人気ブログランキング | 話題のタグを見る

reference archives

hogetest.exblog.jp
ブログトップ
2006年 08月 31日

中国経済・社会の実像と虚像

              杉本信行

(前日本国際問題研究所主任研究員・前上海総領事)

1. 変化と不変化

 (1)  ここ数年来、上海を訪問する外国人は、異口同音に上海の急
激な変化に驚嘆の声をあげる。東京には20階建て以上の高層建築が1
00棟位しかないが、上海には既に4,000棟近く建っていると言わ
れている。しかもここ5年の間にである。

 (2)  しかし、問題はこれら高層ビルが立ち並ぶ表通りを一歩奥に
入った所にある。表通りに聳える巨大な建築群の裏には、延々と昔なが
らのレンガ作りの石庫門が続いている。

これは1920年代に大量に建てられた長屋形式の共同住宅である。こ
こで繰り広げられている生活は、表通りとは全く違う。一昔も二昔も前
の上海と殆ど変わらないものである。

そこに住む人々の服装は、世界の一流都市並みの颯爽とした表通りのそ
れとは全く異なり、多くが未だに30年〜40年前と同じ人民服である。

日々の生活も、およそ近代的生活とは無縁のありさまで、狭く暗く、水
道も共用、トイレも一定の間隔で設置されている公衆便所のみである。
風呂が有る家はまず無い。

朝早く訪れると、朝靄が立つ家の前の側溝で「馬桶」と呼ばれる室内用
便器を洗っている光景が見られる。勿論、最近ではこれらの長屋も至る
ところで取り壊され、跡地に高層マンションが雨後の竹の子のように建
てられている。元の住民は郊外の高層アパートに「強制移住」させられ
ている。

 (3)  この表通りの東京も顔負けの超近代的一面と、裏通りに存在
する夥しく非近代的な面の同居は、中国全体の縮図である。上海中心部
から1時間程車を走らせると、そこには都市と全く違う農村の生活が繰
り広げられている。

何とか電気は来ているが、それを除くと19世紀の生活とそんなに差が
ないといっても過言ではなかろう。中国の統計では、1人当たりのGDPは
1,300ドル程度である。

しかし、内陸部の最も貧しい貧困地帯に住む人々の実際の生活は、1人
当たりのGDPが示す数字とは全くかけ離れた生活、およそ貨幣経済とは無
縁に近い原始的な暮らしである。

 (4)  中国が実体より遥かに強大で強力に見えてしまうのは、我々
の尺度をそのまま中国に当て嵌めてしまうからではなかろうか。中国の
大都市の急成長振りを目の当たりにし、中国全体の発展のレベルを日本
の70年代或いは80年代レベル位ではないかと判断してしまう。

しかし、中国の大都市、地方都市、農村部、砂漠地帯等を夫々実際に観
察すると、日本の現在と同じレベルから、50年代のレベル、更にはパ
ールバックの「大地」の世界が厳然と同居しているのである。

 (5)  敢えて極端なことを言えば、中国で急激に豊かになり、発展
の恩恵を受けているのは、都市部に住む4億6千万の住民のその又一部
に過ぎない。

残りの9億人近くの主に農村部に住む人々の生活の変化は、革命以来遅
々として進んでいない。具体的例をあげると、首都北京から僅か2百数
十kmしか離れていない大同市の周辺の農家(一家4人)の1年間の収
入は僅か2,000円程度しかない。

ピンポン玉ぐらいの大きさのジャガイモを生産し、澱粉を絞った残り滓
を固めて冬用の予備の食糧にしている。主食のトウモロコシも発育が悪
く、日本では家畜も食べないような貧相なものである。大都市の近郊の
農家ですらこの様な状況である。

更に奥地の外国人立ち入り禁止の未開放地域における貧しさは推して知
るべしである。かって広西自治区の貧困地帯に出張した際、そこの郷長
(末端の行政単位の長)に対し、

何が一番苦労かと質問したところ、少数民族の村を戸別訪問して食糧備
蓄の瓶を覗き、食料が少なければ補給して回る。そうしなければ飢え死
にしてしまい、責任を取らせれてしまうので大変だとこぼしていた。

確かに、13億を越える人口を飢え死にさせずに養うことは中国の歴史
でも稀有のことであり、それを実施している中国政府の苦労は我々の想
像を絶するものがある。

2. 地大物博の真実

 (1) 中国人は何かと「中国は『地大物博』ですから」と自慢する。
土地が広大で資源が豊かだという意味である。確かに面積は日本の26
倍ある。 

しかし、国土の58%は海抜1,000メートル以上の山地か高原で、
そのうち3,000メートル以上の山地が26%を占める。平野は12%
に過ぎない。又、国土の20%近くが砂漠である。

