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2006年 12月 28日

「 悪夢のような中国進出の実例 」

『週刊新潮』 '06年12月21日号
日本ルネッサンス 第244回

安倍晋三首相の訪中を機に、日本の技術、経営手法、資本を求める中国側の働きかけが熱を帯びている。

そこで、中国進出を熱心に説かれ、約5年間を彼の国で頑張ったある東北の企業の実例を見てみたい。

「旭エンジニアリング株式会社」は資本金2,500万円、社員75名の農機具メーカーだった。現在は自動車生産用のロボットを中心とする精密機械製造に重点を移しているが、当時は農機具が主力である。

オーナー社長の藤沼弘文氏は、これまでの30年余にわたる会社経営のなかで、会社側の都合で社員をクビにしたことは一度もないという。

「社の業績が悪いときには、たとえば20万円の給料を19万円にして皆で我慢して切り抜ける。会社が盛り返せば、また、給料を上げることも出来る」と氏は語る。

こうした考えを守ってきた旭エンジニアリングには、その社風故に、親に続いて就職してくる二世もいる。

日本的な配慮を尽くす藤沼氏だが、押しよせる国際競争の波に直面して、90年代はじめ、賃金の安い海外に生産拠点を作ろうと思い始めた。

「バブル崩壊前の90年代のはじめ頃から、海外の拠点探しを始めたんです。日本だけで生産していては、コストが高くて競争力がない。そこでまず、チェコに行きました。農機具をはじめ、機械分野ではドイツメーカーの下請け企業が多くあったからです」と藤沼氏。

しかし、当時のチェコは実質的にはまだ共産圏だ。輸出入に規制がありすぎた。イタリアにもドイツにもアジア諸国にも行った。そのとき、大手総合商社、丸紅の担当者が中国進出を誘ったのだ。氏は歴史問題などについての中国のやり方を好ましく思わず、乗り気ではなかったが一応説明に耳を傾けた。中国なら大体何でも出来る、丸紅も助言出来る、通訳を含めて現地での便宜をはかってくれる人物も紹介すると説得され、氏は96年、中国進出を決めた。


反故にされる契約

紹介された通訳は韓国生まれの中国人だった。氏は通訳を連れて幾つかの候補地を視察し、中山威力集団工業公司に行きついた。中山は香港から珠海を経由して、さらに車で5時間ほど走る経済開放区である。そこには釣具のオリムピック社なども進出していた。藤沼氏はその一区画を紹介された。

「建物はありましたがガランドウ。そこに日本から持ち込んだ機械を据えて農機具を作るのですが、農家の庭先で作業するような感じでした。ただ、人間だけはもの凄く押し寄せてくる。日本なら一人分の作業に大袈裟でなく10人も20人も来る」

幾つもの宴会を経て、96年暮れに契約が成立、最も簡単な田を掘る機械を作らせた。社員4人を派遣し指導に当たらせたが、なんと、中国人社員は650人にのぼった。

ようやく3年目に生産開始となったとき、氏は心底驚いた。値段が当初予定より数倍も高かったのだ。

「田の土掘り機を、私は手始めに1,000台発注したのです。彼らは当初、1台3万円で作ると言っていたのが、少なくとも3倍だというのです。中国側に部品製造の機械の図面を渡し、金型を貸与し、社員を送り込んで指導してきたことへの支払いは一切なし。おまけにそんな高値です。これでは日本で造る方がいい。私が怒っても、通訳は伝えてくれない。通訳は雇い主の私の側ではなく、中国側に立っていたのです」

こんなこともあった。

「目標の農機具を作るのに、中国ではどうしても作れない部品がありました。1台につきその部品4個が必要で、私は日本から4,000個、送りました。ところがそれが紛失した。納期に間に合わない。仕方なく、至急、同じものをもう一度送ると連絡したら、中山威力集団工業公司の担当者らは、2週間待ってくれ、同じものを中国で調達すると言う。冗談じゃない。これはわが社の技術の粋を集めた部品です。逆立ちしても中国にはないんだと言っても、彼らは大丈夫だと言い張るのです」

