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2006年 12月 29日

勝共連合は民族主義運動の敵だ

————文鮮明王朝建設に利用される日本の若者

(資料:民族派団体一水会代表、鈴木邦男氏 反統一教会 論文 昭和六十
年、1985年、朝日ジャーナル )

「右翼、民族派の人たちが統一教会・原理研・国際勝共連合のことをどう思っ
ているか書いて下さい」と『朝日ジャーナル』の記者に言われた時には正直い
って気が進まなかった。
たしかに右翼の連中の中には「反共の同氏だ」と思っている人はいる。また、
「原理はウサン臭くて嫌いだが勝共は仲間だ」と公言する人も多い。警察の公
安や公安調査庁の人間だって反共なんだから仲間だし、日本に共産革命が起き
たときには一緒に決起してくれると信じている<純朴>な人も多いこの業界だ
から、原理運動をそう思ってもても仕方はない。
しかし、少なくともわれわれ民族派、また新右翼といわれる若い人間にはそん
な混同を起こす人間はいない。だから、『朝日ジャーナル』の記者の話を聞い
て、何を今さらと思ったのである。それに、右翼全体なんてどうでもいいとい
う気もあった。多くの右翼が原理・勝共を反共の味方だとおもっているのなら、
それでもいい。何もおせっかいをして、原理・勝共の実態はこうなんですよと
<告げ口>することもあるまいと思っていた。
ところが、筑紫哲也氏の「原理不可解な右翼の沈黙」(本誌一二月十四日号)
を読んで少し考えが変わった。その種の挑発にはやはり乗るべきだと思った。
それに、『世界日報』事件で追放された副島嘉和、井上博明両氏が『文藝春秋』
に書いた内部告発を読んだ時の衝撃も忘れられない。原理とは大学時代からの
長い付き合いだが、最近の<豹変>ぶりも見てきた。
原理運動が初めて日本に入って来たのは二十五年ほど前だというが、本格的に
やり始め、世間の耳目を集め出したのは、それからしばらくしてだと思う。原
理運動のことを直接にしったのは、僕が昭和三十八年、早稲田に入ってからだ
(その前から漠然とは知っていたが)。
それから二,三年して早稲田で全学ストライキがあり、それが全国の学園紛争に
火をつけて全共闘時代の幕開けとなった。それに刺激され対峙する形で民族派
学生運動も出てきたし、一時は全国30大学自治会を握り、「民族派全学連」
を結成しようというところまでいった。その学生運動の嵐が起こる前から、原
理研は駅前で黒板を出して演説したり、個人をオルグをしていたが、大学に入
りこみ、サークルをつくったりして組織的、全国的に活発にやりだしたのはこ
の早大ストのころからだと思う。
全共闘と民族派と原理。この三つの違った運動があの早稲田の一点から、ほぼ
同時期に生まれ、全国に広がり燃えさかっていった。換言すれば、全共闘に刺
激され、全共闘を反面教師としながら民族派も原理も、己の組織化を急ぎ、全
国的な広がりをつくっていったのである。われわれもそうだったが、原理研が
今やっている大学でのサークル、学内新聞づくり、自治会奪権闘争……などは
完全に全共闘から学んだものである。逆接めくが、今の原理運動も民族派の運
動もある意味では「全共闘の遺産」なのである。全共闘との付き合いについて
はこれまでも書いたことがある。今回はもう一つの原理について書く。
はじめに、「何を今さら」といったが、われわれ、戦後体制打倒をめざす「一
水会」の機関紙『レコンキスタ』(スペイン語で”失地回復”の意味)でも何
度か原理についての批判をしてきたし、原理運動研究家の第一人者である茶本
繁正氏を招いて一水会事務所で勉強会をしたこともある。その時のテーマは「
勝共連合は愛国者なのか」であったし、彼らは民族派の味方ではないこともわ
れわれは明らかにした。
また、われわれの仲間には何人か原理にオルグられたり、「合宿」に誘われて
行ったことのある人間もいる。二年前、そんな一人に「私はこうして”原理研”
が治った」という体験談を話してもらい『レコンキスタ』に載せた。当時は「
こうして新左翼が治った」「べ平連が治った」「アナキストが治った」といっ
た体験シリーズをやっており、それら左翼運動と同次元で原理も考えていた。
さらには、われわれ一水会と連帯している統一戦線義勇軍の機関紙『義勇軍報』
でも原理・勝共との戦いを呼びかけており、事実、一水会や義勇軍は他の民族
派と共闘して彼らとの闘いを展開していた。
小さいながらもこうした反原理・反勝共の闘いをやってきたが、これは右翼全
般からは不評で、「思いつきでやってる」とか「勝共は仲間なのに」「敵を利
する」などと批判された。しかし、大学時代からわれわれは彼らを一度も味方
だと思ったことはないし、民族運動の同志だと思ったこともない。学生の時、
早大で知ってた彼らは決して右翼ではなかったし、反共でもなかった。「天皇
なんて関係ない。文鮮明師がすべてだ」「憲法なんてどうでもいいし、興味は
ない」と、正直にいっていた。われわれとは立場は違うが、宗教団体としては
それも当然だろうと思っていた。ところが最近、急激に「右傾化」した。「天
皇制を守り、憲法改正、スパイ防止法の制定を」と言っている。
統一教会・原理研と勝共連合は別だと言う言い訳は通じない。やっている人間
は同じなのだ。なぜ、急に右旋回し、豹変したのか。その右旋回は本物なのか
どうか。すっと疑問に思ってきた。最近の派手な言動に幻惑されて、即「味方
だ」と思ってる右翼に同調できない理由もそこのある。そんな疑問に答えてく
れたのが副島、井上両氏の『文春』のレポート「これが『統一教会』の秘部だ」
だった。そして、『原理講論』をはじめて通読し、両氏の告発が嘘でも誇張で
もないことを知った。

反共は方便、実際は共産主義

イエスが再臨する「東方の国」は韓国であり、韓国語が祖国語となって世界は
一つになるという。なぜ、「東方の国」が韓国かというと、中国は共産化した
からサタン側の国であり、日本は「代々、天照大神を崇拝してきた国として、
さらに、全体主義国家として、…・
韓国のキリスト教を迫害した国」だから、これも「サタン側の国家」だという。
また、「第二次世界大戦は、民主主義によって結託した米、英、仏の天の側国
家と、全体主義によって結託した独、日、伊のサタン側国家との対戦であった」
という。
これは、『原理講論』にかいてある通りである。そして、韓民族がいかに「サ
タン」の日本によって、侵略され、迫害され てきたかがこれでもか、これでも
かと書かれている。『文春』の告発レポートでは、さらに驚くべき事実が書か
れている。韓民族が選民であり、他民族に優越しており、再臨主とは、すなわ
ち文鮮明氏のことであり、文氏によって世界は統一され、必然的に韓国は世界
の中心となり、韓国語が世界の共通語となる。こう説かれているという。
また、われわれ民族派としては見逃せないこととして「敬礼式」についても『
文春』に書いている。これは文鮮明氏をメシア、王の王とみなす象徴的な儀式
だそうで、本文から引くと…・・。
「統一教会が四代名節と呼ぶ記念日には、早朝五時からの敬礼式があり、そこ
では聖壇に座った『文氏』とその家族に対し、統一教会の主要幹部が三拝の拝
礼を行う。場所はだいたい『文氏』の私邸であるアメリカ・ニューヨーク州の
イーストガーデンである。その際、天皇陛下をはじめ、レーガン大統領、全斗
煥大統領ほか主要国の元首の身代わりを、それぞれの国の教会幹部が担当し、
文教祖一族に拝跪して全世界の主権者が文教祖に拝礼したという儀式を行うの
である。日本の天皇陛下の身代わりを演ずるのは、日本統一教会会長の久保木
氏なのである。何とも奇妙で、そして国民の象徴として天皇を上にいただく日
本国民としては見逃せない情景ではないか」
全くもってひどい話である。文鮮明氏の精神は、信仰の王国ではなく、現世の
王国を夢み、その独裁者たらんとする。これはまるで弓削道鏡だ。「彼らは反
共だから味方ではないか」と言っていた右翼の人々も、これを読んだら、とて
もそんなことはいえないはずだ。実際、「許せない」「こんな反日集団は敵だ」
と激高していた人が多くいた。僕としても前から、その性格は漠然とは知って
いたが、これだけ証拠をつきつけられては改めて愕然とする思いだった。
これを見ても分かるように、原理・勝共は決して右翼、民族派ではない。では、
一体何なのか。
まず第一に、これは裏返しの共産主義である。「原理研が治った」青年も言っ
ていたが、反共を唱えてはいるが、内部の生活はむしろ共産主義だという。人
生について考えている青年や悩んでいる青年をオルグってきては「合宿」につ
れ出し、何日もロクに眠らせずに「洗脳」をする。はじめは「そんな馬鹿な…
・・」と心の中で抵抗していても、しまいには疲れ果てててしまい、批判し抵
抗することも面倒になって全面的に受け入れてしまうという。「思想的強姦」
である。また、洗脳の途中で頭の回路が外れて気が狂ったりした人間も多いと
いう。さらに自由を許されない共同生活、文氏の決める人と結婚する集団結婚
式。本場の共産主義国家、ソ連や中国でも、ここまでは共産主義化していない。
自分たちの内部生活は共産主義で、外部に向かっては反共を唱えている。その
反共も本心かどうかは分からないが、本心だとしても、日本の民族主義とは一
切無縁のものである。さきほど見たように、これはソウルを中心とした反共イ
ンターナショナリズムである。初期の共産主義がモスクワを中心としたインタ
ーナショナリズムだったのと同じ構造である。共産主義と同様に、この原理・
勝共もまた、最も反日的、反民族的運動である。
第二に、その「反共」すらもが本当かどうか怪しい。「統一教会・勝共連合の
宗教活動、愛国運動は『文鮮明氏』の野望を実現することを目的とした方便な
のである」と、副島氏も告発している。
世界の王になるためには、ます韓国の王(大統領)にならなくてはならない。
韓国は反共バリバリの国である。文氏は日本の人と金を湯水のように使って、
全世界的規模での反共活動の「実績づくり」をしている。そのための反共であ
り、韓国→世界の王に向けての手段である。反共運動の全部が全部、仮面とは
言えないにしても、原理運動と世界の王になることが第一の目標であり、反共
運動は二の次、三の次ぎであろう。
また、反共活動をいっしょにしている自民党や体制派文化人にたいしては、勝
共連合に入るように勧めるが、統一教会、原理研には入れようとはしない(な
かには一部の例外もあるが)。原理運動をしている人間は想像を絶するストイ
ックな生活をしている。物欲でこり固まった自民党や体制派の人間をストイッ
クに改造はできない。反共という衣をつけて、ハナから利用するためだけに近
寄っているのだ。あるいは、そうした金と物欲に目がくらんだ自民党サイドの
人間に対し、「いつか必ず自分たちの前に拝跪させてやる」と復讐の念を燃や
しているかもしれないが。

虐殺兵と似た目つきの原理研

第三に、これは全体主義である。茶本氏は「ファシズムへの道」だというが、
その通りだ。文氏は、いわはヒットラーであり、『原理講論』は、さしずめ『
マイン・カンプ』である。『マイン・カンプ』の中には徹底した日本人軽視、黄
禍論があったが、日本語板ではそれを削除し、ヒットラーの力の前に幻惑され
て日本は手を結んだ。それと同じように韓民族が選民であり、世界の中心だと
いうことは、日本語板の『原理講論』では意図的に削除されてきた(最近は居
直って日本語板にも出しているが)。これと同じ過ちを日本の体制側、そして
一部の右翼は再び犯そうとしている。
第四に、この狭量なストイシズムは宗教としては光輝いて見えるが、世俗的権
力の奪取、文王朝の建設を目指すという政治の世界には入るや、必ず悪い結果
になるということだ。ロベスピエール、カルヴィン、松平定信…・・と、その
先例は歴史上にいくらでもある。
ツヴァイクの『権力とたたかう良心』によると、宗教改革に成功したカルヴァ
ンは、他人のどんな小さな過ちも許せない狭量、厳格な人間で、徹底した恐怖
政治を敷き、「罪ある者が神の裁きをまぬがれるくらいなら、むしろ罪のない
者が処罰される方がいい」と公然と告白したという。また、カルヴィンやロベ
スピエールはそのいい例だが、「禁欲と苦行のひとというのは、いちばん危険
な専制君主の典型である」と、ツヴァイクは言う。
それをもっと推し進めればカンボジアのポル・ポトになる。古い体制、古い倫理
観の人間は殺して、殺し尽くした。人口の半分も殺したというが、国民の半分
を殺して達成しなければならない革命とは一体何なのか。地獄のカンボジアを
実際に見てきたある新聞記者はこんなことを言っていた。古い体制の人間を殺
す尖兵は、少年たちだったという。その少年兵たちの目は、人間の生死はもと
より、もう何事にも感動を示さないし、 いわば<ゾンビ人間>の目だったとい
う。そして、その目はしょうど原理研の人たちの目に似ていたという。未来を
暗示するようで、何かゾッとする話だ。

「贖罪意識」につけ込む文鮮明氏

第五に、彼らもまた、<狼>だ。これだけでは何のことか分からないだろう。
僕は十年近く前、三一書房から『腹腹時計と<狼>』という本を出したが、そ
の爆弾事件の<狼>とあまりに似ていると思うのである。個人的なまじめさに
おいて、また、日本の戦争に対する贖罪意識の余りの強さにおいて・…。両者に
とっては先の戦争はまさしく原罪である。日本は韓国や中国に侵略し、残虐の
限りを尽くしたひどい国だ、と教えられ、一途に信じ込む。だから、再び、そ
うした国に経済侵略してゆく企業には爆弾を投げるという<狼>。彼らの中に
は「自分の祖父や父は兵隊になって侵略したから自分はその贖罪のために新左
翼運動に入った」と公言するメンバーもいた。
それに対し、侵略した「サタン側の国」(日本)からは、いくら金をしぼり取
り、人間を消耗品のようにつかってもいい、という原理・勝共。朝鮮人参、印
鑑、大理石のツボ、花売り、街頭カンパ等、ありとあらゆる方法で日本から金
をかき集める。詐欺まがいの商法で、ピンク産業以外は何でもやっているとい
う(もっとも統一教会としては、上からの指令はしていないと逃げているが)。
末端の会員ですら月に100万円のノルマを課せられ、日本全国からは月に2
0億円、年に240億円もの金がアメリカの文鮮明氏の元に送金されていると
いう。合法、非合法を問わない強引なやり方で「サタンの国」からは徹底的に
金をしぼりとり、文王朝のために日本人は手足として使い、使い捨てにすれば
いいという考えだ。
会員もそれに甘んじている。これは日本の戦争に対する韓国側の復讐なのかも
しれないが、日本人会員にとってはそうすることによって「侵略戦争」の贖罪
ができると思っている。<狼>クループ同様、屈辱的な贖罪史観、敗戦コンプ
レックスを色濃く引きずっている。
第六に、文王朝建設のために日本人の<献身の美徳>が最大限に利用されてい
る、ということだ。いつの時代にも、他人のため、世界のために体をかけて働
いてみたいと願う正義感の強い青年たちはいる。方向性は違っても、戦前の青
年将校、在野の右翼運動、日本赤軍…・・。そして多分、原理運動に飛び込ん
だ人たちも大部分はそうした純粋な動機からだろう。
今の日本のように皆が皆、自分さえよければいい、金がすべでだ、マイホーム
だ、酒だ女だとうつつを抜かしている時代にも、人生を思いつめ、命をかけて
恵まれない人のために尽くしたい、世の中を変える捨て石になりたいと思う青
年たちはいる。
戦前のように反体制右翼の国家革新運動があった時には、そこに飛び込んだか
もしれない。全共闘華やかしなりしころならば、そこに飛び込んだかもしれな
い青年たち。原理運動に入った人たちもそんな青年たちだろう。パンの耳を食
べて生活し、クズ屋をしたりしながら酒もタバコも一切の娯楽もやらず、ひた
すらストイックに運動をしている原理運動の人たち。学生時代、「生長の家」
や右翼では生ぬるい、こんなことでは世の中は救えないといって原理運動に飛
び込んで行った人々を何人も何人も知っている。「生長の家」や民族主義運動
にかかわっていた自分たちとしても、そうした人々を引きとめられなかったふ
がいなさを痛感していた。
今どき、珍しい純粋でストイックな青年たちだ。だからこそ、惜しいと思う。
これが日本のためになる、日本人の先祖の贖罪はこれしかない、これこそ世界
の平和のためだと思って献身的に運動している人々だろう。だが、その献身性
は残念ながら反日、反民族的な文王朝のために利用されているだけなのだ。あ
るいは、日本の原理運動の指導部はそれに気づいているのかもしれないし、日
本的原理運動を考え模索しているのかもしれない。しかし、『世界日報』事件
でも分かるように日本のトップ・久保木氏を飛び越えて、アメリカの文氏から
の指令によって、そうした萌芽はつぶされている。

脅威の野望、あなどれない力

だから文氏にとって、会員ではあっても日本人には心を許せないのであろう。
本誌(『朝日ジャーナル』昭和六十年十一月三十日号)でも書いてたが、アメ
リカでは最高幹部は韓国人、実務をとりしきる中堅幹部は日本人、第一線で手
足となって働き、金を稼ぐのも日本人、それに加えて日本からの大量送金……。
そういう構図になっている。日本人会員が目覚め、日本的原理運動を目指すの
が一番こわい理由もそこにある。そのへんを副島氏ら(文春)はこう言ってい
る。
「『文鮮明氏』と韓国人の統一教会幹部には、日本統一教会内に日本人として
の誇りを持つ人間が現れることの警戒心が強い。日本人に対しては、とくに尊
大になる。この『文鮮明氏』の日本統一教会とその幹部への強い不信と、そこ
から来る強圧的な姿勢の根底には、韓国・朝鮮人としての日本人に対する、反
日感情がある。……日本の復興は朝鮮戦争の特需によるもので、韓国・朝鮮人
の犠牲のうえに日本の繁栄が成り立っているという理屈である。だから、教祖
は、日本から莫大な金額を持ち出すことも、そのために日本人会員が苦吟する
ことにも、良心の呵責を感じないと断言している」
これでは、いつまでたっても日本人は贖罪に苦しみ、敗戦コンプレックスをひ
きずる<狼>だ。文鮮明氏の反共は、多分は北から命からがら逃げてきた体験
からくる恨みだろう。祖国語を韓国語にするというのも、あるいは日本によっ
て韓国人が日本式名前を押しつけられたことへの復讐かもしれない。宗教家に
恨みや復讐は似合わない。久保木氏を始めとした日本の原理運動の人々も、で
きることならば文鮮明氏と手を切り、独立し、日本的原理運動を目指したらい
い。贖罪や敗戦コンプレックスの『原理講論』からも解放されてだ。文氏のた
めに祖国日本への「復讐の手先」とされたのではたまるまい。そして心にもな
い反共運動の仮面も捨てて、本来の宗教運動に戻ったらいい。まァ、これは無
理かもしれないし、いらぬおせっかいかもしれないが。
ともかく、原理・勝共の青年たちを「反共だから仲間だ」「選挙に応援に来て
くれるから同志だ」と安易に考え、付き合っていたら大変な目にあう。彼らの
ストイックなまじめさは見とめる。自民党青年部にも右翼にも、こうした青年
は少ない。だからこそ、彼らに感激するのだろうし、その気持ちは分かる。わ
れわれだって、くやしい。だが 、彼らは決して自民党や右翼の使い走りではな
い。彼らの力を見そこなってはいけない。
彼らの力をもってしたら全国で一人や二人の国会議員を身内から出すのは簡単
だろう。それをあえてしないのは、もっと大きな野望があるからだ。元、原理
研にいた友人に聞いたが、それは久保木氏を日本の首相にしようという野望だ
という。世界の独裁者は文氏で日本の首相は久保木氏というわけだ。自民党や
保守的文化人、右翼に近づき、それらの人々をシンパにしようとしてるのもそ
のためだし、大学でのオルグもそれを射程にいれてなされているという。
そういえば、大学の自治会乗っ取りや学生新聞発行にアタックしているところ
はみんな一流大学ばかりだ。東大、北大、名大、阪大、京大…・と、将来エリ
ートになる大学生のみを狙い撃ちしている。そう言っては悪いが、二流、三流、
駅弁大学は初めから相手にしていない。
こうした野望は今わ夢物語だ。ちょうど「日韓トンネル」と同じように。しか
し、それに向かって進んでいることは事実だろう。今の反日・反民族的体質の
ままそれが進められたら、日本にとっても一大脅威である。
何度も言うように、決して彼らをあなどってはならない。むしろ民族主義運動
の<敵>として彼らを認め、その力を評価してやるべきだ。彼らにとっても、
その方が気が楽だろう。「反共だからわれわれの仲間だ」「自民の手先だ」「
何でもいうことはきく」と、今、安易に考え、あなどっている人間には、必ず
そのしっぺ返しをくうであろう。そしてその時ではもう遅いのだ。
(『朝日ジャーナル』昭和六十年二月一日号)
http://www.asyura.com/sora/bd11/msg/691.html
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by thinkpod | 2006-12-29 22:32 | 半島
2006年 11月 02日

