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2006年 10月 18日

石 平『私は“毛主席の小戦士”だった』

 石平氏は在日十八年、北京の反日政策を強く批判する、異色の中国人評論家としての活躍は最近広く知られる。VOICE、正論、WILLを舞台に鋭い中国批判を繰り広げるので、日本の読書界にもファンが増えた。
 評者(宮崎)がいつも思っていた疑問は、いったい、この人は如何なる少年時代、青年時代を中国で送ってきたのか、ということだった。
 人生の出発の原点がともなう懐旧、郷愁、家庭環境。
家庭や学校の教育環境の違いによって、人はそれぞれの人生過程のどこかで、故郷に還る。こころの故郷に復帰する。
 先日もテレビ番組で御一緒したが、石さんは飲むと大声を上げて議論に血道をあげる。石平氏はまことに素朴で純情で、それでいて熱血の人、中国の都会ッ子にはない生来の人間性を醸し出す。
しかも四川省出身といえば、独立心旺盛で個性的な性格が多い。

 さて本書を読んで、近年の氏の論理構成、その思想遍歴にようやく得心がいった。四川省の田舎で育った。氏の少年時代、まわりには儒教のおしえが残っていたという。
日本流に言えば
「♪うさぎ追いし、かの山、小鮒釣りし、かの川♪」
の、ゆたかな自然の環境が氏の感性を豊饒に育(はぐく)んだ。
 おりから文革の嵐に遭遇し、毛沢東の神話を信じた。まさに「正義の人、改革の人」が毛沢東であると信じた。
 革命の苦労話には涙がでた。嘘を洗脳教育で信じ込まされたことを赤裸々に告白している。
狂気の文革時代がすぎて、氏は80年代に北京大学へ入学する(四川省から北京大学というのは並みの秀才ていどでは辿れない超秀才コースだ)。
そこでの級友達との会話は、はてしなく欧米デモクラシー的な自由への僥倖、民主化への探訪だった。文革が毛沢東神話と毛沢東の個人的欲望から展開されて権力独占の野望である、という総括が若者の多くに拡がり、共通に認識されていた。
洗脳され、嘘によって騙されていたのだ、と。
 氏はいう。
「言いようのない悲哀感に襲われた。これが自分の少年時代だったのか、と空しさと悔しさがいっぺんに胸の中で沸き上がった」。
 そうか、毛沢東神話は大嘘だったのか。「わたしは自分の人生の中でもっとも深刻な心の危機と苦しみを体験しなければならなかった」。それは「驚天動地の精神的大地震であった」と正直に告白を綴る。騙されたことを悔いた。

 「学生寮の狭い部屋のなかで、安い酒で一緒に飲みつぶれて、一緒に涙を流した。その中から、我々の世代(文革中の毛沢東神話を信じていた)の独特の連帯感」が生まれ、これは「懐疑の精神」となり、のちの「天安門民主化運動」に繋がっていくのだった。
 そして彼らが89年天安門事件の被害者となった。
 あの悲劇が起きた日、石平氏は日本に留学に来ていた。在日の中国人留学生の多くも民主化に連帯し、日本でも運動がおきた。
 89年6月4日、軍が学生達に発砲し、石平氏の級友たちの多くが犠牲となった。なんという無謀な政府か、絶望の淵に立たされた。
 その後、何回か帰省し、議論して驚いた事実とは、反日宣伝によって親戚友人級友の多くが日本人が悪いと完全に「洗脳」されていたことだった。天安門の弾圧をつめよると、あれは「外国の陰謀であり、弾圧は正しかったのだ」という信じられない反応が返ってきた。
 共産党への不満を反日ですりかえての洗脳教育が、こういう形で現れていたのだ。
これは第二の洗脳であり、「反日」は大ペテン、かの毛沢東神話と同じ、党の独裁のための大嘘であるのに。
 石平氏は真実を語ろうと決意した。
旺盛な執筆活動を開始したのは、この危機を体験した直後からで日本の論壇で、「反日」の危険性について雑誌、単行本で真実を綴った。
在日留学生の一部からは批判や嘲笑もあったという。拝金主義にのめりこんで、政治の理想も民主化の灯火も反日にすり替えてしまった中国のあくどいまでの洗脳は海外留学生にまで及んでいた。

