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2007年 02月 10日

インディアスの破壊についての簡潔な報告

       ラス・カラス著 岩波文庫 1976年

【解説】染田秀藤

一四九二年一〇月三日、スペイン王室の援助をうけたイタリア人クリストパル・コロソ(コロソブス)がカリブ海に浮ぶ小島グワナハニ島に到着した。これが新世界の発見および征服時代の幕開けとなった。その後コロンは三回にわたって航海を行ない、アソティール諸島、中米、南米北部を探検し、また、その後多くのスペイン人征服者(コンキスタドール)が、自らの生命と財産を賭してイソディアスへ渡り、数々の探検、征服を行なった。その動機は未知なる土地への憧れ、金銀財宝に対する欲望、あるいは熱烈な宗教心など種々様々ではあったが、彼らは、コロソの第一次航海より僅か半世紀余りの間に不擁不屈の精神を発揮して南北両アメリカ大陸をほとんど踏査した。彼らは金銀財宝のみならず、トマト、玉ネギ、タバコ、カカオ、ジャガイモ等当時ヨーロッパでは知られていなかった数々の産物をヨーロッパにもたらした。

ロペス・デ・ゴマラ(一五一二頃-一五七二頃、スペインの年代記編者で『インディアス通史』を著す)が「天地創造につぐ偉業」と称えた新世界の発見と征服は、ヨ-ロッパ人にとっては輝しいものであったかも知れない。しかし、それは原住民インディオにとって悲惨な時代の始まりであった。

新世界に渡ったスペイン人たちは、気候の違い、食糧不足、害虫、インディオの攻撃などに悩まされた。とりわけ食糧不足は深刻で、コロンはこの問題を解消するために、原住民インディオに貢租を要求した。しかし、原始的なその日暮しをしていたインディオは、スペイン人たちの意を満すことはできなかった。そのため、スペイン人たちはインディオに強制労働を課すことによって自分の生活の安定を図るようになった。

一五〇三年末、スペイン国王はスペイン人にインディオのキリスト教化の義務を負わせると同時に、労働力として一定数のインディオを使役する許可を公式に与えた。これがエンコミエンダ制である。しかし、金銀その他の財宝の獲得に狂奔するスペイン人たちはインディオの魂の救済にほとんど関心を寄せず、結局、エンコミエソダ制は奴隷制と変らなくなった。かくして、金銀の採掘、真珠採りなどの労働に従事させられた大勢のインディオたちが死滅していった。

 スペイン人たちは、定住することなく、より多くの金銀財宝を手に入れるために次々と新しい土地を探検し、征服していった。一五一八年には、エルナン・コルテスがアステカ王国の征服へ、一五三一年には、フランシスコ・ピサーロがインカ帝国の征服へ赴いた。彼らは、キリスト教化という美名のもとに不当な征服戦争を行なって、数々の王国を破壊し、大勢のインディオを虐殺し、金銀を略奪した。

このようなスペイン人征服者の非道な行為に対して、インディオの魂の救済を任務とする聖職者は激しく抗議することとなった。すでに一五一一年末、ドミニコ会士アントニオ・デ・モソテシーノスはエスパニョーラ島で説教を行ない、スペイン人のそうした所業を弾劾し、いわゆる「スペインのアメリカ征服における正義の闘い」を開始していた。軍事的征服に対し精神的征服を主張する一部の聖職者は、それ以後激しく征服戦争とエンコミエンダ制の不正を訴え、インディオの自由を擁護する運動を繰り広げた。バルトロメー・デ・ラス・カサスもそのひとりである。

ラス・カサスは一五一四年から一五六六年に他界するまで、六回にわたり大西洋を横断し、インディオの自由と生存権を守る運動の中心的な役割を果した。彼は何よりもまず平和的な方法によるインディオのキリスト教化こそがスペイン国王の最大の任務であると考えた。しかし、武力征服は次々と行なわれ、インディオの状況はますます酷くなっていった。

 その結果、一五四一年末、ラス・カサスは国王カルロス五世に謁見して、インディオの蒙っている不正とスペイン人の非道な所業を詳説した報告書を提出し、征服を即時中止するよう訴えた。