在日のメンタリティー

在日外国籍市民の参政権を考える連続講座 第3回
演題:在日韓国・朝鮮人と国籍
 講師:李敬宰さん
日時:2001年12月14日18時30分〜 場所:京都YWCA
【講演記録】の[質疑応答]より抜粋

ただ、在日が日本国籍をとるということになると、天皇制の問題をどうするのかという人がいますが、外国人がたくさん日本国籍を取ったほうが、早く天皇制は潰れると思います。というのは、この先もどんどん外国系市民が増えます。ある統計では、一〇〇年後には五人の内三人が外国系になるといいます。そうなれば、日本で大和民族がマイノリティーになるのです。だから、私はあと一〇〇年生きて、なんとしても日本人を差別して死にたいです。これが夢です(笑)。そういう社会が来たら、その時に天皇なんていうのは小数民族の酋長さんみたいなものになります。

こうした素晴らしい戦術があるのに、それを、今の左派のように、日本国籍を取ったらダメだということをやっていたら、いつまでたっても天皇制は温存されたままではないですか。

国籍問題を考える・資料集
ttp://members.jcom.home.ne.jp/j-citizenship/siryousyuu7.htm

※「外国人がたくさん日本国籍をとったほうが、早く天皇制は潰れる」「なんとしても日本人を差別して死にたい」等がある質疑応答はHPより、既に削除されている。

以下は、質疑応答の全文。


[質疑応答]

○参加者

 いくつかお聞きしたいことがあるんですが、一つは「国籍取得緩和法案」が自民党などによって準備されましたけれど、その狙いは何かということです。日本の政府は以前は、在日韓国・朝鮮人を外国人であるということで、いろいろな権利から排除してきました。けれど、やはり歴史的な責任もあるし、八〇年代の指紋押捺反対闘争などの運動もあって、今ではそれが通らなくなってきている。外国人として排除するわけにもいかないし、さりとて日本人でもない。そういう、言葉は悪いかも知れないけれど、中間的な存在としての在日韓国・朝鮮人が掛け橋となって、国民という枠が揺らいできているように思うんです。参政権の問題なんかはそうですね。だから、扱いにくい在日韓国・朝鮮人を国民の中に入れてしまうことによって、国民という枠を立直そうということがあるんではないかと思うんです。それで、やはり国民と外国人との間を峻別し続けていきたいんじゃないか。

 もう一つは、それとも関連するんですけれど、国民国家というものをどう考えるかということです。確かに、現状で国民国家を解体して、市民国家というんですか、そういうものに変えるということはできないと思います。ただ、一言に国民国家といっても、不変のものではないんではないか。例えば、昔ある法務官僚が「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと自由」とかいうことを言いましたが、さすがに今ではそういうことは言えない。国際人権の一定の発展とかいうこともあって、外国人の人権ということも、少なくとも建て前としては言わざるをえない。だから、不変固定のものとしての国民国家と市民国家の二者択一ではなくて、その中間的なもの、移行的なものを目指していくということもあるんではないかというふうにも考えるんですが。その辺りのことについて、どういうふうに考えたらいいのか、話していただきたいのですが。

●講師

 「国籍取得緩和法案」の狙いというのは、たぶん、日本に住んでいる人間を国民か外国人かで明確に線引きしようとするところに狙いがあると思います。良いか悪いかは別にして、その線引きが一番分かりやすい。ところが今日本の社会は、在日がいるからその線が引けない状態になっていると思います。在日に外国人としての処遇をしようとすると、それは余りにもひどいのではないかという議論になります。在日に内国民待遇を与えていくと、それに伴って在日以外の外国人にも内国民待遇を与えなければならなくなります。日本政府にとって在日は非常に困った存在であると思うのです。それで、国民と外国人の間に明確に線が引けるようなことをやりたがっている側面も否定できません。しかし、在日韓国・朝鮮人の処遇として在日韓国・朝鮮人が簡単に日本国籍を簡単に取れるようにすることが、良いか悪いかを、皆さんが、主体的にどう考えるかということも問われています。

 例えばニューカマーの人達の処遇をどう考えるかと言ったときに、私は彼らにも日本国籍を与えたら良いと思っています。ニューカマーの処遇問題は国籍法を生地主義に改めれば問題はほぼ解決すると思っています。日本で生まれてきた子供は、民族や出身がどこであろうと全部日本の国籍が取れる。渡日一世の人達は外国籍で残りますけれど、渡日一世と国民との間で一定の差異があってもしかたがないでしょう。ただ、渡日一世についても五年や一〇年ぐらい経てば、地方参政権ぐらい与えるとか、国籍を取れるようにするとか、そういう議論を進めていけばいいんじゃないかと思っているのです。あとは、その人達の多様な民族や人種の教育保障や、就職差別を許さない社会システムをどう作っていくのかとか、そういうソフトの部分に力を注いでいけばいいのではないでしょうか。

 ところが現状は、在日がこの六〇年間苦労して改善してきたにもかかわらず、ニューカマーの人達がまた同じ苦労をしています。その意味では、日本社会は何も変化していなかったのです。これまで、在日にも権利があるように言われてきたのですが、それは全部恩恵だったのです。あれが権利として本当に確定しているのだったら、ニューカマーの人達が来たときにも、医療や福祉などの今日的な問題は起こらなかったはずです。

 こうした状況に対して、どう取り組んでいくのが一番良いのか、私たちの側もしっかりと具体案を持たなければなりません。政府・自民党は持っています。今、考えられている「国籍取得緩和法」が、その一例です。彼らは、これで外国人と日本人の間に明確な線引きをし、在日韓国・朝鮮人を日本人側に取り込んで、それでおしまいにしたがっていると思います。だけど、だからといって「国籍取得緩和法」はおかしいとだけ言っても、問題は解決しません。そう主張するなら在日韓国・朝鮮人の処遇について当事者や国民が納得するような対案が必要です。しかも、現実的な対案です。理想的すぎて非現実的な対案では意味がありません。「国籍取得緩和法案」の狙いは、外国人と国民の間に明確に線を引こうとしているのは、確かにその通りだと思いますが、しかし、すべて否定的に見るのではなく、その方向の中に、新しく創造的なものを追求すれば、在日韓国・朝鮮人次第で、もっと良い社会が実現できる可能性も含まれていると、私は思います。それは自民党とは目標なのですけど、そういうふうにできるか、できないかは、こちら側の問題でもあるわけです。

○参加者

 二つ質問したいんですけど、一つは、今の在日の若い世代がどういうふうに考えているかということです。もう一つは、日本の歴史的責任と在日の権利ということをどう考えたら良いかということです。

●講師

 まず、あなた方と同じくらいの在日の若い世代が何を考えているかということは、私にもよく分からないのです(笑)。たぶん、日本人の若者と同じ感覚だと思います。ただ、在日の青年は自分が韓国人や朝鮮人であることがばれたら嫌だと思いながら生きている人が結構いるということはいえます。それは非常に大きな問題だと思います。自分の持っているものをそのまま出すことができ、社会がそのまま受けとめてくれればそれでいいのですが、やはり差別的な社会ですので、差別を受けるわけです。在日韓国・朝鮮人側にそのことへの恐怖感が強くあることは事実だと思います。だから、日本人の若者と在日韓国・朝鮮人の若者は、日常の生き方の中では考え方なんかは同じように見えても、内心のところではちょっと違うのです。それは、外から見ていてもよく分かりません。我々の時代は、差別がもっと厳しくて社会との緊張した関係があったので、韓国人とか朝鮮人であることを必死で隠すということが外から見てもわかりやすかったのですが……。

 それから、歴史の責任という話ですけれど、これは難しい。ちゃんと歴史的な総括をすべきであるとか、戦後補償をすべきであるとか、これは正しい意見であると思うのですが、正しくても日本社会にはなかなか受け入れられていません。戦後補償もなかなかやらないし、過去の歴史については謝ったではないか、何回謝ったらいいのか、という形になっていると思います。昨今、また教科書問題もでてきました。歴史の問題は今の六〇とか七〇歳の政治家の人達では解決できないのではないでしょうか。若い世代が政治家でもなって、もう少し客観的に歴史を見て、また、韓国のほうも世代交代して、ちょうど同じ世代が侵略の当事者性のない、直接侵略したり、されたりしていない関係性の中議論すれば、共通した歴史観が生まれてくるのではないかと思います。

 戦後補償についても、引き続き訴えていかなければならないと思いますが、かといって過度にそれを主張するのもどうかなと思います。時間をかけて解決するしかないでしょう。本当は、野中さんみたいな人物が総理大臣になって、20世紀末に戦後処理を全部やってしまう。21世紀からは新しい未来関係で行くんだというふうにしないかなと期待していましたが、そうはなりませんでした。やはり21世紀も、地道に時間をかけて解決していくしかありません。

 在日韓国・朝鮮人の権利の問題ですが、今在日韓国・朝鮮人の中で一つの流れとして、日本社会に自分たちはどう貢献していけるのか、こういう言い方をする人達が出てきています。民団や総連は、今まで祖国には貢献しても日本社会に貢献するなんてことは考えてきませんでした。ダーティーな言い方をすれば、日本でお金を儲けてそれを祖国に注ぎ込んだらいいというぐらいのスタンスだったのです。それがある意味では日本社会の不信かった側面があったのではないかと思います。ところが、在日韓国・朝鮮人の事業家たちは、二世や三世がオーナーになってきていて、この人たちが在日韓国・朝鮮人は日本社会にどう貢献していくかということを言い始めているのです。在日の社会にも変化が起こってきています。権利だけを主張するのではなく、権利を持った分どうして日本社会に貢献していったらいいのかを考え始めているのです。

○参加者

 僕は普通の大学院生で、これまであまりこういう問題に直接関わりを持ったことはありません。「国旗・国歌」が問題になったときに、YWCAで「国旗・国歌を考える会」みたいな形で集まりがあって、それを覗かせてもらったぐらいなんです。だから、いろいろ知らないこともあって、お話はすごく勉強になりました。

 それで、一つ聞きたいんですけれど、国籍をとった上で韓国系市民として、どう社会に提言していけるのかということについてなんです。「国旗・国歌」の時もそうだったんですが、日本の公立の中学校なんかは日本の政府ー文部省が直接指導力を持っている学校で、政府の意志が直接反映されていく。それで、在日韓国・朝鮮人の人達が「国旗・国歌」を強制されたときに、自分たちは日本人ではないのにそれを強制されているという意見が非常に多かったんですね。それが「国旗・国歌」に反対する声をあげていた在日の人達の主張の拠所になっていることがあったと思うんです。しかし、韓国系市民として日本国籍をとってしまうと、例えば「国旗・国歌」の問題についてはどうしていくのか。

 それからもう一つ僕が思ったのは、在日の人達は、在日韓国・朝鮮人という枠で自分たちのことを考えてしまい、外国人という枠では自分たちのことを考えていない。ある在日の両親の方が言っていたのは、学校の先生は自分の息子に対して「お母さん」と呼ばせようとしている。でも、私は子供に「オモニ」と呼ばせてきたから、学校の先生のやり方はどうしても納得できない、と言っていたんですね。でも、そんなことを言ったら、ペルー人の子供もいれば、フィリピン人の子供もいるわけですね。それじゃあ、学校の先生はペルー人の子供にはペルー語で、フィリピン人の子供にはフィリピン語でしゃべらないといけなくなるじゃないですか。つまり、在日という枠だけで考えてしまって、どうして他の外国人と連携をとっていかないのかというのが、一つ大きな疑問なんです。さきほどのお話で、ニューカマーの人達は、在日が被ってきたのと同じ苦労をしていると言われたと思うんですが、在日という枠を取っ払って、外国人の連合体という方向性に動いていくということは考えていないんですか。

●講師

 「国旗・国歌」の話で、在日の拠所が、そういう所ではちょっと情けないと思います。日本人でも「国旗・国歌」は嫌だという人はいます。逆のことを言えば、在日の中でも「日の丸」掲げて軍艦マーチかけて走っている人もいるわけです。在日が右翼団体をやっているケースも少なくありません。だから、個人個人の意見ということでいいと思うのですけども。日本人にしても韓国人にしても、それぞれがどういう理由で反対するのかということを、自分の中にしっかり持っていれば、それでいいんじゃないかと私は思います。

 もう一つ、外国人の連合ということですが、私は今大阪の方で多民族共生人権教育センターという研究啓発団体の理事長をやっていますけれど、それは基本的には在日の問題をベースにしながらニューカマーの問題にも取り組んでいけるようにしています。こうした新しい動きが出てきています。ただ、私は外国人としての連携だとか連合だとかいうよりも、コリア系市民、あるいはフィリピン系市民、何々系市民というマイノリティーの連合のようなものを考えています。

 外国人というのを漢字で書いたら、外の国の人となりますが、日本人の外国人に対するイメージと言えば、「害国人」となります。日本の国に害を与える人というイメージです。その外国人のイメージを変えるためにも、例えばフィリピン人は「外国人」ではないようにしたいです。そのためには国籍法を生地主義に改めて、二世以降は○○系日本人になるように、日本人の概念を拡大して、日本人イコール大和民族にならないようにしたいです。繰り返しになりますが、渡日一世については三年ぐらいで市民権的な権利を持てるようにしていくのがいいのではないかと思っています。

 ただ、在日が日本国籍をとるということになると、天皇制の問題をどうするのかという人がいますが、外国人がたくさん日本国籍を取ったほうが、早く天皇制は潰れると思います。というのは、この先もどんどん外国系市民が増えます。ある統計では、一〇〇年後には五人の内三人が外国系になるといいます。そうなれば、日本で大和民族がマイノリティーになるのです。だから、私はあと一〇〇年生きて、なんとしても日本人を差別して死にたいです。これが夢です(笑)。そういう社会が来たら、その時に天皇なんていうのは小数民族の酋長さんみたいなものになります。

こうした素晴らしい戦術があるのに、それを、今の左派のように、日本国籍を取ったらダメだということをやっていたら、いつまでたっても天皇制は温存されたままではないですか。

○参加者

 天皇制の問題も、「日の丸・君が代」の問題もそうなんですけど、一番嫌な議論というのは、在日や部落の人達をどうするんだといって批判するやり方だと思うんです。そんなやり方をするんなら、反対するのを止めといたらと思うんです。やっぱり自分の問題として考えていかないといけないんじゃないかと思って。

 例えば、国籍取得の問題で僕が今一番不安なのは、国籍取得したら今度は徴兵制が敷かれるかも知れないじゃないですか。「テロ対策特措法」なんかできちゃって、自衛隊なんか入る人間いなくなってくるわけですよね。それで、国籍取ったとたん徴兵制なんか出てきちゃったり、九条が改憲されたりしてしまうかもしれない。だから、やっぱり問われているのは日本人だなと思うんです。

 さっき話が出たオールドカマーとニューカマーの問題もそうなんですけど、在日がもっとニューカマーのことを考えなきゃいけないというよりは、日本人がもっとニューカマーのことを考えないとどうしようもないと思うんです。在日が日本国籍を取っている人を含めて一〇〇万人として、純然たる日本人というのは一億人を超えているわけですよね。その一億が変わらないとやっぱり変わらないと思うんです。ただ、一億の人間が全部同じ方向を向くわけはないから、やっぱりどうやって主体的に変えていくのかということを考えていかないといけないと思います。

○参加者

 「国旗・国歌」のことについてなんですけれど、僕は「国旗」についてはやはり必要なんじゃないかと思うんです。どの国民国家もいろんな悲惨な歴史を持っているわけですね。どの国もそうだからといって、別に良いというわけじゃないんですが、やはり国家がある以上、一つの記号として「国旗」というものは必要なんじゃないかと思います。「君が代」の問題については、天皇賛美の歌を全国民に歌わせるというのは、宗教の自由というところから、おかしいと思うんですが。

●講師

 「国旗」が必要だという考えですね。

例えばドイツの国旗が、ナチス時代の「卍」型のものだったら、日本人はドイツの国旗は「ひどいなぁ」と思うはずです。けれども、日本の国旗になると、アジア侵略の象徴であった「日の丸」であっても、それで良いという人が結構いるのです。この感覚は他者(アジアなど)から見たら鈍感としか言いようがありません。でも、文句を言えないのです。なぜかといえば、日本がアジアにいっぱいお金を撒いている(援助)からです。アジアから日本に文句を言って、日本が経済援助してくれなくなったら、たちまち困るのです。文句を言いたくても言えない関係があるのです。

そこで、今、中国がどんどん力をつけています。中国の力が本物になったとき、アジアで日本は孤立するのではないかと心配します。日本ももうちょっと過去の歴史に誠実になって、昔とは違う日本(国民性)を尊敬してもらえるようにならないといけないと思います。でも、金持っている限り誠実にはならないでしょう。近所の成金のおっさんは、やっぱり誠実にはならないですから………。(笑)。

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李敬宰(い・きょんじぇ)
大阪・高槻むくげの会 会長、在日コリアンの日本国籍取得権確立協議会 会長



高槻市が在日団体を提訴へ 中学校の一室不法占拠

 大阪府高槻市は5日、市立第一中学校の一室を1年以上、不法占拠しているとして、同市の在日韓国・朝鮮人団体「高槻むくげの会」に対し明け渡しを求めて大阪地裁に提訴する方針を明らかにした。9月定例市議会に関連議案を提出する。

 市教委によると、昭和60年度に「在日韓国・朝鮮人教育事業」をスタート。市教委は同会と日本語の識字学級や地域子供会などを共同で行い、「便宜供与」として同中学校青少年課分室の一部、約30平方メートルの使用を認めてきた。

 しかし、市教委はこの事業を平成13年度から「多文化共生・国際理解教育事業」に変更。在日韓国・朝鮮人だけでなく、ブラジル人やフィリピン人などにも部屋を開放することになったが、同会が占有した状態が続いた。このため昨年1月、同年3月末までに部屋を明け渡すよう求めたが、「差別、弾圧だ」などと拒否したという。

 同会は4月以降も明け渡しに応じず、部屋を無断で使用して日本語講座などを有料で開催。光熱費は中学校が負担しているという。

 市教委青少年課は「他の市民に説明がつかない」。同会の李敬宰会長は「提訴は非常に遺憾。断固戦う」としている。
(2006/09/06 7:40)
http://www.sankei-kansai.com/01_syakai/sya090602.htm
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by thinkpod | 2006-11-02 02:08 | 半島
2006年 09月 21日

李氏朝鮮、在日特集

司会者: こんばんは、日本の息吹の時間です。今、日本に風が吹きはじめています。この番組は今の日本を動かそうとしている人、あるいは動かしている人、あるいは動かしてきた人、そういう日本の息吹を感じさせる人をお招きしまして、お話を伺う番組です。今日は大変興味があるお二人にお出でいただきました。今日は朝鮮問題特集ということで、その専門家、研究家のお二人をお招きしました。ということで宜しくお願いします。では、早速、ご紹介したいと思います。まず、私の左側、みや東亜さんです。
みや東亜: みや東亜です。よろしくお願いします。
司会者: そして、右側がドロンパさんです
ドロンパ: ドロンパです。よろしくお願いします。
司会者: というわけで、なぜ変な名前とみなさんお考えになる人もいらっしゃるかもしれませんが、これは一種のペンネームというかですね、ということで発言しているんですけどもいろんなところで2人はインターネットのサイトでも発言なさっているということで、そういう意味でのハンドルネームということで考えていただければいいと思います。
みやさんはもう朝鮮問題というのはそうとう長いと聞いていますけれども・・・・
みや東亜: もう30年くらいやっておりますけども・・・
司会者: ということでですね、なまじっかの大学の先生などよりはるかに深いたくさん広い、知識と考え方、判断力、分析力をお持ちになっております。
そして ドロンパさんも結構もう(どのくらいやってますか?)
ドロンパ: はい、そうですね、本格的にこういう問題を研究しはじめたのは、だいたい4年前、5年前からなんですけども・・・
司会者: なんかきっかけがあったんですか?
ドロンパ: そうですね。うちが福岡が実家なものですから、やはり福岡というと距離的にものすごく朝鮮半島と近いと、ですからハッキリ言うと朝鮮jinが最初に日本に来るところは福岡なんですね。ほとんどの場合が、ですから、あちらでは 朝鮮学校、民族学校というのが非常に多くて、彼らと接する機会が多かったというのが事実ですね。
司会者: まぁ関心をお持ちになった。研究をおはじめになったという・・
みやさんは、もうずいぶん長いんですけどもきっかけはあったんですか?
みや東亜: きっかけはですね。岩波新書のですね。「韓国からの通信」ですね。
司会: あ、T・K生ですか、ま、インチキ本ですね。あたしらはあれ読みましたよ。ずいぶん。
みや東亜: だまされましたよ。