2週間して出てきたのは旭エンジニアリングが送った部品だった。腹に据えかねた藤沼社長は公安当局に訴えると言った。すると通訳が、怒ってはならない、日本は日中戦争でひどいことをしたじゃないかと窘めた。氏は冒頭で紹介したように極めて日本的な人情に厚い人物で、日本の歴史にも詳しい。そこで日中戦争は日本ばかりが悪かったわけではないと猛烈に主張した。南京大虐殺も中国が戦後になって言い出したと、具体論を展開した。中国側は藤沼氏の勢いに押されて、当局への訴えはなしにしてくれと申し入れてきた。


欠陥製品は“日本の陰謀”

スッタモンダの末に、農機具が出来上がり、第一陣が日本で販売されると、途端に苦情が殺到した。再び信じ難い事態がおきていた。

農機具のネジはトルクレンチという工具を使い、適正な圧力で締める。圧力が不足しても強すぎても問題が発生する。ところが中国人は圧力を加減せず、力一杯締めてネジを切っていた。それを隠すために、新聞紙を巻いてハンマーで叩き、塗料を塗ってごまかしていた。これは目視検査ではわからない。

こんな欠陥製品が市場に出たのだ。ユーザーは入れた燃料が漏るのに気がついた。苦情を受けて分解すると、ネジ山がつぶれ、折れていた。説明を求めると、中国側は言った。

「我々はそんなことは絶対していない。日本人の仕業に違いない」と。

藤沼氏は呆れはて、ネジの欠損を埋めるのに使用された新聞紙を広げて写真に撮って、突きつけた。

「中国語の新聞じゃないか。これでもシラを切るのか」と。

それでも、彼らは言い張った。「日本人の陰謀だ」と。

この一件で、藤沼氏の心は最終的に決まったという。持ちだした費用はすでに3億円を超えていた。中堅企業には痛手である。しかし、「もういい」と氏は考えた。そして機械類の撤収の準備を始めると中国側が待ったをかけ、通訳も言った。

「この機械は置いていってやれ」

中国側は機械の代金を支払うわけでもない。藤沼氏は断った。すると、当局が機械の「輸出許可を出さない」と言い始めた。

「わが社が中国側に貸与する契約で持ち込んだのに、日本に持ち帰ろうとすると、彼らは許さないと言い始めた。大切な機械や技術、金型をみすみす盗まれてなるものですか。私は社員と一緒に、主要な部品や金型の全てを破壊しました」

藤沼氏は中国人労働者のなかの優秀な人材を6名ほど日本に呼び、勉強させ、技術を伝授した。中国に戻った彼らは、しかし、全員が他企業に高い給与を求めて移っていった。

中国から最終的な引き揚げが完了したのは2000年のことだ。足かけ5年、氏が体験した中国の本質は、今も変わっていない。
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2006/12/post_494.html





The Globe Now: 暴走する「世界の工場」中国

「世界の工場」は政策的に作られたコスト競争力を
武器に、世界中の中小企業をなぎ倒していく。

■1.プラートの苦難■

 プラートはイタリア北部の人口18万人ほどの町である。
700年以上もヨーロッパの織物業の中心地として栄え、アル
マーニ、プラダ、グッチなど高級ブランド企業がここで買いつ
けを行ってきた。

 中央広場のごつごつとした石畳、壮麗な大聖堂、赤茶色の屋
根の続く街並み、遠くの低い緑の丘、、、いかにもイタリアの
古都らしい情景である。

 しかし、西の町外れだけが別世界となっている。窓に漢字が
書かれた美容院、漢方薬の店、ネオン輝く娯楽クラブなど、ま
るで中国の街並だ。プラートの人口18万人のうち、いまや中
国人が2万人を占めている。

 彼らは初めは外人労働力として、プラートの伝統企業に雇わ
れていたのだが、技術を習得すると独立していった。プラート
の商工会議所に登録された中国人経営の企業は1992年の212社か
ら、2003年には1753社へと急増した。

 これらの会社は中国本国に大規模な製造工場を造り、低賃金
労働力を武器として、高級ブランド企業の注文を奪い始めた。
デザインだけプラートで行い、製造そのものは中国で行う。そ
の完成品に高級ブランドのラベルを縫いつける仕事だけがプラ
ートで行われる。

