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2007年 03月 01日

【戦後60年 歴史の自縛】(中)

(3)GHQ「ウォー・ギルト・プログラム」
刷り込まれた「罪の意識」

 さきの大戦を日本の「侵略戦争」ととらえ、指導者が諸外国に謝罪を繰り返すのもやむを得ないと考える日本人が少なくないのはなぜか。その出発点に、占領期の連合国軍総司令部(GHQ)による検閲と「戦争への罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(文芸評論家の江藤淳)であるGHQ指令「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の存在がある。検閲は、極東国際軍事裁判(東京裁判)に関して徹底的に行われ、「リベラル派」の雑誌『世界』(岩波書店)も論文の全文掲載禁止処分を受けていたことが、三日、わかった。GHQにより、同盟通信や朝日新聞なども発行停止や掲載禁止などの処分を受けているが、『世界』への検閲処分が判明したのは初めてだ。

 掲載禁止になったのは、東京裁判開廷直前の昭和二十一年四月、『世界』第四号に掲載予定だったS・Kによる「文明の審判−戦争犯罪人裁判」。理由は、「連合国の戦犯裁判政策の批判」にあたるとされた。

 論文は、連合国がニュルンベルク裁判や東京裁判を実施するに当たり、それまでの国際法の概念になかった「平和に対する罪」「人道に対する罪」を創出、戦争を計画・遂行した「個人」の責任を問おうとしていることに疑問を示し、次のように記していた。

 「日米開戦直後、国防安全の必要からアメリカ政府がとった日本人の奥地強制移住措置の如きも、そのアメリカ国内法上の合法性如何にかかわらず、もしも我々が、これを人道に対する犯罪と看做(みな)した場合には、ルーズヴェルト大統領の責任を訴追することができるといふことになる」

 結局、論文は日の目を見なかった。資料を発掘した明星大戦後史教育センターの勝岡寛次は、処分後の『世界』について「これに懲りて占領軍にすり寄り、二度とこのような論調で東京裁判を論じようとはしなくなった」と指摘する。

 GHQ総司令官のマッカーサーは昭和二十一年元日、「いまやすべての人が、不当な規制を受けることなく、宗教の自由と表現の権利を享受できる」との声明を出したが、実態は違う。

 GHQは二十年九月十日、検閲のスタートとなる「新聞報道取締方針」を発令。同月二十一日には「新聞条例」を発令してGHQ批判を禁止。六日後には、「新聞と言論の自由に関する新措置」によって、日本の新聞をマッカーサーの管理下に置いた。

 GHQは検閲で日本側の主張を封じ込める一方、日本人に米国の「歴史認識」を植え付けた。

 まず用語狩りを徹底した。特に「大東亜戦争」は、検閲で日本軍部を非難する論文で使われても例外なく削除を命じた。代わって「太平洋戦争」の呼称を定着させた。

 二十年十二月八日。GHQは、真珠湾攻撃から四周年にあたるこの日、全国の新聞に連載記事「太平洋戦争史」(GHQ民間情報教育局提供)を掲載させた。

 連載は十回にわたり、満州事変から終戦に至るまでの「日本の悪行」を強調する内容で、「真実なき軍国日本の崩壊、奪う『侵略』の基地、国民の対米憎悪をあおる」(八日付朝日新聞)、「隠蔽(いんぺい)されし真実、今こそ明らかに暴露 恥ずべし、南京の大悪虐暴行沙汰(さた)」(読売新聞)といった見出しが躍った。

 この間の事情を研究している政党職員の福冨健一が「二十年十二月八日は東京裁判史観が始まった日だ。『太平洋戦争史』は進歩主義や左翼思想と結びついて次第に日本に定着し、堂々と教科書に記述されるまでになった」と指摘するように、「侵略」という用語も周到に盛り込まれた。

 放送も大きな役割を担った。GHQの指導下、九日からNHKラジオは「真相はかうだ」を開始。「太平洋戦争史」をドラマ仕立てにしたもので、週一回、日曜午後八時から十回放送された。

 少年の素朴な問いに、反軍国主義思想の文筆家が答える形式のドラマだ。「日本を破滅と敗北に導いた軍国主義者のリーダーの犯罪と責任を日本の聴取者の心に刻ませる」(民間情報教育局ラジオ課)目的で、内容は一方的なものだった。

