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2006年 08月 19日

ミャンマーの人々は「ビルマの竪琴」をどう観たか

『少年育成』96年3月号掲載
反戦映画「ビルマの竪琴」

 1995年が敗戦50周年だったこともあり、昨年はあの戦争を回顧する様々な試みが行われた。映像の世界でも、同様、各地で戦争を描いた映画の名作が上映された。もちろん、戦争アクション映画などではなく、反戦平和の意図をもって製作された映画が多かったのは当然だろう。
 戦争映画といっても、いろいろあろう。たとえば、銃後の生活の悲惨を描いた映画がある。空襲体験や原爆の悲惨さを描いたものがこれにつながる。また、戦場での兵士たちの姿や敗戦後の復員を通して、戦争に翻弄される人間の悲惨を描いたものもある。たとえば、「また逢う日まで」「暁の脱走」「真空地帯」「軍旗はためく下に」「私は貝になりたい」「月光の夏」「ビルマの竪琴」などがそうである。
 これら戦争映画のなかで、ビルマの竪琴は、敵味方を超えた音楽による心の交流や仏教的な救済といった柔和なテーマも関係してか、観る人の政治的な価値観の違いを超えて、戦後、広く日本の一般大衆に支持されてきた特筆すべき反戦映画だといってよいだろう。
 ビルマと竪琴といえば、長い間、一般の日本人がビルマという東南アジアの小国(現在は、ミャンマー)について、その名を聞いたときに唯一思い出すキーワードでありつづけてきた。原作は、竹山道雄が戦争直後、児童文学雑誌の『あかとんぼ』に連載した作品である。この作品は、当時、空前のベストセラーを記録し、今日でも、中等教育の国語の教科書などにしばしば登場する名作となっている。
 その後、1956年に、市川昆監督で映画化され、大ヒットし、さらに、ほとんど同じシナリオで、1985年に同じ市川監督によってリメイクされた。今日では、むしろ、この新作の方が有名であろう。長身でルックス抜群の中井貴一が、水島上等兵を演じている。
 あら筋は、こうである。
 第二次大戦中、ビルマを転戦する日本軍の一小隊があった。音楽好きの小隊長(旧作は三国連太郎、新作は石坂浩二)の下で、隊員たちは暇をみては合唱をし、戦いに疲れた心を癒していた。とりわけ音楽的才能にすぐれている水島上等兵(安井昌二、中井貴一)はビルマの竪琴で巧みに伴奏をした。ある夜、敵に囲まれるが、全員で歌った「埴生の宿」がイギリス兵の心を打ち、敵味方双方の合唱へと発展。そこで終戦を知り、戦わず捕虜となった。その後、抵抗する残留兵の投降説得という使命を帯びて隊を離れた水島は、説得に失敗、戦闘に巻き込まれ、負傷する。そこをビルマ僧に助けられるが、隊に戻りたい一心で恩人のビルマ僧の袈裟を盗み、僧になりすましてビルマを横断、収容所までたどりつく。しかし、その道中で、野ざらしになった日本兵の白骨の山を目にして衝撃を受ける。やがて終戦。水島は僧となり、ビルマに残って戦友の遺体を弔うことを決意する。

ビルマを知らなかった原作者

 ビルマの竪琴については、作者の竹山自身が認めているように、原作者はまったくビルマを訪問したことがなかった。このことは、とくべつ秘されているはけではないが、意外と知られていない。
 竹山にとって重要だったのは、日本兵と敵兵が共通の歌を歌うことによって、戦闘が回避されると言うシチュエーションだった。竹山は、最初、中国の奥地の県城を物語の舞台として設定しようとしたが、どう考えても、日本人と中国人が共通の歌を知っているという可能性は存在しなかった。そこで、いろいろと思案したあげく、イギリス兵との組み合わせなら、その可能性はあるだろうと考えるに至った。ビルマ戦線が物語の舞台として選ばれたのは、そのような条件が満たされる場所だったからだ。
「日本人とシナ人とでは共通の歌がないのです。共通の歌は、われわれが子供のころからうたっていて、自分の国の歌だと思っているが、じつは外国の歌であるものでなくてはなりません。「庭の千草」や「ほたるの光」や「はにゅうの宿」でなくてはなりません。そうすると、相手はイギリス兵でなくてはならない。とすると、場所はビルマのほかにはない。」(竹山道雄「ビルマの竪琴ができるまで」『ビルマの竪琴』新潮文庫1959年、189頁)
 また、竹山自身は、後になって、「何も知らないで書いたのですから、まちがっている方が当然なくらいです。たとえば、坊さんの生活などはなにも分かりませんでした」と書いている。また、「ビルマから三人の新聞記者が来て、あのほんの英訳本を読んで、宗教関係にまちがったところがあるが、ビルマ人は、宗教についてはきわめて敏感だから、これをビルマに紹介するときにはこの点に気をつけるように、といわれました。あれをビルマ語に訳そうという計画があり、その許可を求めてこられましたから、よろこんで同意しましたが、はたして仕事はすすんでいますかどうですか」とも書いている。結果から言うと、結局、それはビルマ語には翻訳されなかったようだし、映画の方もビルマでは、新旧とも上映されずじまいだった。ということは、ビルマの人々がこの物語を知ることはなく、その「誤り」を訂正する機会もなかったということになる。しかし、そのような事情は、今日どの程度人々の共通認識となっているのだろうか。その点は、はなはだ危うい。そもそも、そのような竹山の注釈自体が、すでに忘れ去られてしまっているのではないか。
 というのもビルマの竪琴は、今日、竹山の文学作品として読まれているよりも、市川の映画として見られているからだ。実際、竹山の「ビルマの竪琴」を読みたいとその辺の書店をまわっても、ほとんど見つけられない。私が、原作本を見つけたのは、市立図書館の本棚だったが、図書館の司書さんは、「そんな古いのありませたっけ」と浮かない顔をして探してくれたのである。

