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2006年 11月 27日

「日本人は確かに児童問題を解決している」 と、明治初期に来日したモースは言った。

■1.「日本人は確かに児童問題を解決している」■

 最近、親の子殺しや、いじめによる子どもの自殺といった痛
ましいニュースが相次いで報道されているが、我々の先人は子
育てをもっとうまくやっていたようだ。

 明治初期の東京大学で生物学を講じたエドワード・S・モー
スは『日本その日その日』に、当時の日本の親子の姿をこう描
いている。

 世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子
供の為に深い注意が払われる国はない。ニコニコしている
所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらし
い。彼等は朝早く学校へ行くか、家庭にいて両親を、その
家の家庭内の仕事で手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、
店番をしたりする。彼等は満足して幸福そうに働き、私は
今迄に、すねている子や、身体的の刑罰は見たことがない。
・・・

 小さな子供を一人家へ置いていくようなことは決してな
い。彼等は母親か、より大きな子供の背中にくくりつけら
れて、とても愉快に乗り廻し、新鮮な空気を吸い、そして
行われつつあるもののすべてを見物する。日本人は確かに
児童問題を解決している。また、日本人の母親程、辛抱強
く、愛情に富み、子供につくす母親はいない。だが、日本
に関する本は皆、この事を、くりかえして書いているから、
これは陳腐である。[a,1,p103]

 それが、どうして現代日本のような有様になってしまったの
か。旭川市で40年も小児科医として多くの子供や親と接して
きた田下昌明氏は近著『真っ当な日本人の育て方』で、戦後ア
メリカから輸入されたジョン・デューイの教育思想やスポック
博士の育児論が、現代日本の子育てを崩壊させてしまった事を、
最新の母子関係の理論から説き明かしている。

 そして、最新の育児理論の説くところは、日本の伝統的な子
育てのあり方と驚くほど似通っているのである。

■2.反体制的な『スポック博士の育児書』■

『スポック博士の育児書』の日本語版が出たのは、昭和41
(1966)年だった。全国の大学で学園紛争が広がる3年前であっ
た。この本は『育児書』と銘打ちながら、反戦・平和、フェミ
ニズムの擁護、資本主義への懐疑など政治的主張が書かれてお
り、当時の反体制的雰囲気にアピールしたのである。

 スポック博士の育児論は、ジョン・デューイの教育思想を具
体化したものだが、デューイ自身がスターリン独裁化のソ連を
旅して、浮浪児たちが収容学校で共産主義を叩き込まれる姿に
感銘を受けるような人物だから、その思想的素性は推して知る
べしなのである。[b]

『スポック博士の育児書』では、たとえば、次のような主張が
展開されている。

・育児にばかり集中はできない。・・・こどもも人間なら、
親だって人間なのです。

・常識のある父親(あるいは母親)なら、自分を犠牲にし
てまで、こどもにつき合おうとは、おもわないはず。

・3ヶ月になったら、・・・たとえば寝る時間がきたら、
やさしく、しかしはっきりと、もう寝なければいけない。
そして、お母さんはそばにいられない、ということをわ
からせ、すこしぐらい泣いていても、放っておきます。

・2才ぐらいになると、ひとりでベッドから出てきて、親
のベッドへきたがる子です。こんなときは、・・・運動
具店からバドミントンのネットを買っていらっしゃい。
・・・こどもを(ベッドに)入れたらネットをかぶせて、
こどもの手のとどかないベッドの下で、数カ所を、これ
もテープか紐でスプリングにしっかり結びつけられるよ
うにしておきます。

 伝統的な育児法を権威主義的で親を縛るものとして否定して
おいて、結局、「親が楽をしようと思ったとおりやってもいい
んだ。子供は自然に育つ」と説いたのである。

■3.「母子は乳房と食物によって結ばれている」?■

 スポック博士の育児論は、心理学者のシアーズらが主張した
「依存理論」に依っていた。この理論は、母親が子どもにミル
クや食べ物を与える事で、母子の絆が成り立つという、いかに
も唯物的な見方である。

 しかし、この依存理論は間違っていることを決定的に実証す
る実験が行われた。そこでは、生まれたばかりの子猿に、二つ
の人工的な「母親」を与えた。二つとも金網を筒状にしたもの
だが、一方は金網を露出したままで、ミルク瓶がつけられ、
もう一方はミルク瓶はなしで、柔らかいタオル地で覆われた。