 石平氏は、日本にながく生活し、京都や奈良を訪ね歩き、その中国とは対極の、静謐で美しい日本文化、ひとびとの生活、哲学にこころからの感動をすることになる。
 少年時代に理想としておそわり、党が反対した儒教の本質が日本にこそ生きているではないか。己を犠牲にしてもおおやけに尽くすという、この日本の哲学の源泉は、いったい、なにからくるのか。
 石平氏はやがて西郷隆盛にいきつく。
 「中国では英雄豪傑であればあるほど、個人的な権勢や一族の栄達を求めて独裁者への道を歩んでいくのが中国歴史上の常であった。権力は、決して私利私欲の限界を超越することができない、というのが中国社会の法則となり、中郷の歴史の不幸の源でもあった」のに、日本の歴史に輝く「西郷南州は、それを見事に超越した」。
 西郷はいのちも要らぬ、名も要らぬと新政府の欺瞞に怒り、華々しく散った。
 本書は中国の本物の知識人が綴った感動の書である。黄文雄、呉善花、金美齢、ペマギャルポら在日外国人評論家の列に石平が加わった。
 かれの出現によって朱建栄も、王敏も、莫邦富も急速に色褪せて見える。

http://www.melma.com/backnumber_45206_3390380/



出版社/著者からの内容紹介

今では「親日・反中国政府」的中国人論者の代表格として活躍している著者は、ここに至るまでの自らの魂の受難歴を語った衝撃な一冊!
在日年数十八年も及び、日本の伝統文化と美学に古き良きわが祖国の姿を発見した中国人哲学者からの、清冽な日本文化論。

内容(「BOOK」データベースより)
失意を抱いて留学した日本で彼が出会ったものは、祖国から消えうせた「論語」であり、「礼節」であり、「江南の春」の風景であった。自分たちがゴミのように投げ捨てたものが日本には息づいていた…。共産党政権に洗脳され、騙され続けた知識人の慟哭と、祖国への決別の手記。

内容(「MARC」データベースより)
失意を抱いて留学した日本で彼が出会ったものは、祖国から消えうせた「論語」であり、「礼節」であり、「江南の春」の風景であった。中国人哲学者が赤裸々に描く、「親日・反中」に至るまでの心の軌跡。

出版社からのコメント
日本人の心を震わす魂の履歴書!
共産党政権に洗脳され、騙され続けた知識人の慟哭と、祖国への決別の手記。
失意を抱いて留学した日本で彼が出会ったものは、祖国から消えうせた「論語」であり、「礼節」であり、「江南の春」の風景だった。自分たちがゴミのように投げ捨てたものが日本には息づいていた......。清冽な感動を呼ぶ自伝的論考。

著者について
石 平 1962年、中国四川省に生まれる。1984年、北京大
学哲学部を卒業。四川大学哲学部講師を経て1988年に来日。神戸大学文化学研究科博士課程を修了後、民間研究機関に勤務。2002年に『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)を著して中国における反日感情の高まりについて先見的な警告を発して以来、評論活動に入る。著書に『中国「愛国攘夷」の病理』(小学館文庫)、『「日中友好」は日本を滅ぼすー歴史が教える「脱・中国」の法則』(講談社+α新書)、『日中の宿命』(扶桑社)などがある。『正
論』・『Voice』・『WiLL』等の論壇誌で論文掲載多数。


Amazon.co.jp: 私は「毛主席の小戦士」だった—ある中国人哲学者の告白: 本: 石 平
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4870317613