司会者: だまされましたねぇ~
朝日新聞と朝日ジャーナルとT・K生の岩波新書読んでるとほんとにすっかりあっちの世界に行ってしまってですね、  私も18くらいまで結構、うち朝日新聞読んでましてね。岩波新書なんて私、お恥ずかしい話っていうか、別に恥ずかしい話ではないんですが、毎月3冊くらい出てたんですよ、1960年代ですね。3冊ぐらい岩波新書でてましてね、私は少なくとも高校生のときは毎月出てる3冊、どんな分野でも岩波新書読みましたよ。うちの古いのは全部捨てましたけどね、岩波新書ずら~と並んでましたよ。で、朝日ジャーナル読んでましたしね。すっかり、戦後の教育をズボズボに教育受けてましたよね。大学入ってやっと騙されてたことがわかりまして、あれだったんですけども・・
まぁそういうキッカケだったんですね。

みや東亜: そうですね。ちょうどあの頃はまだあの朴正煕(パクチョンヒ)大統領がお元気だった頃だったので
とんでもない人権弾圧をしている大統領と完全に吹き込まれましたね。
司会者: 極悪非道の独裁大統領とね。
みや東亜: そうですね。
司会者: 私は大学卒業して映画・テレビの世界入ったんですけどもね。やっぱり行ったんですよ、ソウルなんかまだ戒厳令時代、やっぱりまだ貧しかったんですけどもね。ちょっと今、最近行く韓国とは違うある種の良き雰囲気があったというのはちょっと言いたい気がしますね。まぁその朝鮮半島ということなんですけども その60年代を席巻したT・K生の「韓国からの通信」でしたか、あれのような、つまり誤解と偏見というよりもむしろ、誤報がですね、満ち満ちてて、どうですか朝鮮の研究なさってて、そういうものは全部払拭されましたか?
みや東亜: いや、全然だめですね。最近、ようやくですよ。
司会者: ドロンパさんから見ても?
ドロンパ: そうですね。もうほとんどこのハッキリ言えば虚偽と捏造で、ずっーと韓国では歴史が教えられていて、またそれを日本が無条件に受け入れてきたところがあるんですね。
司会者: やっぱりそのそういうものを見ててまず、情報がまずやっと広がりはじめた。
これ、インターネットですかやはり・・?
みや東亜: そうですね。やはりあの2002年のワールドカップ、あれでですね。疑問に思った方というのがですね、インターネットで見てですね、韓国というのはこんな国だったのかと、でまず驚いたと、で、まぁあと小泉訪朝ですか、あれで決定的になったんでしょうね。
司会者: なるほど、関心が高まったと同時に現実の姿っていうのが見えてきたということですね。
ドロンパ: さっき私が言ったようにですね。ずーと日本のマスコミというのが韓国の本当の姿っていうのをなかなか伝えなかったんですね。それはみなさんご存知の通りだと思うんですけれども それがあの90年代の半ばすぎぐらいからですかね。ネットが一気に普及しましたよね。普及したことによって今まで伝える媒体っていうのがマスコミにほとんど限られていたわけですよ。それが一般の人でもネットを通じることによって本当の意味での情報っていうのを手に入れられるようになった。そこで、韓国とまぁ北朝鮮もそうですけども韓国との関わりというものを自分の目で見ることができるようになったわけですね。情報を生で。
その結果として韓国というのが、あまりにも虚偽・歪曲・捏造をやっていると。そういうのが今、一般国民に知れ渡っている段階じゃないかと私は思いますね。
司会者: そうですね。それとやっぱり戦後の教育というかですね。そういう意識が、ある種の全然、根拠のない贖罪意識とかそういうものであったり、朝鮮半島の人々、朝鮮jinに対する一種のなんと言うんですか、なんか言うと一種の腫れ物に触るようなね、感覚っていうのがね、マスコミも持っていただろうし、日本人自体も持ってたような気がしますね。
まだ、あると思いますけどもね。そういう意味で言えば、在日朝鮮の方、韓国に対するですね、まぁ特別の在外国人法人とは違う特例みたいなものをですね、特例措置が行われているということも含めてやっぱりかなり日本、我が国と朝鮮半島という関係というのは異常な形になっているという気がするですけども・・・
みなさんから見てですね、今一番問題なのは何ですかね。いろいろあるとは思うんですけども
みや東亜: まぁ特永問題が一つあるでしょうね。特永によって在日の外国人が犯罪を犯しても国外追放されないと、
司会者: 問題ですよね。それは・・
みや東亜: 実際ですね。組織犯罪(暴対法指定)の団体のトップの20団体のうち、3団体か4団体はですね、外国人なんですよ。(注1)
司会者: 外国人というのは在日・・
みや東亜: そうです。
司会者: いわゆる在日朝鮮半島系の・・
みや東亜: そうです。
司会者: なるほどね。結構、これは言われることですけども そういうの多いって言いますね。構成員も結構多いという。。
そういう意味でいうと今言ったその特別に待遇視されている、というのがまず一番問題になるというわけですね。
ドロンパさんから見てどうですか?
ドロンパ: 特永も当然、問題になってくるんですけども私が一番問題だなと思うのは朝鮮学校、民族学校ですね。あそこでこれまで行われてきた反日教育、コレに対して日本政府が何も言わないっていうのは明らかに間違ってますね。反日教育っていうのは何かって言ったら虚偽の歴史を教えて日本に対する憎しみを煽りたてていると・・・
そんな反日教育を受けてませんよと彼らは言うんですけども、実際に彼らの教科書見れば一目瞭然ですね。過去にずーと過去にさかのぼって韓国、朝鮮っていうのは日本に文化を伝えた大恩ある国家であると、それを秀吉にしても日帝36年にしても恩を仇で返すような真似をしてこんな酷いことばかりやりましたって、韓国の教科書、歴史教科書っていうのはほとんどそれに集中しているんですね。そういうものを今、韓国の教科書って言いましたけども在日朝鮮学校、民族学校ですね。同じものが使われてますからね、それをずーと教えてこられて、じゃぁ日本に対して愛着を持てるかっていったら持てるわけがないんですよ、そんなもの。そこをですね。日本の政府のほうがほったらかしにしていていいのかとそのように私は思いますね。
司会者: どうですか?そっちのほうは
みや東亜: えーとまず、教育に関していえば、入試ですね。例えば、日本の入試、外国語にですね、センター試験にはですね、五ヶ国語入っているんですけども韓国語が入っています。
それで、韓国の入試には外国語に日本語が入っていません。(注2)
司会者: なんででしょうね。普通は相互に入るっていうのが普通ですけどもね。
みや東亜: 一応、取り決めのときには相互でやるということになりまして、日本がスタートしましたけども韓国側は未だ、スタートしてないと・・
司会者: 結局、嘘ついてることになりますね。
う~ん、あのね、わたしね。別にね。殊更、狙い撃ちっていうか、そういうものはないんだけども例えば、山手線とかですね。なんだかしらないけどやたらと最近ね。駅の表示にね。ハングルが書いてあるんですよ。そんなね、例えば在日の人たちはですね。いるとしても日本語読める人、ほとんどですよね。ということは何でそんなね。韓国から観光客が多いからといっても 台湾だって多いし、他のとこだって、アメリカからだって多いわけですし、英語はまぁある種の共通語になってるからあれなんだけどもやたらととにかくそういうおもねるような感じのね。じゃ、日本の人が韓国行ったら書いてあるかっていったら書いてないですよね。ほんとに観光地のところにちょっと書いてあるだけってことなんですどもね。ちょっとやはり我々の日本国民の姿勢というのがいわゆる朝鮮半島の人々に対するのがですね、ちょっと異常な感じがするんですね。
教育の問題と今言った特別永住許可っていう措置ですね。一番よく言われるのが、我々少し分かっている部分があるんですけども見ている方のためにこの特別永住措置っていうのはですね。これはあれでしょ。迷惑かけたからといういわゆる何ていうですか?贖罪意識のほうから特別待遇ということになっているんでしょ。
みや東亜: いやそういうわけじゃないですよ
えーとあれは朝鮮戦争のですね避難民なんです。
司会者: あっそうでしたね。
みや東亜: 朝鮮戦争ってのは未だに終わってないんですよ、実は。
そのためにあの38度線にJSAというのがありまして国連軍がまだ頑張っている。
司会者: そうでしたね。
これも私ちょっとあれだったんですけどね、つまり難民なんですね
ドロンパ: いや難民とはいえその例えば誰も彼にも特永が与えられるわけではないですよね。
ですから私はまずこの特例措置はとにかく止めていただきたいと思います。
これ他の外国人に対する明らかな差別ですから。
司会者: いや全くその通り。いやそれなんですよ。
それがほんと正論でね。うちはフィリピンチャンネルもやってますから。
フィリピン人なんて酷いもんですよ。
ほんとに、あの人達今在日の方達あれも結構垣根低いんでしょあの帰化するの。
非常に低いし、例えば日本で商売する事も韓国で商売する事も両方ともできる。
非常にプラスになるわけですね。商売上も都合が良いいうことなんですけども。
あのー今、なぜその特例をはずされないからというといわゆるまだ北朝鮮と韓国が睨み合ってるからと、いうような理由なんですか?
みや東亜: 戦争継続状態ですね。
ドロンパ: それは昔の理由であって今はたぶん違いますね明らかに。
司会者: 全然違いますよね。
ドロンパ: はっきり言えばあの差別問題とかですね特別なその意識問題というところにかかってるんですよね。ですから今私が言ったような特例廃止しろと言うと必ずと言って良いほど
その在日の組織というのは騒ぎますから。お前の言ってるのは差別だと。(注3)
司会者: いやじゃなくてあれでしょうね、ほら、そうなんですね。
向こうは言うでしょうけど。現実に言ったらね、特別あのーね最高の状態にしてるわけですからね。あのあれですかそうするとちょっと私は詳しくないんで聞きたいんですけど38度線がなくなればそれがなくなるという規定なんですか?期間は設けられてないですか?
みや東亜: いや設けられてません。作ったその時点では一応難民であるという事で3代までという事だったんですけど実際もう4世が出てですねそれで改正なってるんですよ。
司会者: 恐ろしい・・あれですね。
それともう一つはあれですねもうノーベル賞もらっちゃってですね金大中とですね金正日がですねもう抱き合っちゃってねやってるくらいですから、もうそんなもちろん国境線はありますしね危険な状態であるかもわかりませんけどもう全然状況違ってますよね。それともう一つ私は素朴な質問したいんですけどよくまだまだ強制連行されて来たんだとこちらにいるまぁ在日朝鮮韓国の方は、そういう歴史的背景があるからそういうある優遇措置をしなけばいけないと、これにちょっと反論していただきたいんですけど。
みや東亜: はい、でまず強制連行の定義ですけども徴用と言った場合あのこれはですね日本はしました。あの国内徴用ということでしました。(注4)
司会者: まぁ日本人もみんなね。
みや東亜: あと女子挺身隊ということで朝鮮の女学校の方が日本にですね来ました。これも事実です。
司会者: これなんか売春させられたと言ってますね。
みや東亜: あのー韓国のですね慰安婦問題の協会名は挺身協というんですね。
司会者: 挺身協、はい挺身隊協会という・・
みや東亜: ようするにですね向こうでは挺身隊と俗に言うそういう従軍慰安婦に関して混同してしまってるんです。(注意5)
みや東亜: ということはあれですか挺身隊というのはいわゆる工場労働とかいろいろなところでそういうまぁ徴用ですよね。
司会者: いや徴用じゃないんですあれは全部志願なんです。
みや東亜: あ志願なんですかこれも大事な事ですよね。
ということはえーまず行った人たちが志願して来た人たちが実は従軍慰安婦と称されるあのこれもまたあとでお話聞きたいんですけど、この人たちと混同されている。挺身というと身を挺すと書くから売春の体を売るほうにずらしちゃってる。これは全く違うもんですよね、これ。
司会者: であの名古屋の訴訟がまぁ控訴審あのやってるんですけどもこれはようするに間違ったとそういうふうに韓国でそういうふうに間違われたのでそれの名誉回復してくれというのが主題になってるんですよね。
みや東亜: 間違ったのは我々のせいじゃないからね。韓国報道とかそっちの方ですからね。
結局挺身隊というのはそういうものだったという、なんかどっかで聞いたら訳し方がね
挺身隊が従軍慰安婦と出てくるとどっかで聞いたことあるんですけどね。
そういうふうになっちゃってるんですね、挺身隊即従軍慰安婦と。
これがまずそういう人たちは志願で来たと。それからまぁあれですねあの挺身隊は志願で来た。
みや東亜: ですから女性の徴用というのはないんですよ。でなおかつそういうまぁ挺身隊で来た方々は全てあのGHQのですね命令によっての無料帰国船で帰国されてますので国内にいるはずがないんですね。
司会者: 希望者は全員帰れたんですよね。
みや東亜: はい
司会者: これは間違いないことなんですよね。
ドロンパ: それがさっきの在日のと関わってくるんですけども要するにあの日本の敗戦を迎えた後朝鮮半島にどうぞお帰りくださいと、みなさんあのーねこっちに無理やり連れて来られたと言うんだったらどうぞお帰りくださいと言って帰還船まで出しているのに帰ってないんですよね。
司会者: 帰りたくないんですよね。
ドロンパ: はっきり言えばその通りですね。
みや東亜: 逆にですね日本国内は空襲で丸焼けなんですよ、朝鮮半島は空襲受けてないんですよね。
資産が丸々残ってますからそういう状態でいるにも関わらず帰ってないんですよ。
司会者: それはあえて聞きますけどなんでなんでしょう?
ドロンパ: やはりメリットがあると。
結局日本で働いてまぁある程度資産を作ったとその資産を丸々朝鮮半島に持っていけなかったという部分もあるとは思うけれどもやはり日本で暮らしやすかったというのが一番でしょうね。それしかないんですよ。
みや東亜: でも200円ですからね当時で持ち出し制限が、で強制連行されて奴隷的な扱いを受けてなんでそんなにお金残るんですかね。
司会者: それがまずそういう事なんですよ。
例えばねちょっとこれまぁもっときちんとやらないといけないんですけど例えば従軍慰安婦と言われるねあのーこれ前にドロンパさん言ってた従軍売春婦ですか?
ドロンパ: 売春婦ですねこれは。
司会者: 従軍売春婦と言った方が良いと思うんですね。あの慰安婦というといかにもなんかね慰安婦は確かにいたんですけどね従軍と付くのはいなかったんですけどもこの人たちがだいたいどこでもまるであの報道によるとたこ部屋に押し込められてとにかく毎日毎日男相手させられてお金一銭ももらってないというんですけどもそういうイメージで語られてる。ところがずいぶんお金もらってるんですね。私ねインドネシアで前に行った人に聞いたらえーと兵隊一円なんか下士官三円とかね将校五円とか聞いた事あるんですね。
てことはその当時三百円でですねそれなりの家が建ったと誰かこれ言ってましたね。
えっと渡部昇一先生か。渡部昇一先生は秋田の出身ですけどあのだいたいあの家がね三万円なんか請求したやつがいるとその時代のね従軍慰安婦として、そんなお金を取り戻せって言うんだけれど当事三万円あったら百軒だかなんだか家が建ったと言うんですね。
ドロンパ: あのー今の話繰り返しというか説明になっちゃうんですけども
結局この彼らがまず韓国人ですね、慰安婦という言葉をどういう意味で使ってるかって言うと軍用性奴隷なんですね。
司会者: 軍用性奴隷。
ドロンパ: そうです要するに軍人にもう奴隷化されたその性に対して奴隷化されたという意味で使ってるわけですね。ですから私はそれ絶対に違うと事実と照らし合わせてそれは違うだということで従軍売春婦という言葉を使ってるんですね。
で先ほど言われてたお金の件ですねこれ正確には26,145円ですね。
この返還請求っていうのは貯金返還請求ですね。でこれは従軍売春婦の方が一人やられてるんですね。でこの方の額を考えていただきたいんですけどもこの方がですね1943年からですか43年から45年の3年足らずの間にこの26,145円というのを売春料で溜め込んでるんですね。これは本人が言ってるわけだから間違いないわけですね。
で、当時の陸軍大将の給料、年収というのがだいたい6600円、3年やっても2万円届かないですよ。わずか3年足らずで2万6135円、今のお金に換算するとですね。まぁ、戦後のインフレーションがあったので難しいんですけども、だいたい8千万から1億くらい、まぁ、それ以上かもしれないですけども、それぐらいだと言われているんですよ。
それだけ金をもらうですね、まぁ言ってみればその使役する側より奴隷のほうがですね、金持ってるなんてことがありえるのかと、
司会者: 性奴隷っていうね、金持ち性奴隷っていうのも妙な感じですよね。
みや東亜: 左翼がですね、言葉創るのが得意なんですよね。性奴隷ですから「Sex Slave」、まぁ「Military Sex Slave」でいいんですかね、本当は「Comfort Woman」とかですね、「Camp Follower」っていうのが正しいですけどもそういう言葉のすり替えですね。
司会者: 「Slave」っていうのが言いたいんですね。
みや東亜: はい
司会者: いや、私もね、一応、文学部出で、物書きも関わっているからいうんだけどもなんかね、「性奴隷」とかっていうとね、昔、30年前の「ロマンポルノ」とかね、やってるようなね、非常に猥褻なね、汚らしい感じがね、つまり言葉自体が持ってるのを非常に感じますね。なんかそのためにやってるでしょうけどね。
みや東亜: あ、ナチスにはですね、実際、「性奴隷」いたんですよ。
肩にですね、刺青で番号入れられてですね、管理されたところに入れられて、そういう本当の「性奴隷」がいたのでそれと混同させたいんだと思います。
司会者: あ、ダブらせたいんだ。
みや東亜: そうです。
司会者: やっぱり、一番わかりやすいのは「従軍売春婦」ですね。
ドロンパ: そうですね。
司会者: まぁ、従軍ってつけなくてもいいんですけどね、でも本当に「従軍売春婦」ですよね、付いてまわったわけだから、
ただ、まぁこれもよく言われることなんですけども軍がどういうふうに関わったかということなんですけどもこれもちょっとお聞きしたいんですけども
えっとその前にいわゆる私は強制的にね、集めたっていうおじさんがいたじゃないですか?おじさんがね、朝日新聞が流行らせた、
いつの間にか口をつぐんじゃったけれども
あの済州島で集めたっていう、これもちょっとお話いただけますかね、
みや東亜: あれはですね、済州島でトラックでそこらじゅうから人間狩りやったっていう話ですよね。
司会者: それで集めて従軍慰安婦にしちゃったというような話で、私はとんでもないことをしてしまったという、それでみんなから良心的な人だと、よく言ってくれたと・・とかいうものを言ってくれた人ですよね。
ドロンパ: まぁこの従軍売春婦問題が韓国で大騒ぎになったのはまさにこの本なんですね。この本が出版されたのが1983年でして、この後から騒ぎが大きくなったと、
じゃ、ここで考えてほしいのはその前はどうだったのか、というと、
まぁ、韓国がアメリカ軍政庁から独立したのが1948年ですので、そこから数えて35年、そこから数えて35年、35年誰一人としてこの問題を取り上げていないんですよ、韓国では、政治家もマスコミもそして本人も、その家族も
こんなことが本当にありえるのかと、もしその性奴隷っていうのが事実だとして、
周りの人が誰も知らないと、そんなことあり得ないんですよね、
司会者: ありえませんね。それも韓国全土でね。
ドロンパ: そうですね。
司会者: それともう一つはちゃんと秦教授が行って調べてみたらとんでもないと
逆に怒られたとそんなことないよ。といったいなんなんだといったことらしんですけども
これに象徴されるようにはっきり売春婦だった人たちがなぜ、騒いだりするんですかね。
ドロンパ: まぁ、あのちょっと言葉は悪いんですけども当時は金欲しさにセックスをしてですね。今は年金欲しさに日本にゆすりたかりやっているとハッキリ言えばこれしか言い様がないんですね。
司会者: なるほどねぇ~ う~む。
ドロンパ: まぁ、さっきの付け加えなんですけども秦教授だけではなくてその従軍売春婦問題、この吉田清治の「私の戦争犯罪」というこの本ですね、この本に関しては済州新聞という韓国の新聞、自らがですね、検証を行っているんですよ、それで1989年の8月14日付けの署名記事で、これは実際に済州新聞が済州島に行って確認をして虚偽であるということを暴露しているんですね。自ら、そういう事実はなかったと、
司会者: 済州新聞っていうのは済州島の新聞?
ドロンパ: そうですね。
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by thinkpod | 2006-09-21 19:41 | 半島
2006年 09月 21日

