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2006年 09月 05日

長野 郎『支那の将来と太平洋』 

(昭和二年七月(『拓殖文化』二八号)

四億の人口と廣大なる土地と無限の資源、それに四千年来特有の文化と社会とを有った支那は、世界殊に太平洋の将来に偉大なる役割を演ずるだろう。支那が太平洋に影響を及ぼす方面は大体三つある。第一は政治的影響であり、第二は経済的、第三は民族発展である。

欧洲大戦後アジアに起つた一つの大きな運動は民族解放である。エジプトの独立運動、トルコの復活、ペルシャ、アフガンの改革、インドの独立運動等皆それである。支那も亦その例に漏れず、数年前から解放運動が盛んに行われることになった。殊に孫文の率いる國民党は、その標語として、軍閥の打破と国家の解放とを掲げている。
その國民党が北伐の成功に伴って、殆んど南北支那を支配するに至ったため、解放の運動は更に一層の進捗を見せた。列國も原則としては支那の独立自由を認め、また不平等條約の撤廃にも賛成している次第であるから、支那の解.放が行はれ、完金なる独立と自由とを恢復することもあまり遠くないと思う。

ただ今日支那解放の最大障碍は外部に存在するに非ずして、かえって支那自身にある。即ち不統一混乱がそれである。例えば治外法権の撤廃にしても、かの不秩序無警察状態と、法律の保護、正式の裁判所及監獄の不備を以てしては、治外法権を捨てたくても捨てられない状況にある。

日本がアジアで最も早くこうした桎梏を脱し得たのは、日本が官民協力して国内の整備に努めたからである。この点では支那は大に日本に学ばなければならぬ。しかしそれはそれとして、支那が完全なる独立と自由とを得て、国内の統一と;秩序とを恢復し得た際、その東洋における地位は、非常に重きを加えて来るだろう。

支那には人口と土地と資源からして、世界を畏れしむる底力がある。日本のアジアにおける指導的位置は、新しき支那の出現によって余程変わってくるのだと思う。もしその際、日本が依然たる呉下の旧阿蒙であったならば、日本從来の拉置は支那に奪われ、日本は支那と協力してアジアのために尽すだけの力も無くなっているだろう。
支那人がこれに就いてどれだけの自負心を有っているかは、孫文の三民主義を見ても明らかである。孫文は言う、支那は人口において日本に六七倍し、土地において二三十倍しているから、吾人にして日本に学んで真に強盛になったならば、日本を十倍した程の強い國になるだろうと。

また曰く、支那は自ら解放を行った上は、世界における非圧迫民族の解放のために尽さねばならぬと、人種の平等と民族の解放とを達成して人類に寄与することが、支那民族の責任であると論じている。孫文がそう論じているだけで広く、國民党の宣言にも度々現われているし、また実際的にも、弱小民族聯合會等を國民党の一分派として造って見たり、たとえロシヤの指図に基いているとはいえ、極東労働會議を開催していることは、決して軽視するを許さない。

殊に支那の隣邦にはアジア未解放の諸民族がいるから、支那の解放は此等の諸國に甚大の影響を与えずにはいない。日本の決起によって黎明の曙光を仰ぎ見たアジア諸國は、さらに老大國支那の覚醒に依て一層解放の道に精進することになるだろう。その際日本が依然たる.旧態を存じ、因循姑息の方法を繰り返していたならばどうか、日本從来の地位と信望は一挙に葬られ去るだろう。支那の解放は大に喜ぶべきことで、吾人は之に謝して萬腔の同情と援助とを惜まないものであるが、同時に日本も現状に止まることなく、解放されたる支那と協同するためには、日本自身の実力を向上させ、相共に手を携えてアジヤ民族の解放に尽さなければならぬ。

次には支那の経済的方面の発展である。今日の支那は、混乱に次ぐに混乱を以てし、産業は建設よりも寧ろ破壊に向っているが、明日の支那は前途大に有望である。支那の経.済価は今日に非ずして将来にある。殊に藏されたる偉大なる底力にある。四億萬の労力、氣候温和にして地味豊かなる廣大なる土地、豊富なる鑛産物、これ等が真に利用され活用された場合には、世界の経済界に大なる影響を及ぼすだろう。

土地にしても今日の幼稚な農法が改良され、肥料、深耕、種子の選択、害虫駆除等が行われ、更に灌漑と排水の方法が巧くつけば、水害と旱災から免れ、更に広大なる新耕地が得らるるから、農業生産の量を現在の二三倍に増加することは敢て難事ではあるまい。かくて支那は原料としての綿、麻から羊毛絹絲に至るまで大なる供給國となるだろう。それに鑛山が探掘さるることになれば、今まで埋れていた無尽蔵の石炭、鐵、石油等の近代工業に必要な原料が幾らでも供給さるることになるから、支那には大に新式工業が興ることになるだろう。