その報告書がここに訳出した『インディアスの破壊についての簡潔な報告』の母胎である。この『報告』は一五四二年末に書かれ、その後一五四六年に若干加筆され、一五五二年印刷に付された。この印刷の目的は、彼自身が明らかにしているように、読み易さを願ってのことではあったが、しかし、その本当の狙いは摂政フェリ-べをはじめとして宮廷にいる人びと、とりわけインディアス問題を担当している人びとに、スペイン人たちの非道な征服を即時中止させるのがいかに必要なことかを訴えることであった。

しかし、この『報告』が、印刷公刊されると、彼の予想もしなかった、とりわけ政治的、宗教的脈絡の中でいわばスペイン攻撃、スペイン批判のかっこうの武器となった。

一五七八年、スペイン支配からの離反と独立を求めるオランダで、『報告』の最初の外国語訳であるオランダ語訳が出版された。その後一六世紀中に、オランダ語訳が二版、フランス語訳が四版、ドイツ語訳が二版、それに英語訳とラテン語訳が一版、それぞれ出版された。一七世紀には、さらに多くの翻訳が企てられ、スペインに対し政治的独立と宗教的自由を求めるオランダにおいては一四回も版を重ね、その他フランス語訳と英語訳が五版、イタリア語訳が二版、ドイツ語訳とラテン語訳が二版、それぞれ出版された。

このように、スペインと敵対する諸外国は、スペインからの独立、スペインによるインディアス支配体制の打破、あるいは自国の植民活動の擁護と促進という政治的かつ経済的な意図のもとに、反スペイン感情の育成のために『報告』を利用した。

一八世紀、ヨーロッパにおけるスペインの勢力は微々たるものとなっており、したがって反スペイン闘争は以前ほど激しくはなかった。この世紀に出版された『報告』の翻訳は数少なく、僅かに、英語訳、フランス語訳、それにドイツ語訳がおのおの一版ずつ出版されたにすぎない。

一九世紀初頭、スペイン系アメリカ(俗にブラジルを含めてラテン・アメリカといわれる)は本国スペインからの独立を目指す運動を開始した。独立運動を指導した人々は、独立という大義のために、反スペイン運動宣伝の武器として『報告』を利用した。ラス・カサスは、この作品のなかで征服者たちの非道ぶりを暴き、激しく弾劾したが、その征服者の子孫であるクリオーリョたち(新大陸生れのスペイン人)が、今度は自分たちの大義のためにこの作品を利用したのである。

一方、長い間外国からの執拗な攻撃と中傷を受けたスペインほ、この『報告』を含め、ラス・カサスの全作品を禁書に付し、ラス・カサス批判をつづけた。
一八九八年、スペインは、アメリカ合衆国との戦争(この時も『報告』の英語訳が出版され、政治的に利用された)に敗れ、かつての新世界の植民地をすべて失うに至り、深刻な危機と挫折感に襲われた。いわゆる〝九八年代の世代〃の人々は、それぞれの立場からスペインの変革を主張したが、とりわけ、かつての栄光に輝くスペイン帝国の再建を志向する保守主義者は、それまで幾世紀にもわたって、諸外国より政撃されたスペイン人の残虐性は、捏造された「黒い伝説(レイエンダ・ネグラ)」にすぎないと主張した。彼らは、その伝説をつくり上げた責任をラス・カサスに帰し、『報告』の歴史的意義や史料としての価値を否定した。  (後略)

http://momotarou100.iza.ne.jp/blog/entry/111739/

Amazon.co.jp: インディアスの破壊についての簡潔な報告: 本: ラス・カサス,染田 秀藤


 【「黒い伝説(レイエダ・ネグラ)」】

   しかし、この『報告』が、印刷公刊されると、彼の予想もしなかった、とりわけ政治的、宗教的脈絡の中でいわばスペイン攻撃、 スペイン批判のかっこうの武器となった。

     −「インディアスの破壊についての簡潔な報告ー解説」
       ラス・カラス著 岩波文庫 1976年
      http://momotarou100.iza.ne.jp/blog/entry/111739/ 


