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2006年 12月 31日

東京裁判では、「人道に対する罪」は無罪でした

2006/12/31 11:43

 イラクのフセイン元大統領に対する死刑が執行されました。罪名は、民間人に対する迫害や殲滅を実行した「人道に対する罪」でした。一国の元元首を裁いたフセイン裁判は、日本人には極東国際軍事裁判(東京裁判)を連想させますが、両者には大きな違いがありました。東京裁判では、誰もこの「人道に対する罪」で有罪になっていないのです。この事実は、日本の過去の戦争を振り返るとき、とても重要なポイントであると思います。

 私は今年10月に、日本陸軍史研究家の奈良保男氏から手紙をいただきました。内容は、弊紙も含めて「ABC級戦犯と、訴因の(a)(b)(c)項の混同」が見られるというご指摘でした。ちょうどいい機会だと思うので、反省を込めて、以下に引用させてもらいます(奈良氏の許可は取ってあります)。

 《ひと言で申しますと、多くの方の誤りは先ずこの混同によるものと言って過言でありません。このことを最も早く指摘されたのは、現在徳島県小松島市で「平成昭和研究所」を主宰しておらえる茶園義男氏が1993(平成5)年8月27日発行の「別冊歴史読本・第15号『戦争裁判処刑者一千』」(新人物往来社)に発表された「戦争裁判の法的正当性を問う」が最初ではないかと考えます。(中略)

 茶園先生からご指導を戴いていた小生は、それを基に、茶園先生の監修を戴いた上で、平成14年5月、名越二荒之助編『昭和の戦争記念館』第5巻の「戦犯とされた昭和の殉難者たち」欄に書かせて戴くことが出来ました。ここでその概要を述べます。

 「ABC級戦犯に対する世間の誤った認識 現在日本国民の大多数が認識しているABC級戦犯という戦犯区分の認識は、次のようなものであろう。
 A級-軍人や政府の上層部で、侵略戦争を謀議計画し、推し進めた者。
 B級-従来型戦争犯罪において、命令を下した上級部門者。
 C級-下級の地位で実際にそれを行った者。
 この区分には法的な根拠がない、と言ったら多くの人は驚くかもしれない。しかしこれは事実である」

 以上を前置きとして、ドイツ戦犯を裁いた「ニュルンベルク裁判所条例」の説明をし、その第6条がa・b・c項に分かれ、a項は「平和に対する罪」で従来に無かった概念であること。b項は「通常の戦争犯罪」即ち従来型戦争犯罪であること。もう一つ、その何れでもない犯罪が今次戦争では起きていた。それがナチスによるユダヤ民族の絶滅政策であり(ホロコースト)、それは戦争でない時期にも行われていることもあって、新たに一項が加えられた。c項がそれであり、「人道に対する罪=Crimes against humanity」と名付けられた…、と書きました。

 続いて、日本の占領のために設置された連合軍司令部(GHQ)は、日本にもナチスのゲシュタポ以上の犯罪集団があったに違いない、故に、日本にもc項犯罪があるだろうと最大限の力を注いで調査に当たったが、その片鱗すら出てこない。日本には元々、先住民や、植民地・占領地の住民を絶滅するなどという思想はまったくない。

 それどころか、ベルサイユ条約後の「人種・国籍差別撤廃」提案、或いはナチスドイツのユダヤ人迫害と対照的に、ユダヤ難民に対して手を差し伸べている。このことは『昭和の戦争記念館』第1巻の第5部にその救済に尽力した軍人と外交官のことを紹介している。

 ちなみにそれぞれ当時の①関東軍参謀長・東条英機②満鉄総裁・松岡洋右③陸相・板垣征四郎が、八紘一宇の精神で人種差別に反対しユダヤ難民の救済に責務を果たし、ユダヤ人から感謝されていること。運命の悪戯か、その三人がいずれも「A級戦犯」となって命を落とし、「靖国神社」に合祀されていることを良い機会なので申し添えておきます。

 さて、予測の外れたGHQは、c項を設けた手前もあり、また、中華民国の顔も立てていわゆる「南京大虐殺」なるものを捏造して裁こうとしたのが真相だろうと書きました。現に、東京裁判ではc項の「人道に対する罪」の該当者は一人も無いままで終わっています。

 このことについては、『明日への選択』(日本政策研究センター刊)18年7月号に、同センター岡田邦宏氏が、「東京裁判・誰も『人道に対する罪』で有罪になっていない」という稿で見事に論考されていますので、是非ともお読み戴きたいと存じます。》

 奈良氏の手紙はまだ続くのですが、とりあえずここまでとします。奈良氏によると、a項、b項、c項と戦犯のABCとは呼応したものではなく、GHQが意図的に訴因との混同を狙ったものとみられるそうです。

 ちなみに、ニュルンベルク裁判では、有罪となった19人のうち、16人までがc項の「人道に対する罪」に問われています。一方、東京裁判では、有罪とされた25人のうち、一人を除く全員がa項の「平和に対する罪」で裁かれました。日本とドイツが行った戦争の様相が、いかに異なるものであったかの傍証とも言えそうですね。

 靖国神社に参拝することを、ヒトラーに参拝するようなものだと粗雑かつ無理な議論を展開する人が、社民党や中国の要人にみられますが、こうした暴言・妄言には何度でも反論していこうと改めて考えた次第です。

 平成18年ももうあと半日となりました。来年が日本とみなさまと私と家族と周囲にとって、いい年でありますように。思いっきり欲張って祈っています。

東京裁判では、「人道に対する罪」は無罪でした-国を憂い、われとわが身を甘やかすの記:イザ!
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/94781



