2007年 03月 18日

慰安婦問題 対日非難は蒸し返し

 【ワシントン=古森義久】米国議会の一部やニューヨーク・タイムズが「慰安婦」非難で日本軍の強制徴用の最大例として強調するオランダ人女性のケースは実際には日本軍上層部の方針に逆らった末端の将兵が勝手に連行し、その違法行為が発覚してすぐ日本軍自身により停止されていた事実が明らかとなった。しかもこの違法の性的徴用の責任者たちは戦後の軍事裁判で死刑を含む厳刑に処されており、今回の日本非難はすでに責任のとられた案件の蒸し返しとなっている。

オランダ女性の事例 末端将兵の行為 すでに厳刑

 8日付のニューヨーク・タイムズは日本の慰安婦問題を安倍晋三首相がそのすべてを否定したかのような表現でまた報じたが、そのなかでオランダ人の元慰安婦だったというジャン・ラフ・オハーンさん(84)の「インドネシアの抑留所にいた1944年、日本軍の将校に連行され、慰安所で性行為を強要された」という証言をとくに強調した。同紙はオハーンさんの2月15日の米下院外交委員会公聴会での証言を引用しており、「日本政府からの公式の謝罪が最重要」と述べたとして、日本軍が組織的に総数20万人もの女性を強制徴用したという糾弾の最大の根拠としている。

 ところが慰安婦問題に詳しい日米関係筋などによると、オハーンさんは戦後すぐにオランダ当局がインドネシアで開いた軍法会議で裁いた「スマラン慰安所事件」の有力証人で、その証言などにより、上層部の方針に違反してオランダ女性を連行して、慰安所に入れた日本軍の将校と軍属計11人が48年3月に有罪を宣告され、死刑や懲役20年という厳罰を受けた。オハーンさんは同公聴会で日本側が責任をとることを求めたが、責任者は60年近く前にすでに罰せられたわけだ。

 日本政府には批判的な立場から慰安婦問題を研究した吉見義明氏も著書「従軍慰安婦」のなかでオランダ政府の報告書などを根拠にスマラン慰安所事件の詳細を記述している。同記述では、オハーンさんらオランダ女性を連行したのはジャワの日本軍の南方軍幹部候補生隊の一部将校で、(1)軍司令部は慰安所では自由意思の者だけ雇うようはっきり指示していたが、同将校たちはその指示を無視した(2)連行された女性の父のオランダ人が日本軍上層部に強制的な連行と売春の事実を報告したところ、すぐにその訴えが認められ、現地の第16軍司令部はスマラン慰安所を即時、閉鎖させた(3)同慰安所が存在したのは2カ月だった(4)主犯格とされた将校は戦後、日本に帰っていたが、オランダ側の追及を知り、軍法会議の終了前に自殺した−などという点が明記されている。
(2007/03/10 06:09)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070310/usa070310004.htm




「慰安婦」問題 強制性否定は悪質米法学者が安倍発言批判

 【ワシントン=鎌塚由美】米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(十三日付)は、「従軍慰安婦」問題での安倍首相の発言を批判する米法学者の投稿を掲載しました。両教授は、六年前の米国内での慰安婦裁判の判決を引用し、安倍首相の主張は成り立たないと指摘しています。