 そのコスト競争力に押されて、2000年に6千社もあった伝統的
なイタリア人経営の中小企業は、2005年には3千社を切ってい
た。700年の織物工業の歴史が、いまや断絶の危機に瀕して
いる。市当局には打つ手が見つからないようだ。

■2.黄の冒険■

 プラートに住む中国人の多くは、不法入国でやってきた。そ
のうちの一人、黄の冒険譚は次のようなものだ。

 黄の父親は福建省でスッポンを養殖し、日本に輸出して稼い
でいた。しかし、日本のバブル崩壊で需要が減ると、スッポン
の価格が暴落し、養殖事業は躓(つまず)いた。父親は不法な
地下銀行から金を借りていたが、支払い不能に陥ると、刑務所
を兼ねている市庁舎の地下に監禁された。不法な地下銀行は、
地方政府が経営していたのである。

 黄に残された手段は、妻と息子をおいて、海外に出稼ぎに出
ることだった。地下銀行と交渉して、金を借り増し、犯罪組織
「蛇頭」にヨーロッパへの密入国を依頼した。地下銀行は返済
ができなければ、黄の親戚一同の財産を差し押さえるという条
件で金を貸してくれた。

「蛇頭」は黄に出国印の押された偽造パスポートを渡し、北京
からロシアに向かう貨物列車に潜り込ませた。モスクワの手前
で、列車から飛び降り、迎えに来た白いバンに乗せられた。そ
こから車や貨物船を乗り継いで、なんとかイタリアに上陸でき
た。そしてミラノを振り出しに、掃除や食器洗い、荷物運びな
どの単純作業を続けながら、4年間、ボローニャ、ローマを転
々とし、プラートまでやってきたのだった。

 プラートでの中国人労働者の典型的な賃金は、1日10数時
間働いて月600ユーロ(約9万円)。生活を切り詰めてなん
とか黄は父親の負債の返済を始め、父親はようやく解放された。
4年で返済を終えたが、黄はまだ妻と子供の元には帰れない。
15歳の息子の教育費を払うためだ。

■3.プラートの栄華と没落■

 黄のような不法入国者がプラートにやってきたのは、1980年
代の半ばからだった。プラートの子供たちはまるで宇宙人でも
見るかのように、中国人を眺めた。当時は人数も少なく、すぐ
に町の織物工場で雇われた。

 90年代の前半には中国人労働者は1万人に増えた。床の掃
除や、ラベルの縫いつけ、織物の裁断など、低賃金にも関わら
ず、長時間を不満も言わずに働いた。その中から熟練工も育っ
ていった。さらに一部の中国人たちは母国から安い糸や布を仕
入れて、プラートのイタリア企業に供給するビジネスも始めた。

 安価な中国人労働力と中国産原料を使うことで、プラートの
企業のコストは下がり、大いに潤った。地方政府は喜んで、移
民サービスセンターを設置し、不法でも構わずイタリアに渡っ
てきた中国人の世話をした。

 しかし、そんな蜜月時代は長く続かなかった。中国人工員た
ちは何年か勤めて技術を得ると、会社を辞めて独立する。ぼろ
を着た出稼ぎ労働者が、いかにして工場を辞めた翌週に元ボス
の競争相手となったか、という記事が地元紙の商業面を賑わせ
た。

 まだ20代の女性起業家・王一華もその一人だ。王も蛇頭の
手引きで19歳にしてイタリアに不法入国した。いまでは中国
人の工員とイタリア人のデザイナーを雇う「グレート・ファッ
ション」という企業の代表におさまった。フォルクスワーゲン
に乗り、高級なサングラスをかけ、流暢なイタリア語を話す女
性起業家である。

■4.同じ苦難はコモ、ビエッラ、モンテベルーナにも■

 プラートを襲った苦難は、イタリアの伝統的産業に支えられ
てきた都市に共通の運命である。

 北部の美しい湖畔の町コモは、古代ローマ時代から絹織物の
中心地だった。20年ほど前に中国の絹産業が復活すると、中
国産の絹糸のほうが、コモのものよりも安くて、品質も大差な
いことが明らかになった。さらに、安い労働力目当てに紡績と
製織の作業が中国に外注されるようになった。