支那の産業が大発展を遂げた場合、支那がいかなる経済的の行き方をするかは、太平洋全般に大きな影響を与えるものである。国民の方針はもちろん三民主義中の民生主義によって行われることと思うが、それによれば、一の国家社会主義党である。主要生産機関の国家管理を断行し、國際貿易についても国家がある程度の統制を加えんとするものである。
従って支那の産業の発達した場合、原料はまづ自国工業の用に供し、余りあれば他国に輸出するというのであるから、日本のごとき原料に乏しい国が、支那から十分に原料を得らるるかどうかは疑問である。
しかし支那の社会経済の組織から見ても、国民性から見ても、国家資本主義や国家社会主義が支那で成功しようとは思われない。支那は自由主義の経済組織を採って進むことに自然落ち着くだろう。その際問題になるのは二つの事項である。第一は極東に大資本國の出現することであり、第二は太平洋両岸における米支二大資本國の關係である。

今日の経済組織では、大資本は逐次小資本を圧迫併合していく、これ大量生産に比して万事好都合だからである。ところが大量生産を行うためには広大なる販路が必要であり、潤沢なる原料と資本労力の供給を要する。ところが支那には四億の民衆がいるから、もし将来支那の産業が発達してくれば、四億民衆の購買力は大に増加するだろう。その四億萬人の購買力を相手に産業を興せば、どんな大規模の生産でも出来る。即ち全欧羅巴が一の経済単位に帰したようなものである。
その場合この大量生産の波が太平洋の西岸を洗えば、日本が支那に発展する所ではなく、日本の太平洋岸一帯における販路も全く破壊され終るであろう。支那が真に統一され、産業が隆々として発展してきた場含には、日本の立場が苦しくなることは明かな現象だから、日本としては、それ以前に現在のような経済的不独立の地位から脱け出して、國民生活の自立を講じて置くことが刻下の急務だと思う。

第二の支那とアメリカとの關係はこれまた重視すべきものである。支那が大産業國になるために備へている要素は労力と土地と原料と販路とであるが、その欠けているところのものは資本と技術とである。その中技術は自国で何んとか都合が付くにしても、資本だけは外國に仰がねばならぬ。孫文もこの点については繰り返して説いている。

ところが支那の産業開発となれば、並大低の資金では追い付かない。数萬哩に亘る鐵道の敷設、築港、農事改良、鑛山の探掘、工場の設立等それ等に要する莫大なる資本を供給しうる國は米国を除いては他にない。今日支那がロシヤの勢力を引いて列強勢力の駆逐を試みているが、明日は米国の資金を仰いで大産業国にならないとも限らぬ。その場含米国資本の支那流入は當然覚悟しなければならぬ。もし支那が外国資本を嫌うことになれば、支那の産業開発は遅々として進まないからである。

従って日支経済提携の将来の如きもどうなるか分からない。
日本は大資本がなく、且つ工業が幼稚で支那の新興工業と多少競争的立場にあるが、米国は大資本を有し、その工業は進歩しているから、幼稚な支那工業と衝突するおそれがない。米貨排斥が起こらずして日貨排斥のみが起こったのも、こうした経済的理由に基づいた点もある。
従って支那産業の勃興に伴って太平洋の経済関係に種々の変化を示してくるだろう。或いはまた支那が一大資本国になった場合には、ここに米支の太平洋上における経済的争覇戦が起こらないとも限らぬ。とにかくその中間に挟まった日本の立場は、現在のままであると益々苦しくなるばかりである。

第三は漢民族の発展と太平洋の将来である。
漢民族は現在すでに四億の人口を有しているが、その増殖率は極めて著しいのにかかわらず、近年増加を見ないのは、支那における産業の不振から来ている。年々繰り返されている天災と戦争、産業の未開発は人民の道を塞ぎ、一度飢饉に見舞わるれば数十万に人民は流浪して餓死するもの数知れず、水害一度至ればたちまち数十県を浸して年を越うることが珍しくない。戦争の結果は全国の民生を安んぜず、かくて産業興らず農業廃れ、無職の徒は天下に溢れている。彼らは雇われて兵となり、流れては土匪に堕し、或いは.乞食の群に入って支那騒乱の因をなしている。支那の人口が増加し得ない原因はそこにある。

しかしもし一度支那がいかなる形式でか甦った場合、支那の産業は盛んとなり、四億の民はいたるところに職を得るようになるだろう。そうなれば、支那人の人口増加率は驚くべきものがあろう。欧州近代の人口増加は産業革命の結果である。産業革命後その人口は約三倍した。それと同じく、もし支那にも産業革命が行われた場合、支那は数十年にして現在の二倍する人口をもつことは予想し得られる。

太平洋の西岸に八億の人口を擁する國家の出現は、それが何等かの影響を与えずには置かない。殊にその人種が非常な発展力を有っているにおいておやだ。漢人種の國内外に対する発展は素暗しいものがある。国内では五族共和の支那は漢民族の支那に変りつつある。漢民族は他民族から力を以て征服されたが、今では逆に経済力を以て他を征服しつつある。