「母子は食物を与えることで結ばれる」という依存理論が正し
いなら、子猿はミルク瓶のないタオル地の母親など見向きもし
ないはずだ。しかし、実験に用いた8匹の子猿全部が、タオル
地の母親に一日平均15時間以上も接触し、ミルクをくれる金
網の母親に一日1時間12分以上接触した子猿は一匹もいなかっ
た。この実験から、子が母親に愛着を示すのは、食べ物ではな
く、快適な接触であることが明らかになった。

■4.刷り込み現象■

 依存理論に替わって発展したのは、ジョン・ボウルビィの
「愛着理論」である。この理論は「比較行動学の父」と呼ばれ
るノーベル賞受賞者・コンラート・ローレンツが確立した「刷
り込み(インプリンティング)」理論に基づいている。

「刷り込み」の判りやすい例は、鳥が卵からかえった直後に、
自分のそばで音のするものを親だと思いこんでしまうという現
象である。ローレンツはガンのヒナが目の前でかえった時、うっ
かり声をかけたばっかりに、親だと思われてしまい、ヒナを育
てなければならないという大変な目にあった。

 この刷り込みは、昆虫、魚、哺乳動物一般にも広く見られる
現象で、人間の赤ちゃんにも存在する事が明らかになってきた。

 人間の赤ちゃんの場合は、動物ほど単純でも、短期間でもな
い。生後6ヶ月ぐらいまでの間に、母親に抱きつき、その乳首
を吸い、また母親とじっと見つめ合い、微笑み合ったり、母親
が話しかけたりする過程で、「この人が自分のお母さんだ」と
確認する。

 この過程でよく抱かれて、母親との一体感をしっかり育てた
赤ちゃんほど、笑ったり、「あー、うー」と話し始める時期が
早い。愛と言葉という人間性の特質は、母子の一体感の中から
育っていくのである。

 何の事はない。昔から日本で行われていた「抱き癖」をしっ
かりつける事が、赤ちゃんを健全に育てる早道なのであった。

■5.母親は赤ちゃんの「安全基地」■

 生後半年ほどして、刷り込みが完了すると、赤ちゃんは時々、
母親の膝を離れて、つかまり立ちに「挑戦」してみたり、ハイ
ハイしながら隣の部屋に行ってみようと「冒険」を始める。挑
戦や冒険をしばらく行うと、いったん母親の膝もとに戻って、
一安心をした後、次の挑戦と冒険を始める。

 こうした行動から、バージニア大学教授で児童心理学者のメ
アリー・エインズワースは、「母親は子どもに『安全の基地』
を提供する」という概念を確立した。母親という「安全の基地」
があるからこそ、赤ちゃんは安心して冒険と挑戦ができるので
ある。

 赤ちゃんが育つにしたがって、「安全の基地」を離れて、冒
険と挑戦を行う時間はしだいに伸びていく。3歳くらいになる
と、半日から一日母親から離れていることもできるようになる。

 この冒険と挑戦によって、赤ちゃんは精神的に成長していく。

■6.母親から引き離された子供は見捨てられたと感じる■

 心理学者のJ・ピアスは、赤ちゃんが母親から遠ざけられて
「安全の基地」を得られなかった場合の心理を次のように記述
している。

 子どもにとって、母親との「きずな」は、成長において
不可欠な条件である。しかし、不幸にも母親と子供が引き
離されると、深刻な問題が生ずる。まず、そのような子供
は、見捨てられたと感じ、絶望的な孤独感にさいなまれ、
この世界を危険で非情な場所として体験する。子供の最初
の世界体験は否定的なものになる。

 そして、そのような子供は母親の代理となるものを捜し
求めることに全エネルギーを注ぎ込む。最初はベビー毛布
が母親代わりとなり、それ以降も物質的な満足に執着する
ようになる。しかし、いずれにせよ、それらが完全に母親
代わりになることはないので、欲求不満は残り、さらに悪
いことに、母親を求めることのみにエネルギーが費やされ
るので、成長の妨げになる。[2,p107]

 このように不幸な環境で育ったこどもの性格と行動形態を、
ボウルビィは次のようにまとめている。

・浅い人間関係
・生活感情の不足(人間関係において無能)

・気むずかしさ(協力者に不快感を与える)
・正常な事態に対する情緒的反応の不足(物事に対する無
関心)

・うそ、および弁解(無意味なことが多い)
・盗癖
・学校における、注意力の不足

 ひきこもり、非行、いじめなど、現代日本の青少年問題の多
くは、ここから生じているようだ。

■7.「おんぶ」の効用■

 これらの最新の育児理論から見れば、冒頭のモースが描いた
明治初期の親子関係は、いかにも理に適っている。たとえば
「彼等は母親か、より大きな子供の背中にくくりつけられて」
と日本人の「おんぶ」を珍しそうに記述しているが、おんぶは
いかにも、合理的な子守の手段である。

