2007年 03月 01日

慰安婦の李容洙さん(下)



埼玉上田知事発言に元慰安婦が抗議2006/10/13

 埼玉県の上田知事が県議会で「古今東西、慰安婦はいても、従軍慰安婦はいなかった」と答弁したことを受け、自ら従軍慰安婦だったと証言している韓国籍のイ・ヨンスさん(77歳)が、発言の撤回と謝罪を求め、支援者と共に3日、埼玉県庁を訪れた。
 上田清司埼玉知事の「古今東西慰安婦はいても、従軍慰安婦はいなかった」との議会答弁を受け、『上田知事の「従軍慰安婦」否定発言を問う県民連絡会』は、事前に知事への面会申入れをしていたが、知事が面会を拒否したため、10月3日、“拉致されて慰安婦を強制された”というイ・ヨンスさんとともに直接、県庁を訪れた。

 イさんはチマ・チョゴリ姿で同日午後、支援者とともに知事秘書室を訪ね、議会が休憩中なので知事に連絡するよう求めたが「所在不明」との回答のため、議場入り口で知事を待った。しかし、知事は入り口で待つイさんを無視し「じゃまするな!」と発言し議場に入った。支援者たちからは「逃げるな!」の声があがった。

 この後、イさんは県庁内で記者会見。15歳で韓国・大邱の家から軍人に拉致され、台湾まで連れ去られ、敗戦で解放されるまでの3年間の経過を証言した。その中でイさんは「当事者の私が来ているのに、知事はなぜ会って自分の意見を言わないのか!」と強く批判した。その後、安久沢秘書課長に「要請書」を手渡した。

 同日午後6時半から県庁近くの埼玉会館で、WAM(女たちの戦争と平和資料館)の西野留美子さんも出席し「抗議・証言集会」が開かれ、約80名が参加した。埼玉会館では2000年に東京・九段会館で行われた、従軍慰安婦問題を取り上げた「女性国際戦犯法廷」のパネル展が、1〜3日の3日間、開かれ、150人余りが参観した。

 私はこの運動の参加者であるが、既に政府も「河野官房長官談話」(平成5年8月4日付)で軍の関与を認め、決着している。知事は「強制した証拠がない」と主張しているが、「違法を強制する公文書」など、最初から在り得ない。また、100歩譲って在ったとしても、敗戦当時、国内外でこの問題に限らず、戦争に関係するあらゆる面での証拠隠滅を図り、膨大な書類、証拠物件などが焼却処分され、当時、合法だった一般の売春宿などとは明白に違う。記者も、イさんへの「じゃまするな!」との知事発言に憤りを感じ断固抗議する。
(芹沢昇雄)
(cache) 地域・埼玉上田知事発言に元慰安婦が抗議
http://www.janjan.jp/area/0610/0610042248/1.php



「むごく汚らわしい被害受けた」京都で集会 慰安婦の実態証言

 戦時中、従軍慰安婦だった女性が被害の実態を証言する集会「消せない記憶」が4日、京都、大阪、東京など全国10会場で同時開催された。京都市左京区の京都大では、韓国在住の李容洙さん(75)が「16歳でわけが分からないまま連行され、むごく、悲しく汚らわしい被害を受けた」などと旧日本軍による暴力などの様子を語り、問題解決を強く訴えた。
 慰安婦問題に取り組む有志らの呼び掛けに応じ、京大の学生らが京都開催を実現した。
 証言によると、李さんは1944年ごろ、旧日本軍に拉致され、台湾で約3年間従軍慰安婦として働かされた。連行時に汽車の中で「お母さん」などと大声で助けを求めると、「繰り返し固い靴や棒などで体中に暴力を受けた」という。
 船中で約300人の軍人に5人の慰安婦が襲われたことなど性暴力にも言及した李さんは「若い女性たちの心にどれほどの傷を与えたのか、みなさんにも考えてほしい」と涙ながらに語った。
(京都新聞2004/12/5)
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2004120500018&genre=C4&area=K1D


元「慰安婦」へ補償を
参院議長らに法案成立要請       2002年6月26日(水)「しんぶん赤旗」

法案成立を求めて倉田参院議長(左) に申し入れる元「慰安婦」(中央)、支援の人たち。左2人目から八田、吉川 両参院議員=6月25日、国会内
 韓国、台湾の元「従軍慰安婦」らは二十五日、国会内で参院の倉田寛之議長、本岡昭次副議長と会い、「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」の早期審議と成立を要請しました。
 同法案は、元「慰安婦」とされた人たちに謝罪の意を表し、その名誉回復のために必要な措置(金銭の支給を含む)を講ずると定めています。日本共産党、民主党、社民党の野党三党が前国会に提出し、継続審議になっています。
 韓国の李容洙さん(74)は、十四歳で銃剣をつき付けられて連れてこられたこと、拒むと殴られ、電気による拷問を受けて死にかけたことなどを話し、「私は歴史の生き証人として今、生きている。この法案が審議され、成立することを望む」と語りました。
 日本共産党からは吉川春子、八田ひろ子参院議員が同席しました。
(cache) 元「慰安婦」へ補償を/参院議長らに法案成立要請
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-06-26/13_0201.html



