2006年 11月 04日

世界がさばく東京裁判

85人の外国人有識者が語る連合国批判

佐藤和男/監修
青山学院大学名誉教授・法学博士
多くの人が、あたかも厳正な司法裁判であるかのごとく錯覚している東京裁判は、実際には実定国際法に違反した軍事行動に過ぎず、本質的に連合国の政治的措置であった。
東京裁判なるものが、いかに国際法上の根拠を欠いた不法なもので、戦勝国の偽善的かつ恣意的な政治的措置であったのか、世界の識者による批判を紹介。


主な内容>>
○ ベルト・レーリンク判事(蘭)の東京裁判への総括的批判
○ 「いかさまな法手続だ」(ジョージ・ケナン米国務省政策企画部長)
○ ウィリアム・ローガン東京裁判弁護人(米)の「アメリカの戦争責任」論
○ 「山下裁判」を批判したエドウィン・O・ライシャワー元米駐日大使
○ 管轄権なき「見せ物」裁判に反対したウィリアム・ウェッブ東京裁判裁判長(濠)
○ 「インド政府はパール判決を支持する」(P・N・チョップラ インド教育省次官)
○ 「東京裁判は国際法を退歩させた」(ロバート・ハンキー元英内閣官房長官)
○ 講和会議で東京裁判を批判したラファエル・デ・ラ・コリナ駐米メキシコ大使

目次

第一章 知られざるアメリカ人による<東京裁判>批判
     …なぜ日本だけが戦争責任を追及されるのか
第二章 戦犯裁判はいかに計画されたか
     …国際法違反の占領政策
第三章 追及されなかった「連合国の戦争責任」
     …裁判の名に値しない不公正な法手続
第四章 蹂躙された国際法
     …国際法学者による「極東国際軍事裁判所条例」批判
第五章 <東京裁判>は、平和探求に寄与したか
     …残された禍根と教訓
第六章 戦後政治の原点としての<東京裁判>批判
     …独立国家日本の「もう一つの戦争史」
付録Ⅰ 誤訳としての「侵略」戦争
     …アグレッションの訳語には「侵攻」が適当
付録Ⅱ 日本は東京裁判史観により拘束されない
     …サンフランシスコ平和条約十一条の正しい解釈
http://www.meiseisha.com/katarogu/sekaigasabaku/toukyosaiban.htm


佐藤和男監修『世界がさばく東京裁判』(明成社)
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 サンフランシスコ講和条約第十一条が問題になっている。
 「判決」の訳語が正しく「裁判」は誤訳というが、この原点は佐藤和男教授が書いた『憲法九条、侵略戦争、東京裁判』(原書房、昭和62年)にちゃんと出ている。
 早くから佐藤教授が、あれの訳語は「判決」が正しいと孤軍奮闘して主張し続けてきた。
 この問題を自虐史観に立つ加藤紘一やら、保坂、半藤,秦らがゴチャゴチャ言っているが、「保坂が豪傑だとすれば半藤は狸である」(大沢正道氏、『知的インフラ通信 ガラガラへび』(2006年10月15日号)。

 さて本書は85人の外国人識者が連合国裁判を鋭利に批判した歴史的証言の集大成。
東京裁判を批判していたのはパール判事だけではなかった。「いかさま」と言ったのはジョージ・ケナンだった。ライシャワーは「山下裁判」を批判した。「見せ物」裁判にはウェッブ裁判長さえが批判的だった。
 ロード・ハンキー元英国内閣官房長官は、「東京裁判は国際法を退歩させてしまった」と嘆じた。
 これらの原文をあらためて照合された佐藤和雄名誉教授は自信にあふれた訴えを続ける。
 「裁判」ではなく「判決」であり、さらに「侵略」というアグレッションの訳語も、正しくは「侵攻」である、とされる。詳しくは本書にあたって頂きたい。
 日本政府は一日も早く、この誤訳を訂正し、さらに国をあげて東京裁判批判を世界に向けて発信せよ。
http://www.melma.com/backnumber_45206_3412718/



「 東京裁判や“A級戦犯”は見せしめとしての日本断罪だ 今そのことを世界に説くとき 」
『週刊ダイヤモンド』    2005年7月23日号
ぜひ読んでほしい一冊がある。10年近く前に出版された『世界がさばく東京裁判』(佐藤和男監修、終戦五十周年国民委員会編、ジュピター出版)である。

