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2007年 03月 01日

【戦後60年 歴史の自縛】(下)

(5)中国に全面譲歩した後藤田談話
首相靖国参拝の足かせに

 八月十五日が近づいてきた。郵政民営化法案の動向とともに注目を浴びているのが、首相、小泉純一郎の靖国神社参拝だ。

 「日本が実際の行動で問題を解決しなければ、われわれは常に『歴史カード』を手に日本をたたける。このカードは相当長期にわたって使えるだろう。日本がなぜ徹底的に反省とおわびをし、このカードを使えないようにしないのか分からない」

 小泉が首相として初めて靖国神社を参拝した翌日の平成十三年八月十四日。中国共産党機関紙「人民日報」のネット「強国論壇」に、政府系の現代国際関係研究所東北アジア研究室研究員、馬俊威はこう書き記した。

 靖国問題で中国に「歴史カード」を持たせたのは、中曽根康弘政権だ。昭和六十一年八月、前年に靖国神社を公式参拝した中曽根は、参拝を見送った。

 官房長官の後藤田正晴は、談話で元首相の東条英機ら「A級戦犯」の合祀(ごうし)に言及、「(前年の参拝は)近隣諸国の国民にA級戦犯に対して拝礼したのではないかとの批判を生んだ」「近隣諸国の国民感情にも適切に配慮しなければならない」と中国に全面的に譲歩した認識を表明した。後に中曽根は、参拝中止の理由について靖国問題で窮地に陥った親日派の中国共産党総書記・胡耀邦を「救おうとしたため」と述懐したが、胡はほどなく失脚した。

 現・中国大使、王毅は今年四月二十七日の自民党外交調査会で、中国政府と中曽根政権が「首相、外相、官房長官は今後、靖国に参拝しない」との“密約”を結んでいたと暴露した。中曽根は即座に否定したが、後藤田談話が足かせとなり、首相の参拝が長らく絶えたのは事実だ。

 後藤田の中国寄りの行動は鮮明だった。六十一年六月に朝日新聞などが「復古調」と批判した検定合格前の高校教科書「新編日本史」に対する申請取り下げ工作にかかわり、「新編日本史」は検定に合格した後、修正を余儀なくされた。

 日中友好会館会長だった平成十二年九月には、同館副会長で教科用図書検定調査審議会委員だった元駐インド大使、野田英二郎に、検定合格前の扶桑社の教科書について「外交問題になれば厄介だから、審議会で議論して(不合格の)結論を出すのがいい」と指示していた。

 一連の経緯について本人に真偽を確かめようとした産経新聞記者に、後藤田は「おたくの社是は分かっているから取材は断る」と述べ、取材に応じなかった。

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 日中の歴史認識に関する摩擦の本質について、京大総合人間学部教授の中西輝政は、「国際政治の現実をめぐる争い」と喝破する。経済成長と軍備増強を続ける中国は、歴史問題をアジアの盟主の座をかけた日本とのヘゲモニー争いの道具にしているという。

 経済界の一部に中国に同調、首相の靖国神社参拝に反対する動きがあるのも事態を複雑にしている。

 日本IBM会長で経済同友会代表幹事の北城恪太郎は、昨年十一月、「首相が靖国に参拝することで、日本に対する否定的な見方、日系企業の活動にも悪い影響が出ることが懸念される。小泉首相に今のような形で靖国参拝することは控えてもらった方がよいと思う」と言い切った。

 こうした経済界の動きに中西は「日本が世界の大きな趨勢(すうせい)の中で圧倒的に有利な立場にあるという気持ちが大事なのに、日中二国間関係だけで考えてしまうから、戦後の惰性で謝罪したり、おもねったりしてしまう」と指摘する。さらに中西は言う。

 「進歩派ではない外交評論家といった有識者が、『国益からいって、首相の靖国神社参拝はやめるべきだ』と言い始めた。戦後日本の現実主義という考え方が、主権国家としての自立というものを踏まえないことがはっきりした」

 歴史の自縛の根は深い。

 ■「戦後」終わらせるとき

 昭和四十七年九月、首相の田中角栄が訪中し、日中共同声明に署名した。

 「過去において日本国が戦争を通して中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」

 このとき活躍したのが高島益郎だ。田中訪中に同行し、外務省条約局長として日中共同声明作成の実務に当たった。中国側は交渉で、「台湾は中国の不可分の一部であること」を声明に盛り込むよう強く要求した。

