2007年 02月 10日

抹殺された大東亜戦争ー米軍占領下の検閲が歪めたもの

【書評】『抹殺された大東亜戦争』勝岡寛次著:産経

巧妙に隠されたGHQ検閲

 戦中の新聞や雑誌が言論統制下にあったことはよく知られているが、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が実施した検閲の実態はあまり知られていない。GHQの検閲指針によって、メディアは検閲を受けていること自体を報じることが禁じられ、言論弾圧は一般国民には分からないかたちで行われたからだ。明星大戦後教育史研究センターに勤務する著者は、巧妙に隠匿されたGHQの検閲によって、日本人が気付かないうちに忘れさせられた日本人の主張を丁寧に発掘している。

 この本の書名が表すように、特に「大東亜戦争」という用語は徹底的に抹殺され、タブーとなり、代わりに米国製の歴史観が込められた「太平洋戦争」という呼称を与えられた。戦後六十年がたった今も、日本政府が正式に閣議決定した大東亜戦争という用語を使う新聞や教科書があると、それだけで右翼とレッテルを張られるありさまだ。

 GHQの検閲対象は多岐にわたっており、極東国際軍事裁判(東京裁判)に対する一切の批判は封じられ、国民が裁判に対して感じたごく当たり前の違和感や不当意識はなかったことにされた。著者は、進歩的文化人の牙城とされる雑誌「世界」も、昭和二十一年には東京裁判を批判した評論を掲載しようとして、全文掲載禁止処分を受けていたことを発見している。

 また、直接戦争と関係なくとも、十六世紀以来の西洋による植民地支配への批判は「西洋冒涜」として掲載禁止に。オランダによるインドネシア搾取の記述は「連合国批判」として削除された。さらに、日本の封建制度に一定の評価を与えた文章は「国家主義的」として、アヘン戦争に関する研究論文は「英国批判」として削除されるなど、GHQが容赦なく日本独自の物の見方、歴史観を闇に葬ってきたことがよく分かる。

 現在、政財界の中枢を、このGHQの“洗脳”を最も強く受けた世代が占めている。謝罪外交がはやるはずである。 政治部 阿比留瑠比
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/50045242.html


ボツ原稿・太平洋戦争に関する政府答弁書

《政府は6日の閣議で、先の大戦に関する「太平洋戦争」という呼称について「政府として定義して用いている用語ではない」とする答弁書を決定した。一方で、「大東亜戦争」に関しては、昭和16年12月12日に閣議決定された呼称だと指摘。大東亜戦争と太平洋戦争とが同じものかは「答えることは困難」とした。連合国軍総司令部(GHQ)は占領期、大東亜戦争の呼称使用を禁止し、厳しく検閲して太平洋戦争を定着させている。
 また、16年12月8日の日米開戦時に、日本側からの最後通告の手渡しが遅れた問題について「当時の外務省の事務処理上の不手際により遅延が生じた。国家の重大な局面において、遺憾な事態を招いた」とする答弁書も決定した。ともに、鈴木宗男衆院議員の質問主意書に対する回答。》

国を憂い、われとわが身を甘やかすの記:イザ!
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/114119



