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2006年 08月 26日

パール・ハーバー

--すべての陰謀はここから始まった--

『日本の奇襲攻撃計画のすべてを、アメリカは知っていた!』

アメリカ第32代大統領、フランクリン・D・ルーズベルトは、真珠湾襲撃についての一部始終をはじめから知っていながら、そのことをハワイの軍司令官には通告しなかった。なぜならヒトラーをワナにかけ、ドイツ側に宣戦布告させるためには、まずアメリカが「襲撃を受ける」必要があったからだ。当時、アメリカでは世論も連邦議会もヨーロッパの戦争への参戦には真っ向から反対していた。つまり「奇襲攻撃を受ける」ことこそが、参戦への「裏口」であったというわけだ

ルーズベルトは次のような手段を用いて、パール・ハーバーの軍司令官たちを欺いた。

ハワイへの情報を絶つ
11月27日以降、日本側との交渉が継続していると思い込ませ、開戦を認識させなかった

日本の空母艦隊の位置について、ハワイへは偽りの情報を送った

「12月。真夜中の凍てつくような暗闇の中、英国からの使節が車に乗せられ、人気のないワシントンの通りを急いだ。彼は『米大統領親展、最重要緊急機密事項』との文字が記された、極秘メッセージを封印した外交用郵袋を携えていた。中にはロンドンにある英国海軍本部からの最重要メッセージ、「12月7日にパール・ハーバーが奇襲攻撃を受ける」との情報が入っていた。ハリファックス卿はすぐにホワイトハウスに招じ入れられ、フランクリン・ルーズベルトと会談した。ルーズベルトの希望は高まった。長い間あたためていた計画がまさに今、現実のものになろうとしているのだ。それは1941年12月5日のことであった。」

「まえがき」より

本書は、アメリカが日本艦隊の暗号コードをパール・ハーバー以前に解読していたという動かすことのできない証拠を突きつけるもので、修正主義派の決定版と言える。パール・ハーバーについての既刊本と比べ、はるかに新しい文書、これまで明かされることのなかった、より重要な機密文書(公表されることはないと考えられてきた文書も含む)を掲載し、第二次世界大戦へ突入する原因を作った近代における最重要国家犯罪、歴史を塗り替える事件についての真相を解き明かす一冊である。このために3千万人を越える人命が奪われ、15兆ドル強が費やされ、信じられないような被害を被り、軍事面、科学面、技術面、産業面においても余波をもたらした。それどころか、人類の滅亡につながる可能性さえあったのだ



本書で暴かれる数々の真実

アメリカ政府が日本艦隊の真珠湾奇襲計画をあらかじめ知っていたという事実を証明する海軍情報分析についての初の暴露本。

決して公表されることはないとされてきた、最重要機密事項であるコードブック、これまで隠蔽されてきたアメリカ政府情報部の暗部を暴露。

12月7日、Xデーにハワイのレーダー探知を不能にしたアメリカ政府のもくろみ。

パール・ハーバー以前に解読された100通を越える日本軍の暗号通信JB-25Bのメッセージの初公開。

ミッドウェー海戦での裏切り。

ルーズベルトが、生涯大統領であり続けるために自国を売った、方法、時期、理由についての詳細。

「ウィリーの本は、その徹底的な調査こそが魅力だ。本書にはパール・ハーバー以前に解読された日本軍の暗号数百通、日本軍の主要なコードブックからの実例、12月7日の惨事へ導いた罪の証拠となるアメリカ海軍メモや外交メモ・・・などが記載されている。」

書評より


以下、本文より


結論-ルーズベルトは裏切り者だった

アメリカは、イギリス、オランダ、オーストラリア、ペルー、ソビエトなどの政府から、パール・ハーバーへの奇襲計画についての警告を受けていた。日本軍の重要な暗号はすべて解読されていた。ルーズベルトやマーシャルらは奇襲計画を承知の上で、それを容認し、隠蔽したのだ。