戸井田、林両氏による公文書公開に「GJ!」
 政府税調会長の人事や佐田前行革担当相の進退問題などでてんてこ舞いしていた昨年12月26日夕、首相官邸の記者クラブに突然、投げ込み資料が配付されました。配布元は独立行政法人国立公文書館で、「戦争裁判関係資料の公開について」と書いてありました。地味な資料でしたが、内容は重要なものでした。

 それは、国立公文書館が平成11年度に法務省から移管された戦争裁判関係資料約6000冊のうち、これまで非公開にしてきた裁判未提出資料約2500冊分について、順次公開していくことを決めたという内容でした。私的メモ、日記、手記などが含まれるため、公文書館側が「ときの首相にも閲覧させない」としてきたものです。

 これにより、いわゆるA級戦犯が対象の東京裁判だけでなく、BC級戦犯を裁いた中国での裁判記録などが、公文書館に出向くことで閲覧可能となりました。ちょうど日中歴史共同研究などが開始された時期でもあり、まことにタイムリーな決定だと思います。多くの研究者に役立ててもらい、日本側の有効な主張、反論を発掘してほしいところです。

 さて、ここからが本題ですが、なぜ国立公文書館がこれらの資料の公開を決めたかというと、自民党の戸井田とおる衆院議員の活躍があったからです。昨今、政治家の公的機関への働きかけというと、何か悪いことであるかのように受け取られがちですが、お役人に任せていては何もしようとしないという実態もあるのです。戸井田氏は昨年10月27日の衆院内閣委員会で次のように質問しました。

 《現在、国立公文書館に所蔵されているいわゆるA、B、C級戦犯の資料、約数千冊のほとんどが非公開になっているんですね。(中略)私はこれをインターネットで検索いたしました。そしたらほとんどが、ずらっと見ていくと、非公開が多いんですよね。》

 《(公開されている)6027の資料、これは「十五年戦争とパール判決書」といって、家永三郎氏の論文であります。このように、だれが見ても個人のイデオロギーに基づく論文が公文書館に所蔵されているということはおかしいんじゃないか》

 《それ以外の公開になっているものを見ていくと、やはりいろいろな何か意図があるような論文とか対談の記事だとか、そんなものが多いわけですね。こういうものが公文書なのかということを考えると、どう考えても意図的にある歴史観への誘導をするための工作としか思えないんですね。》

 《それで、公開、非公開の基準があるかということを聞くと、その辺がはっきりしていないんですね。(中略)日本文のものなんかはほとんど非公開なんですね。もちろん、個人の秘密の大小等、そういう基準があるのはわかっておりますけれども、個人の名誉回復に直結するような、A級個人被告の弁護準備資料、こんなものまで非公開になっているんです。》

 これに対し、内閣府の林芳正副大臣が答弁で運用改善を約束し、今回の公開決定につながったというわけです。戸井田氏は、さらに11月21日には林副大臣あてに「国立公文書館所蔵資料公開の件」という手紙を手渡しています。手紙には、こう記されていました。

 《頂きました資料等精査致しましたところ、今後も極東国際軍事裁判関係資料公開検討が国立公文書館の一部役職達が作成した「利用基準」によって決定されることになり、その「利用基準」によって国家の歴史がコントロールされる状況に変更はありません。

今後、始まる日中歴史検証において、同裁判の根本資料が、同館職員のイデオロギーを通してしか検証できないことに変わりないのです。

個人情報などの理由は「A級」「B、C級」も同条件で、「A級」は公開してもよりいい加減な裁判が実行された「B、C級」の、まして弁護側関係資料は、死者の名誉回復に直結するものを隠す理由はありません。もし理由があるとするならば、同裁判検察が望んでいることに他なりません。今の内閣で封印を解くことが出来なければ、永遠に不可能かもしれません。》

こうした戸井田氏の熱心な働きかけを受けて、内閣府は国立公文書館の公文書等の利用制限を決める有識者会議(5人)について、新たに「内閣総理大臣が人選に関与する」という条項を加えました。戸井田氏と林氏に対し、「GJ!」と言いたいですね。

 戸井田氏はこれまでの公開・非公開の決め方について、図書館や公文書館といった組織に少なくない「サヨク」の人たちが、自分たちに都合の悪い内容を国民に知らせないようにしてきたのではないかと懸念していました…。

まあ、あまり世間の関心を集めるような話ではないかもしれませんが、今回の戸井田氏の動きがすぐ実を結んだのも、安倍政権だからこそだと思います。安倍首相には、今年はますます頑張ってもらい、大きな足跡を刻んでいただきたいと思います。

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/96452



絶版書籍、ネット閲覧可能に・政府が著作権法改正へ

 政府は絶版になった出版物をインターネットで閲覧できるようにするため著作権法を改正する方針を固めた。国立国会図書館などの公的機関が専門書を非営利目的で公開する事例などを想定している。著作権者に一定の補償金を支払えば許諾がなくても文書をネットに保存・公開できる仕組みを検討する。入手困難な出版物を利用しやすくし、研究活動の促進などにつなげる狙いだ。
 政府の知的財産戦略本部(本部長・安倍晋三首相)が今夏に策定する「知的財産推進計画2007」にこうした方針を盛り込む。知財本部は2008年の通常国会での著作権法改正案の提出をめざし、文部科学省などとの調整に入る。(16:01)

NIKKEI NET:政治 ニュース
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070105AT3S0300305012007.html
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by thinkpod | 2006-12-31 22:56


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