台湾の慰安所、「従軍慰安婦」99

  ここを訪れた元「慰安婦」李さんの記事は、『英文中国郵報』など数紙に
写真入りで大きく報道されました。台湾でも依然として関心が高いようです。
報道記事の中から、ここでは『英文中国日報』の記事を紹介します。
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「慰安婦」日本の慰安所を再訪
  (China News、英文中国日報,1998.8.23)
  昨日、韓国人の元「慰安婦」は、台湾北部にある新竹空軍基地の東ウィン
グが世界第二次大戦当時、日本帝国軍により設けられた軍慰安所であることを
確認した。
  李容洙(71)はかって日本軍の性奴隷として足かけ三年間従事した場所
を涙のうちに探しだした。
  その場所は現在、中華民国空軍の将兵用三階建ての寮になっていた。彼女
は、1944年(43年の間違い)のある夜、韓国の故郷からどのようにして
日本軍により誘拐され、いかにして日本軍の性奴隷になったかを涙ながらに語
った。

  彼女が、日本空軍(ママ)カミカゼ隊の駐屯する見知らぬその地の慰安所
に送られた時はわずか数え年16歳であった。李は、ハセガワという日本人将
校からそこは台湾北部の新竹であると聞かされて、初めてその地名を知った。
  李は日本軍慰安所の生活を悪夢として語った。彼女は木造二階建ての家に
住まわされた。彼女は慰安所の前100mくらいの範囲で動くことを許された
だけなので、思いだせるのは青い野原と近くを流れる小川くらいである。

  彼女は50年以上、夢にまでみた川岸に立った瞬間、どっと涙がこみ上げ
た。彼女は日本軍が連合軍に降伏した後、韓国・大邱にもどったが、こうして
再びかっての苦難の地を訪れることができたことに感謝した。
  「たとえ私にとってはつらい記憶であっても、かっての日本軍慰安所跡の
発見により、日本政府が戦争中多くの外国人女性を性奴隷にした罪を認めるこ
とにつながるなら本望です」
  さらに彼女は、日本政府には今回の新事実をつきつけ、他の生き残った元
慰安婦と力を合わせ、日本政府が公式謝罪と生き残ったすべての慰安婦に補償
するよう要求すると語った。彼女たちはほとんど70代で孤独の身である。
  李の他に、14人の韓国人女性がその慰安所で性奴隷として従事していた。
そのうち二人の同僚は、連合軍の空襲で死んだとつけ加えた。
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  まったく見知らぬ外国で動き回れるのは慰安所の前わずか100m、これ
ではオリの中の象とあまりかわりません。逃げだそうにも道はわからず、言葉
も通じず、そんな環境でひたすら日本軍兵士相手に性交を強要される生活は
「性奴隷」としかいいようがありません。
  李さんは故郷に帰っても、もし自分が「従軍慰安婦」であることが知れた
ら、父親に殺されるのではないかという恐怖感を持ち、誰にもいえず、ひたす
ら苦難の過去を隠し、必死に忘れるよう努めてきたようでした。
  そんな李さんが「慰安婦」にさせられたいきさつは次のとおりです(注)。
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  1928年大邱に生まれた容洙さんは、(満)14歳のとき家から呼び出
され、他の4人の少女とともに日本人に連れられて汽車で慶州から大連まで運
ばれました。帰りたさに泣くとそのたびに激しく殴られ蹴られながら、海軍兵
士の乗った軍船の船底に入れられ、44年の正月を上海で迎えます。
  船の中で男が襲いかかってくる意味も何をされているのかも理解できない
まま、くりかえし強姦され、上陸した台湾の新竹で「慰安所」に入れられまし
た。
  軍人の相手をするのを必死で拒んだため電気拷問を受け、戦争が終わるま
で、主に特攻隊兵士の相手をさせられ、46年に祖国に帰りついたときには
18歳になっていました。