パール・ハーバーは、ドイツとの開戦のためのワナだった
--日本は「だし」として使われた--


ルーズベルトは厳粛に、そして繰り返し、アメリカ国民にこう約束していた。「あなた方の息子を外国の戦争に送り出すようなことは決してしない、アメリカが襲撃されない限りは。」彼はこの約束を破ることなど何とも思っていなかった。彼が恐れていたのは、これを破ることによって自分の政治的立場が危ぶまれるという、その一点だけだった。ホワイトハウスのお気に入りであった政治ジャーナリスト、オルソップおよびキントナーは近年、こう記している。「彼(ルーズベルト)は国民への約束をおおっぴらに破ることはできないと思っている。しかしうまい抜け道を見つけることはできる。」そしてその抜け道とは、ドイツの方から先にアメリカに攻撃させることだった。そうすれば反撃することができる。しかし彼は11月の時点で、ドイツ軍が先制攻撃をしかけてくる可能性がないことを悟った。ところがルーズベルトは、日本軍にならアメリカを襲撃させることができるとわかっていたのだ。




アメリカが勝つとわかれば、ヒトラーは決して宣戦布告しないだろう

目的:ドイツとの戦争。どうすればヒトラーに宣戦布告させることができるか。アメリカが勝利すると思わせないことが肝心だ!
大西洋での直接的な挑発は失敗に終わっていた。ヒトラーはワナに食いつかなかった。
ルーズベルトはMagic*(*P9参照)から、日本が襲撃すればドイツも宣戦布告すると知っていた。
結論として、問題はひとつ。どうやって日本に先に襲撃するよう仕向けるか。
日本は襲撃に成功する必要がある。日本の襲撃が失敗に終われば、ヒトラーは日本を裏切るだろう。


もし日本艦隊が滅ぼされるようなことになれば、目的は遂げられない。そうなればヒトラーにとって、宣戦布告は明らかに自滅につながるからだ。それだけはなんとしても避けなければならない。計画を実現させるには、日本軍が襲撃に成功するしかない。日本との戦いで弱体化したアメリカを見せつければ、ドイツを宣戦布告させることができる。それはすべてワナだったのだ。ルーズベルトの目には日本など入っていなかった。彼が狙っていたのはヒトラーだった。彼の究極の目的は、愛するソビエトを守ることだったのだ。

当時のFBI長官、J・エドガー・フーバーは1942年初頭、ルーズベルトは41年初秋からパール・ハーバー計画について知っていたと友人に語った。あのような計画を考え出すということは、いかにもルーズベルトのやりそうなことだった。ルーズベルトが倫理的な見解をまったく持たないことについて、アメリカ上院は非難していた。また米国の著名なジャーナリスト、ウォルター・リップマンはこう記している。「彼の目的はシンプルなものではなかった、そして彼のやり方は回りくどいものだった。」



なぜ古い戦艦が犠牲になったのか

ルーズベルトは、後に自らスターリンに語ったように、どうしても参戦する必要があった。そのためには国民を激怒させる必要があったが、それには襲撃を受け、大きな犠牲を出すしかなかった。
彼はなんとしても実行しようとしたのか? 彼は「あまりにも海軍を愛しすぎていた」のではないのか?彼は同じ目的のために大西洋で艦隊を犠牲にしていた。もちろん、彼はなんとしてもやろうとしたのだ。いや、実際にやってのけたのだ。
彼は艦隊の中でも重要なものは犠牲にしなかった。春には多くの戦艦を大西洋へ送り出した。しかし空母サラトガは西海岸に残した。またパール・ハーバーから空母艦隊を2隊出港させたが、これにより空母だけでなく、護衛用小型空母も襲撃から守ることに成功した。パール・ハーバーに停泊していなかった?た新しい戦艦はすべて守られたのだ。残されたのは第1次世界大戦時に用いた「くず」だけだった。
これに関しては、「共犯者」であった海軍大将ブロックが連邦議会でこう証言している。「日本軍にやられたのは、古い戦艦だけだ。ある意味、親切なことをしてくれたというわけだ。」
ルーズベルトもこれと同じ見解を抱いていたことは明らかだ。12月7日午後2時15分、パール・ハーバーへの襲撃を受けたという知らせを受けた数分後、まだ被害報告を受ける前に、ルーズベルトはイギリス大使館のハリファックス卿に電話でこう語っている。「戦艦のほとんどは沖に出ていた・・・新しい戦艦は一隻も港に泊めていなかった。」彼は新しい戦艦を守ったのだ。そしてそれこそが、彼にとってのこの襲撃計画における最重要課題だったと言える。第一に、ルーズベルトは古い戦艦についてはまったく気にも留めていなかった。第二に、彼は襲撃が起こる前から、襲撃時には港に古い戦艦しか残してないことを知っていた。つまり、パール・ハーバーこそ、彼がずっと求めていた「アメリカが大した被害を被ることなく受けることのできる先制攻撃」だったのだ。ルーズベルトは石油輸出禁止から最後通牒まで、この襲撃を計画した立役者だったのだ。そして誰が生き延び、誰が死ぬかという決定も彼が下したのだ。