佐藤氏は青山学院大学名誉教授で、法学博士である。「終戦五十周年国民委員会」副会長として「戦後、日本社会に巣食ってその骨髄をむしばみ、健全な国民精神を頽廃させてやまない」東京裁判史観の見直しと、東京裁判について世界の専門家の評価をまとめたのが同書である。同書は、国際社会の識者八五人に上る錚々(そうそう)たる人びとの東京裁判批判によって構成される。

ソ連封じ込め政策の立案者で、国際政治の権威、ジョージ・ケナンは1948年に来日し、マッカーサーの占領行政に驚愕し、「一見して、共産主義の乗っ取りのために、日本社会を弱体化するという特別の目的で準備されたとしか思えないものだった」(前掲書62ページ)と書いた。

彼はまた、東京裁判を厳しく批判した。「(東京裁判を成立させる)このような法手続きの基盤になるような法律はどこにもない。(中略)公僕として個人が国家のためにする仕事について国際的な犯罪はない。(中略)戦争の勝ち負けが国家の裁判である」(同62ページ)。

マッカーサーのアドバイザーを務めたウィリアム・シーボルド総司令部外交局長は、「本能的に私は、全体として裁判をやったこと自体が誤りであったと感じた。……当時としては、国際法に照らして犯罪ではなかったような行為のために、勝者が敗者を裁判するというような理論には、私は賛成できなかったのだ」と書いた。

役職上は東京裁判を支持し遂行しなければならない立場の人物でさえ、このように批判したのだ。彼は、同裁判が終わるまで再び法廷には戻らなかったのだ。

そして、このことはつとに知られているが、マッカーサー自身、東京裁判は誤りだったと告白している。それは50年10月15日、ウェーキ島でトルーマン大統領と会見した際の述懐である。また51年5月3日には、米議会上院の軍事外交合同委員会で、日本が戦争に突入した動機は「大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」とも述べている。『世界がさばく東京裁判』に集められた証言の数々は、東京裁判について国際社会、就中(なかんずく)、専門家は、「東京裁判こそ国際法違反である」と断じていることを示している。

ところが、同書の「あとがき」では心痛むことが指摘されている。同書をまとめるために日本の国会図書館などで文献に当たったところ、「意外なほど多くの外国人識者が国際法擁護の立場から東京裁判を批判し、世界的な視野に立って『連合国の戦争責任』を追及している一方、日本人研究者の多くが東京裁判を肯定し、日本の戦争責任だけを追及するという極めて自閉的な姿勢に終始していることを知った」というのだ。日本全体が東京裁判史観に染め上げられているのだ。佐藤氏らは、当初は日本の戦争をすべて侵略戦争として断罪した東京裁判批判によって、日本を精神的につぶした東京裁判史観を払拭したい、戦犯の汚名を着せられた一千余人の名誉回復を図りたいと考えていたという。しかし、東京裁判のあまりの無法ぶりを痛感するにつれ、「東京裁判によって貶(おとし)められた国際法の権威を取り戻すためにも、東京裁判は批判されなければならない」と考えるに至ったそうだ。

中国も韓国も、“A級戦犯”の合祀されている靖国神社に参拝してはならないと言う。私たち日本人は歴史を根幹から見つめ、東京裁判の無法と無効を論点整理し、今はむしろ、世界の法秩序と平和を守るためにこそ、東京裁判や“A級戦犯”が見せしめとしての日本断罪であったことを彼らに説いていかなければならない。