第一は満洲だ。
今日の満洲は満人の満洲でなくて漢人の満洲である。満洲にある満人二百萬人に対して漢人二千萬人、凡ての政治産業の機關は漢人に握られているではないか。
したがって満洲は最早民族自決による満人の満洲を造ることは出来ない。満人が支那を支配すること三百年、彼等は四億の漢人を統治するために満民族の全精カを傾けた。

その間に漢人種はじりじりと満民族の故土を侵しつつあったのである。満人が漢民族統治の夢から醒めて帰った時には、自分の古巣には漢人が居座っていた。丁度放蕩息子が女に迷うて夢が醒めた時には、家も田地も入手に渡つていたと同じ結果であった。

かくて五族共和は四族共和になったが、漢人の蒙古人に対する侵略もまた浸々として進んで行った。内蒙古は京綏鉄道の敷設と共に漢人種に侵略され、蒙古人は至るところで漢人種の圧迫を受けながら之に抵抗して民族戦を試みつつある。漢人種が外蒙古に侵入し得ないのは、外蒙古がロシヤ人の手中にあって、漢人種の侵入を防止しているからである。もしこの障壁が撤廃さるれば、漢人の商人隊は続々として外蒙に雪崩れ込むだろう。

回教徒も又同じことで、今日でもすでに回教徒と漢民族の混淆はかなり行われているが、
将来鉄道で新疆の辺境まで引き伸ばされた場合には、漢民族は忽ちにして殺到し、回族の新疆は漢民族の新疆と化すであろう。今日でも新疆はすでに漢民族によって統治されている。

次は西蔵(チベット)であるが、これも英国勢力が及んだり、交通が不便であったために漢民族の侵入は行われていないが、将来支那が統一されて強大な国家となり、鉄道でも敷設された場合には、漢民族の西蔵侵入はやはり行われるだろうと思う。かくて五族共和は表面だけで、漢民族専制の共和政治が行われ、五族を現す民国旗が青天白日旗に変わりつつあるように、支那も漢民族の支那に変わりつつある。

以上述べたような国内的発展と同様に海外に向かっても発展している。満洲方面に発展した漢人はさらに北進してシベリヤに進み、着々として成功しつつあるではないか。また南方支那の漢人種は安南シャムから海峡植民地一帯、さらに南洋諸島にかけて移住しほとんど土地の経済的実権を握っている。支那人全部が罷業すれば、一週間にして島民は飢餓に陥るといわれているところである。

今や南洋一帯における彼ら華僑の勢力は牢として抜くべからざるものがある。彼らはまたかって豪州にも発展したが間もなく排斥された。アフリカにもかなり出掛けた。こうして一度彼らの前に進路が開かれんか、彼らは潮のごとく進入して深く奥底にまで食い込んで行く。
太平洋の東岸アメリカにも支那人は大分発展した。しかしここでも至るところ排斥されているから、大したことは出来ない。漢人はまた日本にも大分入り込んでいる。もし日本が支那労働者の自由入国を許したならば、その結果は果たしてどうだろう。今日でさえも支那人はかなり入り込んで種々な仕事をやっているが、皆相当に成功している。もし無制限に許したならば、日本の労働者の生活は少なからず脅かされるだろう。

漢人種の発展力はとにかく偉大だ。彼等が発展し得ない所は人爲的に入國を禁止しているところに過ぎない。もし一度白人濠洲主義が破れ、米國の移民禁止が解かれたとしたならば、漢人は太平洋上到るところに進入し、太平洋を化して漢人種の太平洋となすかも知れない。今日のように支那が混乱している時代には、自國内で安全に生活し得ないために海外発展を求め、将来支那の産業が発達して人口が大増加を来した場合には、その余勢を以て海外に押し出すだろう。この太平洋沿岸一帯における漢人種発展の現状は、大に注目すべきものだと思う。

殊に日本の立場から見れば、日本も海外に発展すべき使命を有っているから、将来日本民族と漢民族とはその発展の途上において競争者の位置に置かるるだろう。そうした場合、結果は果たしてどうなるだろうか。今日までの実例を見て、吾人は日本民族の前途について愁えざるを得ぬ。日本の支配下にある旅順、大連でさえも、実勢力はどしどし漢人に占められつつあるではないか。

あの漢人種独特の社会組織、國民牲に対して、日本人の不組織乱雑と、國民性と、國家の援助のみを期待して自治力なき不ざまさでは、とても太刀打ちが出來そうにもない。満洲に根拠を得て二十年、この間日本は何をしたのか。広い満洲の平野に一本のレールを引っぱっただけで威張っている民族では、たとえ将来白人濠洲主義が撤廃され、米國が東洋移民を歓迎しても、日本人は漢民族の発展に圧せられて、全く手も足もでないようになりはしないか、ここに日本人一大奮発を要する。

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by thinkpod | 2006-09-05 01:24 | 中国


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