 投稿は、ハーバード大学法学部のジェニー・スック教授と、ニューヨーク大学法学部の教授で米外交問題評議会の研究員でもあるノア・フェルドマン教授の連名によるもの。
 「従軍慰安婦」問題で「強制性を裏付ける証拠はなかった」という安倍首相の発言は、「アジアの古傷を再び開いた」もので、日本軍の関与と強制を認めた河野官房長官(当時)談話から「実質的には、後退」したものであると述べました。
 両教授は、安倍首相はいまだに「実際の拉致は日本軍ではなく民間業者が行ったとの立場を維持している」とし、「言語道断」だと述べています。
 その理由として、六年前に米連邦地裁で争われた「慰安婦」問題の裁判で、被害者の女性から訴えられた日本政府が「商行為として行ったことを否定した」事実を挙げました。同地裁は女性たちが政府の計画にそって拉致されたとし、日本政府の行為は「商行為」というより「戦争犯罪に近い」と結論を下したと両教授は指摘。政府が「商業的事業」をした場合に訴えられるケース以外には訴追できないとする外国主権免責法の規定によって日本政府の責任が問われなかったことを紹介しました。
 その上で、「日本兵による拉致は商行為ではないとの法廷の結論から利益を得ながら、日本政府が今、日本兵は誰も拉致していないと述べるのは、特に悪質だ」と強調しています。
 両氏は、「政治と訴訟は同じものでない」とし、「政治と法廷論争が違うからこそ、日本政府は道義的にも責任を果たすべきだ」と指摘。「ナチの強制労働の被害者と違い、『慰安婦』は補償を受けていない」とのべています。
 両教授はまた、日本の改憲問題に言及し、「日本がなりたいと思う国になろうと決意するのであれば、日本は何よりも自らの過去と向き合わなくてはならない」と指摘。
 日本が過去六十年以上にわたり憲法で平和主義を義務付け、軍事活動を「自衛」のみに制限してきたとし、日本政府が「安全保障においてより積極的な役割を果たす」として憲法改定を検討するという「重大な決定をする」なら、「なぜそういう(平和主義という)条項があったのか、開かれた議論をしなくてはならない」と述べました。
2007年3月15日(木)「しんぶん赤旗」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-15/2007031507_01_0.html




【緯度経度】ワシントン・古森義久 米国での慰安婦訴訟の教訓
2006年03月18日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 慰安婦問題といえば、最近でもなおNHKの番組や朝日新聞の報道をめぐって、論議が絶えないが、米国内でこの問題で日本を非難する勢力にとって大きな後退となる最終判決がこのほど出された。米国の司法や行政の良識を思わせる適切な判決だったのだが、ここにいたるまでの五年以上の原告側の執拗(しつよう)な動きからは日本側にとっての多くの教訓もうかがわれる。

 米連邦最高裁判所は第二次大戦中に日本軍の「従軍慰安婦」にさせられたと主張する中国や韓国の女性計十五人が日本政府を相手どって米国内で起こしていた損害賠償請求などの集団訴訟に対し、二月二十一日、却下の判決を下した。この判決は米国内でのこの案件に関する司法の最終判断となった。もう慰安婦問題に関して日本側に賠償や謝罪を求める訴えは米国内では起こせないことを意味する点でその意義は大きい。

 この訴えは最初は二〇〇〇年九月に首都ワシントンの連邦地方裁判所で起こされた。米国では国際法違反に対する訴訟は地域や時代にかかわらず受けつけるシステムがある一方、外国の主権国家については「外国主権者免責法」により、その行動を米国司法機関が裁くことはできないとしている。ところが同法には外国の国家の行動でも商業活動は例外だとする規定がある。元慰安婦を支援する側は慰安婦を使った活動には商業的要素もあったとして、この例外規定の小さな穴をついて、日本政府への訴えを起こしたのだった。

 日本政府は当然ながらこの種の賠償問題はサンフランシスコ対日講和条約での国家間の合意で解決ずみだとして裁判所には訴えの却下を求めた。ワシントン連邦地裁は二〇〇一年十月、日本側の主張を認めた形で原告の訴えを却下した。原告側はすぐに上訴した。だがワシントン高裁でも二〇〇三年六月に却下され、原告側は最高裁に上告したところ、最高裁は二〇〇四年七月に高裁へと差し戻した。ちょうどこの時期に最高裁が第二次大戦中、ナチスに財産を奪われたと主張するオーストリア女性の訴えを認め、オーストリア政府に不利な判決を下したため、日本政府を訴えた慰安婦ケースも類似点ありとして再審扱いとしたのだった。

 だが、ワシントン高裁の再審理でも日本政府に有利な判断がまた出て、原告は二〇〇五年十一月にまた最高裁に再審を求めた。その結果、最高裁が最終的に決めた判断が却下だったのだ。

 六年近くもこの訴訟を一貫して、しかもきわめて粘り強く進めた組織の中核は「ワシントン慰安婦問題連合Inc」という団体だった。在米の韓国人や中国人から成り、中国政府関連機関とも連携する政治団体である。Incという語が示すように資金面では会社のような性格の組織でもあるという。

 この「ワシントン慰安婦問題連合Inc」は実は二〇〇〇年十二月に東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」にも深くかかわっていた。この「法廷」は模擬裁判で慰安婦問題を主に扱い、日本の天皇らを被告にして、その模擬裁判を伝えたNHK番組が日本国内で大きな論議の原因となった。「慰安婦問題連合」はまた、その少し前には中国系米人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏著の欠陥本、「レイプ・オブ・南京」の宣伝や販売を活発に支援した。