■コロンブスのアメリカ大陸到達
 1492年10月12日スペイン王室の援助を受けたイタリア人コロンブスはカリブ海に浮かぶ小島に上陸しました。以後スペインは征服者(コンキスタドール)としてインディアス(要するに米大陸)にわたり数々の探検・征服を行ないました。

 新大陸は誰もいなかったわけではなく、現地にはインディオと呼ばれる人々が文明を持って生活をしていたのでした。しかし、その日から破滅的な日々が始まりました。

 「インディアスの破壊についての簡潔な報告」は200ページ程の薄い文庫本ですが、ページをめくるごとに、ウンザリとするほどの残虐な記述が繰り返されます。この本は最初、キリスト教の聖職者が、スペイン国王に現地での残虐な行為をやめさせるために書きました。

■翻訳本の出版
 ところが、印刷されるとスペインと対立する勢力や国の間で、スペインの残虐な国のイメージを広める為に翻訳されだしました。

 16世紀中にオランダ語訳が二版、フランス語訳が四版、ドイツ語訳二版、英語訳とラテン語訳一版翻訳されました。

 17世紀にはオランダ語訳が十四版、仏英訳が五版、イタリア語訳が二版、ドイツ語ラテン語訳が二版重ねられました。

 さらに十九世紀になるとアメリカ合衆国との戦いー米西戦争でも英語版が利用されました。そしてスペインは、アメリカ新大陸(インディアス)の植民地をも完全に失い弱体化して行きます。

 結局この薄っぺらな『報告』書は、本来の目的とは違い、スペイン人の残虐性を宣伝する「黒い伝説(レイエダ・ネグラ)」として、プロパガンダ利用されたのでした。

■現代の『黒い伝説』
 米国で「南京事件」を扱った映画が続々と公開されることになりました。ビル・グッテンターグ氏のドキュメンタリー映画「南京」、中国の陸川監督の「南京!南京!」など4,5本が予定されています。

 ドキュメンタリー「南京」では、欧米人のおかげで中国人民が救われたと、ドイツ人のラーベを始めとする白人を持ち上げておるようです。

 これらは中国資本の多額な資金で製作され、明らかに日本のダメージを狙ったものです。将に「謀略」です。

■世論を味方に
 米国は世論の国です。世論操作に長けた勢力が力を持つわけです。我が国は米国の大統領を過信してはいけません。例えば、コイズミさんがブッシュさんと大変仲が良いとしても、議会が反対にまわれば効力が減殺されるのです。

 先の大戦でも、蒋介石夫人が米国中を回り、達者な英語と資金で、米国世論を味方につける街宣活動を行ないました。

■日本の反撃
 これらに対抗して、今回「チャンネル桜」の水島社長が、映画「(仮)南京の真実」を製作することになりました。

  http://www.nankinnoshinjitsu.com/

 この映画は日本人の為の映画であってはなりません。ハリウッドを巻き込んだ世界的なものにするべきです。映画のヒーローはアメリカ人に譲りましょう。

 真実を伝えるというよりは、「真実を造る」という姿勢・戦略性が必要です。さらに旧日本陸軍が、中国大陸でユダヤ人を救出したエピソード(安江機関、樋口少将等)も必ず入れるべきです。

 *JOG「大日本帝国のユダヤ難民救出」
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog257.html

 ◎資料
  西尾幹二さんブログより関連の抜粋
  http://www.geocities.jp/mo10mo/nishio.html

http://blog.mag2.com/m/log/0000013290/108217694.html



最高裁口頭弁論 (二):西尾幹二のインターネット日録

 チェコ出身の作家ミラン・クンデラは次のように語っています。
 「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい文化をつくらせて新しい歴史を発明することだ。そうすれば間もなく、その国民は、国の現状についてもその過去についても忘れ始めることになるだろう」