映画は原作を越えて

 それにくらべて、市川の映画といえば、最初の1956年版は、記録的な大ヒットを飛ばし、ベネチア映画祭サンジョルジオ賞を受賞し、中井貴一の主演でリメイクされた85年版も、評判は上々で、キネマ旬報ベストテンで5位、毎日映画コンクールの日本映画ファン賞を受賞している。さらに、ビデオなら、どこのレンタルビデオ店でも見つけることができる。今日の映像文化の影響力が大きいかは、いまさらいうまでもない。その証拠に、私が借り出した文庫版の「ビルマの竪琴」の表紙カバーには、映画から中井貴一が袈裟をきて竪琴を弾くシーンのスチル写真が大きく使われていた。
 原作を知らない世代なら、この作品に接する順序は、映画を見てから文学作品を読むという順序なのに違いないのである。
 映画の方のビルマの竪琴はというと、とくに85年のリメイク版に関しては、実際に東南アジア(ミャンマーではなく、タイ)にロケし、かなりリアルな物語として製作されていた。映像は文学と違って具象性を伴う。したがって、市川の映画は、竹山があとで、「本格小説ではありませんでしたから、あのくらいのことを書くのは空想ですみました」と告白しているようなものとは、かなり違った印象を人々に与えた。
 映画に描かれた世界は、その後、現実のビルマの文化やビルマ人の宗教観を伝えるものとして、あたかもノンフィクションのような扱いを受け始めるのである。
 たとえば、最近、新聞に現れたビルマに関するいくつかの記事を紹介したい。
 竪琴 音楽通しさりげなく平和を紡ぐ
楽しく音楽を聞いてもらって、少しでも平和について考えてもらえればそれでいい。「2時間びっしり平和・平和とやられたら、演奏を聞きに来てくれる人はいないよ」。電気管理事務所を経営しながら、有志を集めて平和コンサートを続けている上尾市弁財の伊藤邦夫さん(55)の持論だ。「さくら草音楽共和国大統領」という肩書も持つ。(中略)
 8歳の時、父親がビルマ(現ミャンマー)戦線で戦死した。20歳のころ、映画「ビルマの竪琴(たてごと)」を見て「無念のうちに倒れた人たちの死が無駄にならないように、平和な社会にしていかなければ」と強く感じた。「水島上等兵の気持ちを万分の一でも持って、社会に役立つ音楽活動ができたら」。仕事の傍らアコーディオン、オーボエ、オカリナなどの楽器を独習し始め、音楽活動の輪を広げて来た。  (『朝日新聞』92.08.19、埼玉版)
 「水島」自分の生き写し 元日本兵2人、心はやはり日本
 死んで行った戦友の白骨を集め、弔うため、帰国を断念した水島上等兵も、そこがやさしいビルマだからこそ、一人残ることを決意したのではなかったろうか。
 ラングーンに、二人の旧日本兵が住んでいる。(中略)
 北村さんは、東京の映画館で「ビルマの竪琴(たてごと)」を見た。星さんはつい最近、ビデオで見た。どちらも、映画化二度目の新作の方だ。中井貴一の水島上等兵が、まるでわがことのように、身近に感じられたという。「収容所を逃げ出してから、ジャングルの中を歩き回ったとき、白骨をずいぶん見ました。それを拾って、木の下に埋めたこともありました」と星さんが話すと、北村さんがしきりにうなずく。(略)
(『読売新聞』88.01.08 東京朝刊4頁)
 第40回青少年読書感想文全国コンクール出品作品紹介
「ビルマの竪琴」を読んで。滝野町・滝野南小6年 小林慎也君
 「ビルマ」今は、ミャンマーと言う。ぼくは地図帳を引っ張りだしてみた。ミャンマーは、日本よりはるか南の赤道の近くにあった。ずいぶん遠いんだなあと思った。ずっと前、祖母より祖母の知っている人が、戦争に行った話を聞いたことがある。ぼくが生まれるずっと前に、日本兵が戦いに行き、大勢の人が死んだ土地であると聞かされたことを思いだした。そんな時、父といっしょに本屋へ行った。ふと、目にとまったのが「ビルマの竪琴」という本だった。ぼくは、その本を思わず手に取り、家に帰っていっきに読んでいった。(中略)
 明日、日本へ帰ると分かったときの昼、二重の柵をへだてた向こうに、きらきら光る青いインコを両肩に一羽ずつ乗せたビルマ僧となった水島隊員が、竪琴で「はにゅうの宿」の伴奏をはげしくかき鳴らしたときの気持ちはどんなだっただろうか。作者は水島隊員の行動をとおして、人間が人間らしく生きることの大切さを教えたかったとぼくは思う。(略)
(『読売新聞』94.12.23 兵庫地方版 28頁)
 これらの新聞記事を読んでみると、「ビルマの竪琴」をセミ・ドキュメンタリー作品として理解しているとしかいいようがない。ビルマの竪琴が描く世界の虚構と現実との境目がいつのまにか希薄になり、溶解してしまっている。ビルマの竪琴は、ミャンマーの人々の目には触れることなく、日本人の間だけでこの戦後50年間を脈々と生きながらえてきた戦争伝説といってよいかもしれない。長い期間に誕生の経過は忘れ去られ、若い世代にとっては、かつてそういう事実が存在したように受け取られてしまっているのである。

伝説化への社会過程

 このように、完全なフィクションであることを著者自身が認めているにもかかわらず、ビルマの竪琴は、その後、日本人がビルマについて言及するときの定番の参照例となってしまった。
 社会学では、人がある対象を理解する上で、あらかじめもっている枠組みを準拠枠 (frame of refference)という。ビルマの竪琴は、日本人にとってビルマについての認識の準拠枠となったのである。
 このような事態が起こった原因は、いくつか考えられる。
 まず、作品の完成度とそれを受け入れた時代の潮流がある。すぐれた文学作品の完成度の高い言説やストーリーは、たとえ一部の知識人がその虚構性を認識していたとしても、長い時間をかけたコミュニケーションの再生産と伝播過程の中で、事実に転化していく。
 竹山の原作はどちらかというと、ビルマ人の生き方を描くことで、近代的な文明に対するアンチテーゼとしての仏教的な静謐や諦念に光をあてるものであった。それは、近代化の行き着いた果てがあの敗戦であったという当時の日本人一般の厭戦感に感応するものだったが、竹山自身は、作品の中で、とくに戦争について決定的な批判をしているわけではないし、日本の戦争責任を明確に指摘しているのでもない。だから、現代の読者が時代背景を知らずに読んだとすれば、むしろ仏教的な解脱や禁欲生活のすすめとして読むかもしれない。余談だが、オーム真理教の信者ならきっと喜んで受け入れるだろう。
 一方、市川が創った映画の方は、あきらかに反戦を意識したものだった。市川自身、再映画化のとき、その理由を問われて「反戦は何べん訴えても、語ってもいい」と、説明している。ビルマの竪琴は、戦後の日本大衆の平和主義的な感覚に受けとめられ、いつの間にか、反戦映画としての意味付けを与えられたのである。8月になれば、日本のあちらこちらでこの映画を平和運動の一環として上映したり、上演したりするのも、そのような大衆の受けとめ方を反映したものに違いない。また、反戦といっても、左翼的な言説をいっさい含まないビルマの竪琴は、右からも左からも安心して受容できる、戦後平和主義の国民的テキストとして広くこの社会に受け入れられていったのであろう。
 つぎに、この作品が日本の中でだけもっぱら流通し、ミャンマー側からのフィードバックがほとんど存在しなかったことも原因として考えられる。日本にとってミャンマーは一部の関係者を除いてビルマの竪琴との関連で言及される以外、言及のキーワードが存在しない期間が、長い間続いた。もちろん、最近では、民主化運動やスーチー女史の存在が日本の社会でも話題を集め、ミャンマーに対する言及は、以前に比べれば多様性を示すようになってきている。しかし、それでも、ビルマの竪琴が言及する仏教的なやさしさは、現在の軍事政権の荒々しさと対比させるための格好のエピソードとして逆に言及される頻度を増しているように思える。
 たとえば、次の朝日新聞の記事などは、そのような傾向をよく示したものである。
 タベイ・マオ(窓・論説委員室から)