http://blog.yoshiko-sakurai.jp/archives/2005/07/a.html




【正論】上智大学名誉教授・渡部昇一 「パール判決」の意味は今も重い
2007.11.2 03:49
 ■東京裁判の不公正を国際法で切る
 ≪戦犯全被告の無罪主張≫
 安倍晋三首相が退陣し、福田康夫政権がスタートした。私が新政権に希望することの一つは、先の大戦を「侵略戦争」と決め付けた東京裁判史観を排し、インドのパール判事の示した観点によって日本の主張をはっきりと内外にしめしてもらいたいということである。
 安倍前首相が在任中インドを訪問したときに、同判事の息子さんに面会したという報道があった。「時代が変わったな」という印象を受けたのは私一人ではないと思う。パール判事は、日本を裁くために行われた国際極東軍事裁判(いわゆる東京裁判)のインド代表の判事だったが、裁判自体のあり方にも重大な疑問を呈し、判決には「全被告の無罪」を主張した。それは少数意見として、裁判所で読み上げられることなく、出版も自由ではなかったのである。
 しかし現在、国際法の立場からみると、唯一の価値ある意見であると国際法学者たちは言っているそうである。元首相の岸信介−いわゆるA級戦犯容疑者の一人−も、全面的にパール判決支持者であった。彼の孫の安倍前首相が判事の息子を訪ねたことは、安倍氏の歴史観を示すものとして興味深かった。
 パール判決文の意味は今日も大きい。というのは、あの大戦は過去の話ではなく、日本にとって依然として時事問題であるからである。
 ≪原爆投下は大量虐殺と同じ≫
 パール判事は、東京裁判は連合国軍総司令官マッカーサーの命令で行われ、裁判規定もその名で作成されたにしても、国際法に従うべきだとの立場から、検事側の主張を片っ端から破壊してゆく。不戦条約といわれるケロッグ・ブリアン条約についても、ケロッグ(当時のアメリカ国務長官)自身が「自衛戦を禁止するものではない。自衛か否かは各国に決める権利がある。自衛の概念は広範で、経済的脅威に対するものまで含められる」という趣旨のことを議会で述べていたことを指摘し、不戦条約を破ったとして日本を断罪することはできないとした。
 また裁判の対象となる時期も不戦条約締結の時まで広げることを嘲笑(ちょうしょう)的に批判した。つまり東京裁判の眼目である共同謀議など成り立つわけがないことを、田中義一内閣についで浜口雄幸内閣ができ…という政変からも述べた。
 パール判決でさらに重要なのは、正式の国際条約で決着したことを、この裁判に持ち込んではならないとしたことである。満州国は独立し、中国政府と国交を結ぶ条約を締結したことや、ソ連軍と国境をめぐって戦われた張鼓峰事件やノモンハン事件が正式に平和条約で決着していることを指摘した。さらにソ連軍が日本の敗戦直前に満州に侵攻したことは、ソ連の自衛権の発動とはいえない、ともいっている。アメリカが戦争を早く終結させ、人員の損害を少なくするために原爆を使ったという主張に対しては、同じようなことを第一次世界大戦ではウィルヘルム2世が言っていることを示し、ナチスのホロコーストに近いとまで指摘している。
 日本兵の捕虜虐殺については、証言者が法廷に出ないものが大部分であり、同じようなことがアメリカの南北戦争の時、北軍が、敗れた南軍に対して行った捕虜虐待裁判にもあった、という意外な史実も示した(「文芸春秋」9月号で牛村圭氏が詳説)。
 ≪裁判の「内容」を受諾せず≫
 パール判決書を読めば、日本人が東京裁判の「内容」を受諾する必要がないことは明らかである。しかし敗戦国としては、戦勝国の下した「判決」には従わなければならなかった。裁判の「内容」を受諾するか、「判決」を受諾するかは、絶対に混同してはいけない。戸塚ヨットスクール事件で裁判を受けた戸塚宏氏は、監禁致死という裁判「内容」には服しないが、法治国家の人間として「判決」には服した。だから刑期を短縮する機会が与えられても受けなかった。裁判の「内容」を受諾すると、「恐れ入らなければならない」からである。
 東京裁判の「内容」受諾と「判決」受諾の違いが、いつの間にか日本ではごっちゃにされている。その悲しい例を最近では山崎正和・中央教育審議会会長の発言の中に見る。氏は言う。「『東京裁判』の描いた戦争の姿はまさに法的真実であって…サンフランシスコ講和条約の条文のなかに、日本は『東京裁判』の判決を否定しないという誓約を明記した…」。東京裁判の「内容」と「判決」を混同したまま日本の教育を論じてもらっては困るのではないか。外務省筋も混同していた。これでは日本外交の姿勢がくずれるだろう。(わたなべ しょういち)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071102/trl0711020350001-n1.htm
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by thinkpod | 2006-11-04 15:10 | Books


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