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  14歳の少女を性奴隷にしてしまうなんて、なんとむごいことでしょうか。
楽しかるべき青春が待っているはずなのに。その青春を軍靴で無惨に踏みにじ
り、電気拷問までかけて特攻隊員の性のいけにえにしてしまうなんて、「従軍
慰安婦」ほど女性を根底から踏みにじった制度は空前絶後ではないでしょうか。
元「慰安婦」の方々にはどれほどのトラウマを与えたかはかり知れません。

  李容洙さんも長い沈黙の後、自分は従軍した「慰安婦」ではないと、汚名
をはらすべく、ついに名乗り出ました。その弁をおわりに紹介します(注)。

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  人間を、少女を泥棒して、「従軍慰安婦」させたんでしょう。どうして
「強制」をつけないんですか。強制連行されて私はね、「従軍慰安婦」させら
れたんです。
  その責任をとらないで、その罪を知ろうとしないで、なぜ「国民基金」で
すか。私は物乞いじゃないですよ。お金の問題じゃないです。きっちり調査を
して、私の名誉を回復しないといけないし、犯罪者を処罰しないといけないで
す。ただしね、犯罪の最高責任者。
  そして調査をしてから、私たちの名誉を回復させるために、国家が謝らな
いといけないです。そうして、国際的な法律にそって、賠償しないといけない
と思います。
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  元「慰安婦」が本当に求めているのは何か、李さんの短いことばにすべて
が集約されているのではないかと思います。

(注)戦争犠牲者を心に刻む会編『私は「慰安婦」ではない』東方出版,1997

  http://www.han.org/a/half-moon/  (半月城通信)

(cache) 半月城通信 No.57
http://www.han.org/a/half-moon/hm057.html#No.370



<李 容洙さん プロフィール>

 1928年韓国の大邱(テグ)生まれ。

 1944年、16歳の時に「軍服みたいな服を着た男」に連行され、台湾へ。移動中の
船の中で、日本の兵隊たちに繰り返し強かんされる。その後、連れて行かれた先の台湾で、
日本軍「慰安婦」としての生活を3年間強制された。「慰安所」では1日に何人もの兵士の
相手をさせられ、抵抗すると電線のようなもので電流を流されたり、丸太で叩かれたりの
暴行を受けた。「解放」(日本の敗戦)後、しばらくしてから韓国に戻る。
(cache) 全国証言集会京都実行委員会
http://tateiwa.kir.jp/0n/z01.htm

全国同時開催 「消せない記憶」
http://www.geocities.jp/kesenai_kioku_04/index.htm
(cache) 京都 Kyoto
http://www.geocities.jp/kesenai_kioku_04/kyoto/profile.htm



李容洙(イ・ヨンス)

中央日報でのプロフィール
・1944年 の16歳の時に台湾に慰安婦として連行され、3年間にわたり日本軍に性的にもてあそばれた。
・2階建ての日本風の慰安所で一日平均4、5人の日本軍に強姦され、粥で生き延び、何かあるとすぐに暴行されるなど、犬や豚よりもひどい生活をした。
・日本軍によってトシコと名付けられた李さんは、性行為を拒否して電気拷問を受け、韓国語を話す度にひどく殴られた、と語った。
・終戦後に家に帰ると、母は‘死んだ娘が霊になって現れた’と言い、父は鬱火病で中風になり、その年に亡くなった。

全国証言集会京都実行委員会でのプロフィール
・1928年韓国の大邱(テグ)生まれ。
・1944年、16歳の時に「軍服みたいな服を着た男」に連行され、台湾へ。「解放」(日本の敗戦)後、しばらくしてから韓国に戻る。

赤旗でのプロフィール
李容洙さん(74)は、十四歳で銃剣をつき付けられて連れてこられた
JANJANでのプロフィール
15歳で韓国・大邱の家から軍人に拉致され、台湾まで連れ去られ、敗戦で解放されるまでの3年間の経過を証言した。

半月城通信57でのプロフィール
・1928年大邱に生まれた容洙さんは(満14歳のとき)家から呼び出され、他の4人の少女とともに日本人に連れられて汽車で慶州から大連まで運ばれました。
・戦争が終わるまで、主に特攻隊兵士の相手をさせられ、46年に祖国に帰りついたときには18歳になっていました。
半月城通信1105
李容洙(71)はかって日本軍の性奴隷として足かけ三年間従事した場所を涙のうちに探しだした。その場所は現在、中華民国空軍の将兵用三階建ての寮になっていた。彼女は、1944年(43年の間違い)のある夜、韓国の故郷からどのようにして日本軍により誘拐され、いかにして日本軍の性奴隷になったかを涙ながらに語った。彼女が、日本空軍(ママ)カミカゼ隊の駐屯する見知らぬその地の慰安所に送られた時はわずか数え年16歳であった。李は、ハセガワという日本人将校からそこは台湾北部の新竹であると聞かされて、初めてその地名を知った。
李容洙(イ・ヨンス)(cache)