 「一生に一度必ず軍服を着るのと、袈裟(けさ)をつけるのと、どちらのほうがいいか。どちらがすすんでいるか。国民として、人間として、どちらが上なのか」戦後まもなくのベストセラーで、いまも読み継がれる竹山道雄さんの「ビルマの竪琴」に、確かこんな問いかけがあった。
 ミャンマーと国名が変わった現在も、ビルマは敬けんな仏教国である。(中略)僧にとって大事な修行である早朝の托鉢には、ふた付きの黒い容器を持って行く。これを「タベイ」という。中にはスズ製の小さなコップが数個入っている。(中略)ところが、このミャンマーの朝の風景に、異変が生じた。
 僧たちが、軍人やその家族の家の前で立ち止まりはするが、手に持つタベイのふたを開けようとしない。これは政権の座に居座り、民衆を弾圧する軍事政権へのデモなのである。これを「タベイ・マオ」という。マオとは逆さにする、妨げるといった意味だ。静かなる抵抗運動ではあるが、意味するところは重大だ。お布施を受けないのは、相手に「地獄に落ちよ」というに等しいからだ。」

失われたフィードバック

 一般的には、言及される情報が量的に拡大し、質的に多様化すれば、それ以前の情報に負のフィードバックがかかるようになるのだが、ビルマの竪琴についてみれば、このフィードバック機能がうまく働いていないように思われる。
 なぜミャンマーからのフィードバックが働かなかったのかといえば、ここで断言できる事実の収集はまだ十分ではないのだが、まず、原作を翻訳し出版する努力が払われなかったこと、さらに、映画がミャンマーで上映されなかったことがあげられる。それは、おそらくビルマ人にとってそれが荒唐無稽な内容であるため、翻訳したり、映画を輸入したりする仕事に携わるビルマの知識人たちをためらわせたからだろう。さらに、この作品の内容がことさらにビルマを誹謗したり、非好意的なイメージを対外的に広げる内容ではなかったことも、関係があるかもしれない。いずれにせよ、ビルマの竪琴に対するミャンマーの態度は、「捨て置く」というものだったのである。
 しかし、もしミャンマーの側が、この作品の内容に対して、異議を申し立てしようとしても、それが可能だったかどうかは分からない。そこには、日本とミャンマーの圧倒的な国力の差が存在するし、また、映画という大きな装置が必要な映像メディアを一般大衆が自由に視聴することは現実的に困難だからである。
 視聴できない映像は、批判することもできない。
 このような状況は、何もビルマの竪琴だけに限らない。先進国の映画産業が、途上国を舞台に製作する多くの映画は、これまで作品の舞台となった社会で公開されることは少なかった。また、たとえ、それができても、途上国の観客が先進国の制作者に対して、内容に対する批評を効果的に伝えるチャンネルは存在しなかった。ハリウッドが戦後続々と製作した「サムライ・フジヤマ・ゲイシャ」ムービーについて、私たちは辟易しながらも、そのまま受け入れるか、見ない振りをする以外なかったようにである。さらに、そもそも辟易するためには、その映画が舞台になった国で公開されなければならないのだが、そのような作品の多くは、輸入段階ですでに篩に掛けられ、一般大衆の目に触れることはほとんどないのである。
 こうして、一度、形成された認識やイメージは、メディアの大量生産過程で逆に強化されてしまい、それを変えることはなかなか困難となる。経済大国を自認している(いた)日本でも、アメリカのメディアがつくった日本に対する画一的イメージを修正することは、至難の業であるのだから、まして、弱小な途上国にそのようなことができるわけがないだろう。とくに、そのようなイメージがある種の好意を含んでいるときはなおさらである。

独占された視線

 このような状況を「視線の独占」と表現する文化人類学者たちもいる。フィールド調査で辺境の村を訪問した人類学者がいたとしよう。多くの場合、調査される現地は「未開」の社会であったり、先住民族であったりする。現地で、人類学者と村人たちが遭遇する。この場合、遭遇によって交わされる視線は、本来、対等なはずのものである。来訪者である学者が村人を見つめるのと同じように、村人も未知の来訪者に視線を投げかけるからだ。いや、実際、フィールドで私が経験する実感から話せば、見知らぬ土地に来て心細くなった来訪者が村人から受ける無数の視線の方が、むしろ圧倒的である。フィールド調査とは、見られるためにいくことだといってもよい。
 しかし、カメラやビデオなどのメディアを所有した学者が、いったん現地を映像で記録した時点で、その対等な視線の関係は崩れる。メディアによって記録された映像を独占的に保有できる立場にある学者は、特権的な立場を確保するようになる。実際、写真というメディアがこの世に登場して以来、「文明」と「野蛮」の接触が数多く映像によって記録されたが、そのほとんどは、「文明」の側が「未開」の側を記録するものだった。この関係は、「文明」の側だけが、記録し分析できるという特権を独占することであり、それは、近代の植民地主義の構造を象徴するものでもあった。

残った問題

 このような状況を指して、視線の独占という言葉が使われるのである。このような構造は、今日、マスメディアという巨大なメディア技術が関与することによって、いっそう強化されてもいるのではあるまいか。ビルマの竪琴は、日本人にとって、ミャンマー側からの訂正や反論に曝される機会もないまま、伝説と化していったのである。
 さて、ここまでが、ビルマの竪琴が日本人にとってなぜ「真実」になったかについての考察である。しかし、それが明らかになったとして、まだ問題が残っている。それは、ビルマの竪琴がミャンマーの人々から見てどこが架空なのか明らかでない点だ。ビルマの竪琴が、いまだミャンマーで上映されていない以上、それがミャンマーの人々によってどのような見方をされるか、いまだ不明のままなのである。
 今、必要なのは、実際にこの映画をビルマの人々に見せ、その反応と評価を確かめることなのではないか。そうでない限り、いつまでたっても相互に視線を交差させることはできないだろう。
 やや話は迂遠になったが、そんなわけで、ビルマの竪琴をミャンマーの人々に見せることはできないだろうかと考えた。そして、そのチャンスは、意外に早く訪れたのである。
 以下次号

96-01-29
http://www.asahi-net.or.jp/~cr1h-ymnk/96-01-29.html

ミャンマーの人々は「ビルマの竪琴」をどう観たか(後編)
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by thinkpod | 2006-08-19 00:07 | メディア
2006年 07月 26日

戦争とマスコミ

2006年7月25日  田中 宇 

 7月12日にイスラエルがレバノンに侵攻して以来、衛星放送の「BBCワールド」の英語のニュースを見ていると、イスラエルからの現地レポートが始まったとたんに音声が途切れたり、映像が切れてしまうことが何回かあった。アナウンサーは「技術的な問題が生じた」と説明して次のニュースに移るという対応をしていたが、私には「問題は技術的なことではなく、イスラエル当局が自国に不利な放映を阻止したのではないか」という疑いが浮かんだ。