李氏朝鮮、在日特集

司会者: 現地の新聞がそういうことを言ってるというわけなんですけども
いかにそういう意味では朝日新聞なんかがガンガンね、良心の人みたいな形でやっていましたから、この辺の認識というものの一つの例なんでしょうけども・・
実は朝鮮半島は、いわゆる彼らの言葉なんですけども併合なんですけども、
みやさんあれなんでしょ?植民地支配とかよく言われるけども実際は違うわけなんですよね。
みや東亜: 植民地支配と言われているのは、全くの間違いとは言いませんけども
植民地というなら、非常に幸福な植民地支配ですね。
司会者: う~ん。そうなんですよ。ここを言いたいのは北朝鮮も韓国もですね、なんか、「あの植民地支配」っていうね、「日帝の支配」のおかげでね、もう、全然、韓国は発展もできなかったっていうんですよね。この「痛み、苦しみ」いったいどうしてくれるんだというような言い方するわけなんですよ。それで、極端なやつだと辻元清美さんみたいなね人が言うように、あの苦しみに比べれば拉致問題も5人や6人ととんでもないことを言う女がいたんですけども、これ実際はどうだったのか、お二人いろいろ研究なさっているんでね、聞きたいと思うんですけども、まずどうですか?
みや東亜 例えばですね。まぁ植民地といえば人頭税、児童労働、モノプランテーション、プランテーションですね。それをやって、搾取すると・・・
司会者: 収奪しまくるというのが基本ですね。
みや東亜: そうですね。
児童労働、日帝、禁止しました。人頭税、実は朝鮮半島では、無税です。
司会者: 最高ですね。地上の天国ですね。
みや東亜: プランテーション造るにもそういうところではできないと・・・
司会者: できないですよね。あそこでは
と、いうことで別にね、ちょっと、いわゆる一般論でいう植民地支配というのとでは、まぁ、イギリスやフランスがやったものとでは全然違うことが行われてきた。
ということはですね、私は一番ハッキリ言って調べるのがいいのは、日帝支配といわれる時代のやったこととその前の時代はどうだったのか、
これはどうなんですか?
ドロンパ: あの~、それはですね、データでですね、一番わかりやすく示されるのは人口と寿命なんですよ。で、まぁ1910年の時点でだいたい1300万人ぐらいの朝鮮半島の人口が1944年、日本の敗戦の一年手前ですね。これでだいたい2500万人
司会者: 2倍ですね。
ドロンパ: 約2倍まで増えてるんですよ。ただ人口が増えたというだけではなくて寿命をみてみると1910年以前というとだいたい24歳、実はこの数字一つ見ても李朝というのがいかに酷い社会であったかというのがわかると思うんですよ。
24歳ですよ。これ、24歳というのがいかに低いかというと例えば安土・桃山時代ぐらいの日本というのを考えていただきたいんですよ。「敦盛」というの歌はご存知ですかね?
司会者: はい
ドロンパ: 「人生五十年、下天(天上界で四天王の住む部分。一昼夜が人間界の50年に当たる)の内とくらぶれば」ってありますけども、あの当時でさえ、人生50年なんですよ。
それが李朝、日本でいえば明治期ですよね。このあたりで24歳なんです。それが日本が併合した(併合末期の)1940年以降っていうのは、だいたい47歳くらいまで寿命が延びているんですよ。(注6)
司会者: だいたい、2倍ですね。
ドロンパ: 人口が延びて、なおかつ寿命が延びるということがどういうことっていうことが当然のことながら、人間っていうのは生きるためにはカロリーが必要なんですよね。
司会者: 食料ですよね。
ドロンパ: カロリーっていうのは人間の口からしか入れられませんから当然、食料が必要になってくる。その食料が当然のことながらこの人たちを養っていく食料っていうのは延びるわけですね。
司会者: 2倍以上、延びてますものね。
ドロンパ: 実際には3倍以上延びてるですね、穀物生産量というのは・・・
で、それだけじゃなくて医療ですね。まぁ、李朝時代というのは赤痢・チフス・コレラ・・ 実は今でもこれらっていうのは韓国でも結構流行るんですけども、李朝時代っていうのはこれが蔓延してたんですね。
それを日本が近代医療を取り入れることによって、まぁ併合後、たしか10年くらいで完全に抑えきっているんですよ。
でまた、日本が併合やめた後は赤痢・チフス・コレラが流行だすっていう皮肉な結果になってるんですけども、そういった医療、それから教育ですね、インフラ、ありとあらゆる
いろんな要素が組み合わさって人口も延びるし、寿命も延びるということなんですね。
司会者: そうですね。実際に、ただ単に延びただけではないですもんね、物が全部、こう
住む場所、着るもの、食べるもの、衣食住全部こう2倍以上の少なくともこうもっと豊かにきちんと育てないと育ちませんもんね。
ドロンパ: 工業だけ見ると、例えば李朝時代は一番主な産業というのは繊維とかあのあたりなんですね。で、その軽工業といわれているものが日本が併合した後、重工業に変わっている国内社会自体が、これ一つ見てもですね、日本というのが朝鮮半島にいかにですね、そのなんというか「搾取」とかですね、そういう意味ではなくて貢献してきたかというのがわかると思うんですよ。ただ、それに感謝しろとか言ってるわけではなくて、その功績は功績として認めなさいということなんですね。そうすれば一方的なですね、日本批判っていうのはそう起こらないと私は思うんですね。
司会者: 事実をまず、認めるということですね。
ドロンパ: そうですね。
みや東亜: 事実に関してですけども李朝時代っていうのがですね、どれだけ酷いかっていうのがですね、こういう本があるんですが。。。
司会者: これ、わりと有名な本ですよね。
みや東亜: イザベラ・バードのですね、「朝鮮紀行」というのがあるんですけども、この辺は日本語で訳されていますけども、原書は英語なんですけども、韓国ではハングル訳が出てないんです。

司会者: あ、そうなんですか。
みや東亜: はい、こういう貴重な資料というか当時を知る資料というのが全く出てないんですよね。
司会者: それは無理にねらって出してないということですか?
みや東亜: これはですね、やはりあの出してないというか。反発を恐れてるんでしょうね。
司会者: そうですね。
みや東亜: 例えばですね、他のダレ神父(「朝鮮教会史序論」「朝鮮事情」著者)とかですね、そういう、後、「韓国滅亡」とかいろいろあるんですけどもいっさい出てません。韓国では
司会者: なるほど、ということは、この朝鮮紀行というこの文庫本だと東洋文庫のと平凡社のと講談社の学術文庫ですね。それで出てるんですけども
これは、いろいろうちの掲示板とかでですね、評判になってる本なんですけども
これ、みやさんどういう本なのか一応簡単に説明いただけますか?
みや東亜: 簡単に言いますと、あの~いかにですね、
ソウルが世界最悪の都市であったかということが詳しく書いてあります。
司会者: そうですか。
みや東亜: あと、この方、日本から朝鮮半島に行ったんですけども
司会者: イギリス人なんですね。
みや東亜: はい、日本の風光明媚な自然と釜山に着いてですね、禿山だらけで愕然としてるんですね。その時点で、それで禿山の中に一部残ってるんですよ。樹林が。
それ何かっていうと、なんと加藤清正が植林した後なんですよ。(注7)
司会者: なるほどねぇ~。たとえ、まだ一応、みなさんのために確認すると、これはまだ併合前、李朝時代ですね。
みや東亜: そうです。1895年のことですから。
司会者: そしたら禿山だらけと、その様子はどうなんですか、実際の描写は?
みや東亜: ソウルの街角はですね、もう汚物だらけと、言うのがもうはばかる状態ということですね。
司会者: もう不潔だったと、
みや東亜: それで非常にイギリス人の女流の紀行作家で、非常に公平なんですよ。目が、
例えば他の沿海州ですとか、天津とかと見比べての話ですから・・
司会者: あっそうか、別にここだけ目の敵にしてっていうわけではないんですね。
みや東亜: はい、そういうことではないんです。
司会者: なるほど、まぁそういうとにかくハッキリ言うと悲惨な状況・・・
人々については書いてあるんですか?
みや東亜: はい、あとシャーマニズムについてですとか、あの閔妃の暗殺事件も書いてますし、
司会者: それとあれですか?人々の暮らしとかについては書いてあるんですか?
どんな程度っていうか・・・?
みや東亜: 中に写真もありますが、もう、ものすごいです。
司会者: ものすごいっていうと
みや東亜: たぶん、日本でいいますと私は見たことありませんが、黒澤明の「羅生門」の世界。
あれを想像していただければわかると思うんですよね。
司会者: なるほどね。すさまじいですよね。
みや東亜: すさまじいです。
司会者: 映画を見ていただかないと分からないですけどもまぁとにかく乱れきった、とにかく人を喰いというかですね、そのくらいの悲惨な状況ということですよね。
司会者: これはもう、もちろんお読みになったんですか?
ドロンパ: はい、読みました
司会者: どんな感じ持ってますか?
ドロンパ: もう、おっしゃった通りですね。
で、あのこれをですね、一度、ご覧になってるみなさんにもですね、読んでいただいてその上でですね、朝鮮併合が行われた後のことも知っていただきたいんですね。
それで見比べれば、どっちがましな世界だったかなんて子供でもわかることであって
わからないのは韓国人だけなんですけども
司会者: あの、まぁそういう、まぁちょっとそのある意味で失礼な言い方に聞こえるかもわかりませんけれども、ものを見たらとてもに嫌になっちゃうんじゃないかという、本当のことを知ったらね、逆に、というのは歴史的に、ちょっとまぁこれは民族、他民族を貶めるつもりないですけどもやっぱり朝鮮半島という非常に難しい場所に住む人たちにとって大陸の帝国、国家ですね、それとまぁ日本という国にはさまれた間になっているという、そうした時、一回もまともに私の記憶している限り、まともに自立したことのない国ですよね。非常にそういう意味では偉そうな言い方をさせてもらえばお気の毒な場所というか、人たちというかね。それで、また現実見ちゃったら、それはもうつらいんじゃないですか?
ドロンパ: 朝鮮紀行を読めばわかるんですが、もう国家としての体をなしてないんですね。
たとえば中に書かれてあるんですけれども
穴あき銭、だから、もう銭しかないわけですね。貨幣流通も小判もなければ紙幣もない、何にもない、ただの穴あき銭、それでイザベラ・バードが旅をするときに当然、お金を持たなくてはいけない。持って行くときに当然そのお金自体をこういう形(担いで)持って行く。とんでもない・・・
司会者: あぁ、穴あき銭をね。昔、原始家族ってあったけどね。石のあの・・
ドロンパ: ってことは逆に経済として見たときに明らかに機能してないわけですね。国家として、で、そういったものがずーと続いていてにっちもさっちも行かない状態になったときにイ・ワンヨン、まぁ李完用首相ですね。当時の、韓国では李完用首相っていうのは「乙巳(ウルサ)の五賊」とかですね。「逆賊」ですね。もう、一番の悪党扱いなんですけども、私は朝鮮史上、最高の名宰相だと思ってるんですけども、この方は当時としては2つしか選択肢はなかったと、ロシアのもう属州になるか、属国じゃない、属州ですよ、あれはもう、属州になるか日本と併合するか、どっちかしか選べなかったときに李完用首相は日本と併合するのを選んだわけですね。で、この結果として後の朝鮮半島っていうのは一気に近代化が進んでいった。その結果を見ればですね。併合というのは本当はどういうものであったのか、というのはですね。朝鮮jinの人たちが公平に見ないといけないんですね。なんにも日本人が好き好んでこんないいことやりました。こんないいことやりましたって言う必要はないんですけどもただ、彼らがあまりにも虚偽、捏造、歪曲で、「日本はこんな悪いことをしました。」「こんな悪いことをした」とだから、お前ら謝れ謝れとこれ60年やってるわけですよ。もう、いい加減にしろ、とそういうことですね。
司会者: そうですね。まぁある意味でいうとイメージとしては今の北朝鮮の300万人くらい餓死が出たりですね。自由もない、それから食べるものもない、まぁいわゆる国民経済というのはシステムももう崩壊してしまっているというあぁいうイメージなんですかね。
ドロンパ: あれより酷いですね。ハッキリ言えば
司会者: あれより酷かった?
ドロンパ: あれより酷い、今の北朝鮮を国家として機能してるかと見て、してます。と言う人は、まず、いませんよね。あれより酷い状況だったときに当時の最高権力者であった李完用首相が下した決断っていうのがどうであったかと、そこを考えてほしいんですよね。
司会者: そうですよね。
みや東亜: 実際、反対した人っていうのはいないんですよ。
例えば併合に関して言えば、反対運動、まったく起きていないんですよね。
で、賛成の運動はまぁ有名な100万人の一進会というのがありまして、そこが併合の前年に上奏文を高宗に上げてますんで、反対した人いないんです。
で尚且つですね。金玉均と言う人がですね、上海で暗殺されているんですけども、その暗殺した犯人が洪・・洪鐘宇とか言う人なんですけども。その人はもう完全に王党派なんですよね。
その人が、こんな国王を頂いて国が滅ばないのは僥倖(ぎょうこう)だ、と。幸せであると、日本に併合してもらっても、国は滅んでも、民族は滅ばないって言うことを言ってるんですよね。

司会者: なるほどね。まぁそういう意味では、こういう事実ですね。ということが知られたのが、よく巷でいわれる。ちょっと関連して言いますとですね、北朝鮮、我々ちょうど昭和30年代に小学校の教育受けたときは、韓国は農業国、北は工業国ってね、教わったんですよ。電気やダムもあってて教わったんですよ。我々は、日本の教育ですよ。戦後の教育で。ということはそれは全部、日本のインフラですよね。
みや東亜: そうです。
ドロンパ: 基本的に今の北朝鮮地域に工業が集中的に置かれたというのは間違いないんですよ。でも問題なのはそれを朝鮮戦争で勝手に両国同士で殺し合い、同族同士で殺しあって、自分たちで破壊してしまったっていう、まずそれだけなんですね。だからもし、あのまま残っていたらですね。ひょっとしたら日本への見方も少しは変わったんではないかと私は思うんですけどもね。
司会者: それと、あの~例えばよく言われるんですけどもサンフランシスコ平和条約のね、講和条約の条件で、もしですね。こんなことはないんでしょうけども北朝鮮と平和条約を結ぶなら約8兆9千億、返してもらわなくてはいけないということを言われるんですけどもあれは本当なんですか?
みや東亜: はい、そうですね。
司会者: と、いうことも知られてないんですね。
ドロンパ: ちょうどお金の話が出たのであれなんですけども崔 基鎬(チェ・ケイホ)さんという加耶大学の客員教授の方がいらっしゃいまして、その方があの「日韓併合」という本の中でですね、この朝鮮併合時の朝鮮半島にですよ。日本政府がですよ。民間ちょっと置いといて、政府がいったいいくらのお金を突っ込んだのかというのを出してるんですね。数字で、今のお金に直すとだいたい60兆円くらい
司会者: あぁ~それすごいお金になりますね。
ドロンパ: それ、韓国人の方が調べてですよ。で、さらにそこに民間というものを加えるとおそらく80兆円くらいだったんではないかと私はそのように計算しているんですけども。
司会者: 今年の日本の、81兆円でしょ。予算案が、現在のね。
ドロンパ: それをまるまる朝鮮半島に40年間、つっこんでしまったんですね。
つっこんでしまって当然のことながら返してもらえない。
返してもらえないどころか経済協力という形でさらにお金を渡している
司会者: う~ん、なんとかに追い銭みたいな。
ドロンパ: それは今ちょっと日韓基本条約の件で韓国では大騒ぎになっているんですけどもね。
その日韓基本条約っていうのが結ばれた経緯というのがやっとすこしずつ明らかになってきて今年の8月15日までに全部明らかにするってことに韓国政府が決めたみたいですけども
司会者: まぁそういう意味でもさっき言った、例えばハングルの問題ありますよね。日本がね、言葉を奪い、それから、みんな奪ったというね、ことになっているんですけども・・
教育の問題についてはどうなんですか?
みや東亜: はい、まず、ハングルですけども奪ったっていうのは大嘘で、近代ハングルを創った人っていうのは実は福沢諭吉なんですよ。
司会者: あっそうですか。
みや東亜: えぇ、福沢諭吉の弟子のですね、井上角五郎って人がですね、日本でハングルの活字を作ってですね。それを朝鮮半島、ソウルに持っていって新聞を創ったのが、近代ハングルの始まりなんですね。(注8)
司会者: あぁ、ということは日本の進めによって、そのまぁ取り戻したってことなんですね。どっちかって言うと民族的な文字をですね。
ドロンパ: それ、『漢城旬報』っていうですね。朝鮮半島で一番最初の漢字混じりハングル新聞なんです。
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by thinkpod | 2006-09-21 19:41 | 半島
2006年 09月 21日