 そのうちに浙江省の企業が、コモで使われているコンピュー
タ制御の織機を導入した。これを昼夜動かすことで、この企業
は数年のうちにコモの伝統的企業を次々と廃業に追い込みだし
た。7年でこの地域でのコンピュータ制御の織機の数は670
台にまで急増し、世界の絹ネクタイのほぼ半分を生産するよう
になった。

 今やコモの伝統的企業に残された競争力はデザインだけだ。
しかし、それも風前の灯火である。浙江省のネクタイメーカー
の最大手「巴貝(パペイ)」は、輸出した絹物の支払いが困難
になったイタリア企業から、代金と相殺にデザイン工房を譲り
受けた。膨大なデザイン見本帳とイタリア人デザイナーを手に
入れて、優れたイタリアン・デザインのネクタイを年間2千万
本もの生産能力で世界に供給できるようになった。

 フランスとの国境に近い毛織物の町ビエッラでも、中国企業
の攻勢で、13世紀から川沿いに並んでいた工場が次々と閉鎖
に追い込まれている。北東部の町モンテベルーナは登山靴生産
のメッカだったが、安価な外国製品との対抗上、各企業はこぞっ
て生産をルーマニアの工業団地にシフトした。

■5.イリノイ州ロックフォードの苦難■

 中国企業の攻勢に喘いでいるのは、イタリアの繊維産業など
軽工業分野だけではない。アメリカの機械工業も同様である。

 イリノイ州ロックフォードは見渡す限りの農地に囲まれた典
型的な中西部の町である。ここは19世紀末にインガソルとい
う企業が工作機械の製作工場を設立して以来、アメリカの工作
機械産業の中心地として発展してきた。

 20世紀の幕開けと共に自動車産業が勃興すると、インガソ
ルの工作機はたちまち評判となった。ヘンリー・フォードの大
衆車「T型モデル」の製造にも一役買った。その後も航空機や
戦闘機、原子炉の部品の開発にも参画して、専門技術を蓄積し
ていった。

 こうした中西部の工作機メーカーは、戦争や景気後退、日本
・韓国メーカーの台頭も乗り切ってきた。しかし、中国企業の
攻勢にとどめをさされつつある。ある統計では、オハイオ州な
ど10州の金属加工業者のうち、2003年5月から翌年9月にか
けて180件の倒産や廃業があった。3日に1件の割合である。
中国の競争相手が前ぶれもなく、3分の1か、それ以下の値段
で売り込みをかけてきたらしい。

■6.ハイエナのような手口■

 こうした倒産や廃業に伴って工場設備が競売にかけられるが、
そうした場にも中国企業が姿を現した。機械設備、設計図、操
作ノウハウを手に入れるためである。自動車などの近代工業や、
軍需産業を興すには、工作機械が重要な役割を果たすので、中
国政府は積極的に先進技術を買いあさるよう国有企業に促して
いる。

 インガソル社も2003年に倒産し、最初に売りに出された自動
車用の工作機械部門は、中国の巨大な国有企業「大連工作機械」
が買収した。数十年かけて蓄積された自動車製造技術の設計図
や工業規格の書類の山が、ただちに中国本社に送られた。

 大連工作機械は次にインガソルの切削機部門も買収しようと
したが、こちらは米政府に阻止された。この部門は米軍からの
注文で、ロケットの燃料タンクの性能を高める技術を開発した
り、B−2ステルス爆撃機がレーダーに映らないようにする素
材を塗る機械を開発していたからだ。

 低価格攻勢でアメリカの工作機メーカーを倒産に追い込み、
競売にかけられた設備や設計図などを買収して技術を手に入れ
る。まさにハイエナのような手口である。

■7.分断されるアメリカ社会■

 ロックフォードにある「ダイアル・マシン」社は、ここ数年
で従業員70人のうち30人の解雇を余儀なくされていた。同
社のエリック・アンダーバーグはこう語る。

 わが社でずっと働いてきた人たち、家族もよく知ってい
る人たちに、もう仕事はないと告げるのはたまらない気分
です。もはやロックフォードには時給16ドル、17ドル
を稼ぐ熟練工に働き口がないことは誰でもが知っています。