 だが、高島はこの要求を突っぱねた。共同声明では、「中国政府は台湾が中国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明し」、日本は、「中国政府の立場を十分理解し、尊重する」との意向を示すにとどめるよう田中を説き伏せた。

 国益のため頑強に法律論を展開する高島を、中国首相の周恩来は「法匪(ほうひ)」と非難した。だが、後に「高島のような立派な部下を私も持ちたい」と言わしめている。

 「外務省に高島益郎のような国士が最近、いなくなってきた。外務事務次官も首相官邸の方ばかりみて、空気ひとつでどうにでも変わるようになってきた」

 元外交官で評論家の日本国際フォーラム理事長、伊藤憲一はいう。

 伊藤は、「高島という外交官がいたから最低限、抑えるところは抑えた。だが、もし、彼がいなかったら(中国におもねった)おかしな文章が入りかねない日中交渉だった」と語る。

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 衆院本会議場から自民党幹事長代理の安倍晋三、元経産相の平沼赳夫らが次々と退場した。

 今月二日、共産党を除く自民、公明、民主、社民四党の賛成多数で採択された「戦後六十年決議」の採決直前だった。

 村山富市政権下の十年前、大量の欠席者が出た末に採択された「戦後五十年決議」。今回の決議では、十年前の決議に盛り込まれた日本の「侵略的行為」や「植民地支配」といった文言こそなかったものの、民主党元代表、菅直人らの主張をいれて「十年前の戦後五十年決議を想起し」という文言が入った。

 積極的に動いたのは、議長の河野洋平だった。河野は「会期内に広島、長崎の原爆の日を迎えるので、衆院として平和への決意を示したい」と意気込んだ。

 だが、中国の態度は厳しかった。外務報道官の孔泉は決議をこう切り捨てた。

 「歴史問題を逆戻りさせる行為に未来はない。日本は軍国主義による侵略の歴史を深刻に反省し、歴史問題を妥当に処理すべきだ」

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 ここまでこじれた中国との関係を今後、どう再構築すべきか。

 「戦後和解」(中公新書)を著した山梨学院大学法学部助教授の小菅信子は、日本と中国の地理的近さによる近親憎悪の感情ゆえに「英国が抱えるアイルランド問題と同様に戦後和解は難しい」とみる。

 弁解の余地のないユダヤ人に対する組織的なホロコースト(虐殺)を行って戦勝国の「正義」を受け入れざるを得なかったドイツ。それに比べ、日本では、米国による原爆投下や大空襲で非戦闘員を大量に殺害されたこともあり、「加害と被害の線引きとバランスが不明確になり、日中間の戦後和解を難しくさせている」と分析する。

 それでも、戦後長く日英間のわだかまりとなった英軍人捕虜問題が、平成十年、首相の橋本龍太郎が英政府の非公式のアドバイスを受け、大衆紙に謝罪のメッセージを送ったことがきっかけで、融和に向かったことがヒントになるという。

 「首相には中国だけでなく世界にメッセージを発信する老獪(ろうかい)さを身に付けてほしい」と注文する。

 一方、中西は根本的な問題の解決が先決だと言う。

 「いい加減に謝罪外交をやめ、日本人を罪の意識で縛り続ける憲法を変えることから始めなければならない」

 ジャーナリストの櫻井よしこは「この十年ぐらいで、新しい歴史の事実、国民の意識を覚醒(かくせい)するためのさまざまな事実関係が次々と明らかになってきた」としたうえで、こう語った。

 「私はこのごろ希望を持っています。まもなく私たちの手で『戦後』を終わらせることができるでしょう」(敬称略)

 =おわり

                   ◇ 

 この企画は佐々木類、阿比留瑠比、加納宏幸、安藤慶太、乾正人が担当しました。

2005(平成17)年8月6日産経新聞
http://www.sankei.co.jp/databox/kyoiku/etc/050806jibaku_etc.html