抹殺された大東亜戦争
米軍占領下の検閲が歪めたもの

勝岡寛次/著
明星大学戦後史教育センター

GHQは、占領直後から民間検閲支隊(CCD)を通じて、あらゆる情報ソースの検閲体制を敷き、厳格な情報操作を行った。
本書は、米国・メリーランド大学プランゲ文庫に保存された検閲史料のうち、約13000種の雑誌について丹念に検証。
その内容は、単に大東亜戦争についてのみならず、明治維新や日露戦争の意義を否定し、欧米による植民地支配批判や東京裁判批判をも封じ込めるという一方的なものだった。
私たちが「忘れさせられた」歴史とは何か。戦後世代の著者の手で明らかにされています。
「神社新報」で紹介されました。
定価 税込1995円 (本体1900円)
ISBN 4-944219-37-7
判型・頁数 四六判・430頁
発売 2005年8月
主な内容>>序 本書を江湖に薦めるの辞 ―小堀桂一郎
まえがき 「大東亜戦争」の抹殺と「太平洋戦争」の強制
序章  東京裁判の検閲 
裁判開廷まで/検察側立証段階/弁護側反証段階/判決とその波紋
第二章  東亜解放への道 
「東亜解放」の理念をめぐって/十六世紀スペイン・ポルトガルによる征服と奴隷化の実態/秀吉の朝鮮出兵と十七世紀オランダの植民地支配/鎖国日本と十八・十九世紀イギリスの植民地支配
第三章  明治維新の世界史的意義
東亜独立の最後の砦・日本/明治維新こそ東亜解放の序曲であった/
第四章  明治日本と支那・朝鮮 
十九世紀中葉の日本と支那・朝鮮/「脱亜入欧」のもたらしたもの/東亜解放の魁・頭山満と金玉均/日清戦争と東亜解放
第五章  アメリカの太平洋進出と日本  
ハワイ併合の悲劇/フィリピンの領有/門戸開放宣言
第六章  日露戦争の与へた影響と韓国併合  
日露戦争の与へた世界的影響/岡倉天心とヴィヴェカーナンダ、タゴール/日韓併合―挫折した東亜解放の「一着手」
第七章  “ 協調”から“対決”へ
大東亜戦争の遠因となつた人種問題/「アジア・モンロー主義」の実現を阻んだもの/共産主義への対応―対照的だつた米国と日本
第八章  満州を巡る諸問題  
満洲権益と対華二十一箇条要求/ワシントン体制の破綻と満州事変の背景/石原莞爾と満州国建国の理想
第九章  大アジア主義と支那をめぐる相剋  
国際連盟脱退から大アジア主義へ/広田外交の破綻と支那事変勃発の真因/尾崎・ゾルゲ事件と「東亜新秩序」/近衛文麿と日独伊三国同盟締結/「大東亜共栄圏」仏印進駐と東亜解放
第十章  日米交渉と開戦の経緯  
日米交渉と東条英機内閣の成立/ハル・ノートと日本人強制隔離問題/開戦の詔書をめぐつて/大東亜戦争と東亜解放/「自存自衛」から「東亜解放」へ/大東亜会議と大東亜共同宣言
第十一章  後に続くを信ず  
神風特別攻撃隊の悲劇と栄光/硫黄島・本土空襲・沖縄戦/原爆投下とソ連参戦

勝岡寛次 「抹殺された大東亜戦争―米軍占領下の検閲が歪めたもの」
http://www.meiseisha.com/katarogu/massatusareta/daitouasensou.htm




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「八弦一字」の無知の涙
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              平井 修一

戦後も30年経った昭和50年頃、小生は60歳ほどの師匠から新聞のレイア
ウトを学んでいた。レイアウトなどという言葉は普及していず、割付と
言った。

ある日、師匠に尋ねた。
「はちげんいちじって何ですか?」
「う? はちげんいちじ?」
「ええ。八弦一字。戦時中のスローガンみたいですけど」

「おまえなあ、そりゃ、はっこういちう、八紘一宇と書くんだよ」
師匠はあきれると同時にちょっぴり哀しい顔をした。

八紘一宇を辞書で引くとこうある。「世界をひとつの家とすること。太
平洋戦争期、わが国の海外進出を正当化するために用いた標語」。広辞
苑だから否定的な解釈だ。八紘とは、四方と四隅で、世界を意味してい
る。

最高学府に学んだ小生でも「八紘一宇」の意味を知らなかったのは、G
HQの言葉狩りによる。GHQは日本占領政策を進めるに際して猛烈な
情報管理を行い、検閲制度で言論を取り締まった。その詳細の原本は見
つからなかったが、
http://www.tanken.com/kenetu.html
に詳しい。

以来、日本人は大東亜戦争、占領軍の押し付け憲法などについて真実を
知らされず、考えることも少なく、民族としていささか劣化してしまっ
た。これ以上劣化したら、とてもじゃないが立ち直れまいというときに
安倍政権が誕生し、憲法改正(自主憲法制定)をテーマに掲げたのは天
佑だと小生は思う。

国立国会図書館の資料には、

【画像】 昭和(戦後)/昭和憲法/「マッカーサー草案の外務省仮訳」
というのがあった。「(昭和21年)2月13日にGHQ/SCAPの憲法改正案が
提示されると、直ちに外務省により仮訳が作成された。これに若干の訂
正を加えたものが、26日の閣議で配布説明された。」と解説にある。
http://www.ndl.go.jp/site_nippon/kensei/shiryou/limage/Gazou_34_1.html

その全文は、以下で知ることができる。
http://home.c07.itscom.net/sampei/macken/macken.html

腹が減ってもいい、着の身着のままでもいいから普通の国並みの憲法を
創りたいと、建国記念の日に改めて思った。
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by thinkpod | 2007-02-10 16:23 | Books


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