チベット自治区や青海省の面積は日本の3・3倍及び2倍であるが、人
口は夫々250万、500万に過ぎず過疎状態である。このように、人
口の大半は僅かな平野部に集中し、超過密状態である。

1人当たりの耕地面積は日本より僅かに上回る程度である。更に、中国
は世界人口の21%を占めているが、資源的に見れば、保有する淡水資
源は全世界の7%、耕地は7%、森林は3%、石油は2%を占めるに過ぎな
い。この数字から見ても、1人当たりに換算すると、基本的資源の極め
て乏しい国であると言える。

 (2)  とりわけ深刻なのが水不足である。毎年発表される政府活動
報告で指摘されているように、水不足は、中国の持続的経済発展にとっ
て最大のボトルネックである。それを数字で表せば次の通り。

  (イ) 1人当たりの水資源量は2,300m3で、世界平均の
1/4

  (ロ) 平均年降雨量は660mm

  (ハ) 耕地の2/3は北部にあるのに対し、降雨の4/5は南部に
集中

  (ニ) 夏の4ヶ月の降雨量が年間降雨量の70%を占め夏季に集中、
冬と春の降雨量が非常に少ない

 (3) この絶対的な水不足に加え、地域的・季節的偏在のため、大
量の水を消費する都市部における水不足は、より深刻である。中国では、
617都市のうち300都市が水不足に悩まされている。

とりわけ北部に有る首都北京及び天津は深刻である。北京市民の平均水
使用量は、イスラエル市民より少ない。

北京では、近郊県の僅か18kmの所まで砂漠が迫って来ている。また、
地下水の水位が下がり続けており、地盤沈下は0・6m,天津市に至って
は2・6mに達している。

この様な首都圏の水不足に対処するため、第10次5ヵ年計画では、揚
子江の水を首都圏に流し込む「南水北調」と言う膨大なプロジェクトが
計画されている。これを早く軌道に載せないと、2008年の北京オリ
ンピック開催も覚束ない。

 (4) 中国では2030年頃には人口が16億人に達すると予測さ
れている。その頃には沿岸部に住む数億人の都市住民の生活は今より遥
かに裕福になっている。

当然今日より頻繁に風呂に入り、水洗便所を使い、多くの食肉を消費す
るようになるであろう。中国の食糧生産は98年、99年2年連続で5
億tを越え、余剰を生じるようになった。

しかし、2003年には生産調整や耕作地の経済開発区における工業用
地への転換により、穀物生産が4億3千万tにまで減少してしまった。
今後予想される人口の圧力に加え、生活の向上により1人当たりの水の消
費量が増加すると、膨大な人口を養うのに必要な穀物生産のため水を確
保することが益々困難となる。

現在、世界穀物市場で取り扱われている総量が2億t余りにしか過ぎな
いことと考え合わせると、中国が食糧問題は、世界の食糧安全保障問題
と切り離しては考えられない深刻な問題であると言えよう。

3. 統計の魔術

 (1) 03年の経済成長率は9・1%と発表された。しかし、各省が
発表した経済成長率は、雲南省を除き全てこれを上回っていた。各省の
発表した数字を単純に足し、全国平均を出すと、15・1%の成長を遂
げたことになる。

中央の統計局が調整を行なった結果が、9・1%であるが、1年後、こ
れが9・3%であったと訂正された。これも、04年の成長との差が大
きすぎると、経済の過熱を抑えるとした中央の政策との整合性が取れな
いので、03年の成長を上方修正したためである。

統計局のさじ加減で、数字が政策的に変更されることが見え見えであっ
た。

 (2)  中国の経済の実態或いは社会の実体を把握しようとする場合
常に「統計」の信憑性に疑念を持っておく必要があろう。04年、中国
のGDPは1兆6千億ドル余りに達した。

しかし、実際はこれより遥かに大きいかもしれない。どの国の経済にも
必ず地下経済が存在する。密輸等の非合法経済。道端で散髪や按摩をよ
く見かけるが、事業そのものは本来合法であっても実際には登録されな
い未登録経済。

農村部で自給自足的に行なわれている統計に計上されない未計上経済等
である。これらに鑑みると、制度の未整備や国土の広大さによる漏れ、
腐敗汚職による意図的隠蔽によって、中国の地下経済は、先進国の標準
より遥かに大きいものと考えざるを得ない。