 「原子爆弾の投下は、戦いをなお続けようとするなら、日本は迅速かつ徹底的な破壊を被るという連合国側の予告を、日本の指導者が無視し、何ら回答しなかったため」「戦時中の軍指導者たちが戦争犯罪人の指名を受けるのは当然」…。

 「真相はかうだ」は問答形式の「真相箱」に改められ、さらに四十一週間続く。一方、「太平洋戦争史」は翌年四月に単行本として出版されベストセラーとなる。出版前に、文部省が「各学校は各々これを購入の上、教材として適宜利用せらるべきものとす」という通達を出していた。

 GHQが実施したメディアと、公教育を通じた宣伝工作は、六十年後の今も日本人の歴史認識を縛っている。(敬称略)

                   ◇

≪検閲知らなかった国民≫

 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、二十年十月二日付のSCAP(連合国軍総司令官)の一般命令第四号に基づくもので、GHQ民間情報教育局が主体となって実施した。同命令の趣旨は「各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること」。「太平洋戦争史」連載も「真相はかうだ」放送も命令に沿ったものだった。

 ノンフィクション作家の保阪正康は、これらのGHQ製記事や番組について、「日本政府が国民に知らせず、隠蔽していた歴史事実を明らかにした『功』の部分もある」としつつ、こう言う。

 「そこで示された史観の発想やトーンは東京裁判の起訴状や判決文と見事に符合する。戦後のさまざまな昭和史記述の本もこの史観を下敷きに、なぞっている」

 戦時中の言論統制もあって「情報」に飢えていた日本人は、GHQが計画的に与えた米国製の歴史認識を吸収し、これが「歴史の真実」として定着していった。

 二十一年にGHQの諮問機関メンバーとして来日し、日本の労働基本法策定に携わったヘレン・ミアーズは著書『アメリカの鏡・日本』(GHQにより日本では発禁)の中で、占領軍による検閲に疑問を呈している。

 「私たち自身が日本の歴史を著しく歪曲(わいきょく)してきた。だから、政治意識の高い日本人から見れば、日本の教科書の『民主的改革』は、私たちが意図しているようなものではなく、単に日本人の国家意識とアメリカ人の国家意識を入れ替えるにすぎない」

 GHQは「東京裁判批判」「検閲制度への言及」「占領軍が憲法を起草したことに対する批判」など三十項目もの掲載発行禁止対象を定めた検閲指針を定め、厳しくメディアを取り締まった。国民は検閲を受けていることすら知らされなかった。

 検閲は発禁・発行停止を恐れる側の自主規制へとつながっていく。原爆投下への批判や占領政策への注文を掲載していた朝日新聞は、二十年九月十八日に二日間の発行停止を命じられた。

 民間のシンクタンク、日本政策研究センター所長の伊藤哲夫によると、朝日は二十二日付の社説では、それまでの報道姿勢を一変させ、「今や我軍閥の非違、天日を蔽(おお)ふに足らず。(中略)軍国主義の絶滅は、同時に民主主義化の途である」と書くようになった。

                   ◇

 明星大教授の高橋史朗は、GHQのプログラムの目的について「東京裁判が倫理的に正当であることを示すとともに、侵略戦争を行った日本国民の責任を明確にし、戦争贖罪(しよくざい)意識を植えつけることであり、いわば日本人への『マインドコントロール計画』だった」と指摘する。

 むろん、GHQによる「罪の意識」の刷り込みがいかに巧妙であっても、二十七年四月の独立回復以降は日本人自らの責任であり、他国のせいにはできないという意見もある。

 「だました米国とだまされた日本のどっちが悪いか、という話。だいたい、歴史観の問題で、だまされたという言い分が通用するのか」

 現代史家の秦郁彦は、占領政策を過大視することに疑問を示す。

 一方、ジャーナリストの櫻井よしこは、日本人が戦後、自らの責任で東京裁判史観を軌道修正できなかったことを反省しつつ、こう語る。

 「二度と他国の謀略に敗北し、二度と自国の歴史、文化、文明、価値観、立場を理由なく否定されたり、曲げられたりすることのないように、しっかりと歴史を見ていくことがこれからの課題だと思う」(敬称略)