李氏朝鮮、在日特集


司会者: なるほど、うぅん
ということも全然違いますね。
まぁそれからよく皇民教育を行ったっていうんだけどもそれも日本の国内だってみんな皇
民教育行っていたわけだからね、みんな同じだっていうね。ことなんだけれども・・・うぅん
ドロンパ: そのハングルっていうのは世宗大王が、まぁ400年くらい前に作ったといわれていまして、これは何のために作ったかというと漢字の読めない愚民のために作りました。って最初に書いてあるんです。実際に、愚民だと書いてあるんですよ。で、このハングルっていうのが作られて以降ですね、李朝で一度といえども公文書でこのハングル使われたことがありません。(注9)
みや東亜: あっ、あの公文書で出たのが最初はですね。1895年の断髪令なんですよ。
司会者: 大分、後ろいってからですね。
ドロンパ: あっ、あら
みや東亜: 断髪令のときに一応、要するに一般民衆にわかるようにということでですね。ハングルで出てますね。
ドロンパ: まぁ、そちらの部分だけでなくても本当の意味での公文書ですね。内部機関と言う形では、ないんですね。全部、必ず漢文になっているんですよ。で、ようやくあのぉ~、なぜそうなったかというと、当時の知識人たちがハングルというのは婦女子の文字、無識の文字であって、こんなもの恥ずかしくて使うべきではないと言ってるわけなんですね。で、それをはじめて朝鮮全土に広げたのは朝鮮総督府なんですね。
司会者: なるほどねぇ~
ドロンパ: で、それを韓国人たちは認識していないのか、認識してても言わないのか、どっちかなんでしょうけれども
みや東亜: あの最後の両班(ヤンパン)っていうのは安重根なんですよ。
安重根っていう方はですね。あの人はですね、ハングル書いた記録がないんです。(注10)
司会者: ・・・あっそうなんですか?
あぁ~
司会者: まぁ安重根ってみなさん、もちろんご存知だと思いますけれども
あの伊藤博文をですね。まぁ殺したというかですね。暗殺した人ですね。
みや東亜: それで彼の自叙伝、最後に旅順監獄で書いてあるんですけれども「安応七歴史」と言うのを書いてるんですけどもこれも全部漢文ですね。
司会者: そうなんですか?
みや東亜: はい
司会者: こういうの本当にいろいろ聞いてみたくなりますけども
ねぇ、どうなんだろう、こういう事実って
ドロンパ: その安重根にしても結局、伊藤博文をですね、暗殺したことによって併合加速させてしまっているんですね。で、伊藤博文っていうと韓国では悪人中の悪人で、あいつが併合を無理やりやったんだというふうに言われてますけれども、実際、逆ですからね、あの人は併合はするな。と反対だったんですね。もし、あの人は最初から併合だと言うんだったら1905年の保護条約なんて必要ないんですよ。いきなり、そのまま、何ていうんですかね、併合条約にしてしまって併合してまえばいいだけの話ですよね。
そうならなかったのは伊藤博文のおかげなんですね。そして伊藤公がなんでそういうことをしたかというと一言でいうと朝鮮半島なんか併合したらですね。日本がいったい金をどれだけ突っ込むかわからないと、貧乏国家の日本にそんな金、どこにあるんだっていうので反対したんですよ、あの人は最初ですね。それでその言葉が正しかったかどうかいうのはもう戦後見ればわかりますよね。80兆の金をつぎ込んでしまって、全部消えちゃいましたね。日本。
まぁこれは歴史のifであって言っても仕方がないことなんですけれども もし朝鮮半島というお荷物を日本が抱えてなかったらですね。ひょっとしたら第2次世界大戦、日本は戦わずにすんだかもしれないと、まぁそういうこともあるんじゃないかと言うぐらいですね、日本は金つっこんでるわけですね。
だから搾取された言うんであれば朝鮮jinでなくて日本人のほうなんですよ。逆に言えば・・・
司会者: なるほどね。そこがやっぱり同じ併合した台湾との違いが良く出ていますね。なるほど、まぁそういう形の知識の違いがあるんですけど、今例えばご覧になってですね、今韓国というのはかなりね経済的に上になって来ているということ。そして、これは日本が日韓条約に関わったという、相当かかったということがあるから、私たちにもちょっと思うところがあるんですけど、それに関わらなかった北朝鮮の今の悲惨さ、という一種の対比的に分かると思うんですけどね。実際、北の人も分かってるんじゃないですかね。
みや東亜: まあ、そうでしょうね。
司会者: そうすれば韓国並になれるとか。
みや東亜: 実際に、日本が日韓条約の時に協力金として都合8億ですか、8億ドル払ってますけれども、実はそれ以前にですね、アメリカは援助してるんですよ。毎年2億から3億ドル、これもう10年以上やってるから、莫大な金額をですね、援助してるんです。それでも要するにですね、Take Out(Take Offの誤り)しなかったんですよ。で、日本がその8億ドルで資本財を向こうに入れたと、アメリカの8億・・
司会者: 2億毎年・・
みや東亜: アメリカのそういう援助は食糧援助と軍事援助ですから、食って終わりですよ。で、日本の8億というのは要するに
司会者: 生産的なあれだったと
みや東亜: 生産的なものであると。それを突っ込んだおかげで「漢江(ハンガン)の奇跡」というのがある。
司会者: う~ん、なるほど。
ドロンパ: それはあの、朴正煕(パクチョンヒ)大統領が認めてますからね。韓国が近代化したのは、まぁ日本のおかげであると、はっきり言ってるんですけども、当然のことながら無茶苦茶言われてますね、韓国では親日派で
司会者: 今やひどいですね。つい最近の報道だと、朴正煕(パクチョンヒ)大統領が日本の歌謡曲歌手を置いて、日本語ばっかりで、それで飲んだくれて、それで女好きでって、もうボロクソですね。
ドロンパ: 気に入らない、自分たちと意見が合わない気に入らないものはみんなそうするんですよね、韓国の人っていうのは。
司会者: 当然やっぱり、はっきりこれはもう周りの皆が見ているのは、朴正煕(パクチョンヒ)大統領の所謂、開発独裁と言われてるけども、あのおかげでやっぱり離陸したというかですね、あの、日本の援助等を決断してですね、という風に言われていますよね。
ドロンパ: 今、日韓基本条約で韓国で大騒ぎになってるのは、結局その当時の韓国政府が日本政府と交渉した時に、本当は日本政府は「じゃ、個人に渡しましょう」って言ったお金を、「私たちがやるから全部ちょうだい」って言ったわけですね。で、本来だったら当然韓国政府の責任で個人に、韓国民に渡さなきゃいけないお金を いわゆるその生産性の方に回してしまったと。で、ここがもう大問題になってるんですけども、私はそうは思わないんですよね。結局、そのおかげで韓国ってのが発展して間接的にあの人たちは、みんなその
司会者: 全体をね、ボトムアップしたわけですから。
ドロンパ: 日本からの、言ってみれば補償金、経済協力金って言うのを受け取ってるわけですよ。間接的にですね。だから今騒いで、じゃあ韓国政府に「金くれよ」ってのは、これはもう間違いですね。
司会者: ええ、筋が通らない話ですけどね。まぁ、筋が通らないというのが、あの国のあれなんじゃないかって。残念なんですけどね。あの、まぁ、ああいう事なんですけど。大体もう、残りが少なくなって来たんで。あっと言う間でしょう?
ドロンパ: そうですね。
司会者: 休憩、飛ばしたんですけどね。えー、まぁ、ちょっとですね、今現在のね、やっぱり問題点と。まぁ、色々問題たくさんあると思うんですけど、これからのこともちょっと話してみたいんですけどもね。どうですか?みやさん。
みや東亜: ええ、私はですね、北朝鮮情勢で統一朝鮮が出来てしまった時にですね、韓国は崩壊しますから。そのあおりが来るのが心配ですね。
司会者: うーん、それは言えますねぇ。どうですか?
ドロンパ: あのー、現実問題としてですね、我々はもうその朝鮮半島と向き合って行かなきゃいけないわけですよ。で、その時に、やはりあのー、韓国の人たちが、まぁ我々に指してですね、「日帝36年、もうこの間に本当に日本はひどいことをしたんだ」と、「あーでも無い、こーでも無い」とわめき散らすと、で、「あなたたちのおじいさん、ひいおじいさんは、みんな強姦魔だ、殺人鬼だ」と言っているわけですね。で、これに対して無条件で、こう頭を下げることが友好だと思う人はですね、日本の中にいるわけですよ。
司会者: まだいますねぇ、たくさん。
ドロンパ: で、こういった人たちがですね、いることで、日本という国がですね、どれだけですね、負債を負って来たか。本来、負う必要が無い負債ですよね、これは明らかに。で、それを、まぁ、これから我々自身がですね、そういった問題、実際に韓国人が言ってくるですね、その日帝36年の問題と真正面から向き合う必要が絶対にあると思うわけですよね。
司会者: そうですねぇ。
ドロンパ: で、その真実をどうやってこれから、じゃあ我々が考えて行くかなんですね。思考停止しないこと、これが一番だと思いますね。
司会者: とにかく、あの、つらい事実だろうけども、朝鮮の人には事実っていうもの、現実ってものを、本当知ってもらう必要がありますね。それはきちっと言わないと、だめですね。
ドロンパ: 朝鮮の人たちだけじゃなくて、我々自身がそうですよね。
司会者: うん、ああそう、我々について。国民が変な教育を受けたりね、あれしていますから。だから本当に、そういう現実あるいは事実というものを、本当にお互いに、さらけ出し合わないとだめですね、これはね。そういう意味では、在日の問題ですね。この、今、約、韓国人だけでも60・70万人いるという。で、毎年2万ずつくらい、何か、あれをしてるんですね。何か、帰化してるらしいんですけど、人数が変わんないってことは韓国から来てるんですね?
みや東亜: ええ、ニューカマーが来てます。
司会者: 入管から。63万人くらい今、
みや東亜: はい。
司会者: ということになって、毎年その数字変わんないんで。つまり2万ずつ帰化している人たちと同時に、また、その、来てるわけですね。
ドロンパ: 韓国に帰還する人もいるんですよ。で、韓国に帰還、まぁ大体、数千人規模でいるんですけども、その人たちのほとんどが一年以内に韓国から日本に戻って来ちゃうんです。「とてもじゃないけど韓国で住めない」っていうので。やはり向こうの差別、もう、これの一言に尽きるそうですね。
司会者: なるほどねぇ。まぁ、それともう一つはやっぱり、「何で帰化しないんだ」と。もう長年ね、日本で生まれて、日本で、日本語しか出来ないっていう人も結構多いみたいなんですけど、これは何なんですかね。
みや東亜: あのー、えーとまず金額的な問題。大体あのー、頼むとですね、50万くらいかかるそうなんですよ、一人。
司会者: あー、あの、帰化するために。ああ。
みや東亜: はい。で、そういう問題もあるんですけども、他には、えーとですねぇ、後は外登証の問題ですね。
司会者: ガイトウショウ?
みや東亜: はい。あの、外国人登録証ですね。
司会者: あー、はいはいはい。
みや東亜: あの名前とですね、本籍の名前と違うんですよ。
司会者: あー、そうか。
みや東亜: それで取り寄せられないと。
司会者: なるほどねぇ。まぁ、でも何とかその辺はっきりさせないといけないですね、これ。まぁ今、在日外国人参政権法案なんていうね、とんでもない法案なんかもなってますしね。えーと、じゃあ、ちょっと最後にですね、これ、まぁ、さっきもちょっと言ってもらいましたけども、あのー、あそこの国とのですね、韓国・北朝鮮との。まぁ、北朝鮮はちょっと論外かも判りませんけれども。韓国との付き合い方、これからどういう風に考えたら良いのだろうって気がするんですけども。日本政府、あるいは日本人としてはですね。どうですか。(注11)
みや東亜: えーと、私はほんと、村八分がいいと思うんですけどもね。
司会者: 村八分?って言うのは、
みや東亜: 戦争以外はですね、あんまり相手にしない方がいいんじゃないかと。
司会者: なるほど。という事は、まぁ、よく、あの、村八分っていうのは、お葬式とか何かの時だけ、一応お付き合いをする。後はほとんど付き合いをしないっていう形ですね。それは、まぁ、村八分ですか。なるほど。どうですか?
ドロンパ: 私もですね、国交凍結っていう話を、
司会者: もっと凄いじゃないですか、それ。
ドロンパ: いえ、断絶では無くて凍結です。
司会者: あー、凍結ですか。
ドロンパ: で、そういうのがいいかなとは思うんですけど、やはり現実的に考えたらですね、今一番必要なのは、「言うべき事はきちんと言う」と。で、それをやらないから、今までズルズルズルズル60年間こんな風になって来てしまったわけですから。で、「60年間だめだったものだから」と言って諦めないで、ここできちんと我々自身も考えて、韓国人たちに対して「違うものは違う」と、はっきり言うことですね。
司会者: まぁね。私もね、ある意味で言うと本当に「クールな関係」っていうかね。あまりその、「友好だ」とか何とか気持ちの悪い言い方しないでですね、事実関係をきちっとして、その中である種の冷静な、何て言うんですか、あの、関係ね。「距離を置いた関係」でいると。まぁ、よく「隣の人は一番仲が悪い」とか言いますからねぇ。やっぱり、そういう「クールな関係というものがいいんじゃないかな」という気がいたします。それから、ほんとに、あのー、「外国人差別は止めてもらいたい」と。つまりは何を言いたいかっていうと、「他の外国人と、韓国・朝鮮の人との差別は止めてもらいたい」という、私は本当にそう言います。特永法ですか?特別永住許可の、こういう問題ももう撤廃すべき時期に本当に来てるんじゃないかと。もう現実的にこれは、あの、私は、拉致問題含めて、えー、スパイ防止法の無い時にですね、ある種の安全保障の問題としても、そういう事を考えるべきだと思います。特に犯罪者なんかは即強制退去ってのは、当り前だと思いますけどもね。はい、えー、という事で、今日はですね、朝鮮問題専門家のお二人に来ていただきましたけど、まだ全然言い足りないでしょ?底が深いですもんね。はい、という事で、またどこか、あの、ちょっとですね、機会をいただきまして、お出でいただきまして、更にお話をいただきたいと思います。えー、これは改めて申し上げますけれども、これはいわゆる、国家や民族を差別するつもりで言っているわけでは無い。我々は、現実を見なきゃいけない。現実を見た上で、いわゆるわが国の国益その他を考えて行かなきゃいけないっていう立場で、考えております。そして、これに反論のある、あるいは、あの、在日朝鮮あるいは韓国の方、いらっしゃいましたら、喜んでお迎えしまして、皆さん含めまして、討論会でも何でもやるつもりです。時間はたっぷり差し上げようと思います。えー、文句のある方は、ここに登場していただいて、ブツブツ文句言ったり、色んな事言うんじゃ無くて、ここに出て堂々と議論をしていただきたいと思うわけで御座います。えー、今日は本当にありがとう御座いました

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by thinkpod | 2006-09-21 19:39 | 半島
2006年 08月 05日

武士道の覚醒と強い日本を願う

基鎬(チェ・ケイホ)氏 1923年生まれ。
明知大学助教授、中央大学、
東国大学経営大学院教授を経て、
現在、加耶大学客員教授

 外交評論家、加瀬英明氏が世話役となり、10月14日(木)、東京の北野アームスで出版を祝う会が開かれた。受付で渡されたのは崔基鎬加耶大学客員教授著『日韓併合 韓民族を救った「日帝36年」の真実』であった。最近韓国では、政治的に反日的な動きが強くなっている。そんな状況の中で、わざわざ「日帝36年が韓民族を救った」と題する理由は何なのか。著者は開会の挨拶で「私は歴史の真実を正直に書いただけです。韓国と日本は、アジアの安定のためにも両国のためにも、真の意味での協力が必要と思います。そのためには今のような歴史観では駄目です。歴史は歪曲せずに真実を見つめること。そうすれば、今後私たちがどう進むべきかを教えてくれます。日本には、昔から武士道があります。そういう素晴らしい精神を発揮してもらいたいと思います。この本が両国のために少しでもお役に立てば幸いです」と述べられた。日本の外交姿勢は韓国や中国に歴史認識で何か言われるとすぐに謝る。しかし崔氏は勇気を持って立ち向かっている。大いに学ぶべきことと思い取材をお願いした。


 日韓併合を検証する

 歴史をどう見るか。人によってその見方は違うと思います。また違って当然だと思います。しかし事実を曲げて、歴史を自分の都合で書き直すことになれば、それは歪曲したことになります。
  よく中国や韓国は、日本の教科書は歪曲していると非難しますが本当でしょうか。日本人は、そう言われると本当にそうかと思ってしまう人も多いと思いますが、日本人はあまり韓国や中国の状況を知りません。私に言わせれば、例えば韓国と日本を比較した場合、日本が十のうち一の歪曲があるとするなら、韓国は十のうち九は歪曲があると言っていいでしょう。日本についての歴史だけでなく韓国の歴史そのものを歪曲しています。韓国の権力者たちによって恣意的に作られた『国定教科書歴史編』は、まさにその傾向を強めています。
  その顕著な例は、李朝500年末期の政治紊乱に蓋をして、公然たる売官買職が横行し貧官汚吏が跳梁した事実をまったく教えず、日韓併合がなければ、李朝は立派な国家として独り立ちできたかのような書き方をしているところに表れています。これこそ、実態を知らない歴史観です。
  日韓併合のことに少し触れれば、併合を通じて全国民に教育が徹底され、近代的医療制度が確立し、農漁業と重工業が興り、社会のインフラ整備によって工業国家としての基礎が築かれたことは、明白な事実です。
  終戦後、独立した韓国・朝鮮の教育は、日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾しますが、それがいかに歴史の実態を無視した身勝手なことであり、自己中心的な解釈であるかはいうまでもありません。
  教科書では、例えば次の記述があります。
「日帝の狙いは、韓国を日本の経済発展に必要な商品市場と原料供給地にし、彼らの国家利益を増大させるものであった。日帝の産業侵奪政策で我が民族の経済活動は大幅に萎縮し、民族産業もその発展が抑えられて、沈滞するほかなかった」
  これには、あまりにも歴史の誤魔化しがあり、私などはコメントする気にもなりません。李朝500年を知らないか、故意に隠蔽しようとしているとしかいいようがありません。民族産業の芽を切り捨てたのは、ほかでもない李朝であり、李朝の下では経済発展など夢のまた夢でした。なぜなら近代化を唱える者や先進的な思想家は、反逆分子として、その親族までも処断されたのです。そういう史実を、忘れたとでもいうのでしょうか。
  本当に日韓併合が悪かったというなら、それが事実かどうかを検証してみようというのが私の立場です。大勢の人が虐待されたとか、従軍慰安婦にされたとかいいますが、私にはとてもそうは言えません。それは歴史の真実を知っているからです。それを今回、本に書いたということです。もし私が間違っていたら言えばいいです。



 隷属国家の李氏朝鮮

 私は80歳になります。ここまで生きてきて、やはり韓国のためにも日本のためにも、自分の思うことを正直に語りたい。それが本音です。ご承知の通り今の韓国では、植民地時代の日本統治を肯定的にとらえて発表することは、相当の覚悟がいります。極端な話、身の危険も覚悟しなければなりません。しかし私の使命として、どうしても言わなければならないと思っています。
  なぜなら、歴史を歪曲するということは、国の進むべき方向を間違わせてしまうからです。実のところ韓民族は、いつも身勝手な解釈で歴史を解釈し、これがもとで幾度も実態を見誤り、国を滅ぼしてきたのです。とくに危惧するのは、それが韓民族の宿痾であるということです。だからなおのこと私は、歴史の真実を見る重要性を訴えたいわけです。
  一つ最近の現象をいえば、北朝鮮寄りの韓国政府の動きがそれです。日韓併合前の朝鮮は李氏朝鮮によって支配され、それが500年続きました。その時代がどんなであったか。日本人はそれを知らなすぎます。大多数の国民が飢餓に苦しんでいても、一切顧みることなく自分の体制を守ることだけに専念する、そういう時代でした。いうならばいまの北朝鮮と同じです。
  北朝鮮は日本時代の遺産をすべて壊し、李氏朝鮮の時代に戻っているにすぎません。もし仮にいま、日本が北朝鮮を併合して統治するならば、金一族を除く北朝鮮国民は、随喜の涙を流すに違いないでしょう。
  そういう北朝鮮に対して韓国は、いま太陽政策と称して北朝鮮寄りになっています。李氏朝鮮時代の歴史を正しく知れば知るほど、それがいかにおかしなことであるかが分かります。では李氏朝鮮の実態はどうだったのか。またなぜ腐敗したのか。1392年に開国した李氏朝鮮は、その成り立ちに問題があります。
  明と高麗の戦いにおいて、高麗の重臣であった李成桂が、明との戦いで遼東地方の奪回に出陣します。ところが李成桂は密かに敵と通じて、威化島(鴨緑江下流の島)で軍を翻し、逆にときの高麗王と上官の崔瑩(総理兼参謀総長)将軍を殺し、政権を簒奪したのです。
  敵国であった明の力を得て打ち立てたその後の李氏朝鮮は、明のいいなりになって当然です。貢物を要求されれば断ることができず、人妻であっても供出しなければなりません。国民は奴隷民族化され、私有財産も没収されました。そして先制王権制度を変え、朝鮮民族が古代から高麗にいたるまで連綿と持ち続けてきた国際的自尊心を放棄し、明の属国として堕落が始まったのです。
  このような環境の中で階級制度は固定化し、創意工夫の精神は圧殺され、民衆は搾取と虐政を受けることになります。国王は名ばかりでなんら政策も施さず、その政府には国家の予算案すら存在しないという無軌道ぶりでした。いわば民衆は無政府状態に置かれていたのです。