 AP通信の記事によると、戦争開始以来、イスラエル軍は、イスラエルで取材するマスコミが報じる戦況報道について検閲を行い、敵方を有利にする情報が流されそうなときには、放送を止めたり、メディアの発行を差し止めたり、記者を拘束したりする報道管制を行っている。イスラエル軍の報道管制担当の主任(Col. Sima Vaknin)はAP通信に対し「私は、新聞社や放送局を閉鎖することなどを含む、ほとんどどんなことでもやれる強大な権限を持っている」と述べている。(関連記事)

 報道管制は、イスラエル国内のマスコミだけでなく、イスラエルに駐在ないし短期滞在して取材する外国のマスコミや、フリージャーナリストにも適用される。BBCの放送は、イスラエルの取材現場から、衛星回線を通じてロンドンの編集センターに送られていると推測されるが、イスラエルから衛星回線に乗せる際、イスラエル軍の報道管制担当の検閲を経ていると思われる。報道管制官は、必要に応じてビデオ信号の流れを止めたり、音声だけを止めたりしているのだろう。

 私が「これは報道管制だな」と感じた一つのシーンは、ヒズボラのロケット弾がイスラエル北部の町ハイファに着弾し始めた2日めの現場レポートだった。前日のイスラエル国内新聞の報道では、ハイファの市民は意外と平静で、ヒズボラのロケットが着弾した場所を見に行く野次馬が多かったと書いていた。

 翌日のBBCニュースでは、ハイファに滞在する記者が「ハイファ市民は意外と冷静で・・・」と現地レポートを始めたとたん、映像が途切れてしまった。アメリカの新聞などでは「ヒズボラの攻撃でイスラエルは大変なことになっている」といった感じの報道が多く、これこそがイスラエル軍の望んでいる報道なのだろう。BBCが「イスラエル市民は意外と冷静で、ミサイルの着弾現場には野次馬がたくさん来ています」といった現実を報道してしまうと、世界の世論にイスラエルを不利にする悪影響を与えかねない。だから軍が放送をカットしたのではないかと思われた。

 さらにその翌日のBBCのニュースでは、ハイファの現場レポートが著名な戦場記者(Lyse Ducet)に入れ替わり、ほとんど人がいない繁華街を背景に「みんな防空壕に避難し、市民生活が奪われています」といったレポートをしていた。これはカットされず、検閲に合格したようだった。

▼「中東特派員をやめられて嬉しい」

 アメリカでは、イスラエルは、今回の戦争が始まるずっと前から「検閲」を行っている。中東問題に詳しいロバート・フィスクが昨年末に報じたところによると、アメリカの多くのマスコミは、在米のイスラエル右派系勢力からの脅しやヒステリックな抗議を受け続け、中東の情勢について事実ではないことを書かねばならない状況に追い込まれている。

 ボストンの新聞ボストングローブの中東特派員は、配置換えで中東を去るにあたって「もう事実をねじ曲げて記事を書かなくても良くなるのでうれしい」とフィスクに述べたという。アメリカのイスラエル右派系の団体は、マスコミに対し、親イスラエル的な表現を使わない記事について非難を繰り返し、記事の表現を変えさせ、悪いのはパレスチナ人の方であるという印象を、読者に持たせるべく、活動を続けている。(関連記事)

 イスラエル右派系の過激な活動家たちが標的にしているのはマスコミだけでなく、中東問題を教える大学の教官や、中東に対する外交政策を討論する政治家などに対しても、さかんに行われている。私が2000年にアメリカの大学で中東の地域学の授業を聴講していたとき、すでに教室の最前列にはキッパ帽をかぶったイスラエル系アメリカ人の学生が陣取り、教官がイスラエルについて批判的なことを言わないよう監視していた。

 すでにアメリカでは、中東問題に関する報道は歪曲が定着し、学者もきちんとした研究ができず、政治家はイスラエルを批判することが不可能になっている。中東問題に関しては、ジャーナリズムも、アカデミズムも、民主主義も、すでに死滅している。

 この傾向は1990年代末からひどくなり、2001年の911事件を機に、決定的になった。そして、この「死滅状態」を活用して起こされたのが、2003年のイラク侵攻であり、今回のイスラエルのレバノン侵攻である。

▼イスラエルの戦術を見習う諸勢力

 最近では、イスラエルのやり方を見習って、過激な活動家集団を形成してマスコミに圧力をかけ、報道の論調を自分たちに有利な方向に傾けさせようとするいくつもの勢力が、世界中で活動するようになっている。

 たとえば、欧米で強いアルメニア系の勢力は、第一次世界大戦の時期にトルコがアルメニア人を虐殺した話をテコに、反トルコのキャンペーンを世界中で展開し、虐殺されたアルメニア人の数をできるだけ多く見積もる運動(ホロコーストの被害者数の運動から学んだのだろう)を行ったり、トルコを少しでも擁護するマスコミの言動を潰したりしている。

 アルメニア人は、アゼルバイジャン(トルコ系のイスラム教徒)とのナゴルノ・カラパフ紛争に関しても、すべてアゼルバイジャン側が悪いという宣伝を世界的に行い、かなり成功している。アルメニア人は、イスラエル人(ユダヤ人)と同様、欧米に広く民族が離散しており、国際的な政治活動がうまい。

 トルコ系も世界に移民がおり、イスラム教徒も世界中にいるのだが、彼らは結束できず、連帯した巧妙な政治活動が下手で、いつもユダヤ人、アルメニア人、アングロサクソン(米英)などの巧妙な人々に完敗し「悪者」役をやらされている。

 日本国内で、イスラエル右派のやり方を学んだのではないかと思えるのは、北朝鮮の拉致問題に取り組む勢力の中の一部である。拉致問題に取り組む団体の活動家から脅しを受け、記事の論調を書き直させられたという、数人の雑誌編集者や記者から話を聞いたことがある。

▼軍広報官を苛立たせる

 今回のレバノン戦争に際し、イギリスでは当初、アメリカと同様、イスラエルを無批判に支持していた。しかしイスラエルが空爆によってレバノンの一般市民の住宅や公共施設を容赦なく破壊し続けたため、イギリスの世論が反イスラエル的になった。

 以前の記事に書いたように、イギリスは、アメリカの覇権力を使って世界を動かす「英米同盟中心の国際協調戦略」を採ってきた。このためブレア首相は、できる限りブッシュ政権と歩調を合わせようとしたが、イスラエルによる残酷な攻撃は、イギリス政府内にすら反イスラエル的な意見を広める結果となり、開戦から12日たった7月24日、イギリスの外相が公式に、イスラエルのレバノン市民社会に対する攻撃を非難した。(関連記事)

 これを機に、BBCなどイギリスのマスコミは、レバノンで惨状を大々的に報道するようになり、イスラエル批判の論調を強めた。イギリス以外の欧州諸国でも、世論はすでにイスラエルを強く非難している。