 母親が家事をしながらでも、赤ちゃんは母の体のぬくもりや、
声の響きを直接感じとることができる。同時に、赤ちゃんは常
に母親と同じ方向を向いているので、母が今、何をしているの
かが分かる。「安全の基地」に密着しながら、いろいろな見聞
ができるのである。

 田下氏は、その他にもおんぶの優れた点を列挙している。
[2,p180]

・赤ちゃんの体温や汗ばんだ状態を母親は背中に感じるの
で、赤ちゃんの健康状態が分かる。

・母親が両手を使えるので、転んだ時でも安全である。
(田下氏は、前抱きの母親が転倒して、赤ちゃんが頭蓋
骨を骨折した例を経験している)。

 おんぶは赤ちゃんをがに股にする、という批判があるが、寝
ている赤ちゃんを見れば、常に股を開いている。これが赤ちゃ
んにとって自然な姿勢なのであり、赤ちゃんはその楽な姿で母
親に密着し、安心できるのである。

■8.「母親は家族の中で一番先に起きる人」■

 モースは「日本人の母親程、辛抱強く、愛情に富み、子供に
つくす母親はいない」と語っているが、その象徴的な例が、朝
早く起きて、家族のために朝ご飯を作る母親の姿である。子供
の頃、母親が台所で朝ご飯を作る音で目が覚めた、という懐か
しい思い出を持っている人も多いだろう。田下氏は、こう言う。

 母親というものは、その家庭で「一番先に起きる人」で
なくてはならないのです。しかもその上、いかに家の中が
暖かくても、外から見えなくても、朝食の用意やお掃除を
する時には、ねまきや、パジャマや、ネグリジェのままで
やるのはいけません。

「お母さんはボクが何時に起きても、いつもきちんと身支
度をしている」、このことが子供にとってどれほど頼もし
い母親として映るか、また「毎朝本当に大変だろうな。ご
苦労様」と思う気持ち、それは計り知れない良い結果を子
供にもたらすのです。このことだけでも子供は母親を尊敬
し、言うことを聞く気になります。[2,p139]

 スポック博士が「常識のある父親(あるいは母親)なら、自
分を犠牲にしてまで、こどもにつき合おうとは、おもわないは
ず」と言ったのとは、正反対の姿が日本の伝統的な母親像であっ
た。

■9.母親への感謝と尊敬の念■

 モースの言うように我々の先祖は「確かに児童問題を解決し
て」いたのである。それは、最新の育児理論から見ても、理に
適ったものであった。その先人の知恵を見失って、スポック博
士のような浅知恵に目を奪われた所から、現代日本の青少年問
題が始まった。だから、それを解決するには、まずは先人の持っ
ていた知恵に立ち返る所から始めれば良い。

 たとえば、3歳以下の乳幼児の保育園を作る事は、母子を分
離して、「見捨てられた」と感ずる子供を量産することである。
そんな金があるなら、その分を乳幼児の母親が家庭で育児に専
念できるよう、育児手当の充実に使った方が良い。専業主婦な
らぬ、「専業母親」への支援策である。また、職業を持つ女性
でも、出産後3年間は家庭で育児に専念した後、もとの職場に
戻れるような制度づくりも有益だろう。

 こうした経済的な支援策と共に、何よりも必要なのは、自ら
を犠牲にしても子供のために尽くす母親の尊さを国家社会全体
で再認識することだろう。田下氏は言う。

 妊娠・出産・育児という一連の仕事は、その国(民族)
の将来の根幹を育成することです。ですから、本来ならば
それを実践している女性は社会から称賛され、感謝と尊敬
の念で見守られなければなりません。[2,p5]

 日本の子育て再建は、ここから始めるべきではないか。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(452) 幸福なる共同体を創る知恵
 幕末から明治初期に来日した欧米人たちが見た日本人の幸せ
な生活。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog452.html
b. JOG(442) 「科学から空想へ」 〜 現代日本の教育思想の源流
 「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など の教育思想
の源泉にある「空想」。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog442.html


1. 齋藤孝『ハイライトで読む美しい日本人』★★★、文藝春秋、
H17
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2. 田下昌明『真っ当な日本人の育て方』★★★、新潮選書、
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106035669/japanontheg01-22%22

http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/107964036.html
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by thinkpod | 2006-11-27 05:04 | 社会


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