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≪GHQの検閲指針(検閲対象となった主な事例)≫

 ・連合国軍総司令官(司令部)に対する批判

 ・極東国際軍事裁判(東京裁判)批判

 ・GHQが憲法を起草したことへの批判

 ・検閲制度への直接・間接の言及

 ・米、ソ、英、中国に対する批判

 ・朝鮮人に対する直接・間接の一切の批判

 ・他の連合国に対する批判

 ・連合国の戦前の政策に対する批判

 ・ソ連対西側諸国の「冷戦」に関する言及

 ・戦争擁護、軍国主義、ナショナリズムの宣伝

 ・神国日本、大東亜共栄圏の宣伝

 ・戦争犯罪人の一切の正当化および擁護

 ・占領軍兵士と日本女性との交渉

 ・占領軍軍隊に対する批判

2005(平成17)年8月4日産経新聞
http://www.sankei.co.jp/databox/kyoiku/etc/050804jibaku_etc.html



◆【戦後60年 歴史の自縛】(4)生き続けるGHQ宣伝計画
「ひどくて、ひきょうな国」

 占領期に連合国軍総司令部(GHQ)が実施した「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)は、今も形を変えて教育現場に生き続けている。

 東京・九段北の靖国神社にほど近いある千代田区立中学では、女性教員が指導し、「紙上討論」と称する授業を行っている。

 三年生の授業では、さきの大戦について日本に謝罪と賠償を求めた韓国の大統領、盧武鉉の演説や、原爆、戦争責任などを取り上げ、感想を書かせた。

 生徒たちは、教員の指導と助言を受けて書いた感想文に「日本政府の人たちは頭、悪いんじゃないかと思いました。本当に賢い人は『真実を、きちんと徹底的に教える』と私は考えるからです」「盧武鉉大統領、日本の過去の事実を教えてくださって、ありがとうございました」「国のために死ぬのは右翼の人だけでいい」「(天皇は)最後まで自分のことしか考えられず、心の弱さゆえか、『武力』のみでしか、人々を動かすことができなかった」−などと記している。

 教員自身は「大統領への手紙」という形式で「民族差別・女性差別・人権蹂躙(じゅうりん)の極致とも言うべき日本軍性奴隷いわゆる『従軍慰安婦』についても、(中略)私は、できる限り事実を提示する努力をし、生徒たちに考える時間を与えてきたつもりだ」とつづっている。

 東京・瑞穂町のある公立中学校では今年二月、社会科の授業中に「中国の戦争は進歩的で、正義の戦争である」と主張する『毛沢東選集』の一部や、元朝日新聞記者、本多勝一の著書『中国の旅』を引用、日本人が中国労働者の心臓と肝臓を煮て食べたという信憑(しんぴょう)性が疑われているエピソードなどを抜粋したプリントが配布された。

 このプリントを配った教員は別のテスト形式のプリントで、日ソ中立条約について「北方の安全を確保し、南方への侵略を進める目的で結んだ」と記述。日本語ではなく中国語の口語とされる「三光作戦」(焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす作戦)を日本軍が華北地方の村々で行ったとした。

 東京・墨田区では、平成十六年度の教育委員会の事業として実施された中学一年社会の学習到達度調査テストで、南京事件について「武器をすてた兵士や女性・こどもを含む中国人が日本軍によって多数殺害されました」などと説明。

 そのうえで「中国の人々は日本の行動についてどう思っていたと考えますか。あなたが思うことを書きましょう」と出題し、生徒側から「ざんこくすぎる」「人殺し」「すごくひどくて、ひきょうな国だと思っていたと思う」−などの回答を引き出している。

 一方、十年には、小学校社会科教科書の日本史部分について「ほとんど戦争に対する贖罪(しょくざい)のパンフレット」と雑誌で語った教科書調査官が、正当な理由なく更迭されている。

 十二年度の中学歴史教科書の検定では、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」を取り上げた扶桑社の教科書に、「一般的に広く認識されているとは言えない語句を用いている」と検定意見がつき、この部分は削除された。同プログラムは、文部科学省にとって、触れられたくない過去なのだ。

 文芸評論家の江藤淳は著書『閉された言語空間』の中で次のように書いている。

 「いったんこの(GHQの)検閲と宣伝計画の構造が、日本の言論機関と教育体制に定着され、維持されるようになれば、(中略)日本人のアイデンティティと歴史への信頼は、いつまでも内部崩壊を続け、また同時にいつ何時でも国際的検閲の脅威に曝され得る」