 軍の報道管制があるイスラエル側からの現場レポートは、イスラエルを批判するとカットされてしまう。そのためBBCの記者(Lyse Ducet)は、巧妙なやり方をしていた。イスラエル軍の広報官にレポート現場に来てもらい、記者が「今日、イスラエル軍はレバノンの国営テレビ局を空爆しましたね」と尋ねると、軍広報官は「ヒズボラの行為を宣伝していたので」と返答。記者は「しかし、国営テレビ局はレバノンの国民生活に必要不可欠なものだったのではないですか」と尋ねると、広報官が「われわれは必要に応じて攻撃を行っている」。

 記者はさらに「今日は、レバノンの携帯電話の基地局も空爆しましたね」。広報官は「携帯電話がテロ組織に使われていたから」。記者は「しかし、携帯電話は、一般市民の生活必需品だったのではないですか」。不利になってきた広報官はしだいにイライラして「われわれはテロ組織と戦っており、必要に応じて作戦を展開している」と怒った感じで返答した。記者はイスラエルを直接批判しなかったが、テレビを見ている人々には、何が起きているかが伝わった。広報官が出演しているニュースなので、イスラエル軍は放映をカットするわけにもいかなかった。

▼沈黙する日本

 イスラエルに対する擁護と非難で騒然としている欧米のマスコミとは対照的に、日本のマスコミでは、今回のレバノンでの戦争は、意外な小ささでしか報じられておらず、沈黙している。このニュースは、新聞の一面やテレビのトップニュースにならない日の方が多い。

 今回の戦争は、インドから北アフリカまでの広い範囲を巻き込んだ大戦争になりかねず、アメリカの覇権や戦略に大きな影響を与えそうである。イラクの泥沼化以来、厭戦気分のアメリカは、孤立主義の傾向を強めかねず、だからこそイスラエルはアメリカを中東での継続的な戦争に巻き込むため、ヨルダンを攻撃し続けている。アメリカでは「すでに第3次世界大戦が始まっている」と指摘する分析者も多い。

 アメリカの覇権が大きく揺れていることは、対米従属の戦後60年を送ってきた日本の政府と国民にとって、非常に大きな関心事であるはずである。しかし日本では、政府もマスコミも沈黙している。レバノンで起きている戦争が、日本を含む世界に対してどんな意味を持っているかについての分析や議論は、全くといっていいほど行われていない。

 このような状態になっている理由はおそらく、戦後の日本の対米従属が「アメリカの内部で決まったことに従う」という自主規制に従ってきたからだ。「お上」の宮廷内の不和については、興味を持たず、見て見ぬ振りをするのが賢明だ、下手に関心を持って意見を言ったりすると、痛い目に遭うかもしれない、と考えるのが、日本なりの戦後の生きる知恵である。

 911以来、イスラエル系の勢力が米政界をかき回してテロ戦争を激化させているのは、日本から見るとまさに「お上の宮廷内不和」である。この件について日本人が騒ぐことは危険なので、政府は沈黙し、マスコミはなるべく小さくニュースを扱っているのだろう。日本政府は、アメリカの宮廷内紛で最終的に勝つ勢力が確定したら、その勢力の命令を聞こうと待っている。しかし911以来、宮廷内紛は激しくなるばかりで、終わる見通しがない。

▼「ジャーナリズム」の本質

 従来、日本では「マスコミは、政府から何の規制も受けずに報道している」というのが「常識」で、その常識からすると、日本のマスコミが政府の意を受けてレバノン戦争のニュースの扱いを小さくしていると考えるのはおかしい、ということになる。だが、911以来、日本にとっての「お上」であるアメリカが戦時体制を続けていることから考えて、今では日本のマスコミの上層部が、日本政府から何の「アドバイス」も受けていないとは考えがたい。

 世界的に見ると、ある国が戦争を始めたら、その国のマスコミが戦争に協力した報道を行うことは、半ば義務である。マスコミが政府の戦争に協力しなければならないのは、公的な組織として、抵抗しがたいことである。

 マスコミ業界の世界的な中心地であるアメリカでは、マスコミは、開戦後に戦争に協力するだけでなく、政府による戦争開始の策動に協力してきた。アメリカのジャーナリズムの賞として世界的に有名なものに「ピューリッツァ賞」があるが、この賞を作ったジョセフ・ピューリッツァは、1898年にアメリカとスペインの戦争(米西戦争)が始まる原因を作った人である。

 米西戦争は、当時スペイン領だったキューバに停泊中のアメリカの戦艦メーン号が何者かによって爆破沈没され、これをピューリッツァの新聞「イブニング・ワールド」などのアメリカのマスコミが「スペインの仕業に違いない」と煽り、開戦に持ち込んだ戦争である。メーン号が沈没した理由が、故障による自損事故だったことは、後から判明した。

 この米西戦争開始の経緯を見ると、アメリカのマスコミが政府の肝いりで「イラクは大量破壊兵器を持っているに違いない」と煽って開戦に持ち込み、後で、実はイラクは大量破壊兵器を持っていなかったことが分かったという、105年後の2003年に起きたイラク侵攻と、ほとんど同じであることが分かる。

 ピューリッツァとその後の同志たちが巧妙だったのは、自分がやっていた扇動ジャーナリズムを、洗練された知的で高貴な権威あるイメージに変えることを企図し、成功したことである。ピューリッツァは、ニューヨークのコロンビア大学に巨額の寄付を行い、ジャーナリズム学科を創設した。今では、コロンビア大学のジャーナリズム学科は、ジャーナリズムを学ぶ場所として世界最高の地位にあり、ピューリッツァ賞は、世界最高の賞となっている。「ジャーナリスト」は、世界中の若者があこがれる職業になった。

 しかし米西戦争からイラク侵攻まで、「人権」などの一見崇高なイメージを使って敵方の「悪」を誇張し、自国にとって有利な戦争を展開することに協力しているアメリカのマスコミのやり方は、巧妙さに磨きがかかっただけで、本質は変わっていない。

(ベトナム戦争では例外的に、アメリカのジャーナリズムが自国の政府や軍を批判したが、これは、米政界内で、冷戦派と反冷戦派が暗闘していたことと関係している)

 人々が、マスコミによるイメージ作りに簡単にだまされてしまう状況も、105年間、ほとんど変わっていない。むしろテレビがお茶の間を席巻した分、昔より今の方が、世界的に、人々はより簡単にだまされてしまう状況になっている。

戦争とマスコミ
http://tanakanews.com/g0725media.htm
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by thinkpod | 2006-07-26 19:59 | メディア
2005年 12月 07日

首相、NHK改革の必要性を明言

 小泉純一郎首相は6日、不祥事をきっかけに受信料の不払いが急増している日本放送協会(NHK)について抜本的な改革が必要との認識を表明した。首相官邸で記者が「NHK改革は必要か」と聞いたのに対して「そうですね。受信料も滞っていますから」と明言した。首相が言及したことで、政府・与党のNHK論議が活発化するのは確実だ。