 解雇された熟練工たちの行き場は、ウォールマートなどの安
売り店だ。時給7ドルで年金もない。

 アメリカの国勢調査局によると、アメリカでは所得の中流層
が少なくなっている。2003年に収入2万5千ドル(約290万
円)から7万5千ドル(約870万円)の就労者は減少したが、
それ以下とそれ以上の人は増加した。

 時給16ドルを稼ぐ熟練工が、時給7ドルで年金もない就労
者になる。7万5千ドル(約870万円)以上もの収入がある
階層とは、ウォールマートのように安価な中国製品を大量に販
売して儲ける大規模チェーン店や、中国に生産を外注してコス
トを下げる大手メーカーの経営者、管理者だろう。

 中国企業の攻勢によって、アメリカの中小企業と中産階級は
直撃され、大企業での低賃金労働者と高給取りのスタッフとに
分断されつつある。

■8.不公正なコスト競争力■

 こうして、世界各地で中国企業は猛威を振るっているが、そ
のコスト競争力は中国政府が政策的に作り出したものだ。この
点を『ファイナンシャル・タイムズ』の元北京支局長ジェーム
ズ・キングは、次のように指摘する。

 中国は、対ドルの通貨価値を割安に固定して、輸出の大
きな競争力としていた。労働者にはほとんど、またはいっ
さい福利厚生を与えないから、原価が人為的に低く抑えら
れている。独立した組合はなく、中国の工場で見てきた安
全基準は、アメリカなら違法ものだった。

 国有銀行は国有企業に低利で融資しているが、あっさり
債務不履行になることもある。中央は輸出業者に対して、
アメリカにはない気前のいい付加価値税の払い戻しを行っ
ている。排ガス規制は手ぬるく、環境保護のための企業負
担は、そのぶん小さい。企業は外国の知的所有権を当然の
ように侵害しているが、法廷が腐敗しているのか中央の支
配下にあるからなのか、起訴はされにくい。最後に、国が
電気や水など、さまざまな資源の価格を人為的に抑えるこ
とで、工業を助成している。[1,p130]

 こうして政策的に作られた不公正なコスト競争力を武器とし
て、中国企業はプラートやロックフォードの中小企業をなぎ倒
してきたのである。

■9.暴走する「世界の工場」■

 1970年代から80年代にかけて日本の工業製品の輸出がアメリ
カの製造業を脅かしたた時も「日本はアンフェアだ」と非難の
声が上がった。現在の中国の製造業がそれを再演しているよう
に見える。

 確かに当初の日本の輸出攻勢は、低賃金・長時間労働、安い
円、政府の保護政策に支えられたものだった。しかし、その後
の日本企業は大きな変貌を遂げた。

 円は変動相場制に移行し、1ドル360円から百数十円程度
へと3倍も上昇した。人件費も高騰し、福利厚生も行き届いて
いる。企業への課税水準も環境規制も世界トップレベルである。
知的所有権に関しても、日本はソニーやパナソニック、シャ
ープ、トヨタやホンダなど、独自の製品で自前のブランドを築
き、そのために膨大な研究開発投資を行ってきた。

 こうした努力で、今日では日本が不公正な競争をしかけてい
る、などと非難する者はいなくなった。しかし、中国の場合は
日本と同じコースを辿ることは難しいだろう。中国共産党が独
裁政権を握っていられるのも、経済成長を続けているからであ
り、そのためには現在の低コスト路線を自転車操業で走り続け
るしかない。

「世界の工場」は、世界中の資源を吸い込み、煤煙と廃液を吐
き出しながら、安価な(時には有害な)工業製品を洪水のよう
に送り出し、世界中の中小企業をなぎ倒しつつある。そんな
「世界の工場」の暴走を世界はいつまで許すだろうか。
(文責:伊勢雅臣)


a. JOG(505) 断裂する中国社会
 1億円の超高級車を乗り回す「新富人」と年収100ドル以
下の貧農9千万人と。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog505.html
b. JOG(224) 「油上の楼閣」中国経済
 経済発展する壮大な楼閣は、一触即発の油の海に浮かんでい
る。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog224.html


1. ジェームズ・キング『中国が世界をメチャクチャにする』★★★、
草思社、H18
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794215274/japanontheg01-22%22

暴走する「世界の工場」中国
http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/109121404.html

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by thinkpod | 2006-12-28 02:13


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