 六年前に自死した江藤の「予言」は、不幸にも現実のものとなろうとしている。

                   ◇

≪教育基本法も“米国製”≫

 「国を愛する心」と「国を大切にする心」のどちらが教育基本法にふさわしいのか−。自民、公明の両党は、「教育の憲法」といわれる教育基本法改正に関する検討会を設けて協議を重ねているが、「愛国心」をどのような表現で盛り込むかをめぐって決着が付かず、今国会でも改正案提出は見送られた。

 中央教育審議会が平成十五年三月に「国や郷土を愛する心」を「教育基本法で新たに規定すべき理念」と答申してから、すでに二年半。教育基本法改正案は国会提出の見通しさえたっていない。

 「国家主義的、全体主義的、戦前への復古主義的な考えを盛り込むことは断固反対だ」

 公明党代表の神崎武法は今年一月、こう強調した。神崎は「教育基本法を改正したからといって、教育現場の問題が解決するものではない」とも言い切った。

 実は、教育基本法改正をめぐっては、公明党だけでなく、文部科学省の幹部や、内閣法制局からも「『愛国心』の盛り込みは内心の自由を損ねる」「自民案は教育基本法になじまない」といった反対・慎重論が出ている。

 就任当初は、目の前の利益よりも将来につながる教育を優先する「米百俵の精神」を掲げ、教育改革に熱意を示した首相の小泉純一郎は今、教育基本法改正にほとんど関心を示していない。

 現行の「どこの国の基本法なのか全く分からない」(自民党幹事長代理の安倍晋三)という条文を改め、「国を愛する心」を盛ることがなぜ警戒され、抵抗を受けるのか。

 ここにもGHQの占領政策の「後遺症」が影を落としている。

                  ◇

 GHQは教育政策を特に重視し、昭和二十一年二月に「教科書検閲の基準」を発令。次の五点を検閲対象として挙げ、徹底的に排除した。

 (1)天皇に関する用語 現人神(あらひとがみ)、上御一人(かみごいちにん)、天津日嗣(あまつひつぎ)、大君(おおきみ)など

 (2)国家的拡張に関する用語

 八紘一宇(はっこういちう)、皇国の道など

 (3)愛国心につながる用語

 国体、国家、国民的、わが国など

 (4)日本国の神話の起源や、楠木正成のような英雄および道義的人物としての皇族

 (5)神道や祭祀(さいし)、神社に関する言及など

 日露戦争の日本海海戦で、ロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎元帥が、平成四年に“復活”するまで、ながらく小学校教科書から消えていたのもこの基準が大きく影響したといえるが、「愛国心」もまた大きな被害を受けた。

 麗澤大客員教授(国際政治文化論)の西鋭夫によると、GHQの検閲で教科書に記載されていた「愛国心」は赤ペンで消され、黒鉛筆で「国を思うこと」に書き換えられた。

 GHQの検閲基準と、教育基本法に対する公明党の主張には、奇妙に符合する部分がある。

 GHQは教育基本法案の原案にあった「伝統の尊重」「宗教的情操の涵養(かんよう)」などを削除・修正したが、こうした部分は現在の基本法論議で“復活”が議論されている焦点でもある。

 西は、「教育基本法は新憲法の理想を学校教育で補強するために、GHQの指導のもとつくられた。憲法と同じように米国製だ。このことを忘れてはならない。日本人は米国が与える民主主義という甘い蜜の中に、『日本弱体化』という毒が入っていることを知らなかった」と強調する。(敬称略)

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 【盧武鉉大統領が「3・1独立運動記念式典」で行った演説】「日韓の関係発展には、日本政府と国民の真摯(しんし)な努力が必要だ。過去の真実を究明し心から謝罪し、反省し、賠償することがあれば賠償し、和解しなければならない。これは全世界がしている歴史清算の普遍的な方法だ。私は拉致事件による日本国民の憤怒を十分に理解する。同様に日本も逆の立場に立って考えなければならない。強制徴用から『従軍』慰安婦問題に至るまで、36年間の数千、数万倍の苦痛を強いられたわれわれの国民の憤怒を理解しなければならない」(要旨)

2005(平成17)年8月5日産経新聞
http://www.sankei.co.jp/databox/kyoiku/etc/050805jibaku_etc.html
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by thinkpod | 2007-03-01 20:35


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