 NHKを巡り竹中平蔵総務相が経営形態見直しなどを検討する有識者懇談会を設置すると発表。首相は「公共放送として国民の信頼を回復するため、どうしたらよいかという観点で、識者に意見を聞く必要がある」と強調した。

 同日の経済財政諮問会議では、規制改革・民間開放推進会議の宮内義彦議長(オリックス会長)がNHK改革を提言。約3割の世帯が支払っていない受信料制度について「すでに破綻」と指摘。払った世帯だけが視聴できる「スクランブル化」を早期に実現すべきだと訴えた。

 特殊法人改革の観点からもNHKが保有する地上波、衛星、ラジオ合わせて8つあるチャンネル数を削減すべきだと主張した。 (21:01)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20051206AT1E0601K06122005.html
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by thinkpod | 2005-12-07 01:59 | メディア
2005年 11月 12日

公取委:新聞・教科書など5分野、特殊指定見直しへ 新聞協会は反対声明

 公正取引委員会は2日、新聞、教科書、オープン懸賞、海運、食品缶・瓶詰の5事業分野の特殊指定制度について、廃止を含めて見直すことを明らかにした。関係業界からの意見聴取を行った上で、来年6月中に結論を出す方針。(2面に解説と日本新聞協会の声明全文)
 公取委は、独占禁止法で禁止している不公正な取引方法について、「一般指定」としてあらゆる事業分野を対象に定めているほか、「特殊指定」として新聞や教科書などの事業分野でそれぞれ特定の取引方法を違反行為と定めている。
 1955年に公取委が告示した新聞の特殊指定は、新聞を発行・販売する業者が、地域や読者によって定価を割り引き販売することや、発行業者が販売業者に注文部数以上の新聞を売りつける「押し紙」などを禁じている。99年の告示改正で、新聞の学校教育教材用や大量一括購読者向けについての割引が容認された。
 日本新聞協会は、特殊指定が廃止されるとコストのかかる遠隔地への新聞配達が切り捨てられて全国の戸別配達網が崩壊し、読者が新聞を毎日決められた時間に、どこでも同じ価格で容易に手に入れることができなくなるなどとして、特殊指定の存続を要望してきた。
 一方、56年に告示された教科書の特殊指定では、教科書発行事業者が学校などに採択を勧誘したり、他社の教科書を中傷したりすることなどを禁じている。
 この日の会見で公取委の上杉秋則事務総長は「一般指定でも対応できるかもしれない」と、5事業分野の特殊指定の廃止も含めた見直しに言及した。特に新聞については「99年の改正時には著作物の再販制度の見直しと重なり、新聞の割引販売は宿題だった。改正から5年たっているので全体を見直す」と述べた。
 日本新聞協会は「見直しは公取委が4年前に決めた著作物再販制度の存続決定と矛盾し、文字・活字文化振興法の精神にも背く。現行規定の維持を強く求める」との声明を出した。【斎藤良太】
毎日新聞 2005年11月3日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/wadai/news/20051103ddm001040005000c.html
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by thinkpod | 2005-11-12 04:40 | 未分類
2005年 11月 10日

TVCM料、広告主が違えば格差2倍も 公取委が指摘

2005年11月09日02時55分

 同じテレビ番組のCM枠でも、広告主が違うと広告会社に支払う料金に大きな差が生じていることが、公正取引委員会が8日発表した広告業の取引実態に関する調査結果でわかった。公取委はCM取引の透明化に向け、実際の枠価格の公表や販売対象の枠に対する入札導入の検討などを提言している。

 調査は今年1月から10月までで、広告会社64社、テレビ局、新聞社など164社、広告主213社が回答した。

 CM枠についてテレビ局に、以前からの広告主への対応を尋ねる(複数回答)と「番組の継続にかかわらず優先」が73%と最多で、「番組継続の場合に優先」も25%。「最も好条件を示した広告主を優先」は8%だった。

 また、同一番組の広告主による料金差は1分あたり料金が2倍以上という場合もあった。広告主対象の調査では、自社の提供番組に対する他の広告主の料金について、72%が「知らない」と回答。広告コストに対する広告主の意識が高くない現実が浮き彫りになった。

 04年の日本の総広告費は5兆8571億円。広告会社上位3社のシェアは、CM取引では65%を占め、公取委は、広告業界が有力会社と中小会社に二極化し、新規参入も難しくなっている、と指摘した。 
http://www.asahi.com/business/update/1109/004.html


広告取引「透明性確保を」 公取委が調査結果公表

公正取引委員会は8日、テレビ、新聞などの広告取引に関する調査報告書をまとめ公表した。コマーシャル(CM)枠の大部分を有力広告会社が扱っている実態や特有の慣行があるとして、業界に対し、広告取引の透明性確保を求めている。

 公取委は1月から10月にかけ、広告会社、テレビ局、新聞社、広告主企業の計674社を対象に、アンケートやヒアリングを実施した。

 報告書によると、昨年の総広告費は約5兆8570億円。「電通」「博報堂DYホールディングス」「アサツー ディ・ケイ」の広告上位3社の占めるシェアは48%で、テレビ広告に限ると65%に上った。

 公取委は、特にテレビ広告について(1)既存の広告主優先の慣行がある(2)広告主が入れ替わるCM枠についてテレビ局による情報開示が少ない-などの事情から、新規参入が困難と指摘。テレビ局が支払う報酬も広告会社によって差があり、価格競争力に影響が出るとしている。
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by thinkpod | 2005-11-10 04:07 | 未分類
2005年 10月 26日

「おれにまかせろ」法律事務所―NHK受信料に“対抗”する方法

【サラリーマン実用辞典】
Q 最近、NHKの受信料を支払わない人に対してNHKが裁判を起こして徴収することになったと、ニュースで聞きました。私は、一連のNHKの不祥事に抗議する意味もあって受信料を支払っていません。このままだと、やはり裁判所に訴えられてしまうのでしょうか。(無職、72歳、奈良市) (2005.10.17掲載)

A 受信料不払いについてはボクも4月にこのコーナーで取り上げ、受信料支払い拒否に貢献した…いや、もとい。問題点を指摘したのだが、当のNHK側はどうにも受信料の支払い拒否が許せないようだ。そこで「法的措置」という“逆ギレ”をしとるんよ。
 「親方日の丸」の旗を掲げる公企業・NHKが、公僕という立場を忘れ、読者様を初めとする庶民の皆々様からムリヤリお宝を徴収するというのであれば、われわれもこれに対抗するカバチ(広島弁で屁理屈の意)をひねってみようじゃないか!