黙秘による隠蔽

なぜ政府は艦隊襲撃の暗号メッセージ、12月7日以前に解読されたJN-25のメッセージを公表しようとしないのだろう。JN-25Bを隠すことは、国家の安全保障とは何ら関係ない。これは取るに足らぬ19世紀の暗号コードで、その解読技術は既に1931年に世界じゅうに公表されていた。またアメリカ政府はJN-25Bを解読し、それがミッドウェー海戦、つまりパール・ハーバーの7ヶ月後に起こった戦争を勝利に導いたことについては、誇らしげに公表したのだ。要するに、コード自体にも、その解読にも、それを解読したという事実にも、国家の安全保障に関わる意味や性質など何もないのだ。パープル・コードの解読文と、JN-25の解読文の間の違いは何なのか。答えは簡単だ。JN-25のメッセージにはパール・ハーバー襲撃作戦についての詳細な最終計画が含まれていたが、パープル・コードにはそれがなかった、ということだ。



政府が隠蔽しているもの

なぜ政府は真実を公表しようとしないのだろう。このような隠蔽は政府への不信感を募らせるだけだというのに。いまだに隠蔽されているものは、JN-25の解読文と、アメリカとイギリスが日本軍のパール・ハーバーへの奇襲攻撃の一部始終をずっと追跡していたということを示すワークシートだ。これはスキャンダル以外のなにものでもない。だからこそトップシークレットなのだ。これは国家安全保障局(NSA)が反逆罪の事後共犯であるのではないかという問題を明るみに出す事実である。
しかし、アメリカ政府がJN-25Bのメッセージ解読能力を持っていたということをNSAが隠蔽しているというその事実自体が、とりもなおさず政府が大きな罪を犯したことを物語っている。
NSAはJN-25文書の量について組織ぐるみで虚偽の証言を行ってきた。1941年11月から12月初頭にかけて送られたJN-25メッセージの解読文書の4分の1以上が、今なお隠蔽されているのだ。真実を明かさず、法にも従わないという点に於いて、NSAはゲシュタポと同類であると言える。我々はジョージ・オーウェルの著した『1984』に描かれている全体主義的社会に生きているというわけだ。反逆罪がたたえられ、ルーズベルトが無垢な若者を何千人も殺害したことが善とされる社会なのだから。一言で言うと、アメリカは我々が非難する独裁国家と何ら変わりはない、ということだ。自治国家の国民ならば、真実を知り、適切な判断を下す権利がある。NSAは真実を覆すことによって、民主主義を破滅させているのだ。

『過去を管理する者は、未来を管理する。現在を管理する者は、過去を管理する。』
--ジョージ・オーウェル




ルーズベルトは日本をアメリカとの戦争に巧みに引き込んだ反逆者である。しかも政府はそれを黙認している。ルーズベルトはアメリカ人の命を犠牲にし、アメリカを危険にさらし、連邦議会の合憲的な権力を不法に利用した反逆者だ。A
date which will live in infamy.『汚名のうちに生きる日』(*ルーズベルトの言葉。12月7日のことを指す)とはよく言ったものだ。実際、彼はこの言葉にまさに隠れた二重の意味をもたせて用いたのだ。襲撃の4日前には、ルーズベルトは自らが「死の判断を下した」海兵隊員の遺族に弔電を送ることができたというわけだ。国家の安全保障という見え透いた偽りの言い訳を楯に、今なお真実が隠蔽されているということは、政府がいまだに半世紀前に起きた真実に直面することができないということを証明している。
我々がすべてを明らかにしなければ、我々はパール・ハーバーの犠牲となった兵士、そして自国のために命を捧げたすべての兵士の名を汚すことになるのだ。彼らの命が反逆の犠牲となったのであれば、彼らの死をむだにしないためにも、そのことを我々が認識する必要がある。



歴史的背景

第二次世界大戦へ突入することとなった歴史的背景を、1904年の日本軍によるロシア艦隊奇襲攻撃から、年表形式で詳細に順を追って述べている。


(「背景」からの抜粋)