 この種の組織は日本の戦争での「侵略」や「残虐行為」を一貫して誇張して伝え、日本の賠償や謝罪の実績を認めずに非難を続ける点では間違いなく反日団体といえる。その種の団体が日本を攻撃するときによく使う手段が米国での訴訟やプロパガンダであり、その典型が今回の慰安婦問題訴訟だった。米国での日本糾弾は超大国の米国が国際世論の場に近いことや、日本側が同盟国の米国での判断やイメージを最も気にかけることを熟知したうえでの戦術だろう。日本の弱点を突くわけである。

 だから「慰安婦問題連合」は日ごろワシントン地域で慰安婦についてのセミナーや写真展示、講演会などを頻繁に開いている。最高裁の最終判決が出るつい四日前も下院議員会館で慰安婦だったという女性たちを記者会見させ、「日本は非を認めていない」と非難させた。

 だが米国の司法は最高裁での却下という結論を打ち出した。行政府のブッシュ政権も一貫して「日本の賠償は対日講和条約ですべて解決ずみ」という立場を裁判の過程でも示した。

 しかし立法府である米国議会は「慰安婦問題連合」などの果敢なロビー工作を受けて、慰安婦問題ではまだ日本を非難する決議案をたびたび出している。その種の工作の持続性、粘り強さは今回の訴訟での軌跡がよく示している。日本側も米国という舞台でのこの種の争いの重要性を十二分に意識して、果敢に反撃すべきだろう。反撃すればそれなりの成果も得られる。今回の最高裁の判決はそんな教訓を与えてくれるようである。

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/115641/



河野談話と米下院公聴会と女性国際戦犯法廷

 公務員制度改革や教育改革、北朝鮮の核をめぐる6カ国協議に政治とカネの問題…と日々、新聞紙面を埋めるために考えないといけない問題は数多いのですが、やはり、どうしても慰安婦問題が頭を離れません。昨日は、この朝日新聞と吉田清治氏という詐話師の「合作」を、世界中に歴史的事実であるかのように思い込ませた河野談話を発表した河野洋平衆院議長が、記者団に「談話は信念を持って発表している」と語りました。

 この人の根拠がなく安っぽくて薄っぺらな「信念」など、本来は路傍の石ほどの価値もないはずなのに、たまたま宮沢政権下の官房長官であったために、世界に日本政府の公式見解として流布されてしまいました。痛恨の極みという言葉が、これほどぴったりくる事例はあまりありません。以前のエントリでも書いたことですが、もし地獄というものが存在するなら、間違いなくそこへ行くことになる人だろうなと思います。

 本日、政府は河野談話に関して、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」とする答弁書を閣議決定しました。これこそが事実であるにもかかわらず、河野氏が当時の外政審議室の反対を押し切って、あのような主語があいまいで、官憲による強制性を認めたと読める文章に加筆・改編してしまったといいます。そして今も反省していないのですから、もう救いようがないとしか言えません。

 さて、この慰安婦問題をめぐる対日非難決議案を審議している米下院では2月15日、3人の元慰安婦を招いて公聴会が開かれています。3人とは、韓国人の李容珠(イ・ヨンス)氏と金君子(キム・グァンジャ)氏、オランダ人(現在はオーストラリア国籍)のジャン・ラフ・オハーン氏のことです。李氏については、今月5日のエントリで、証言がいいかげん極まりないことを書いておきました。

 で、この3人の名前を見ると、どうしても思い出すのが、2000年12月に東京で開かれた茶番劇「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」です。3人は、この法廷ごっこの証言者に名を連ねていました。そうです、昭和天皇を強姦と性奴隷制についての責任で有罪と認定した意味不明のアレです…。

 女性国際戦犯法廷には、北朝鮮からは、初の日朝首脳会談の通訳も務め、安倍首相から「工作員」と指摘されて日本への入国を拒否されたこともある黄虎男氏も「検事」として参加していました。私は、国際的な反日ネットワークによる大々的な反日キャンペーンの一環だったと理解しています。参加団体には、朝鮮総連の関連団体も加わっていましたし。