<エディトリアルスペシャル>
憲法問題連続インタビュー
第2回 石原慎太郎東京都知事

1 現憲法は「日本解体の道具」 ——日本が真の国家戦略を持つには、やはり憲法の基本から改めなければならないという議論が高まってきた。
「アメリカのためには非常に都合のいい憲法なんだよ。それはやはり怖かったからね、日本のような黄色人種の国があれだけの軍事力をつけて、下手したらアメリカが負けていたかもしれない。だから原爆を日本に落として、進駐軍が最初にやったことは、原爆を研究していた仁科研究所の施設を壊して海に捨てた。彼らにとって日本人というのはエイリアンなんですよ。
 村松剛がカナダに交換教授で行っていたとき、日本が降伏した日の『ニューヨーク・タイムズ』の論説と、ドイツが降伏した日のものを比べてみた。そうしたら全然違う。ドイツの方の主旨は『ヒトラーが悪かった。ドイツ人は優秀だから皆で手助けして復興させよう』。ところが日本の場合には、ばかでかいナマズの化け物みたいな怪物が引っくり返っていて、その口の中で米国のGIが鉄兜を被ってその牙を抜いている絵があって、『この怪物は倒れはしたが死んではいない。我々は永久にかかってもこの怪物を完全に骨抜きしなければならない。それは戦争に勝つよりも難しい仕事かもしれないが、アメリカのために、世界のためにこの仕事を遂行しなければならない』と書いてある。
 日本はその結果見事に解体された。その作業のために作られたのが現憲法です。国民の生命、財産を国家が守らず、外国人に守ってもらうための憲法の下で誰が責任をとろうとしますか」
——あなたの憲法との出会いは政治家になってからか。
「最初に憲法を読んだのは学生のとき。『なんと醜い文章だ。日本語になっていない』と思ったよ。私は(憲法の翻訳に携わった)白洲次郎(しらす・じろう)さんに可愛がられていたけれど、次郎さんに食ってかかったら、『俺は日本語より英語の方がうまいんだが、あんなもの2晩くらいで翻訳したんだ。間違いだらけに決まっているし、日本語の責任なんて俺は持てない。すぐに直すと思っていたら日本人というのは馬鹿だね、まだ後生大事にしている』と。その通りだよ。前文だって間違いだらけだ。例えば、<全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ>というのは助詞の間違いだ。あくまで『恐怖と欠乏を免かれ』ですよ。そういう間違いが随所にある。あれが英文和訳だったら70点くらいですよ」
——憲法はどうあるべきか。
「中曽根(康弘・元首相)さんのいうように、まず民族性、日本の伝統をすべて踏まえた、日本人の感性に訴えた格調ある日本語で作ってもらいたい。
 前文で謳われている理念については間違っているとは思いません。人の不幸は願わないというのは当たり前だし、平和に暮らしたいというのは誰でも思っている。だから、それを表現するのは正統な日本語でやってほしい。
 ただし、9条というのは話にならない。国家が主権を持って国民の生命と財産を守るというのは国政の大眼目でしょう。それをしなくていい、アメリカがやってやるから余計なことは考えなくていいと牙を抜かれたのが9条だよ。
 で、おかしいのは朝鮮戦争が起きてしまって、わざわざ改正しにくくした憲法をすぐに直すわけにはいかない。だから解釈論でずっとやってきた。その期間が長すぎて結局、国をダメにしてしまった。
 だから現憲法は破棄した方がいいんです。破棄というと乱暴そうだけど、これはいかん、直そうということになったら一応、憲法そのものを否定する。今あるこのままの形の憲法は破棄して捨てようという決議なら51対49でも国会を通る。その際に、2年のうちに新憲法を考えるといった付帯決議をすればいいんだよ」
——新憲法の理念は何か。
「自主独立、自分のことは自己決定するということだよ。国が滅びる一番の理由は自己決定できないことだ。ローマを例に挙げると、国防という一番大事なところを外国人にやらせたでしょう、傭兵に。その傭兵の反乱でローマは簡単に潰れた。日本だってそうだ。自己決定できず、アメリカに防衛を頼んでいるつもりでいるが、彼らは本気で日本を守るつもりなんかないよ」

週刊ポスト/2000.1.14・21
http://www.weeklypost.com/jp/00011421jp/edit/edit_1.html

http://k-mokuson.at.webry.info/200508/article_3.html
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by thinkpod | 2007-03-01 20:30


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