博士の独り言 - 証言変転「李容洙」一考 -
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-439.html
散歩道 : 【慰安婦は一人で複数の人生を歩む】李容洙さんの場合
http://kuyou.exblog.jp/1395483/
散歩道 : お詫び好きの韓国人。ところでこの慰安婦は本物か?
http://kuyou.exblog.jp/1393174/
アジアの真実:・作られた「従軍慰安婦」(2) - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/12836332.html
Irregular Expression: 今更従軍慰安婦かよ
http://www.wafu.ne.jp/~gori/diary3/200412081750.html
「従軍慰安婦」証言はデタラメ
http://karutosouka1.hp.infoseek.co.jp/ianhu.htm
池田信夫 blog 河野談話は見直しが必要だ
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/9e5aa6186ca7720af0d709d304c6fb9c
小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」
http://www4.airnet.ne.jp/kawamura/enigma/2005/2005-01-16-onoda_ianhunoshoutai.html
米下院で証言した慰安婦達のおはなし
http://tech.heteml.jp/2007/03/post_914.html



検証朝日新聞従軍慰安婦問題③

従軍慰安婦問題は、1991年8月12日のソウル発植村隆記者の署名記事から始まった。 『女子挺身隊の名で連行された朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり.....』と言う記事である。 ところがなんと本人自身が8月14日の記者会見で『生活が苦しくなった母親に14歳でキーセン置屋に売られ...』 と語り、同年12月に東京地裁に提出した訴状にもそう書かれていたのだ。 植村記者は知っていながら意図的に『母親に売られた..と言う部分を女子挺身隊の名で連行された...』と捏造報道を行ったのだ。
http://www.geocities.jp/tamacamat/ianfu03.html


朝日が捏造した「慰安婦問題」  (西岡力氏)

 西岡氏は、朝日新聞の「慰安婦問題」捏造の事情を明らかにした。
すべては、朝日新聞の91年8月11日付大阪版夕刊の歪曲、誤報に始まる。朝日はソウル発の記事のなかで、「女子挺身隊」の名で戦場に強制連行された人が出てきたと書いた。しかし、これは事実ではない。強制連行されたとされる女性・金学順さんは、17歳の時に、貧困のため母親に平壌のキーセン置屋に売られたと言っていたのである。
 朝日の植村隆記者は、金学順さんの話を録音したテープを聞き、歪曲して記事を書いた。しかも、この誤報には、植村記者個人の利害も絡んでいる。植村記者は、訴訟を起こした「太平洋戦争犠牲者遺族会」の女性幹部の娘と結婚している。義母からの情報提供で、韓国よりも先にスクープを書いたのである。
 金学順さんがキーセンに売られた事実は、91年の東京地裁への訴状に書かれており、韓国で最左翼のハンギョレ新聞にもインタビューが掲載されている。訴状を作成した高木健一弁護士は、この事実を私に指摘され、一切反論できなかった。
こういう人を、性奴隷だと言って引きずり出し、日本に連れてきて、裁判や講演をさせて彼女を利用した。ETV2001を見ると、金学順さんは生前も死後も名誉を犯されているのである。ソ連軍が終戦直後の満州で日本人婦女に対しておこなったような性暴力は裁かれるべきである。しかし、戦場における慰安婦の行為はこれとは異なる商行為である。それを性暴力と同じであるかのように言って、自分たちの政治宣伝に利用したのは朝日である。
ETV2001で、高橋哲哉・東大大学院綜合文化研究科教授は、「金さんの登場で歴史が変わった」と言っている。実際には、嘘が広まったという意味で「変わった」のである。
朝日新聞に第一に言いたいことは、誤報を検証し、謝るべしということだ。朝日の慰安婦問題の誤報がなければ、NHKはあんな番組を作ることにならなかった。
 私は92年に『月刊文藝春秋』と拙著『日韓誤解の深淵』で詳細に立証して訂正を求めたが、朝日はこれに応じていない。それどころか、前回の教科書採択の時に合わせて、植村記者をソウルに派遣させている。嘘でも何でもいいから、日本が悪かったという路線でいく人事である。
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sonota/0503.html



慰安婦問題の経緯 レポート1
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=2&nid=77745
慰安婦問題の経緯 朝日新聞のスクープ記事(1) レポート2
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=2&nid=77807
慰安婦問題の経緯 朝日新聞のスクープ記事(2) レポート3
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&nid=611395
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by thinkpod | 2007-03-01 03:46 | 半島


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