1941年6月23日:同年同月22日にドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻。それを受け、翌23日に大統領顧問ハロルド・イッキーズはルーズベルトにメモを書いた。「日本への石油の通商を禁止することで、参戦への道を可能とする状況を生み出すことができるでしょう。しかも効果的な方法で、簡単に参戦することができるでしょう。その上、このように間接的な形で参戦することによって、共産国ロシアとの同盟を結んだという批判を避けることもできます。」

1941年7月25日:ルーズベルトはアメリカ国内の日本資産を凍結し、石油の輸出を差し止め、日本をアメリカとの戦争に追い込んでいった。またこの先、ハワイへの軍事情報も差し止めた。

1941年8月14日:イギリス首相チャーチルとルーズベルトが大西洋の船上で秘密会談を行い、大西洋憲章に調印。これが国際連合の青写真となる。そこときのことをチャーチルはこう記している。「ルーズベルトの参戦への意欲は驚くほど強いものだった。」チャーチルは内閣に電報を打った。「ルーズベルトが参戦を固く決意していたことは明らかだった。」

1941年10月18日:内務長官ハロルド・イッキーズの日誌より。「参戦への最良の入口は日本であると、ずっと考えてきた。」



コードは解読されていた

日本軍の用いた暗号コードはすべてアメリカに解読されていた。
パープル・コード
J-19
JNA-20
JN-25

チャーチルの手記より。「1940年末から、アメリカは日本の重要な暗号をすべて見抜いていた。日本の軍事上、外交上の膨大な量の暗号電報を解読していた。」
そして、パール・ハーバー奇襲計画のすべてが、暗号JN-25Bに記されていたのだ。

Magic:日本の暗号無線通信を解読して得た情報に対してつけたアメリカのコードネーム。この存在を考えると「日本側の襲撃計画をアメリカが予測できなかったとは考えられない。」

Ultra:ドイツのエニグマ(Enigma)暗号機を使って無線通信文を傍受、解読して得た情報について与えた英国のコードネーム。



警告はなされた
--警告は襲撃の回避ではなく、「参戦」に利用された--

1941年1月27日から、アメリカに対してもたらされたイギリス、ロシア、ペルー、オランダなど関係各国からの「日本軍によるパール・ハーバー襲撃の警告」や「日本軍からの暗号の解読文」を年表形式で順を追って詳細に示している。

その結果、パール・ハーバーの奇襲攻撃については、その正確な位置、日付、時間に至るまで、計画の詳細をアメリカが知っていたことが、動かしようのない事実としてあぶり出される。

1943年11月30日:ルーズベルト、チャーチル、スターリンがテヘランで会談。戦後のドイツ問題などに関して協議。このときルーズベルトはスターリンにこう述べた。「もし日本軍の襲撃がなかったら、アメリカの部隊をヨーロッパへ派遣することができたかどうかは非常に疑わしい。」この言葉をパール・ハーバーの4ヶ月前に大西洋船上での秘密会談で彼が述べた言葉と照合してみよう。「戦争を正当化するための“事件”を引き起こすためなら、なんでもやるべきだ。」もし日本の襲撃が唯一の可能な“事件”であったとすれば、もちろんルーズベルトはそれを引き起こすことを約束しただろう。



『パールハーバー、すべての陰謀はここから始まった』
本書のペーパーバック(全424ページ、驚嘆すべき内容満載)あるいは電子ブックをお求めの方は、ここをクリックしてください。ウェブページを読んだら、全編読んでみたくなったのでは?ウェブページに掲載しているものは、第1章の1割ほどで、本書でお話しする、数々の驚くべき暴露話のほんの一部です。



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(書評)
「本書『パールハーバー、すべての陰謀はここから始まった』はアメリカについての認識をくつがえす、センセーショナルな一冊だ!」
大学教授、ロバート・ケルソ



本書ではじめて暴かれる真実の数々

アメリカ政府が日本艦隊の真珠湾奇襲計画をあらかじめ知っていたという事実を証明する海軍情報分析についての初の暴露本。

決して公表されることはないとされてきた、最重要機密事項であるコードブック、これまで隠蔽されてきたアメリカ政府情報部の暗部を暴露。

ローレンス・F・サフォード氏の手になるパール・ハーバーの根幹に関わるドキュメント、A Brief History『簡潔な歴史』で、アメリカ政府のSRH-149通信情報部に関し、あらかじめ隠蔽されていた事柄をここにはじめて明らかにする。