(1)受信料を支払わなければどうなるか
 NHKは支払い拒否をしている人に対して「支払督促」という「法テク」で受信料を取り立てるようだ。これはNHKが簡易裁判所に所定の手続きをとると、裁判所から一方的に受信料を支払えという命令が出るというものだ。これを無視していると最終的に支払督促は、判決が確定するのと同じように確定してしまう。これはヤバイ。NHKがその気になれば給料を差し押さえることもできてしまう。
 これへの対抗策は、支払督促が来たら「異議申し立て」をしてしまうことだ! そうすると通常の裁判になって、NHKと争うことができるのだ。異議申し立てをするための申立書は支払督促に同封されている。
 おっと、通常の裁判といってもビビる必要はないぞ。万一、全面敗訴しても受信料を払うだけだ。せいぜい0・2%の延滞金と受信料を不正にごまかしていた場合に割増金がつくくらいか。
 また、裁判に負けた方が莫大(ばくだい)な裁判費用を払わされるとよくいわれるが、それも心配無用なんよ。裁判費用というのは基本的に切手代と印紙代。数千円程度のもの。しかもこの裁判費用を取り立てようと思うと、別に「裁判費用を決める裁判」を起こす必要があるのだ。異議申し立てをして裁判になっても費用は“無料”。何もおそれることはないんよ。
 反対にこの異議申し立てをされるとNHKは非常に困ったことになるはずだ。というのも、支払督促は債務者(=視聴者)の住所地の裁判所が管轄となり、異議申し立てがあった場合も、債務者の住所地で裁判が開かれることになるのだ。
 NHK受信料の支払いを拒否している人は、全国で130万人近くもいるというが、この内1割が異議申し立てをしても、NHKは全国各地の裁判所に職員を出張させて裁判闘争をしないといけなくなる。
 しかも裁判は1回で終わらない。調子にのって支払督促を申し立てるのはいいが、それで異議申し立てが増えれば増えるほど、NHKは自らの首を絞めていくことになるのだ。異議申し立てが続出したらきっとNHKも腰を抜かすことだろう。

(2)まだ受信契約を交わしていない読者様
 放送法はテレビを設置したらNHKと受信契約を交わせと決めているだけで、いつまでに契約を交わせとは定めていない。だったら「今日は忙しいからダメ」「そのうちに」と言っちゃえばいい。
 ちなみに、NHKが勝手に決めた契約規約には、「テレビを設置した日に契約が成立したものと扱う」との一文がある。だが、これは法的に問題がある。国民を強制的に従わせるのは法律にしかできない。放送法にいつから契約が成立すると定められていない以上、NHKが契約規約で勝手に定めても意味がないのだ。

(3)契約をしてしまった読者様
 すでに契約をしてしまった読者様もあきらめる必要はないぞよ。これも以前指摘したが、放送法はテレビを設置したら契約を交わせと定めている。だったら、テレビを取り外して契約を終了させてしまおう!
 いずれにしても、NHKは国民皆が納得して受信料を支払える運営をさらに肝に銘ずる必要があるということじゃろね。
 それにしても…。NHKは、ただでさえゼニがないちゅうとんだから、こんな意味のない裁判に大事なゼニを使わずに、受信料不足にまわしてしまえばいいのにね(笑)。
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 【放送法】 放送法では、NHKがCMを行うことを禁じ、受信料で運営することを定めている。
 第32条第1項で「NHKの放送を受信できる受信機を設置した者は、NHKと受信契約をしなければならない」と規定。テレビを設置していればNHKを見る見ないにかかわらず、受信料を支払わなければならない。罰則規定はない。
 NHKは、「テレビをお持ちのすべての方に公平に負担していただく受信料によって、財政での自立が保障され、放送の自主性を保ちながら基本的使命を果たすことが可能になります」と視聴者に呼びかけている。
 また、受信料不払い問題をめぐっては、会計検査院が放送法に基づき初めて調査に乗り出していることが先週、分かった。今後、NHKに対し、不払い者への法的措置を含めた対応などを求める見通しだ。
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●回答者・田島隆行行政書士
 昭和43年広島県呉市生まれ。家庭の事情で高校を中退、30の職を経験した後、海事代理士、行政書士として活躍。11年からマンガ週刊誌「モーニング」で連載していた「カバチタレ!」(6月で終了)と、7月からスタートした「特上カバチ?(カバチタレ!2)」などの原作者。「カバチタレ!」はフジテレビ系でドラマ化されるなど、法律ブームの火付け役になった。
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by thinkpod | 2005-10-26 18:12 | メディア
2005年 10月 21日

産経抄

 小泉純一郎首相の靖国参拝をとらえ、「日本軍国主義の最悪の伝統を公然と奉ずる挙に出た」と主張する新聞がある。アジアに対し、「非道な爪あとを残した日本の暴虐を鼓吹している」とくる。これは中国か北朝鮮の新聞か、と考えがちだがそうではない。

 ▼その正体が、米紙ニューヨーク・タイムズの社説「無意味な挑発」だというからあきれる。モノをいわないと認めたと思われるから一言いう。同紙の通りなら、毎年、靖国に参拝する各国の駐在武官や在日米軍の将兵はみんな軍国主義者なのか。

 ▼政治指導者が、国のため犠牲になった人に感謝を捧(ささ)げるのは当然のことだ。靖国参拝はそれが日本の文化であって、互いに黙する礼儀を持つべきだろう。米兵が靖国で手を合わせるのは、武人としての礼を尊ぶ心の表れである。

 ▼同紙は先の総選挙でも、「日本の民主主義は幻想」とか「マスコミはみんな自民党路線」と論評した。ならば東京支局を間貸しする朝日新聞とても抗議をしたであろうと察する。願わくば、彼らのアンチョコが中国系米人女性アイリス・チャン氏の幻惑本『ザ・レイプ・オブ・南京』でないことを祈るばかりだ。

 ▼多くの欧米紙はもっと穏当であり、中国紙が意外に抑制されているだけにその異様さが目立つのだ。しかし、一部でも珍奇な論評がある以上、在米日本大使館は反批判の矢を放ってほしい。有力紙による偽史の流布ばかりは避けたいからだ。

 ▼中韓の受け止め方は彼らの流儀だから変えられない。首相の靖国参拝を二国間の最大案件にしてしまったのは、当の中韓だからだ。他方、国内世論は、首相の靖国参拝への支持が不支持を上回った。政府は自信をもって対中韓外交を進めるべし−である。
産経抄
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by thinkpod | 2005-10-21 03:23 | メディア
2005年 08月 16日

まっすぐ、偏向。 NHK

NHK 日本の、これから 「アジアの中の日本」

208 名前: 【依頼】  Mail: sage 投稿日: 05/08/16(火) 01:24:48 ID: FR0HXbvD

本日のNHKスペシャルの第三部で大活躍の李鍾元(リー・ジョンウォン)立教大学教授
http://www3.nhk.or.jp/hensei/ch1/20050815/frame_18-24.html

李鐘元(イ・ジョンウォン)という立教大学の教授が韓国の中央日報で
堂々と「日本を内部から侵略せよ」と書いています。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=65632&servcode=200
【コラム】日本の外交は誰が動かしているのか。
(前略)
複雑な構造を持った日本の「右傾化」を代える方法も多様に講じられるべきだろう。
第一、圧力、すなわち「外圧」は肝要だ。
第三は、在日韓国人の地方参政権獲得とともに、日本社会を内側から変化させる方法も進めなければならない。
そうした点から、今回、韓国が先に、永住する外国人に地方参政権を付与する措置を
取ったのは、高く評価されうる。日本が歩む道に韓国が及ぼす影響力は少なくない。