「 石平『私は「毛主席の小戦士」だった』を読む。
 先日のポーツマスネットワークの宮崎正弘先生の講演会には、加瀬英明先生、西尾幹二先生、西村幸祐先生、山崎行太郎先生、平田文昭先生、そして西法太郎先生と石平先生が駆けつけてくだったため、講演会ではなくシンポジウムができるほどであった。
 石平先生がいらっしゃるとのことで、以前宮崎先生のメルマガで書評されていた「『私は「毛主席の小戦士」だった』(飛鳥新社)を読んでみた。大変に面白い本であった。
 毛沢東に対する洗脳と盲信。著者は少年時代に毛沢東を心から尊敬し、自らもその走狗とでもいうべき小戦士となっていた。そして後に明らかになる実際の毛沢東の姿。文革とは所詮は老いた毛沢東が自らの権力を獲得するために国家全体を巻き込んだ壮大で悲惨な権力闘争の一環にしかすぎなかったことを感じたとき、自らの小戦士としての少年時代が疎ましく、空疎に思え、呆然としたこと。
毛沢東がこれほどの権力を行使できたのも結局は共産主義体制という驚くべき独裁体制にあることに気づいたこと。これらの経験をへて著者は、根本的解決は共産主義体制の変換、すなわち民主化によってしか為しえないとして民主化闘争の知的活動家となっていく。
 天安門の挫折をへて民主化の夢破れ、政治に関してニヒリスティックになっていた著者が再び政治の世界へと目を向けざるを得なかったのは、以前では考えられないほどの「反日」ブームに驚いたからであった。
 興味深いエピソードがある。
著者が四川省の実家に帰省した際、以前から著者を慕っていた甥に、小遣いをやろうとすると、頑として受け取らない。不思議に思った著者がなぜか理由を問うてみると「おじさんのお金は、日本人からもらった給料だろう。そんなお金僕は要らない!」ときっぱりといった。そして甥は共産党に入党すると誇らしげに語り、日本と戦うという。さらに、日本に大勝した共産党を、批判するような著者が従事してきた民主化活動は完全に間違っ
ていると断じた。
 著者は、この甥の姿に自らが少年兵であった過去を重ね合わせたのであろう。
若者が幾度となく共産党権力により洗脳され、利用されて行く姿を目にし、政治的ニヒリズムから覚醒し、「反日」の根本構造を分析する。
 この異常なナショナリズムを超えた盲目的ショービニズムとでもいうべき反日ブームの根本構造は、著者自身も関与していた民主化闘争の中、特に天安門事件を契機として、反共産党の雰囲気が国民の中で生れつつあったことに対する窮余の一策として考え出された極めて政治的なものであった。共産主義というイデオロギーが共産党の一党独裁の正統性(legitimacy)を付与しなくなったとき、新たな正統性の根拠を共産党の指導による第二次世界大戦の勝利という偽りの歴史と、その敵国たる日本の現在にまでいたる軍国主義の脅威という誇大宣伝である。再び侵略を目論む日本に対抗できるのは共産党しかありえず、その日本という巨悪との対抗のためには一党独裁も止むを得ないではないかという論理である。
 こうした分析を著者は孤独に繰り返し、孤独な闘いを続ける。後半の喪われた祖国の文化を日本に見たという日本文化論も興味深い。石平という愛日的中国知識人を知る上でも、また現代中国の本質を見抜くためにも格好の手引書となっている。

http://www.melma.com/backnumber_45206_3438027/



(読者の声2)もし、私が石平氏で、あのように自分の精神・思想遍歴をありのままに書いて出版したら爽快な気持ちになります。下品な喩えですが排泄後の快感です。
でも中国人の石氏はどうなのかなと思ってしまいます。
中国人の常識では自分を正直に語ることは非常識で通常の中国知識人としたらバカに等しい愚かな行為でしょう。
ですから石氏の同書は日本人には到底理解の及ばない苦悩と複雑な内面での心理の葛藤を紙背に抱えているものと推測します。これを読んでも石氏を警戒して観る浅薄な保守知識人は日本人に取り入ろうとする在日中国人の自己プロパガンダと見なすでしょうが。
貴台が何度も書かれておられるように中国人のメンタリティは日本人と全く異なります。藤島泰輔氏が日華断交後に憤然として日華民族友好協会でしたかを立ち上げましたが国民党中国人の薄ら笑いにいいようにされてしまい、後で日華ではなく日台とすべきだったと嘆き、それを貴台が慰めるという御一文があったと記憶します。日本人は各民族が為めに生きていることを深く考えない民族です。
日本人は自らの親台的言行や善意は素直に受け入れられると信じ相手の親日的態度も警戒なく受け入れます。
相手が親日家であってもその真意を見ないで付き合っているのでその親日がある日くるりと「反日」に転じてしまうと慌ててしまいます。台湾人も中国人同様日本人とはメンタリティが異なります。
複雑な過去を背負いある意味屈折しています。それを貴台は上の同論で分析されていました。
最近独立派台湾人から、台湾独立運動に熱心に取り組む日本人数名を名指しして、何のために金にもならないことをやっているのだろうという声を聞きました。
きっと裏があってやっているのだろうと考えるのは蒋介石と外省人に痛めつけられ、その前に日本の統治も経験した民族としたら当然です。
東アジア近隣諸国の中で稀に気の合う民族同士です。しかも台湾は日本の安全保障に欠くことのできない枢(かなめ)ですから頼まれなくても台湾の独立を応援するのは日本の志士なら当たり前です。これが日本人のメンタリティです。相互理解は容易いものではありません。
石平氏のアウグスチヌスの「告白」を思い起こさせる真摯の自己表白は、一匹夫の私に日本人、中国人、台湾人それぞれの異相に思いを致させ、さ迷う自らの魂を揺さ振る“震作”です。
   (HN生、品川)