12月7日、Xデーにハワイのレーダー探知を不能にしたアメリカ政府のもくろみ。

パール・ハーバー以前に解読された100通を越える日本軍の暗号通信JB-25Bのメッセージの初公開。

ミッドウェー海戦での裏切り。

ルーズベルトが、生涯大統領であり続けるために自国を売った、方法、時期、理由についての詳細。


「ウィリーの本は、その徹底的な調査こそが魅力だ。本書にはパール・ハーバー以前に解読された日本軍の暗号数百通、日本軍の主要なコードブックからの実例、12月7日の惨事へ導いた罪の証拠となるアメリカ海軍メモや外交メモが記載されており、また8編の付録、詳細な参考文献一覧、30頁に及ぶ脚注などでもさらなる情報が追記されている。」
2001年12月9日の書評より

パール・ハーバー - すべての陰謀はここから始まった
http://www.geocities.com/mark_willey/pearlj.html


ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報
http://amesei.exblog.jp/d2006-08-25



   米側で同時進行した日本本土奇襲開戦計画

 クリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作が話題になっている。一つの戦闘局面を日米双方から公平に描くという発想が、戦後60年を経て、ようやく米国民にも抵抗なく受け入れられるようになったのだろう。

 時代がここまで進んできたのだとしたら、次はぜひとも「パールハーバー」を2部作で映画化してほしいものだ。日本側の真珠湾奇襲計画と、米側の日本本土奇襲計画を同時進行で描く。2部作でなく、1本の作品で交互に双方の作戦を進行させていくのもいいだろう。

 ルーズベルト政権の秘密作戦については、当コラムで5年前に書いているのでバックナンバーを探していただきたい(「アメリカ伝統の秘密戦争(続き)」01/10/10)。

 米国では今年になって『予防攻撃〜真珠湾を防ぎ得た秘密計画』というタイトルの研究書が出版され、同時に著者が映画化の脚本まで完成して売り込み中だという。惜しむらくは無名の航空マニアのようで、レベルのほどは分からない。

http://www.preemptivestrikethemovie.com/

 1991年12月6日の米ABCテレビ「20/20」では専門家の歴史学教授が「本物の政府計画だ」とコメントしている。オリジナルの映像14分が2分割で見られるので、ご紹介しておく。専用ソフトがあればダウンロードもできる。

(前半)http://www.youtube.com/watch?v=C1cX_Fr3qyQ
(後半)http://www.youtube.com/watch?v=2Uf_3E4pn3U
 
 時系列に事実を箇条書きにしておこう。

1937年7月   米陸軍航空隊シェンノート大尉が退役して中国空軍を指揮。  同年12月   南京陥落
1940年12月21日 モーゲンソー財務長官、シェンノートらが米軍人による日本爆撃を立案。「木と紙でできている日本家屋には焼夷弾が効果的」と意見一致。
1941年5月   統合参謀本部(JB)が対日奇襲作戦「JB355」を策定。
同年7月23日 ルーズベルト大統領がゴーサイン。2日後に在米資産凍結。
   8月下旬 シンガポールに米人パイロット等三百人が集結。計画では9月下旬に奇襲爆撃決行。しかし機体の到着が遅れた。
   12月7日 日本側の真珠湾奇襲計画決行。

 「20/20」のスクープでは、戦闘機の護衛がなくて目的が果たせるかと疑問が出されていたが、後に出版された『ルーズベルト秘録』(産経新聞社、2000年12月)では、カーチス戦闘機350機がロッキード・ハドソン長距離爆撃機150機を護衛する計画だったと新しい情報を記している。

 アメリカ政府がこんなに堂々と対日奇襲作戦を計画し、実行に移していたというだけでも知らない人は驚くだろう。日本側の奇襲作戦と同時進行なのだから、映画的な題材としてこれほど魅力的な事実はないと思うがどうだろうか。

 しかし、これだけは付け加えておきたい。同じ奇襲作戦といっても、日本側は真珠湾の「海軍力」のみが攻撃目標であり、しかも直前に宣戦布告をする計画だった。
 これに対して米側の計画は、初めから民間の日本家屋を焼き払い、しかもそれを中国軍の攻撃に偽装しようというものだった。

 どちらが「sneak attack」(卑怯な騙し討ち)と断罪されるべきか、答えは明らかであろう。(06/11/27)(追補12/15)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/latest.html
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by thinkpod | 2006-08-26 02:23 | Books


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