正確な所は誰もわからないが、地下経済を専門に研究するある学者は、
GDPの40%近くに上る可能性があることを示唆している。

 (3)  1994年にワールド・ウォッチ研究所が「誰が中国を養う
のか」との論文を発表し、中国の食糧不足に警告を発した。ところが現
実には、中国は食糧生産を伸ばし、94年の4億t余りから98年には
5億1千万tに達し、余剰生産とまで言われるようになった。

同研究所の予測が現実的なものとならなかった主な原因は、同研究所が
予測の基礎とした耕地面積のデーターが大幅に違っていたからである。
96年までの中国統計年鑑によると、中国の耕地面積は9,500万h
aであるが、84年から96年にかけて50万人を動員して調査した結
果、実際にはその1・37倍の1億3千万haであることが判明した。

しかし、このデーターも、その後の環境対策のため、又、沿岸部の経済
開発区のために膨大な耕地が失われている実態を踏まえ、絶えず修正し
ていく必要がある。

 (4)  昨年、中国の人口は13億人を越えたと発表され、13億人
目の赤ん坊に認定証が渡された。中国は80年より国家計画生育委員会
を中心に農村を含め1人っ子政策を実施してきた。

しかし、農村部においては将来の不安から、 1人っ子政策を守らず、罰
金を恐れて登録もしない無戸籍児童が多数発生している。現在では第1子
が女子の場合、第2子の出産を認めるなど多くの省で事実上1人っ子政策
の緩和が行なわれている。実際にはどの程度の無戸籍児童が存在するの
か正確に把握するのは困難であろう。

しかし、ポリオ撲滅の為に10年に亘り農村部でのワクチン投与に携わっ
た日本の医療関係者の話は、参考になるところが多い。農村部では当該
地の計画生産委員会が把握している児童数の2〜3割余分に持参しない
と不足するそうである。

今日では、全国に流動人口が1億5千万人いると言われており、戸籍制
度そのものが急速に弛緩している。このような状況の下で、最近発表さ
れた人口統計の誤差は、千万単位で収まらず、統計の信憑性を揺るがし
かねない程大きい可能性が有る。

 (5)  以上のエピソードは夫々断片的なものに過ぎない。しかし、
草の根無償協力プロジェクト視察のため何度も中国各地の貧困地帯を訪
問し、30年近く前の研修生時代に東北地方で見た農民の生活より更に
貧しい農民が、21世紀の今日にも厳然と存在している。

その現実を見る度に、中国がこの20年間平均9%の成長を続けてきた
との統計数字は、飽くまで統計上のものに過ぎず、益々深刻化する各地
の格差の実態を何ら描写するものではないことが見えてくる。

共産党の規律が最も厳格に守られていた60年初めに、豊作と発表され
ていたにも拘らず何千万人も餓死した大飢饉が発生したのも、中国全体
を統計数字により正確に把握することが如何に困難かを象徴的に示して
いよう。

改革と開放によりソフト的にもハード的にも統計の信頼度が高まってい
るのは否定できない。しかし、中国全体の動向を分析するに当たっては、
様々な形で発表される統計数字を鵜呑みにすることなく、常にその誤差
の幅を勘案し、数字の裏に隠された個々の現実をもって「実態」を補正
して行く必要がある。さもなくば、中国の本当の「実像」を見失ってし
まう。

4.我が国がなすべきこと

 (1) 大国の中で中国のみがこの20年間高度成長を持続している。
これを目の当たりにして中国の急激な政治的、経済的及び軍事的台頭に
対し、世界の警戒心が強まっている。

しかし、中国が抱える食糧・エネルギーの確保、環境保全、貧富の格差
是正問題等の根深さと深刻さ、更にそれが内外に与える影響は、そのど
れをとってみても中国一国のみで処理するには手に余るほどである。

隣国である我が国の安全保障にとり、中国が安定的に発展していくこと
は決定的に重要である。しかし、現在中国の国内は、20年以上にわたる
急成長の陰で貧富の格差が拡大し、良好な生活環境が脅かされ、腐敗汚
職が蔓延し、これに対し国民の各層の間で不満が累積している。

そして、極めて広範な国民各層から、共産主義のイデオロギーを事実上
放棄した共産党による独裁的統治の正当性に対し、様々な形で疑問が投
げかけられている。04年1年だけで6万件近くの騒乱が発生したと報告さ
れるほど、国内が不安定化している。

