤いワンピースと革靴を見せられ、嬉しくなった。母親に気づかれないように家を出たと語り、先の公聴会でも同じことを喋っているのですが…」と、現代史家の秦郁彦氏が教えてくれる。

「これまで何度も来日している彼女は、今年も日本で数回、会見を開いています。で、2月には“日本兵が家に侵入してきて、首を掴まれ引きずり出された”と言い、3月には“軍人と女に刀をつきつけられ、口を塞がれ連れ出された”などと内容が変わっている。要するに、家出と強制連行と、2つの話があるわけです」

◆終戦後も慰安婦?
季元慰安婦はには別の“疑惑”も指摘されている。連行された時の年齢が、14、15、16歳と、実に“3種類”。時には「44年、16歳で台湾に連行され、慰安婦の生活を3年間も強いられた」と語るのだが、それでは終戦後も慰安婦として働いていたことになってしまう。

続いて、同じく韓国人の金君子(キム・クンジャ)についても、「ある時は“幼い時に両親を失い、養子に出された先でお使いに行ってくれと言われ、汽車に乗せられた”と語ったと思えば、"またある時は“家に2人の朝鮮人が来て、工場で働かせてやると騙された”などと回想する。いずれにせよ、家出に近い話で、日本軍による強制連行ではない」(秦氏)

さらに、当時オランダ国籍で、現在はオーストラリア人のジャン・ラフ・オハーンに関しては、「“スマラン事件”の被害者だった可能性はありますが、この事件はむしろ、軍が慰安所に関与していなかったことを示すものです」と、政治ジャーナリストの花岡信昭氏が言う。

「これは、占領下にあったインドネシアのジャワ島で一部軍人がオランダ人女性数十人を強制的に売春させていたところ、軍に見つかり閉鎖させられた事件です。つまり、軍が売春を禁じていた証拠になるもの、と位置づけられています」

◆N・オオニシ記者の影
であるならば、なぜ大使は彼女らの言を鵜呑みにしてしまったのか。「反日姿勢で有名なNYタイムズのN・オオニシ記者が、うまく話を引き出した面もあるのでは」と花岡氏は見るが、「日本が何も言い返さないから、米国内に間違った世論を喚起してしまっている。つまるところ外交戦略の失敗の表れですよ」(秦氏)

週刊新潮 4月5日号 P.62より

reference archives : 慰安婦の李容洙さん(上)




慰安婦問題とアメリカ軍の非行
「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

 昨年7月アメリカ下院で435人の議員のうちたった10名ほどの出席で慰安婦対日非難決議が採択された。
日本軍が組織的に若い女性を強制連行して慰安婦とし、性奴隷として虐待した、などという全くありもしない架空の前提に立ったものである。
何しろ、アメリカの公式文書に「「慰安婦」は売春婦あるいは職業的なキャンプフォロワーに他ならない。
月平均1500円の総収入を上げ(債務者の)マスターに750円を返還する。」( United States Office of War Information, Psychological Warfare Team Attached to U.S. Army Forces, India-Burma Theater) とはっきり書かれているのである。
因みに当時日本軍の軍曹の月給は30円であった。軍曹の25倍ほど月々稼いでいたのである。公式文書を全く無視して強制連行とか、性奴隷などと決議案で堂々と述べ立て、それがほとんど異論なく通過してしまうとは全く以って、呆れた話しである。
不当極まりないだけではなく、アメリカ人の知性の程度を疑わせるものであった。
さらにひどいことにアメリカ人の大多数は、アメリカ軍は慰安婦などとは無縁の清らかな軍であり、慰安所を開設したこと自体が日本軍の劣悪さの証明である、と素朴に信じていることだ。
そのために、強制連行などなかった、性奴隷など無かったという説明をはなから聞こうとしない。困ったものである。

 米軍が占領下の日本で米軍専用売春施設を作らせて大々的に活用したことなど余りにもよく知られた事実なのであるが、そんなことも知らないのが大多数のアメリカ人なのだから、始末に終えない。
また慰安婦問題を持ち出している当の韓国でも、韓国政府は国連軍(実質は米軍)専用の慰安所を開設していた。
別にそんなことは秘密でもなんでもなく、たとえば東亜日報1961年9月14日号にはこの慰安所のことが詳しく報じられている。
ベトナムでも米軍では現地の売春婦を個々の兵士が利用したことは周知のことであるが、それだけではなかった。米軍は軍のキャンプ内で売春宿を営業させたのである。
しかもこの売春宿の管理は旅団長の直接指揮下で行なわれていたことが、有名なスーザン・ブラウンミラーのベストセラー本『アゲインスト・アワ・ウィル: 男・女・強姦』(ランダムハウス出版グループ)にでてくる。

軍の売春宿は師団長の決定により軍のキャンプ内に設置された。そしてその管理は旅団長の直接の指揮の下で行なわれた。明らかにベトナムにおける軍の売春宿は統合参謀本部長のウェストもーランド、サイゴンのアメリカ大使館、ペンタゴンの了解の下で置かれていたものである。 (p.95)

軍管理の慰安所に他ならない。
こうした軍売春所においてひどい経験をした売春婦が数多くいたこともまた事実である。三、四十年前にアメリカ軍はこういうことをやっていながら、六十年以上も前の日本軍のことをどうのこうのとはあきれ果てた話である。
しかも事実を全く無視したデマ宣伝を鵜呑みにして、われわれの歴史事実を基にした抗議に耳を傾けることもせずに、決議したのである。

話はそこで終わるわけではない。
日本を軍事占領した1945年から1952年までの7年間において、米軍は数々の犯罪非行を行なった。
プレス・コードに基づく厳重な検閲のために、米兵の殺人、暴行、強姦を書くことが禁じられていた。
「大きい男の強姦」といった表現でかろうじてこれ等のものが部分的に報じられたのみであった。漠然とかなりの犯罪があったと想像されているが、実はかなり詳しい統計も存在しているので、ここに紹介する。
調達庁労働組合が昭和34年に都道府県、市町村、警察および報道機関の協力を得て行なったもので、『防衛施設庁史第2巻』に収録されているものである。
昭和20年から27年までの間に人身被害にあった人で、申告を行なったものに限られている。強姦は含まれていない。
総数でいうと、死亡:3738件、傷害:2071件、療養:3035件となっている。
申告されないものを含めると傷害、療養に相当する被害はこの倍近くに達したかもしれない。
強姦も、傷害、療養よりも少なかったとは考えられない。
すなわち万という数にのぼった可能性が高い。米軍専用慰安施設があっての、このありさまである。
もしこれがなかったとするとぞっとする話である。慰安所というものが決してそれ自体非人間的なものではなく、必要悪とでもう言うべきものであることがよくわかるであろう。
平和が回復した後にも4千人近くの殺人を行い万に近い傷害・暴行さらには強姦を日本で行なったのが米軍である、ということをアメリカ人はよくよく認識すべきである。
これは慰安婦決議のような事実に基づかない架空の話しではなく、明確な裏づけのある事実なのである。

 このことを知っても、あの不当な慰安婦決議の取り消しを行なうべきであると考えないとしたら、アメリカ人の良心というものを疑わざるをえなくなるだろう。そんなアメリカ人ばかりではない、と私は強く確信しているのだが。

http://www.melma.com/backnumber_45206_4033991/
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by thinkpod | 2007-12-05 17:13