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2006年 09月 07日

「普通の国」日本を歓迎する――米有力論客の論文の重み

 「日本は憲法第9条を改正しなければ、『普通の国』になる決意を放棄するという不満足な道にとどまることになる」

 こんな大胆な指摘が米国の有力論客ジョージ・ウィル氏によってなされたことには驚かされた。ウィル氏といえば米国の政治評論家のなかでも超大物とされ、その言論は連邦議員たちだけでなくホワイトハウスへもずしりとした重みを与えている。保守派の論客だが、ブッシュ政権のイラク政策を批判したこともあり、独立独歩の姿勢はリベラル派からも真剣な関心を向けられる。

 そのウィル氏が8月27日付のワシントン・ポストへの寄稿論文で、日本が憲法第9条を改正して、「普通の国」になることを勧め、「普通の国家」としての日本は米国の国益にも寄与するという見解を表明したのだった。この動きは米国の最近の対日観を把握するうえでも、重大に受け止める必要がある。


「第9条は日本の政策形成を混乱させる」

 コラムの形をとるウィル論文のポイントを紹介しよう。タイトルは「日本の軍事を解放する」となっていた。憲法第9条で軍事面に課された厳しい自己規制を解除すべきだ、という趣旨である。

 「今日の日本国民は、自国が、ペリーの黒船を派遣した国から1947年に押しつけられた国家アイデンティティーを放棄することなく、自国の防衛や国際安全保障システムでの適切な役割を果たすことができるかどうかを自問している」。

 「日本の自衛隊は今年はじめの3カ月だけでも中国軍のスパイ機が挑発的に日本領空に接近したのに対し戦闘機を107回も緊急発進させた。中国の潜水艦が日本領海に侵入し、日中両国は東シナ海で石油やガスの資源を巡り紛争している。こうした状況では日本は必要とされる行動と憲法による制約との間の不一致を終結させる時である。この矛盾は日本の政策形成を混乱させ、国家的まひを生み出すのだ」。

 ウィル氏は日本が憲法第9条の規定により集団的自衛権の行使ができず、自国領土外での戦闘も一切禁じられている現状と、中国などからの脅威への対応のために必要な行動との間の矛盾をなくさねばならない時機がきた、と説いているのだ。つまり日本が国際社会の他の普通の国家と同様、安全保障上の必要措置がとれるよう憲法改正に向かって進むべきときがきた、というのである。その結果、今の日本は戦後に米国から押しつけられた平和主義の国家アイデンティティーを問い直すところまできた、と論評するのだ。


「米国の利益にも合致する」

 さてウィル氏の論評もここまでであれば、それほど注視には値しない。同様の主張はすでにブッシュ政権で最近まで対日政策を担当していたリチャード・アーミテージ氏(元国務副長官)やマイケル・グリーン氏(前国家安全保障会議アジア上級部長)によって打ち出されているからだ。

 だがウィル氏は今回の論評で日本が憲法を改正して、「普通の国」になることが米国の利益に合致する、ときわめて明確に主張していた。

 「(日本が現行憲法の矛盾を解消することは)米国民にとっても重要である。なぜなら東アジアが米国にとって重要だからだ。さらには膨張する中国と錯乱したような北朝鮮がこの地域の安全保障を紛糾させているからだ。そのうえにこの地域で有害な反米主義がなく、米国への協力に意欲のある経済大国はきわめて少ないからだ。そうした国は日本だけともいえるのだ」。

 米国にとって東アジアで本当に頼れる大国は日本ぐらいだからこそ、日本が安全保障や軍事での例外的な自縄自縛を解いて、「普通の国」となることは米国への大きな利益となる、というのである。だから論文のタイトルも「日本の軍事を解放する」としたのだろう。この思考の背後には、日本がたとえ軍事面でいままでより強くなっても、成熟した民主主義国として米国の同盟国、友好国にとどまるだろう、という信頼感が存在するといえる。だから「より強い日本」は米国にとっては有益なプラスというわけである。

 ウィル氏がこうした日本信頼論を説くことは日本にとっても大きな意味がある。まず同氏はアジアや日本の専門家ではなく、米国の政治や外交の全般にわたり、強い発言力を持つからだ。そのうえにウィル氏はこれまで日本に対しては冷淡な態度をとってきた。1998年に例の日本糾弾の書『ザ・レイプ・オブ・南京』が米国内で出版されたとき、ウィル氏はその内容を全面的に擁護する論文を発表していた。そのうえで「日本は侵略を認めず、謝っていない」という中国側の主張にほぼ同調していたのだ。そうした人物が中国の膨張に備えるためにも日本にもっと軍事的な役割を担ってほしいと求めるようになったのだ。


賛否両論のなかで表明した論文の重み

 ただし、同じ米国でも当然ながらこうした日本観がすべてではない。

 安保や軍事で「より強い日本」「強い日本」は軍国主義の道を再び走るから危険だとする意見もある。民主党系リベラル派に多い日本不信論である。米国全体では少数派だとはいえ、今の日本研究学者の間にはこの不信が強い。

 その象徴がリベラル系のニューヨーク・タイムズがときおり載せる日本関連の社説である。日本がブッシュ政権の要請に応じ、日米同盟の共通利害に基づいて実施するミサイル防衛の構築に対しても、在日米軍基地の機能強化への同意に対しても、「危険な軍国主義志向」という非難を浴びせるのだ。

 だがその一方、ブッシュ政権や議会上下両院の多数派は「日本の『普通の国』化の支持」をますます明確に表明するようになってきた。こうした潮流の中で、米国政界に強い影響力を持ちながらも、対日観、対日政策となるとブッシュ政権などとは異なる立場だと思われてきたウィル氏のような論客が「普通の国」日本を歓迎するようになったわけである。だからこの動きは重視すべきだと思うのだ。

国家安全保障を考える(第30回)[古森 義久氏]/SAFETY JAPAN [コラム]/日経BP社
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/30/index.html
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by thinkpod | 2006-09-07 02:08 | 国際


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