 搾取されたのは日本

 そうした状況にある李朝を隣国において、1868年日本は明治を迎えます。当時の世界は強いものが弱いものを食う時代です。日本にとって清もロシアも大国です。その力が、清の属国になっていた李氏朝鮮、すなわち朝鮮半島から日本にやってくるという危機感が日本にありました。だからそれを防ぐために日本は、朝鮮としっかりと手を結ぶ必要があったのです。
  そこで1876(明治九)年二月、李朝と「日朝修好条規」を結びます。李朝成立後、484年が過ぎたときのことです。それは李氏朝鮮に、独立国家であってほしいという願いがありました。それが第一条にある「朝鮮国は自主の国」という言葉に表れています。これはきわめて重要な意義を持っています。
  しかしそうした清と朝鮮との主従関係を断ち切ろうとした日本の狙いは、実際その実現はほど遠く、民衆は相も変わらず、塗炭の苦しみを味わいつづけていたのです。
  1897年、李朝は国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とし、王を皇帝と称し、表面的には510余年ぶりに明・清の束縛を脱し、独立国家を形成したのですが、清の保護下にある李朝の専横は変わるところがありませんでした。それは近代化と自主独立の道を拒否しつづけることであり、列強が蠢くなか李朝の存在は、東アジアの情勢に不穏な種を宿していたことになるのです。
 1904(明治37)年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、こうした朝鮮の惨状を見かねて、目賀田種太郎(1853〜1926年)を財政顧問として派遣し、日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として立て直すという態勢がようやく緒につくことになります。
  目賀田財政顧問と総監府は、朝鮮の歳入不足分を補填するために、日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立替え」を実施したほか、直接支出で援助しました。
  例えば1907年度、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、必要な歳出は3000万円以上ありましたから、その差額は全額日本が負担しています。1908年には、これがさらに増えて、合計3100万円という巨額の資金を日本は支出しています。
  総監府時代の四年間に、日本政府が立て替えた朝鮮の歳入不足分は、1428万円にものぼっています。そればかりではなく、司法と警察分野などに日本政府が直接支出した金額は、立替金の数倍、9000万円に達しています。
  現在の朝鮮・韓国の歴史では、このような日本の特恵的支援には一言の言及もありません。そして侵略だけを強調していますが、これがいかに偏狭な歴史観であるかということが分かると思います。それら詳しい数字については本に書きましたが、日韓併合によって、搾取されたのは、韓国・朝鮮国民ではなく、日本国民であった事実を認めるべきでしょう。


 親日派というレッテル

 最近韓国では、親日派という言葉をつかって政敵を糾弾する動きがあります。しかし、そもそもおかしいのは親日派という言葉です。戦前から東京にいた私は、年に1〜2回はソウルとか当時の平壌に行きました。その当時の韓国人は日本人以上の日本人です。劇場に行くと映画の前にニュースがありましたが、例えばニューギニアで日本が戦闘で勝利をおさめたという映像が流れると、拍手とか万歳が一斉に出ます。
  私は劇場が好きで、日本でも浅草などに行って見ていましたが、韓国で見るような姿はごくわずかです。韓国ではほとんど全員が気違いのように喜びます。それは当時としてごく普通の姿ですから、特別に親日ということではありません。だから基本的に親日派という言葉はないのです。それを無理やり「親日派」という言葉のレッテルを貼って糾弾する。それが今の韓国で、政治的にやられていることです。
  レッテル貼りは日本でもよく行われていることです。例えば、右翼、軍国主義、戦争美化というような言葉がそれです。そういう言葉を発して思考を停止させ、悪いという印象を与えるのです。要は、政治的に自分達と違う相手に対し、または対決する相手に対し、親日派というレッテルを貼って非難する。しかも本人だけでなく、その親とか祖先とか、全てを否定してしまうのです。
  戦争が終わってマッカーサー司令部が日本人を引き揚げさせたときには、向こうの人は別れを惜しんだものです。それが実情です。ところが亡命していた者が海外から帰ってきて、列強の餌食となっていた李朝末期の朝鮮とその住民を救うために、当時の日本と併合させた賢臣(李完用など)の働きをなんら評価することなく反逆者だと言って非難しました。
  彼らは終戦から三年経った一九四八年、法律を作って裁判を起こし処罰するということをやりました。しかし親日派というのは、その場で生きるために、誰でも一緒に努力して仕事をしただけであって誰も処罰する人はいなかった。
  ただ、堕落した民族を復活させる方策を論文に書いた李光洙とかはやられましたが、それ以外にはいませんでした。だから親日派の裁判は、歴史的に一応終わっているのです。だから今さら親日派といって非難するのはおかしなことなのです。でも、そうしないと自分たちのやっていることが正当化できない。そういうことです。
  というのは、例えば北朝鮮から逃げてきた人が、日韓併合の時は経済は発展して私達は幸福だったというように、現体制に対し批判の思いがある。朝鮮戦争では金日成や馬賊みたいなソ連のスターリンらがやってきて、みんな強盗された。それで数百万名が命を失い一千万離散家族となっている。そうした不満の気持ちが国民にはあるのです。その批判をかわすために、日本を悪く言って自分たちの立場を守ろうとする。親切で人のいい日本人という印象を、国民の意識から無くすために指導者は反日を煽るわけです。

 拉致黙殺の一点張り
 ですから、そうした動きは決して国民を守るということではありません。そのいい例が拉致家族の問題です。朝鮮戦争以降の拉致被害者は14万2953名と公表されていますが、身内が拉致されていながらその中に名前が見つからない家族の訴えには、まったく聞く耳を持たずで調べようともしません。
  私は以前から、拉致された人数は100万を超すとみられる理由を発表しています。それほど多く被害者がいるにもかかわらず、また日本が拉致被害者とその家族を保護している現実を参考にするでもなく、北朝鮮の指令に同調しながら黙殺の一点張りです。しかも人民を奴隷にし、餓死させている北朝鮮の政権を尊重している。それはもはや救出ではなく、拉致被害者とその家族を敵と見なしているといえるでしょう。
  そしてそれを正当化するために、歴史を歪曲し、北朝鮮を擁護し、空想と空理空論で徹底した反日・反米教育に熱中しているのです。なぜそのようになるのか。それは、権力者の動きをみれば分かります。近くでいえば、それが前大統領であり、それを現大統領も引き継いでいるということです。
  韓国では、李光洙が指摘しているように、虚言、騙すことが上手でないと、人気があっても大統領には当選しないのが実情といえます。前大統領は元来、共産主義者で死刑宣告の前科もあり、北朝鮮の金日成政権と密着し、骨の髄から北朝鮮の金政権支持者であることは周知の事実です。そういう彼が俄に「中道右派」だと虚言を吐くと、騙されることを好む朝鮮民族がたちまち彼に投票し大統領に当選しました。
  韓国の大統領は、法を無視してもかまわないほど専制的大権力を持っています。それが�帝王的大統領�と称される所以です。いうならば法治国家ではなく、人治国家ということです。
  その権力で、従来の死刑囚や北朝鮮のスパイ、日本人拉致の犯人、辛光洙までも釈放して北に帰したり、すでに潰れかけていた北朝鮮よりの全教組(教職員組合)に数十億ウォンの大金を支援して再興させたりしています。そうやって親北朝鮮政策をとりながら、国定教科書も書き直させ、放送局の支配層を全員親北朝鮮寄りに整理しました。
  すなわち絶対権力を持った元首が、敵国と内応し、国民と国家・財宝を主敵に提供し、徹底した嘘と騙しで敵の傘下に安住する。これは、前にも述べたように韓民族の宿痾であり、国難ということができます。そういう問題が韓国にはあるということを歴史が示しています。 日本の集会で韓国の拉致被害者
救出を訴える 2年前の9月16日


 韓国の本当の敵は中国
 その第一回目の受難は、西暦660年の百済の滅亡と、668年の高句麗の滅亡でしょう。これは金春秋(統一新羅の太宗武烈王)の売国的行為によるものです。
  第二の反逆は、先に述べた1392年、世界に誇る文化的祖国・高麗を亡ぼし、主敵の属国になり下がった太祖・李成柱によってなされました。
  第三の国難は、第二次大戦の終戦時におけるスターリンの走狗たちによる北朝鮮占領で、百万単位の虐殺者と、餓死者を出し、1000万の離散家族を発生させました。そういう北朝鮮の政権に阿諛追従し、太陽政策という美辞麗句で、主敵に大量殺人・核武装の資金と情報を提供して、反米・反日を内面から教育している金・蘆政権は第四の国難とも言えるでしょう。
  昔からこの国は、3000名の群衆が団結すれば政権を取れると言われています。これが北朝鮮工作の細胞が幅を利かせる理由でもあります。北朝鮮の現状は、2000名の核心部隊が組織力を持って2000万人民の生殺与奪権を握っている。それをいま、韓国にも応用しようとしているのです。
  歴史を直視せず、やみくもに「反日」を叫ぶのは、北朝鮮の思うツボです。そういうことに早く気づかなければなりません。
  さらに問題にしなければならないのは中国です。韓国は中国との戦いで結構勝利していたのですが、負けたことによって中国の言いなりにならざるを得ませんでした。それで保護下に置かれ、ただ命令に服従することを強いられました。しかも、そこを発展させるというようなことはしません。
  日本が台湾や朝鮮でしたように、インフラ整備とかいろんな設備をして学校を建て無料で教育させたようなことはしないわけです。一千年経っても一切そういうことはしないでしょう。それはロシアも全く同じです。要は隷属国家のままにしておいて、何の発展もさせないということです。
  そういう意味で、韓国、朝鮮の本当の敵は中国です。もちろん私は、中国に対して敵愾心を持てということではありません。地政治学的にそうなっているし、また歴史が証明しているところです。
  なのに、韓国も北朝鮮も、ロシアも中国もいい国、悪いのは日本、アメリカというわけですから話にならない。日本がやったいいことを、なかったことにしているのです。すなわち歴史の歪曲です。

 強い者に弱く弱い者に強い
 ならばこれを、どう解決していくかということになります。その第一は、歴史を直視することです。歴史ですから時代が変わり人が変われば、その見方にも違いがでてきて当然でしょう。でも歴史の事実はねじ曲げないという冷静な目で見ることです。それが根本にないと正当な評価ができないばかりか、お互いが協力しようにも協力できないからです。
  それに大事なのは、主張すべきは主張するということです。その意味で現在の日本は、残念ながら失格と思います。私が言いたいのは、こういう時にこそ日本にしっかりしてほしいということです。日本が朝鮮半島にしっかりと対処していかなければ中国が干渉してきて、李朝を属国にしてきたように北朝鮮や韓国を抱き込んでしまう恐れがあるからです。現実に高句麗の歴史問題も出ています。中国は自分の国の歴史だということですから、領土も自分のものだということになります。
  それは韓国に対してだけではありません。日本の領土である尖閣諸島を、自分のもののように言ったり、沖縄も自分の国だと思っています。台湾についても自分の領土だと譲りません。
  朝鮮半島、台湾までが中国の支配になったらどうなるでしょう。アメリカがいるから、そうはならないという考えもありますが、やはり日本は日本で考えていかなければならない問題です。アメリカと同盟を結んでいる立場からも考えることは重要なことです。中国は日本の生命線であるシーレーンも自分の管轄下に置きたいと狙っています。そうなれば日本の産業は成り立たなくなり、日本の経済力は急激に衰退するでしょう。
  ですから今のうちに日本は明治時代の武士道を覚醒させて、しっかりと韓国と手を組んで中国と対処してほしいのです。これはアジアの安定のためにも大事なことです。
  日本が強くなって韓国と手を組むとどうなるか。終戦前、満州で中国で活躍したのは日本人よりも韓国人でした。平均して中国人より韓国人の方が強さを発揮し、中国に対して強く出ました。日本が明治時代の日本軍隊のように強くなると、韓国、朝鮮の人は日本人以上に日本人になるのです。今の台湾において、日本人より日本人の生き方を伝承しているという事実。昔の日本人は、それほどに誠を尽くして現地で働いたということです。その意味するところは、併合自体が侵略でもなく略奪でもなかったということです。
  儒教、朱子学というのは、あくまで事大主義ですから、強いものには巻かれろ、逆に弱いものは踏んでもかまわないということです。大人の前では、いつもきちんとしているけれども、弱いものとか子供の前では威張る。これは中国でも同じことです。ですから日本が強くなって、中国にそして韓国に対処するようになれば、そこからはじめて対等な付き合いが始まることになるのです。日本が弱気で下手になって対応するので、中国も韓国も逆に強く出てきて、嘘のことでもそれを理由に自分の要求を突き付けてくるわけです。


 ソウル遷都は滅亡の運命
 小泉首相も小泉首相です。蘆溝橋に行って謝罪している。謝罪する必要はありません。日本がやったわけではないのです。撃たれた兵隊は、秋田の部隊で秋田にいます。私はインタビューして資料を取っています。
  中国のいう歴史認識の共有は、中国のいう通りにしろということです。そんなことはすべきでないし、できるはずもない。支那事変というのは、日本が中国共産党と戦った防共戦です。これをはっきりと認識しなければなりません。向こうはアジア、中国、日本を共産化しようとしていた。背後にはソ連のコミンテルンの野望がありそれと日本は戦った。日本の軍隊がいたからこそアジアは、日本が敗れるまで共産化されなかった。日本が敗れたために中国も満州も朝鮮も共産化されてしまった。
  それを知っている人は世界にいなかったわけではありません。ローマ法王のピオ11世はよく分かっていた。支那事変が始まった年の10月にメッセージを出しています。全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、日本の支那事変は侵略戦争ではない。共産党と戦っている。共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよといっています。だからこそ戦後マッカーサーが靖国神社を解体しようとしたときに、カトリックのビッター神父、バーン神父は反対した。
  靖国神社の近くに白百合学園という女学校があります。靖国神社の前を横切るときに生徒は頭を下げる。どうしてかと気になっていた。それはローマ法王にお伺いをたてたら頭を下げるようにと指導があったという話でした。
  結局中国共産党は戦争を一番望んでいた。昭和7年、満州事変の2年後に対日宣戦布告を出しています。昭和9年にも同じようなものを出しています。蒋介石の国民党軍と日本を戦争をさせて、その間に自分たちの勢力を伸ばして中国を共産化するという戦略だったわけです。
  支那事変が始まった後、毛沢東が出した指令があります。日本との戦争では、七分の力をもって党勢を拡大せよ、二分の力をもって国民党と妥協せよ、残りの一分の力をもって日本と戦争せよというものです。
  中国は共産党政権です。その共産党と防共戦を戦った日本の歴史観が合うわけがないでしょう。そういうことを日本は中国にはっきりという。それで初めて同じ土俵に上がることができるのです。日本は、論争の土俵に上がるまえから頭を下げているわけです。

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by thinkpod | 2006-08-05 18:29 | 半島
2006年 08月 05日

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑

宝島30 1994.12月号       きむ・むい(ルポライター)

 朝鮮学校とは、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)が運営する教育機関のことである。一般に「民族学校」と呼ばれることが多いため、超政治・党派の海外子女教育−たとえばアメリカン・スクールのような・・・−が行われていると思っている人も少なくないようだが、実際はそうではない。

 朝鮮学校が、確かに生徒たちに民族教育を施しているのは間違いない。しかし、運営母体の朝鮮総聯が朝鮮民主主義人民共和国(以下、便宜上″北朝鮮″と表記する) の国是を支持する団体である以上、カリキュラムには北朝鮮の政治性が強く盛り込まれている。その意味では、客観的に見た時、「北朝鮮民族教育」と表現した方が、その教育内容の実状にかなっている。

 現在、朝鮮学校は幼稚園から大学校まで、全国に百四十校以上の校舎が存在している。の項点にあるのが、北朝鮮民族教育の最高学府である東京・小平市の朝鮮大学校(全寮制。二年制の師範教育学部、四年制の政治経済学部、文学部、歴史地理学部、外国語学部、経営学部、理学部、その上に二年制の研究院がある)である。

 この朝鮮大学校の下に、朝鮮高級学校(高校)が設けられている。北海道、宮城、茨城、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、山口、福岡の十二都道府県が高校所在地である。

 朝鮮総聯社会では、これら朝鮮学校を卒業することが、望ましい子女教育ということになっている。事実、朝鮮総聯は常に、朝鮮学校への生徒誘致を各種活動の中でもっとも重要なものとして位置づけているのである。一口に朝鮮学校と言っても、その土地によって微妙にスクールカラーに違いはあるようであるが、共通点の方が多いのはもちろんである。

 第一は、北朝鮮民族教育である以上当然かもしれないが、金日成・金正日思想教育に重点が置かれているということだ。在日朝鮮人子女の朝鮮学校入学率は減少傾向になって久しいのだが、その原因を思想教育にあると指摘する向きも少なくない。一般教科の教科書、理科系のものにまで「偉大なる首領・金日成元帥様」のお言葉がゴチックで引用されているくらいである。

 次に、全カリキュラムを朝鮮語で行なっていること。生徒は、ほぼ一〇〇パーセント、生きた朝鮮語を身につけることができる。朝鮮学校出身者たちは、「教育内容には不満は少なくなかったけれど、小さいころから言葉を習得できたことだけはよかったと思う」と口をそろえる。

 そして何より目立つ特徴は、女子生徒の制服が、朝鮮の民族衣装であるチマ・チョゴリで統一されているという点である。男子生徒は、東京朝校はブレザー、他の地域では学生服など、日本の高校生とあまり変わらない制服を着ることになっているのに、である。

 北朝鮮初の核兵器搭載ミサイルと日された「ノドン一号」の発射実験と核開発壌惑に揺れる今年の四月頃より、その朝鮮学校の女子生徒のチマ・チョゴリが何者かに切られるという事件が頻発し、大きな社会問題になった。この核疑惑とNPT脱退問題、米朝交渉と南北首脳会談の開催決定、そして七月八日の国家主席・金日成の死去、その後の金正日後継の動向と、今年は例年になく、北朝鮮関連の報道がメディアに溢れた年だった。


「なんだかうさん臭い」記事

 誇りの制服切られる悲しみ 朝鮮学枚女生徒への暴力急増(略)チマ・チョゴリを女生徒の制服としている東京都北区の東京朝鮮中高級学校によると、四月から同校高級部の女生徒八人が被害に遭っている。▽一年生がJR山手線大塚駅付近の車内で刃物をちらつかされ、途中下車して逃げたエハ月一日).
▽通学途中の一年生が総武線新小岩駅付近でチマ・チョゴリを五センチほど切られた南月二十七日)。
▽東京都八重洲口通路で、二年生が中年の男性から「朝鮮へ帰れ」と怒鳴られ、飲みかけのカップ酒のビンを頭にぶつけられた(同月二十二日)。
▽帰宅途中の三年生が、同駅の地下通路ですれ違った中年の男性から「北朝鮮め」とつばをかけられた(同月十日)。


 同学校の李準沢副校長は、「これは偶発的なことではない。大韓航空機事件(一九八七年)やパチンコ献金疑惑(八九年)の時もチョゴリが標的になりました。最近の北朝鮮の核問題に端を発した過剰な報道の結果、一部の心ない人がこうした行動に走る」と心配する。(略))(朝日新開六月九日付朝刊)

 五月二十五日の朝日新聞の第一報「子どもたちに各地で嫌がらせ チマ・チョゴリの通学中止 栃木の朝鮮学校」を皮切りに、朝日新聞を中心として、こうした「チマ・チョゴリ切り」事件の報道が、連日のように繰り返された。どれも、「核疑惑報道によって煽られた差別意識によって、心ない日本人男性が朝鮮学校の女子生徒のチマ・チョゴリを切っているのは許せない」という内容の記事だ。覚えている方も多いだろう。

 ところで、こうした報道が加熱するにつれて、周囲から、「どうもおかしい、何かうさん臭い感じがする」 − そんな声が、聞こえ始めてきた。その中には日本人もいれば、在日の友人もいた。言い方や関心の度合はさまざまだが、大まかに共通していたのは、「事件の内容が何だかできすぎていて、嘘っぼい」ということだ。 確かに、そう思わざるを得ない記事も多い。 例えば、六月十五日の読売新開前日の夕刻に、JR中央線車中で、武蔵野市在住の朝鮮中学校二年の女子が被害にあったという内容なのだが、描写が以下の通りなのである。

 (略)五十歳くらいの男に刃物で制服のチマ・チョゴリのチマ (スカート)を切られた。女子生徒の講では、男は満員の車内で隣にぴたりとくつつくように立って、「北朝鮮」、「核」などと独り言を言い、怖くなった女子生徒が他の車両に移動した後もくっつくように立っていた。車内で「ビリ」という音がした後、男が武蔵小金井駅で降りたため、女子生徒が次の国分寺駅で降り、チマのすそが計六十センチほど切られているのに気付いた(略)

 満員電車の中での、「北朝鮮」、「核」との独り言。思わず、「そんなヤツいるかよ!」と言いたくなるような記事ではある。

 同じ事件を、朝日新聞は一日遅れで、「立川のチマ・チョゴリ事件 安全考え集団下校」の見出しで報道している。
(略)十四日午前八時ごろJR中央線の下り電車内で、後ろにいた作業服姿の五十歳くらいの男性が「核」、「朝鮮」などと、ひとり言を言い、ビリビリというような音がした。こわくなって国分寺駅で降りたところ、スカートが構に六十センチぐらい切り裂かれているのに気づいたという。同日、立川署に被害届けを出した。(略)
 そして、以下のように記事をまとめている。
被害届を出したのは今回が初めてだが、同校の生徒は四月中旬から、暴言によるいやがらせを少なくとも九件受けたという。主に通学時の駅ホームや車内で、いずれもチマ・チョゴリを着た女子生徒が、「朝鮮に帰れ」「なぜ日本にいるのか」「へんな服装をしている」などと言われた。発言した側は一件が六十歳ぐらいの女性で、八件は四十〜五十歳ぐらいの男性だったという。中級部の女子生徒約八十人は普投、制服としてチマ・チョゴリを看ているが、父母らの不安に配慮して、十一日から体操服での登校も認めていた