 (2) このため共産党は、イデオロギーの空白を埋め、自己の正当
性を強調し、国内的な安定を確保する必要に迫られている。

その手段として1930年代の日本軍国主義による対中侵略に関する歴
史教育を徹底して行い、絶えず国民の民族感情を奮い立たせ、ナショナ
リズムに訴えることで、国民の目をそらし、共産党への求心力を維持し
ようとしている。

その反作用により、国民の間に反日感情が醸成され、昨年4月には、特
別のきっかけがないにも拘らず暴力的な反日デモが全国各地で発生した。
これら反日デモをテレビの映像を通して目撃した多くの日本国民の中に
嫌中感情が生まれ、72年の日中国交正常化以来、両国民感情は最も冷
え込んでいる。

 (3)  昨年10月17日小泉総理が5度目の靖国神社参拝を行った。
これにより、これまで計画された各種交流事業が縮小されるなど悪影響
が出ている。

今後とも日中関係が冷え込み、日中経済関係に悪影響が及び、「政冷経
冷」状態に陥ってしまうのであろうか。そうなると、対外投資、対外貿
易に大きく依存する中国経済の持続的発展が阻害され、国内の矛盾が一
層先鋭化し、国内不安が広がってしまうのか。

中国の中長期的な動向を的確に見極めることは、我が国にとってのみな
らず、アジアひいては世界の平和と安定にとって極めて重要である。

 (4)  上述の通り、中国は部分部分が余りに大きく、全体を捉える
ことが困難で、郡盲象を撫でる愚を犯す危険が常にある。近い将来、中
国ではEU加盟諸国の人口に匹敵する人達の生活が先進国並みの水準に達
するかもしれない。

しかしながら、これらの人達は、自国民としてサブサハラ以南のアフリ
カの人口に匹敵する貧しい人々を養わなければならない。中国の成長の
陰には、この様な巨大なハンディキャップを背負い続けなければならな
い現実が潜んでいる。

それに加え、図体が大きいだけに、発展の過程で沿岸部の豊かな地域内
と沿岸部と内陸部との間に2重の貧富の格差が拡大し、様々な、矛盾が発
生することも避けがたい。中国の現在の指導者にとり最大の課題は、発
展と安定のバランスを取ることである。

引退した江沢民主席が内々の席で中国に取り最大の問題は「配分」の問
題であると吐露したのも、その実現の困難さを一番深く認識していたの
に他ならない。

 (5) 日中関係が冷え込んでしまっている今日こそ、我が国は、これ
まで以上に中国の発展している部分のみならず、発展から取り残されて
いる部分により注目し、全体が安定して発展するよう側面的に支援する
努力を継続する必要があろう。

にもかかわらず、現在、日本国内における対中感情が冷え込んでしまっ
たがゆえに、これまで20年以上も継続してきた対中ODA供与が困難にな
ってきている。それに止まらず東シナ海における資源開発問題に係わる
対立は、間違えれば軍事対立まで引き起こしかねないほど先鋭化してき
ている。

 (6) 双方の国民感情がこれほど冷え込んだ状況の下では、極端な
言い方をすれば、日中間の諸懸案を、日中のコンテキストの中で解決す
ることが、益々困難になりつつある。

他方、両国の政治的、経済的、軍事的存在がこれほど大きなものになる
と、世界の何人も、日中関係の安定的発展がアジアのみならず世界の平
和と安定に欠くことのできない重要要因になっていることを否定できな
い。

従って、日中間に存在する様々な矛盾を解決するには、先ず両国の最高
指導者が、アジア乃至世界の安定と発展に対する責任を十分認識する必
要がある。即ち、日中関係は、今や両国にとってのみならずアジア及び
世界の平和と安定にとって極めて重要であるとの自覚である。

この自覚と責任感が双方の国民レベルで共有されるようになると、これ
まで何度も繰り返し提起され、今や両国民の感情問題にまでもつれてき
た過去の認識問題等日中間では克服できなかった問題についても、日中
双方からこれを必ず克服しなければならないとの決意が自然に生れてく
ると信じている。

(「霞関会報」平成18年1月号より転載 )。

杉本氏は2006年8月3日早朝、肺癌のため逝去された。享年57。ご冥
福を祈ります。


http://www.melma.com/backnumber_108241_3330893/


大地の咆哮(杉本信行著、PHP社刊)についてhttp://nishiokanji.com/blog/2006/08/post_369.html

by thinkpod | 2006-08-31 22:22 | 中国


<< 中韓を煽った朝日「靖国社説」変...      マッカラム・メモ >>