記事は削除された模様
http://www.geocities.jp/savejapan2000/korea/k320.html
掲載時に立った2ちゃんのスレ
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1121431120/

人選に問題あり

209 名前: 120@まとめにん ◆Y9FOYSJv6Y  Mail: sage 投稿日: 05/08/16(火) 01:36:47 ID: B7iCuYkT

>>208
報告は無いですけど、以前こんな依頼もありました。

中央日報のコラムの執筆者は工作員そのものではないか?
ttp://dentotsu.jp.land.to/irai72.html#Q72_4



【コラム】日本の外交は誰が動かしているのか。
 「日本で最も政治的にパワーのある人」を捜しだすためにやってきた宇宙人があちこちを歩き回ったが、徒労に終わり、帰ってしまったというおどけ話を耳にしたことがある。日本の政治構造は、伝統的に非常に分権的だ。天皇制という制度自体が、政治的にはその実体があい昧だ。ある学者はそれを、真ん中ががらんとあいている「ドーナツ型の権力構造」だとした。政治学者・丸山真男氏が語る「無責任の体系」でもある。

 日本の「右傾化」を考えるとき、こうした認識が必要なものと思われる。現在、日本の「平和憲法」体制が急速に変質する兆しを見せているのは事実だ。しかし、それが日本全体がひとかたまりになった体系的な動き、だと考えるのは「まだ」むずかしい。長期的な戦略のもと着々と進められる、統制され、計算された「野心」や「陰謀」を、客観的に確認するのも容易ではない。いま日本の問題は、一貫した戦略の「過剰」ではなく、全体的な外交戦略の「不在」にある、と判断すべきだろう。

 長い間、官僚が統制してきた外交が、脱冷戦の変化について行けず、右往左往する間に、部分的に各「特殊な利益」がばっこし、外交を乱れさせている。日本国民も漠然とした不安感のなか、客観的な利害関係よりは感情的なスローガンに動員されている。これまで、日本外交の行方を決めたものは、拉致(らち)、歴史(靖国神社参拝)、そして自衛隊にまとめられる。昨年11月の「にせ遺骨」事件以降、日本政府が「拉致被害者の一部は生存している」という前提のもと「早期の帰還」を正式に求めて以来、朝・日交渉は停滞している。

 日本内では経済制裁の発動を求める声が高まったが、ブッシュ米政権が「対北朝鮮交渉論」に転じる兆しを見せるにつれ、日本は悩みに陥った。北朝鮮への強硬姿勢が、北東アジア外交で日本をむしろ孤立させているからだ。靖国神社参拝と歴史教科書問題には、日本国内政治の計算、根深い保守的歴史観、日本の相対的な位相低下に対する保守右派の危機意識−−など諸要素が絡まっている。歴史問題が韓国や中国との関係を悪化させていて、民主党だけでなく執権自民党内でも、靖国神社の代案に対する模索や東アジア外交の再構築をめぐる議論が具体化しつつある。

 しかし、国内外的に窮地に追い込まれた小泉首相がむしろ「8月15日に靖国神社参拝」という、真向かいからの突破に踏み切る兆しさえあり、扶桑社版歴史教科書も5年前よりは採択率が大きく高まるもようだ。自衛隊も、米国の軍事戦略・北朝鮮の脅威などに支えられ、日本の軍事力行使に課された政治的かつ物理的な制約を一つずつ解消する「普通国家化」を進めてきた。しかし、これは、日米の軍事的一体化、つまり日本が軍事的に米国に統合される過程でもあり、日本としては「もろ刃の剣」のような選択だ。日本の国益に常に一致するとの保障がないという悩みが伴われる。

 複雑な構造を持った日本の「右傾化」を代える方法も多様に講じられるべきだろう。第一、圧力、すなわち「外圧」は肝要だ。靖国を含め歴史問題の原則を明確にするのは、日本への問題提起のため依然として必要とされる。韓国政府の「歴史問題提起」は、これまで便宜的かつ一時的な性格が強かったのも事実だ。

 第二に、「包容」の戦略も必要とされる。日本の大衆に迫る形と言語でもって批判的なメッセージを伝えること、「日本の良心勢力」だけでなく、政財界の指導層にも食い込むため努力すること、日本の将来の方向も視野に入れた「地域の安全保障協力体制」を多角的に試みること−−などが、それに含まれるだろう。

 第三に、在日韓国人の地方参政権獲得とともに、日本社会を内側から変化させる方法も進めなければならない。そうした点から、今回、韓国が先に、永住する外国人に地方参政権を付与する措置を取ったのは、高く評価されうる。日本が歩む道に韓国が及ぼす影響力は少なくない。



[略歴]1953年生れ。ソウル大中退。日本の国際基督教大学卒業。東大・大学院修了(法学博士)。専攻は東アジア国際政治。米プリンストン大学・客員研究員。著書に『東アジア冷戦と韓米日関係』など。

李鐘元(イ・ジョンウォン、立教大学教授、国際政治学)
中央日報 2005.07.15 18:50:32
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by thinkpod | 2005-08-16 01:36 | メディア
2005年 08月 14日

「まんが日本昔ばなし」ゴールデン復活

 名作アニメ「まんが日本昔ばなし」(TBS)が、10月から水曜午後6時55分のゴールデンタイムで、11年ぶりにレギュラー復活することが11日、分かった。75年1月に始まった同番組は、94年9月に終了。レギュラー放送952回を数えた。今回は、初期の名作をデジタル処理した新映像で放送。制作の毎日放送は「家庭がバラバラといわれる今だからこそ、家族そろって見て欲しい」と話している。

 新放送は10月19日スタート。新作ではなく、初期の名作を選んで放送する。毎日放送の丸谷嘉彦プロデューサー(58)は「人気もあり、評価も高い番組はそうない。今の子供たちにも、同じものを見てもらいたいと思った」と説明した。

 市原悦子、常田富士男の2人語りはそのままで、オープニング曲も花頭巾の「にっぽん昔ばなし」を当時のまま起用する。エンディング曲は「にんげんっていいな」。セル画1枚1枚を映像化していた当時の映像記録をデジタル処理。ハイビジョンにも対応している。

 番組は75年から94年9月まで、全39シリーズ、計952回(レギュラーのみ)放送された。現在は、後期作品を中心に全60巻120話がビデオ化されているが、残り1347話は未収録。今回は75年1〜3月の第1シリーズから集中的に放送するため、ビデオ未収録作品に茶の間で触れることができる。

 丸谷氏によると、放送がなかった11年間、ほぼ毎週、あらゆる世代の視聴者から復活を希望する声が続いていたという。昨年末からゴールデンでの復活を検討し、実現にこぎつけた。

[2005/8/12/06:46 紙面から]
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by thinkpod | 2005-08-14 01:27 | メディア