 とても示唆に富むことばですが、逆に一冊の本に書かれた内容がある民族に致命的であって、それへの反証、反論の本が書かれなかったために、その民族が悲運に泣くという逆の例から、歴史の記録がいかに大切か、歴史を消すことがいかに恐ろしいかをお示ししてみたいと思います。

 近代ヨーロッパの最初の覇権国スペインはなぜ進歩から取り残されたか。16-17世紀に歴史の舞台から退いた後、なぜ近代国家として二度と立ち上がることができなかったのでしょうか。

 それもたった一冊の薄っぺらい本から起こりました。一修道士バルトロメ・デ・ラス・カサスが1542年に現地報告として国王に差し出した「インディアスの破壊についての簡潔な報告」がそれです。からし粒ほどの小著ですのに、大方の国語に訳され、
世界中に広がり、深々と根を下ろし、枝を張りました。日本でも岩波文庫から出て、よく読まれてきました。書かれてある内容が凄まじい。キリスト教徒はインディオから女や子供まで奪って虐待し、食料を強奪しただけではありません。島々の王たちを火あぶり刑にし、その后に暴行を加えた、等々です。

 それ以後スペインとなると「黒の伝説」がつきまといます。中南米のインディオを大量虐殺し黄金を奪ったスペイン、狂信のスペイン、異端尋問のスペイン、文化国家の仲間入りができないスペイン、凶暴きわまりない闇の歴史を持つスペイン――そういうイメージにつきまとわれ、スペイン人自らが自分の歴史に自信を持つことができなくなりました。

 最近わが国でも歴史認識に関する「自虐」心理が話題になっていますが、自分で自分を否定し、自己嫌悪に陥り、進歩を信じる力を失った最大級の自虐国家はスペインです。

 それもたった一冊の薄っぺらな本に歴史的反証がなされなかったからです。あまつさえオランダとイギリスが銅板画をつけ、これを世界中にばらまきました。しかし近年の研究で、あの本に書かれた内容には誇張があり、疑問があるということが次第に言われるようになってきました。とはいっても、なにしろ16世紀です。ときすでに遅しです。

 じつは日本にも似た出来事があるのです。この赤い一冊の大きな本をみて下さい(私は裁判官の方に本をかゝげた)。アメリカ占領軍による『没収指定図書総目録』です。

 マッカーサー司令部は昭和21年3月に一通の覚え書きを出して、戦時中の日本の特定の書物を図書館から除籍し、廃棄することを日本政府に指示しました。書物没収のためのこの措置は時間とともに次第に大かがりとなります。昭和23年に文部省の所管に移って、各部道府県に担当者が置かれ、大規模に、しかし秘密裏に行われました。没収対象の図書は数千冊に及びます。そのとき処理し易いように作成されたチェックリストがここにあるこの分厚い一冊の本なのです。

 勿論、占領軍はこの事実上の「焚書」をさながら外から見えないように、注意深く隠すように努力し、また日本政府にも隠蔽を指示していましたので、リストもただちに回収されていたのですが、昭和57年に「文部省社会教育局 編」として復刻され、こうして今私たちの目の前にあるわけです。

 戦後のWar Guilt Information Program の一環であった、私信にまで及ぶ「検閲」の実態はかなり知られていますが、数千冊の書物の公立図書館からの「焚書」の事実はほとんどまったく知られておりません。

 今となっては失われた書物の回復は容易ではないでしょう。しかし私は書名目録をみておりますと、この本がもどらない限り、日本がなぜ戦争にいたったかの究極の真実を突きとめることはできないのではないかと思いました。

 「焚書」とは歴史の抹殺です。日本人の一時代の心の現実がご覧のように消されるか、歪められるかしてしまったのです。とても悲しいことです。船橋西図書館のやったことは原理的にこれと同じような行為につながります。決して誇張して申し上げているのではありません。

 裁判所におかれましては、どうか問題の本質をご洞察下さり、これからの日本の図書館業務に再び起りかねない事柄の禍根をあらかじめ断っていただくべく、厳正にご判断、ご処置下さいますよう切に希望する次第です。

http://nishiokanji.com/blog/2005/06/post_160.html
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by thinkpod | 2007-02-10 15:42 | Books


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