(宮崎正弘のコメント)そうそう。ですから西郷隆盛のように「命も要らぬ、名も要らぬ」という無私の哲学、敬天愛人の日本人的考え方がシナ人にわかってもらうのは、よほどのこと。「滅私奉公」ならぬ、メッコウホウシの国柄ですから。
石さんにしても、在日十八年にしてたどりついた思想的地点です。

http://www.melma.com/backnumber_45206_3436891/




(読者の声3)貴誌平成18年(2006年)11月23日(木曜日)通巻第1626号に収録された、「(読者の声2)」ですが。
曰く。
「最近独立派台湾人から、台湾独立運動に熱心に取り組む日本人数名を名指しして、何のために金にもならないことをやっているのだろうという声を聞きました。きっと裏があってやっているのだろうと考えるのは蒋介石と外省人に痛めつけられ、その前に日本の統治も経験した民族としたら当然です。(HS生、品川)」
この指摘、感銘をもって読みました。
 ただし、独立派台湾人のそうした感性の成立背景を、蒋介石と外省人に痛めつけられ、さらに日本統治を挙げていますが、この見方には多少、抵抗があります。はっきりいえば、少し浅いのではないか。
 問題は、独立派台湾人の中にさえ、台湾独立運動に取り組む日本人を金にもならないのに、と解釈するところです。その思考回路は、元来がシナ人であるところから来ているという見地を見落としてはならないと思います。
 これは日本人的な感性から彼らを軽蔑なり批判しているのではありません。そうした感性なのだと思い定めていれば、不愉快にならないからです。
 私は、身近にいる台湾人と福建人の日本社会における動きを、具体的な事例を通して比較しつつ見ています。色々と学ぶところが多いことに、最近やっと気づき始めております。いずれにせよ、彼らのたくましき感性から見ると、日本人は少なくとも私の場合、甘いです。
(SJ生。静岡)

(宮崎正弘のコメント)無償の行為とは、それを想定できない人からは理解不能でしょう。話は飛びますが、「憂国忌」にしても、ボランティアと浄財だけで36年間。この無償の行為は、源泉は何でしょうか?
 さて台湾は昔から果物、農作物が豊富で、このため人々が飢餓をしりません。人間性はおだやかになり、お人好しが多く、したがって日本時代にも従順だったが、シナ人が入ってきたときに「なんだ、これは」という程の衝撃だった。
 人間がまるで違うからです。ですから、日本語世代の多くは「シナ人」という呼び方をして、中国語を「シナ語」。台湾語しか使わない。

http://www.melma.com/backnumber_45206_3438027/




中国共産党の「反日・愛国教育」で若者が「天安門事件は政府が正しい」といい出した
                              -日中問題研究家 石平-

 ここ約20年ごどで中国は親日から反日に劇的な変化を遂げた。とりわけ、なりふり構わぬ共産党の愛国教育の激しさといったら目を覆うばかりだ。その現状を語るならば、まずこの話からせねばなるまい。
 今から6年ほど前に中国四川省の実家に帰省したときのことである。大学1年の甥が遊びに来たので、私が財布から何百元か取り出し小遣いとして渡そうとすると、彼はこう言った。
「おじさんのお金は日本人からもらった給料だろう。そんなお金はいらない!」
 まさか身内の人間からそんな言葉を浴びせられるとは思いも寄らなかった。甥は純真で真面目な子だったので 昔からかわいがってきたし、彼もよくなついていた。それなのに、当時の大学生の一か月分の生活費を、「日本人の汚い金だ」とためらいもなく振り払ったのだ。
 私はその何年か前から、中国に帰るたびに、社会の空気の変化に気づいてはいた。中国の友人や知り合いに、日本で仕事していることを伝えると、「あんな陰湿な社会にいたら酷い目に遭っているに違いない」と決めつけられ、同情される。
 だから、この甥に対して説明しても無駄だとすぐに悟り、私は話を変えようとした。ところが、彼は逆にこう質問してきたのである。
「日本がもう一度中国を侵略してきたら、おじさんはどうする?中国に帰ってくる?」
 あまりにバカバカしくて反論する気にもならず、冗談半分で「そうなたったらお前はどうする?」と聞き返してみた。すると、甥は背筋を伸ばして、「僕は最前線で戦う。小日本を徹底的にやっつけるんだ」と答え、さらにこう続けた。
「実は大学で共産党の入党申請書を出したんだ」
 少し呆れて、私が「そうか、お前は共産党が好きなのか」と軽く聞き流そうとしたところ、「当然だろう。中国人ならみな共産党が好きじゃないか。昔、日本侵略軍をやっつけたのは共産党だし、今も日本の侵略を防いでいるのは共産党の指導のおかげだ。おじさんは歴史を知らないのか!」
 こうなると叔父も甥もない。
「じゃあ聞くが、今から11年前に北京で起きた6・4事件(天安門事件)、あれも中国の歴史だが、君はどう思う」
「なんですか6・4事件って。あ、あれのことか。はっきり言いますが、おじさんたちのやったことは間違いです。党と政府の措置は正しかった」
 さすがに堪忍袋の緒が切れた。
「丸腰の学生たちを虐殺して、いったいどこが正しかったんだ!政府が罪のない人を銃殺するのは正しいというのか」
 しかし、甥は譲らない。
「おじさんたちは、外国勢力の陰謀の道具に使われただけだ。鎮圧しなければ、中国は外国勢力の支配下に入ってしまうじゃないか」
 私は怒り心頭に発し、あやうく平手打ちを食らわせそうになったが、かろうじて理性で抑え込んだ。すると甥は、
「殺人といえば、日本人こそ殺人者じゃないか。南京大虐殺をやり、何千万人の中国人を殺した。おじさんは忘れてもぼくは忘れませんよ」
 そういい捨てると、甥は部屋から出て行った。これが今でも鮮明に記憶に残っている甥との対話の一部始終である。