 中学校二年生の女の子が、満員電車の車内で理不冬な暴力にあったことは、おそらく事実だろう。だが、同じくらい気になるのは、滑稽としか言いようのない犯人像の描写である。結局この事例では、犯人検挙には到っていないのだが、では誰がこの細かいディテールを事実だと確認したのだろう。それでいて、例によって朝日新聞は、「藤校長は『日朝関係の懸け橋となる子供たちの心を傷つけないでほしい』と訴えた」と、捕まってもいない犯人を日本人と断定し、犯行の動機が民族差別であると決めつけるかのような口ぶりだ。

もう一例、引用してみよう。七月五日の朝日新聞

 相次ぐチマ・チョゴリへの攻撃日朝合同で調査委(略)六月九日にJR京浜東北線の車内でチョゴリを切られた高校三年生は、自衛のために体操服で通学した同月十三日にも、駅構内で「朝鮮人が・・・」と言われ、上着を引っ張られて切られた。さらに二十日にはタクシー運転手に「あんたこの前新聞に出ていた子だろう。こういう情勢だからしょうがないんだ。このやろう」と言われたという。このほか数人の生徒が、(調査委員会に対して---筆者注)複数の被害を受けていると証言している。(略)

 この記事を読んだ限りにおいて生じてくる疑問を、率直に記述してみよう。 なぜ、犯人が「タクシー運転手」だとわかったのか。そして、なぜその「タクシー運転手」は、通りすがりの女子高生を、「あんたこの前新開に出ていた子だろう」と特定できたのか。新開に限らず、この件についてのすべての報道は匿名でなされ、もちろん顔写真などはどこにも出されていないのだ。 さらに、常識的に見て「怪しい」としか言いようのない事態がこの当時起きていた事実をもう少し追ってみる。

朝鮮学校生 暴力・嫌がらせ被害124件朝鮮総連調べ 今月急増、全国で(朝日新開・六月十六日)
電車で暴行、ば声受けた女生徒 でも……私はチマは脱がない。東京中高級朝鮮学校 視察の都議18人に訴え(朝日新開・六月十八日)
なぜ朝鮮学校生 標的に 妻在彦・花園大教授に開く 戦前の歴史観ひきずる(朝日新開・六月二十三日)

 以上のように、朝日新聞では、わずか八日間の間に三回も、社会面その他に六段、七段、あるいは記者著名人りで一ページほとんどをつぶして、この事件を報道している。まさに、世界的な大事件、といったような扱いだ。そして、これらの記事から読みとれる朝日新開の主張はチマ・チョゴリの女子生徒は受難者で、制服にチマ・チョゴリを着ることは絶対に譲れない民族的権利で、その大切なチマを切るのはどうやら日本人に決まっていて、つまりは核疑惑報道に端を発した民族差別が横行しているのだ、という三段飛びのような論法である。いったい、この一大キャンペーンの背後には何があるのだろうか。

被害届は二十二件

 ああ、いつものヤツが始まったんだな-----。 日本人・在日朝鮮人を問わず、朝日新聞が大キャンペーンを張り始めた頃、過去にも似たようなことがあったことを思い出し、ひそかにそう考えた人は多いのではないだろうか。新聞記事のコメントで朝鮮学校の教師自身が認めているように、国際情勢や日本国内世論が北朝鮮にとって圧倒的に不利になると、なぜかチマ・チョゴリは切られだすのだ。核疑惑の今年は、大韓航空機爆破事件(金賢姫事件)、パチンコ献金疑惑についで三回日の受難なのだという。

 では、それ以外の年には、朝鮮学校の女子生徒に一件の被害も発生していないのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれでずいぶん不思議な話ではある。 いったい、少女のスカートを切るという行為にいそしんでいる、言わば「変態さん」系のクラい犯罪者が、朝鮮半島情勢にだけはずいぶんと熱心な関心を払っている、などということが本当にあるのだろうか。それも一人や二人ではなく、申し合わせたかのように全国共通で。

 だが、おかしいと思いつつも、なぜだかそのことを口に出してはいけないような雰囲気が、当時あったことも確かである。なにしろ、被害者は在日朝鮮人の女子生徒である。彼女たちが恐怖に怯えている、とされる時に、その事件に対して「なんだかうさん臭い」と言うことは、かなりの勇気がいることだ。誰だって、好き好んで「差別者」のレッテルを張ってほしいとは思わない。

 七月十二日、一連のチマ・チョゴリ切り事件についていくつか敢えてほしい点がある、と警察庁に取材を申し込んでみた。直接取材はなぜか却下されたが、捜査資料は送付してくれた。

朝鮮学校生に対する嫌がらせ事実について
[嫌がらせ事実の発生状況]
 被害届により警察が認知したものとして報告を受けているものは、本年四月以降、22件である (七月十一日現在)。

 その形態としては、22件中12件(うち東京8件、埼玉2件、神奈川1件、福岡1件)は萱下校中の女子生徒が列車内等で衣服を切られたという事実であり、その外に、暴行及び傷害事件が8件、窃盗と強制わいせつ事実が各1件である。

 警察としては、この種事実については、必要な捜査を行い、申告のあった22件中2件についてはすでに被疑者を検挙しているところである。

 そのほかの20件については、被害届を受理し、必要な捜査を推進中である) 被害届は二十二件、被疑者検挙は二件。被害届はあくまで任意のものだから、提出しないから事件はなかった、と言えないのはもちろんである。しかし、朝日新聞による「被害数124件」と比較した時に生じる、実に七倍近い格差をどう評価すべきなのだろうか。また、衣服を切られたものとは別に「暴行及び傷害」が八件とある。大問題ではなかろうか。この八件の中には、怪我で入院にまで追いこまれた少女もいるとのことなのだが、社会に伝えられる被害のメインはあくまで、「切り裂かれたチマ・チョゴリ」なのだ。「窃盗と強制わいせつ」が各一件。これも、たんなるハレンチ罪ではなく、その犯行の裏に「民族排外主義」があると考えられるのだろうか。

 この書類を手にした時は、すでにチマ・チョゴリ切り事件報道は鳴りをひそめ、代わりに金日成が死んだばかりの北朝鮮情勢に、メディアの大部分は関心を移していた。金日成が死んだ途端、チマ・チョゴリは切られなくなったらしいのだ。まるで日本全国の「民族排外主義的変態さん」たちが、偉大なる首領様の死に哀悼の意を表したかのように。

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑(続き)
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by thinkpod | 2006-08-05 01:27 | 半島
2006年 07月 22日

外が見えない可哀そうな民族

西尾幹二氏−月刊誌『正論』より

我々はイスラム教徒が毎日時間がくると一斉に座して、手を前につき、アラーの神に祈りを捧げる風景を見て、 我々とは異なる宗教社会の存在をありありと感じることが少なくないであろう。
しかし、朝鮮半島となると、これは近隣で生活上の見かけも似ているので、我々とは異なる宗教社会があそこに存在するとは、なかなかに気がつかない。実は韓国人と韓国社会は、イスラム教とイスラム社会と同程度か、あるいはそれ以上に、日本からはへだたる異質な社会なのである。
 元東京銀行=ソウル支店長の湯澤甲雄氏からうかがった話だが、韓国の旧第一銀行で韓国人職員のストが収まらず、組合側の要求を全部容れても解決せず、加藤清正がどうの、日帝三十六年がどうのと訳の分からないことを言っている。そこで内情をよく調べてみると、彼らはオフィス内の座席の配列が気に入らなかった。
それまでは日本の常識に従い、カウンター近くにはすぐサービスのできる人を、機器のそばにはその操作に長けた人をと、能力や職種に応じて配置し、能率第一を考えて何も問題はないと思っていた。 これがトラブルの原因だった。職員の古株は部屋の奥、新米は外というふうに儒教的序列に直したら、ストはたちまち止んだ。
 旧東京銀行で韓国人次長に職員の採用を任せたら、自分の親族ばかりを入社させる。別の次長が異議を唱え、この人の親族も入れるようにした。こうして75人の職員の内訳構成は、3人の次長の系列で全部埋められたというのである。給与支給日に職員の親戚縁者が続々と集まってロビーを埋め、職員は老若を問わず、なにがしかの小遣いを彼らに分け与えている光景には目を見張るものがあった、と。

韓国は儒教朱子学の習俗を今も戸籍法の婚姻にそのまま取り入れている国である。『宗親会』という民間機関があって、数百年も前の先祖の起源(「本貫」とも言う)、官位、行状、生没年月日、墓の所在地、嫁の家格が良い場合は嫁の家格等が書かれた「族譜」と称するものを作って管理している。これに登録されなければ結婚もできない。進学、就職、昇進、商取引の際にも支障が生じる。本貫ごとに階級や格位が決まり、尊大に振舞える序列や利益の分け前に与れる順序も決まり、そこに争いが生じる制度になっている。
 本貫と本貫の間だけでなく、本貫の中の「派」の序列争いもあって、絶対的な身内優先、独善的な防衛意識とその裏返しである強固な村八分意識、さらには自らを常に他人よりも優越する身分であろうとする強い上昇意識とその裏返しである余所者に対する険しい蔑視、無関心、差別意識、そういったものが混在して、今日の社会に引き継がれている。この社会では、他人を見下し、自らを高しとする立場に立たんとする闘争は日常的に目に見えぬ処でも激しく行われている。相手の立場を少しでも立てたり、自己反省したりすることは、一族末代までの
恥として絶対に許されない。実証性、客観性とはおよそ無縁な世界であり、自分たちの面子が立てられたか否かを争点として、何百年でも執念深く争っている。
 儒教朱子学を国教とした李朝以後において、両班、中人、常民、賤民の四階級がある中で、日本人は最低の賤民階級以下の奴隷階級—そう見なす彼らの根拠付けは後で述べる—と勝手に位置づけられており、朝鮮社会の末席者として過去数百年間、差別の対象とされてきた。日韓併合などより遥かに前の時代の話である。
だから今でも、日本人を「倭奴(ウェノム)」ないし「犬」と称している。
これからもずっとそう呼び続けるであろう。

たとえ表向き遠慮して言い方を変える場面があっても、彼らの意識は変わらない。自分の内部に閉じこもって外が見えない可哀そうな民族である。日本人が彼らに謝罪すればやり過ごせると思うのは、実に愚かである。
謝罪しても終わりがない。いつ果てるともキリがない。彼らの反日感情は、日本人が儒教朱子学の序列・秩序に黙って従うことを要求したものである。
湯澤甲雄氏が書いた次のような分析もある。

 過去に為した「日本人の行為」のために、反日意識を持つと考える日本人が多い。
しかし、韓国人の心情はそうではなくて、絶対的に優越する韓国人が、絶対的に劣位の日本人に支配されたという儒教朱子学上あってはならない現実が起きてしまい、自らを許し難いと慙愧反省しつつ、日本人はもっと許し難いというジレンマが反日となって噴出するのである。
 儒教的世界観を転覆させてしまった自らが刻んだ歴史の汚点が、如何にやむを得ない事情で起きてしまったものであるかの免罪(エクスキューズ)を得るために、日本人による非道性、残虐性を殊更に唱えて安らぎを得る心情が、俗に韓国人の「反日感情」と言われるものである。
 誰しも日本人名を名乗ったこと、韓国の戦争記念館の展示物、我が国の教科書への注文、学校教育への介入等に見る如く韓国・朝鮮人優位説の強調と日本人暴虐・強制等による免罪強調とを、何事に寄らず臆面も無く訴えてくるのである。しかし、これでは真の反省になっていないことを自覚しないところが宗教信心と言えるところであって、宗教信心なるが故に免罪追及範囲が領域的・時間的にエンドレスに広がり、そこまでやるのかと日本人の悩みや不安も広がるのである。 (『明日への選択』 平成15年3月号)
こういう社会では身内の恥を外部に晒す者は、社会の敵として始末されるのを常とする。
湯澤氏は、開明的・実証的記事を書いたがために命を落とした新聞記者の例を話してくれた。韓国人の恥辱行為
について外部に語った場合、通例あの国では、その当人と家族及び近親の一族は、多くは連座制をとらされて職業を奪われ、村八分にされ、ときに杖殺される。
それが、韓国=儒教朱子学社会の掟だそうである。

【儒教朱子学の世界観が歴史を捩じ曲げる】

 韓国で両班、中人、常民、賤民の四つある階級のさらに下の階級(カースト)に、日本人が総体として位置づけられる理由付けは、これもちょっと筆にするのも馬鹿馬鹿しい話だが、古代史に関連する。
 韓国では、「日本民族のルーツは朝鮮半島である」という考えが根強くある。天皇家の由来も半島にあると信じられている。いわゆる天孫降臨、ニニギノミコトが天上から地上に降りてきた神話だが、そのとき降り立った地はこれまで宮崎県の日向(ひゅうが)と想定されていた。しかるに最近では北九州だという説が出てきている。天上から降りて来た神様は南朝鮮からの渡来人で、これは日本の皇室の先祖につながるという説である。
 この話が韓国ではもちきりになっていて、まことしやかな関連本がたくさん出ているし、シンポジウムや研究会議も開かれているそうである。日本の古代史学者で参加する人もいるという。
 問題なのは、そこから先の話である。
 5世紀頃に半島との交流が盛んになり、渡来人が技術や文字を日本に伝えたことは歴史上の事実として知られている。663年の白村江の戦いなどで百済が滅亡し、王族や貴族たちも含め一千人規模の日本への亡命者があった。当時の日本の推定人口は500万〜600万人である。
 これらの事実から、韓国の歴史学者は、日本人の本体は朝鮮半島で生きられなくなって日本に渡った敗残の韓民族だというのである。滅亡した王朝の王侯貴族だけでなく、食いっぱぐれの流民たち、罪人・貧困者浮浪者たちが日本人を構成した。祖国では生きられない恨みとコンプレックスを抱いた韓民族の子孫が日本人の本体である。だからこそ、その後の歴史で、恨みを晴らすために秀吉の侵略、日帝三十六年の植民地化、現代の差別化など、反韓的な振舞いに及ぶのであろう、などと言う。
 つまり、日本人とは、彼ら韓国の学者によれば、在日韓国・朝鮮人の「なれの果て」なのである。
しかも、半島では立場を得られなかった敗残者で、それゆえに当然ながら、日本人は四つの階級のさらに下の階級(カースト)に属すると見なされてしかるべきだ、と考えられるのである。

呉善花さんは『攘夷の韓国 開国の日本』(文春文庫)の中で、こうした考え方は韓国ではそれほど特殊なものではなく、多くの韓国人が一般的に抱いている日本イメージであると述べ、この手の考えを前提にしたテレビ番組の実例を紹介している。
「日本民族に対する自民族優位主義が韓国で流通しやすいのは、韓国の儒教的な倫理からくる歴史観と無縁ではない。先祖を自らの価値の源、根拠として崇拝する儒教の倫理が、自らを『日本文化の先祖』という位置に置くことに大きな役割を果たしている。儒教の倫理では、先祖と子孫、親と子のように、先にある方、起源の方がより上位に立つ」

 ここでも、やはり儒教朱子学の世界観が、歴史の捩じ曲げと矮小化に役立っている。第2次大戦後の何年かの反日教育の結果では決してない。もっと根の深い数百年の宗教と民族の意識が影を落としている。
 しかし、私は呉さんの本を読んだとき、いくらなんでも本気でこんなことを簡単に口にする韓国の学者や知識人はそんなに多くはないのだろう、と思っていた。私自身がまさかこの手の偏見をぶつけられ、論難される立場に立つ体験をするとは思ってもいなかった。

韓国の総合月刊誌『月刊朝鮮』の編集長・趙甲済氏は、日本でも知られた韓国の代表的知識人であり、産経新聞コラム「正論」のメンバーでさえある。その方と私は『現代コリア』誌上で、ささやかな論争をした。
論争のいきさつと内容は別の本の中で取り上げたので繰り返さない。氏が反論文の末尾で捨てセリフのように私に投げつけたいくつかの文章が象徴的なので、ここで一部を紹介してみる。

「古代国家日本を作った主役集団は、韓半島を経て渡っていった北方遊牧民族出身の騎馬戦士だと私は考えます」
「古代日本の執権層(支配階級)が渡来人だったと私は確信します。米国大陸を開拓した主役が英国から集団で 渡っていった人々だったのと同じことではないですか」
「米国は英国渡来人が作った国ですが、英国よりも、より先進的な文明を作りました。日本もそのようなケース ではないかと考えます・・・」
「数日前、ソウルに来ていた崔書勉(前東京韓国研究院院長)氏に会いました。崔氏は『なぜ韓国人は天皇の訪韓に 反対するのか分からない』と語りました。『天皇が告白したように、天皇家こそがもっとも成功した在日同胞では ないか。成功してワールドカップに合わせて故郷を訪問したいというのに、なぜ邪魔をするのかということだ。
 歓迎しなければ』。ひとしきり笑い終えると、韓日関係が新しい次元で見えるのでした」
(『現代コリア』平成14年・4月号)

  この最後の高笑いは、儒教朱子学の価値観に、現代の韓国の代表的知識人がなお根強く縛られている因襲と頑迷の亡霊が笑っているような不気味さを感じさせる。
 起源(ルーツ)と価値とを同一視する思考ほど単純で、グロテスクなものはない。ヨーロッパ文明にヨーロッパ起源のものは何もなく、キリスト教もローマ字も西アジアの産物である。古代ギリシア人が今のヨーロッパ人の祖先であるわけではない。日本人は唐・天竺(古代中国とインド)を遠望し、思慕したが、9世紀より以後、朝鮮半島に関心を失った。
 騎馬民族起源説は、今や学問的にまったく成り立たない。稲作は長江流域から渡ってきた。日本語と朝鮮語とは系統が別の言語である。日本列島のほぼ全域に大量に分布する前方後円墳が、朝鮮半島にはほとんど存在しない。
縄文土器の世界と日本の歴史はつながっている。私はもうこれ以上言わない。
 起源(ルーツ)と価値を混同する儒教文明に閉ざされた朝鮮半島の物指しで日本列島は計れない。もう一つ別の大らかで素朴な、すべてを受け入れ包み込む融和的な文明が日本列島には存在し、半島と自分を区別している。
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by thinkpod | 2006-07-22 23:05 | 半島
2006年 07月 20日

 近世〜現代朝鮮半島の話

明治維新後、日本は急速に発展を遂げた。

鎖国なんかやっていられなかった。アメリカやヨーロッパやロシアは、日本の
直ぐ近くまできていた。彼らは、アジアの国々を次々と植民地にしていた。ア
ジアは、日本とタイ国以外は国家の形をなしていなかった。

当時は、強い国が弱い国を植民地にするのが当たり前とされていて、うかうか
していたら日本も植民地になりそうだった。

日本は、日本の安全を考えた場合に、朝鮮半島が地政的に大変重要な意味があ
ると考えた。朝鮮半島が敵対国家に渡ることは、日本にとって致命的だ。そん
な近くに敵が来ては困る。絶対、困る。

朝鮮半島が、早く清朝中国の冊封体制から抜け出し、鎖国状態からも抜け出し
て独立国家になってもらわねばならない。ーーー清国はすでに、外国の植民地
になりかけていた。

日本は朝鮮に、鎖国をやめて独立するように勧めるが、「よけいなお世話だ」
と李氏朝鮮はいい、日本を西洋かぶれだといってバカにしていた。

日本は、江華島事件を機に李氏朝鮮と日朝修好条規を締結し、それを皮切りに
李氏朝鮮は、列強諸国と不平等条約を結ばされて開国を強いられる。その際、
日本は「朝鮮は自主の邦」という文言に固執した。

朝鮮側は、我々は元々清朝中国の冊封体制をとった「自主の邦」じゃん?と、
キョトンとして日本の意味を理解してくれない。朝鮮は、ずっと清国と朝貢貿
易をしているんだ、朝貢国家でいいじゃん!———大院君「閔妃」は、あくま
でも旧来の朝鮮王朝を守り通そうとしていた。