 そして、この模擬法廷の模様を取材し、編集したNHKの番組が安倍氏と自民党の中川昭一現政調会長による圧力で改編されたと朝日新聞が1面で報じるという「誤報」も飛び出しましたね。これは。法廷主催者(元朝日記者)と現役の朝日記者、NHKの左巻きのプロデューサーが連携して作り上げたストーリーでしたが、取材がずさんで事実関係も間違っていることが次々と明らかになった次第です。

 当時、北朝鮮に最も厳しい姿勢をとっていた安倍氏と中川氏を狙い撃ちしたものだと言われましたが、その模擬法廷の証言者が、今度は米下院で証言しているわけです。ただの偶然とは考えにくく、何らかの因果関係を推測してしまうのですが…。
2007/03/06
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/134647/



シーファー米大使を手玉にとった“従軍慰安婦3人”の前歴…ころころ変転する証言

由々しき事態だ。米下院に提出された慰安婦問題での対日謝罪要求決議案を巡って公聴会が開かれ、3人の元従軍慰安婦が出席。これを駐日米大使が“尊重”する旨の発言をした。 が、大使を信じ込ませた彼女らは、過去、証言が何度も変わり、その信憑性に疑いの目が 向けられているのである。

<私は、彼女たちが売春を強制されたのだと思います。つまりその時、旧日本軍により、 強姦されたということです>
ニューヨーク・タイムズ紙(3月17日電子版)に載ったシーファー米駐日大使のコメントが本当 ならば、まさに“手玉にとられた”と言うしかあるまい。何しろ2月15日、米下院の公聴会に 出席した元従軍慰安婦3人の中には、これまで猫の目のごとく言うことが変転してきた、 いわくつきの女性がいるのだから。

まずは、韓国人の季容洙(イ・ヨンス)。「彼女が初めて元慰安婦として公の場に出たのは 92年。当時は、慰安婦にされた経緯を“満16歳の秋、国民服に戦闘帽姿の日本人男性 から赤いワンピースと革靴を見せられ、嬉しくなった。母親に気づかれないように家を出た” と語り、先の公聴会でも同じことを喋っているのですが…」と、現代史家の秦郁彦氏が教えて くれる。
「これまで何度も来日している彼女は、今年も日本で数回、会見を開いています。で、2月には“日本兵が家に侵入してきて、首を掴まれ引きずり出された”と言い、3月には“軍人と 女に刀をつきつけられ、口を塞がれ連れ出された”などと内容が変わっている。要するに、 家出と強制連行と、2つの話があるわけです」

◆終戦後も慰安婦?
季元慰安婦はには別の“疑惑”も指摘されている。連行された時の年齢が、14、15、16歳 と、実に“3種類”。時には「44年、16歳で台湾に連行され、慰安婦の生活を3年間も強いら れた」と語るのだが、それでは終戦後も慰安婦として働いていたことになってしまう。

続いて、同じく韓国人の金君子(キム・クンジャ)についても、「ある時は“幼い時に両親を 失い、養子に出された先でお使いに行ってくれと言われ、汽車に乗せられた”と語ったと 思えば、またある時は“家に2人の朝鮮人が来て、工場で働かせてやると騙された”などと 回想する。いずれにせよ、家出に近い話で、日本軍による強制連行ではない」(秦氏)

さらに、当時オランダ国籍で、現在はオーストラリア人のジャン・ラフ・オハーンに関しては、 「“スマラン事件”の被害者だった可能性はありますが、この事件はむしろ、軍が慰安所に 関与していなかったことを示すものです」と、政治ジャーナリストの花岡信昭氏が言う。 「これは、占領下にあったインドネシアのジャワ島で一部軍人がオランダ人女性数十人を 強制的に売春させていたところ、軍に見つかり閉鎖させられた事件です。つまり、軍が売春 を禁じていた証拠になるもの、と位置づけられています」

◆N・オオニシ記者の影
であるならば、なぜ大使は彼女らの言を鵜呑みにしてしまったのか。「反日姿勢で有名な NYタイムズのN・オオニシ記者が、うまく話を引き出した面もあるのでは」と花岡氏は見るが、 「日本が何も言い返さないから、米国内に間違った世論を喚起してしまっている。 つまるところ外交戦略の失敗の表れですよ」(秦氏)

週刊新潮4月5日号P.62より
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by thinkpod | 2007-03-18 05:36


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