▼憎しみの対象だけで、共産党の洗脳教育は昔のまま
-略-
 歴史を振り返れば、中国共産党の薄汚いやり口は、昔からまったく変わっていない。
 私自身、子供の頃には、「中国の外の世界では、99%の労働者は、資本家による搾取で、中国よりはるかに貧しい生活を強いられている」と教えられ、素直に信じていた。
-略-

 洗脳教育というのは本当に恐ろしいもので、ありとあらゆるウソが集まって一つの完璧な世界観を形成してしまうと、ウソと知りながらウソをついていた人間までも本当のことのように錯覚し始めるほどだ。真面目で純粋な子供だった私も、見事なまでに洗脳され、毛沢東を崇拝していた。
 その洗脳が解けたのは、北京大学に進学してからである。当時は文化大革命の迫害を受けた党幹部や知識人の間で、毛沢東政治の暴露と批判を行う運動が盛り上がっていた時代である。大学にも文革犠牲者の親族を持つ学生が多数いた。
最初は彼らの話を疑い、殴り合いのケンカまでしたが、あまりの多くの証拠を突きつけられ、毛沢東は自らの権力を守るためには虐殺も厭わない権力の亡者であることを認めざるを得なくなった。

-略-
 運命の89年6月4日。私は日本にいて難を逃れたが、一緒に民主化活動を指揮した何人かの仲間が天安門で命を落とした。
私は祖国に絶望し、打ちひしがれた。
 天安門事件は共産党にとっても史上最大の危機だったと言える。この事件を境に、共産党は方針転換を図った。
つまり、かつては西欧資本主義を邪悪な暗黒世界とし、理想の共産主義国家を建設するのが共産党だと位置づけていたのが、日本という暗黒国家が再び中国への侵略を企てており、その侵略から祖国を守るのが共産党であると、対立の構図を変え、民族主義、愛国主義の教育を始めたのである。
 要するに、共産党がやっていることは私の子供の頃とまったく同じなのだ。
-略-

▼戦争を知らない世代ばかりが共産党を妄信している
-略-
 最近、新華社通信が中国人を対象にサイト上で行ったアンケートでは、「あなたがもっとも信じる理想・理念はどれか」という問いに対して、「民主主義」と答えた人は1%に過ぎず、「民族至上主義」と答えた人が96%にのぼった。
そのほとんどが、外国と利益が衝突したらあらゆる手段を用いて中国の利益を守るべきと答えている。
 もはや中国の若者たちは民主主義という思想にまったく魅力を感じていない。共産党独裁が決していいとは言わないが、邪悪な日本の侵略から民族を守るには、共産党の指導が必要だとする。
-略-
 しかし、私が毛沢東崇拝の洗脳から解けたように、ウソはいつか必ず暴かれ、洗脳は解ける。私はそう信じている

ソース:SAPIO 12月13日号 PP103-105 記者が誌面からテキスト化。
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1164206127/


地球史探訪 : 中国の覚醒(上) 〜 中国共産党の嘘との戦い
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by thinkpod | 2006-10-18 05:43 | Books


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