日本は清国と共同して朝鮮半島の政治改革を目論んだが、清国はあくまでも朝
鮮は冊封体制下の属邦であるとして朝鮮を手離そうとしない。

李氏朝鮮は、貴族だけはおいしいものを食べて贅沢をしており、貴族以外は実
質的にみな奴隷だった。貴族らは立派な家に住み、一般人は土の家に住み、毎
年春には大勢が飢え死にしていた。———そうしているうちに、貧しい農民を
かえりみない李氏朝鮮に反抗して朝鮮の農民反乱・甲午農民戦争が起きた。

日本と清の両国とも、その鎮圧を名目に朝鮮に出兵し、1894年日清戦争が
勃発。日清戦争で勝利した日本は、清国との間に下関条約を結んで、朝鮮が自
主独立国であることを認めさせ、清国の影響力を排除することに成功した。

日清戦争直後の朝鮮半島では改革派が強かった。

でも、日本が三国干渉に屈するのを見た王室と保守派が、勢力を回復してロシ
アに接近、政争が過激化した。(閔妃が暗殺される)

1896年に、親露保守派が高宗をロシア公使館に移して政権を奪取、高宗は
ロシア公使館にて1年あまり政務を執った。(露館播遷) これにより、朝鮮が
ロシアの保護国と見なされる危険性もあった。

日本は朝鮮への影響力を維持するため、1897年に大韓帝国と国号を改めて
独立の事実を明確にさせようとした。ーーーしかし大韓帝国成立後も、実質的
に朝鮮王朝と同様の政体が朝鮮を支配することとなり、進歩会(のちの一進会)
などの改革派は弾圧され開化は進まなかった。

日本もイライラしてきて、大韓帝国を日本に編入して統治してあげたらどうか
という日本政府と、日本世論が合致してきた。しかし、韓国統監であった伊藤
博文と彼を中心とするグループは「合邦は時期尚早である」として反対した。

まだまだ朝鮮にはそれを嫌がる人が多いし、強硬派は反対勢力を村ごと強制的
に取り締まるなどしていたし、国際社会にまだ認められないと思ったからだ。

大韓帝国は、なんとか冊封体制から離脱したものの、満州を手に入れたロシア
が朝鮮半島に持つ利権を手がかりに南下政策を採り始めた。日本は、外交努力
で衝突を避けようとしたが、ロシアは向かってきた。

1904年、日露戦争の開戦である。

日本は、開戦直後に、朝鮮半島内における軍事行動の制約をなくすため、19
04年2月23日、日韓議定書を締結した。また、李氏朝鮮による独自の改革
を諦めて韓日合邦を目指そうとした進歩会は、鉄道敷設工事などに5万人とも
いわれる大量の人員を派遣するなど日本への協力を惜しまなかった。

だんだんいい感じになってきていた。8月には第一次日韓協約を締結し、財政
顧問に目賀田種太郎、外交顧問にアメリカ人のドーハム・スティーブンスを推
薦した。

閔妃によってロシアに売り払われた関税権を買い戻す。一方、高宗は日本の影
響力をあくまでも排除しようと試み、日露戦争中においてもロシアに密書を送
るなどの密使外交を展開していった。

高宗がロシアから離れないので、日本は日露戦争終結後の1905年11月に
第二次日韓協約(韓国側では乙巳保護条約と呼ぶ)を締結し、12月には韓国統
監府を設置して外交権をその支配下に置いた。

しかし、第二次日韓協約の締結を認めない高宗は、条約締結は強制であり無効
であると訴えるため、1907年、第2回万国平和会議に密使を派遣した。
(いわゆるハーグ密使事件)

これに対して、韓国統監であった伊藤をはじめとした日本政府首脳は激昂し、
高宗を強制的に排除した。李完用らの協力もあり、7月20日に、高宗は半ば
強制的に退位に追いこまれ、純宗が第2代の大韓帝国皇帝として即位した。

7月24日には第三次日韓協約を結んで内政権を掌握し、直後の8月1日には
大韓帝国の軍隊を解散させるにまで至った。———これを不満とした元兵士な
どを中心として、抗日目的の反乱が起きたが、兵のほとんどが旧式の武装しか
持たず、鎮圧された。

—— 日本統治時代

1909年7月に大韓帝国併合の方針が閣議決定されたものの、韓国統監府を
辞して帰国していた伊藤博文は、あくまでも合邦自体は将来的な課題として、
早期合邦に抵抗を続けていた。

しかし、10月26日、安重根によって伊藤博文が暗殺され、早期併合に反対
する有力な政治家がいなくなったこと、初代首相であり元老のひとりでもあっ
た伊藤を暗殺されたことによって、日本の世論は併合に傾いていった。

ーーー皮肉なことに併合は、安重根によって急速に現実となったのだ。

合邦に向けて着々と準備が進む中、1909年12月4日、突然朝鮮の一進会
より「韓日合邦を要求する声明書」の上奏文が提出されると、大韓帝国国内で
は、国民大演説会などが開かれ、一気に一進会糾弾と排日気運が高まる。

在韓日本人新聞記者団からも、一進会は猛烈な批判を浴びせられた。「韓日合
邦を要求する声明書」は、朝鮮の世論を硬化させる結果を招き、統監府からは
集会、演説の禁止命令が下された。

大韓帝国併合の閣議決定から1年、閣議決定どおり、1910年8月22日に
日本は日韓併合条約により朝鮮半島を併合した。これにより大韓帝国は消滅し
朝鮮半島は第二次世界大戦(大東亜戦争・太平洋戦争)の終結まで日本の統治下
に置かれた。

大韓帝国政府と韓国統監府は廃止され、かわって全朝鮮を統治する朝鮮総督府
が設置された。大韓帝国の皇族は日本の皇族に準じる王公族に封じられた。
また、併合に貢献した朝鮮人は朝鮮貴族に封じられた。

朝鮮総督府は、1910年—1919年に、土地調査事業に基づき測量を行な
い、土地の所有権を確定した。日本は農業基盤を整備し、農民や地主の名義で
の土地の所有を認めた。今まで奴隷のようだった農民の生産性は向上した。

教育・社会制度が改善され、1930年からは本格的に工場施設が建設され、
大戦末期には、重要な重化学工業の生産施設まで朝鮮半島で建設されるように
なった。日本は、朝鮮半島を日本の一部のようにお金を注ぎ込んで大切に扱っ
た。植民地化したわけではなかったのだ。

多くの学校が建設され、学校では朝鮮語も教えられた。名前も朝鮮名でも自由
だった。警察や裁判所、行政施設が作られ、市民は法によるサービス受けるよ
うになった。

朝鮮の民衆は、貧しい大韓帝国の民から、日本帝国の市民へと変わった。
あらゆるインフラが整備され、本格的な産業革命に突入できる準備が整った。

アメリカもロシア・イギリス・フランスも、韓国人の幸せのために日本が貢献
しているとして日本を支持した。

日本の統治下で、李朝時代の特権商人が時代に対処できず没落する一方、旧来
の地主勢力の一部が、乱高下する土地の売買などによって資金を貯め、新興資
本家として台頭してきた。これらの新興資本家の多くは、総督府と良好な関係
を保ち発展した。

日本統治時代を、韓国側は日帝強占期、日帝時代または日政時代などと呼ぶ。

韓国は、韓半島併合の有効性、合法性を認めず、朝鮮半島に対する日本の支配
を単なる軍事占領と考えている。李氏朝鮮の支配する朝鮮半島は、清朝中国の
冊封体制から抜け出す気も無く、日本の努力で清国から自由になると、次はロ
シアに頼るという具合の、まともな国ではなかったのだ。

韓国は都合の悪い過去は忘れたようだ。ーーー李氏朝鮮の支配から自由になり
近代化を遂げることを朝鮮半島の人々が望んで日本に助けを求め、実際にそれ
を手にいれたのに、、、。

また、「日本植民地時代」という呼称も用いられるが、日韓併合条約、日本に
よる朝鮮領有の合法性、有効性を示唆するものであるという認識から、近年で
はその言葉は使われない。日本政府も朝鮮半島を植民地化したつもりはない。
ーーー朝鮮半島は、合法的に日本になったのだから。

1945年8月15日、

日本が連合国側に降伏する。日本は朝鮮半島で実効支配を喪失し、1945年
9月2日、ポツダム宣言の条項を誠実に履行することを約束した降伏文書調印
によって、正式に日本による朝鮮支配は終了した。

この頃になると、ソ連とアメリカの関係はだいぶギクシャクしてきたが、まだ
冷戦状態ではなかった。日本がアメリカに降伏したので、ソ連も慌てて朝鮮半
島を南下する。

それで、38度線を境に北をソ連軍が、南をアメリカ軍が、それぞれ日本軍の
武装解除をすることにした。つまり日本の代わりに朝鮮を占領したのだった。
そして、それぞれに独自の政策を展開する。しかし、南北に分断された朝鮮人
には悲劇。

ところで、ソ連もアメリカも、しばらくは米英ソ中による4国統治が現実的で
あり、政治政体が固まったところで独立させようと思っていた。しかし、北の
金日成、南の李承晩、などが入り乱れての政争。これに軍隊の反乱が拍車を掛
ける。各地でクーデターや争乱が頻発した。

注)李承晩[り・しょうばん]1873〜1965 解放後の韓国の初代大統領
  60年4月、革命により退陣する。

困り果てたアメリカが交渉相手に選んだのは、なんと朝鮮総督府であった!?
朝鮮総督府には日章旗がはためき、9月9日に正式な降伏文書が調印されるま
で、実質的な事務作業は継続される。

ここで注意しなければならないことは、韓国の支配をアメリカ軍が朝鮮総督府
から引き継いだことである。アメリカ人は韓国人に統治能力がないと判断した
のであった。

その頃日本にいた朝鮮人は、自分達は敗戦した日本人でもなければ、統治する
連合国側でもない、それら以外の「第三国人だから法に縛られない」などと詭
弁をろうし、略奪、強盗、など欲しいままに行動した。

政府機構の崩壊した日本の警察は手も足もだせず沈黙したまま。そこで国民を
守ったのは、なんと、いわゆる「ヤクザ」であった。石原都知事が言って波紋
を呼んだ三国人とは、「法を守らない傍若無人な連中」という意味である。

混乱を収拾するのではなくチャンスと考え、混乱を助長させる韓国人を見て、
アメリカ人は呆れ果てた。統治能力がないと断定されても仕方がない。

そして運命の1950年1月12日。米アチソン国務長官がアメリカの防衛線
は、フィリピン—沖縄—日本—アリューシャンを結ぶ線だと発言する。失言だ
といわれているが、アジアや朝鮮半島への意識が低かったのかも知れない。

朝鮮半島は含まれていない!ーーー南北統一を考えていた北朝鮮人の金日成は
小躍りする。アメリカのお墨付きが出たのだ!第二次世界大戦終結の僅か5年
後、1950年6月25日、いそいそと北鮮軍はソ連の支援を受けて韓国に侵
入した。
注)金日成[きん・にちせい キム・イルソン]1911〜94 本名成桂。
  31年に共産党に入党し、抗日運動で頭角を顕わす。北朝鮮臨時人民委員
  会委員長。

アメリカは暴挙だと激怒した。面食らったのが北朝鮮とソ連と中国。てっきり
アメリカの了解事項だと思っていたのに。ソ連は国連でアメリカを非難した。

アメリカは聞く耳持たず。国連を動かして国連軍を仕立て上げた。

開戦3日後の27日にはソウルが陥落し、韓国軍は敗走に敗走を重ねる。とい
うか、実際にはすでに韓国軍は軍隊の体[てい]をなしておらず逃げまどう民衆
と同じであった。韓国政府はプサンまで撤退し、北朝鮮は大邱まで接近した。

韓国は風前の灯火になった。

9月15日に、アメリカは仁川上陸を決行する。ここは干満の差が激しく上陸
作戦には不向きだったが、第二次世界大戦を経験した軍人が多数残っていたた
め成功することができた。後ろを突かれた北朝鮮軍は撤退を始める。国連軍は
北上し、38度線を越えてもさらに進軍する。翌月の10月26日、元山付近
に国連軍が上陸、11月24日には北朝鮮のほうが事実上の敗戦に直面する。

これを支援したのが中国で、志願人民軍を半島北部に集結させて一気に攻め込
んだ。戦線は再び南下し、翌年(51年)1月25日にはソウルを越えた地点ま
で到達する。

この時北鮮人は、同じ民族の韓国人の農民を大量に虐殺した。農民も、生き残
るために昼間は韓国の味方、夜は北朝鮮の味方となって、同じ民族同士が殺し
合う。
態勢を立て直した国連軍は、ふたたび戦線を押し戻し、二転三転したあと53
年7月27日に休戦協定が成立する。

休戦協定が成立したあと、戦闘を停止して38度の軍事境界線を挟み、南北に
非武装地帯が設けられた。この戦争で、中国・北朝鮮側の死傷者140万人、
国連軍・韓国軍の死傷者120万人、非戦闘員の犠牲者200万人以上がでた
と推定されている。

ソ連の提案を受け、北朝鮮・中国軍と国連軍の間で会談が行われた。

「単独北進」を主張する韓国を除く三者が合意に達し、休戦協定に調印する。
事実上、戦争遂行能力のない韓国が戦争継続を訴えた。しかし、戦争当事者の
韓国を排除して休戦協定が成立した。

国連軍は、実体はアメリカ軍であるが名目上は国連軍である。国際社会だとい
えよう。それが韓国抜きで休戦協定を結ぶ。韓国はまともに国として扱われて
いないのである。実際、韓国はまともな国の体をなしていなかったのであるか
ら仕方がない。

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軍事評論家=佐藤守のブログ日記 - 中朝は決別する?


いずれにしても国際関係は「昨日の友は今日の敵」なのである。中国にしても、テポドンー2が、今度は渤海湾に落ちないように気をつけているだろうが、朝鮮戦争のときの「義勇軍」派遣にしても、時の毛沢東とスターリンは、虚虚実実の駆け引きをして、双方共に「損」をしないように十分計算して行動した。
中国が窮地に立った金日成救援と称して、「義勇軍」を派遣したのは事実だが、調査によると、その大半は、朝鮮戦争開戦の前年に、国共内戦に敗れて共産軍の軍門に下った国民党軍だったという説が強い。降伏してもいずれ「敵になる公算」が大きい、かっての蒋介石軍を、毛沢東は「義勇軍」として朝鮮半島に送り込んだのだが、それでも「反抗」が怖いので、非武装に近い状態で戦場に送り出し、念には念を入れて、国民党軍の専売特許である「督戦隊」がやったように、後方から銃を突きつけて、共産軍に抵抗できないようにしつつ、同時に彼らが米軍側に逃げ出さないように後ろから追い立てて、強烈な火力を誇る「近代装備の米軍」に「始末」させたのだと言う。さすがの米軍も、弾がなくなって混乱したと言い、これ以来「人海戦術」と言う軍事用語が出来た。
朝鮮戦史を見ても、中国軍のことを「人民軍」または「義勇軍」としか書いてないから、いかにも「義勇軍」は「毛沢東軍」のように錯覚するのだが、実際は「降伏した国民党軍」が主力だったと言う説のほうが正しいように思う。これが事実だとすれば、毛沢東は苦労することなく「いずれ寝返りをうつであろう」もてあまし気味の「かっての敵軍」を米軍に始末させ、その一方で北朝鮮には恩を売るという「一石二鳥」を狙ってまんまと成功したことになる。
金さんの父親は、一応国境地帯でゲリラ活動をしていたそうだから、小規模ながらも実戦経験はあることになるから、中国とソ連の狡猾さにはトウの昔に気がついていたことだろう。だとすれば、その息子の金さんだって十分にその辺の事情を知っているに違いないから、北京政府に頼りながらも、胸襟を開くまでには至らず、常に「警戒心を怠らない」可能性は十分あるということが出来る。

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20060718
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by thinkpod | 2006-07-20 23:11 | 半島
2006年 06月 16日

妻をめとらば韓国人!?

妻をめとらば韓国人!?   篠原令著 文藝春秋社刊

「思いやり」という言葉

 一学期が終わって日本人学校に通っている娘が通知表をもらってきました。担任の先生の所見欄を見ると、娘は「思いやりがあり・・・」と書かれています。 韓国人の妻は、「ここのところ、よくわからないから全部韓国語に訳してみて」といいます。 私は困りました。 というのは以前、日本に長く住んでいる韓国人の友人から「韓国語に絶対訳せない日本語があるんだけど何だか知っているかい?」とたずねられた事があるのです。 それがまさにこの “思いやり” だったのです。

 辞書を見ると韓国語で「同情する事」「推測すること」などとなっています。 しかし、これでは “思いやり” という言葉に含まれた深い気持ちは表現できません。 結論から言ってしまえば韓国人は “思いやる” ということをしません。 そういう言葉がないということは、そういう気持ちも、そういう行為もないことになります。

 小さい時から、家庭教育、学校教育、社会教育の中で “思いやり” に類したことは全く教育されていないのです。 韓国では幼稚園でも小学校でも、日本のように「皆と仲良く」とか「他人に迷惑をかけるな」という教育を一切やりません。反対に、一貫して強調されているのは「一番になれ」「他人に勝て」という事です。

 父親の仕事の都合で、日本の幼稚園や小学校で何年間か学んだ韓国の子が,韓国へ帰ってから何事かにつけ同級生たちに遅れをとって困るという話もよくききます。他人を思いやったりしているうちに何でも先を越されてしまうそうです。こうなると韓国社会への復帰は容易ではありません。

 私が韓国で娘たちといっしょに公園へ行くとよく目にする光景があります。それは例えばブランコの前で 子どもたちが順番を待っているところへ、子どもを連れたお母さんなり、おばあさんなりがやってきます。 すると並んで待っている子はおろか、ブランコに乗っている子も引きずり降ろしてその大人の連れて来た子が ブランコに乗ってしまうのです。 その他の子どもたちもそれをまたごく当然の事として受け止めているのです。

 良い悪いは別にして、これが韓国人の行動パターンの原型です。自分の事しか考えないのです。他人の事を思いやったり、他人への迷惑を気にするのはバカげたことなのです。我が家でも夫婦喧嘩をする原因のほとんどは,私が他人の事を心配したり,親切にしてあげたり,思いやったりすることから始まります。妻に言わせればすべてよけいな事なのです。「そんなひまがあったら,なぜもっと私の事を考えてくれないの」というわけです。日本人と韓国人は似たように見えてもこれほど違う民族なのです。

Page 20-21



商品の説明

内容紹介
全共闘の夢を追い、流れついた地はソウル。韓国の女性と結婚して初めて判った秘密の数々。抱腹絶倒ペーソス漂う日本人亭主の手記

内容(「BOOK」データベースより)
この秘密を知らずして韓国を語るなかれ!韓国女性と結婚した日本男子が初めて知った秘密の数々。

内容(「MARC」データベースより)
韓国には思いやりという言葉がない? お腹が出ている男が韓国ではモテる? 韓国人はなぜ他人の真似をするのか。韓国女性と結婚した著者が初めて知った秘密の数々を語る。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
篠原/令
1950年生まれ。早稲田大学文学部中国文学科卒業。シンガポール南洋大学、韓国ソウル大学留学。渋沢栄一翁の孫、渋沢正一氏の秘書を経て米国生命保険会社のアジア担当。その後、米国シリコンバレーでハイテクベンチャー企業を起業、88年に拠点を中国に移し、アスキー、セコム等の中国進出を手がける。日本の大手企業の中国進出についてのコンサルタントを続けて現在に至る。著書は中国、台湾でも翻訳出版されている。月刊誌「フォーサイト」「選択」などに寄稿している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -

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出版社/著者からの内容紹介
韓国女性と結婚した日本男子が知った秘密とは? 韓国には思いやりという言葉はない? 腹の出ている男がモテる? 屈指のアジア情報通が明かす魅惑のピリ辛コリアンワールド!

内容(「BOOK」データベースより)
アジアを舞台に活躍するやり手のビジネスマンが韓国女性と運命的な恋に落ち、結婚。が、天使の多情さと阿修羅の激情を併せ持つコリアン妻との結婚生活は、想像以上に激辛で…。ハングルに「思いやり」「侘、寂」なんて言葉は存在しない!直情的で見栄っぱり、とことん熱いコリアンワールドへようこそ。

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by thinkpod | 2006-06-16 18:27 | 半島