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2006年 08月 22日

壊される日本

「心」の文明の危機
馬野周二・著  プレジデント社  1993年刊

  著者が力説しているのは、単に日本経済が破壊されるというレベルのことではなく、日本の歴史や文化・伝統といった、いわゆる日本人の「心」が破壊されつつあることに対して警鐘を鳴らしているのです。しかしながら、この本が書かれた1993年から既に10年以上の月日が流れた今、わが国は著者が危惧していた通りの悲惨な状態に置かれつつあります。国民の大半は3S(スクリーン、スポーツ、セックス)に目を奪われ、世の中の大きな流れには無関心です。理解しがたいような残酷な犯罪が多発するようになり、テレビや新聞で報道されています。それらはすべて、今日の世界を支配下に置いている“ある強大な勢力”によって、意図的、計画的に実行されてきたことなのです。
  「そのことに気づく人が非常に少ない」と著者は嘆いています。まさに、日本人は家畜のように、ただ毎日を楽しく暮らせればよいという低級な民族へと退化しつつあるのかも知れません。ここでは、その“ある勢力”による日本侵略の足跡とも言える内容を抜粋しました。ぜひこの現実を直視していただきたいと思います。     (なわ・ふみひと)



 ペリー艦隊来航の工作者

  ペリーは1852年に4隻の軍艦を率いて江戸埠頭に現れ、開国と通商を強要した。ペリー艦隊はきわめて大規模な艦隊であり、有力な海兵を搭載していた。
  当時の幕府はすでに幕末症状を呈しており、この武力威嚇に対して手の打ちようがなかった。ついに日米和親条約を締結したが、これは幕府の無知につけ込んだ不平等条約であった。そして日本は鎖国以来250年にして開国したわけである。
  当時の東アジアの状況を見ると、すでにインドは植民地化が着々と進められており、清国はアヘン戦争に敗れ、広東、上海等を貿易港として解放し、そこにはイギリス人を中心とする酷(むご)い貿易商人が入り込んで、中国搾取の体系を築き上げつつあった。 ところで、ここでわれわれが深く考えなければならないことは、イギリスさらにはオランダ、フランスの勢力が、それまでの2世紀の間に東洋の植民地化を進めてきた事実である。
  今日の歴史書には、単に英・蘭・仏の政府が国策として東洋の植民地化を進めたように書いてあるが、実は、彼らの植民地化の実態は、国家が動いたというよりは、むしろ各国の一部グループ(各東インド会社)による商業的冒険主義者の連合勢力による動きだった。
  日本人は、日清戦争以後の大陸進出が政府主導というよりは、むしろ軍部主導でなされた経緯があるから、イギリスやオランダ、フランスの東洋への植民地獲得活動を、日本と同じように政府や軍人たちによる計画的な動きだと考えやすい。しかし実際はそうではなくて、むしろ商工業者(その中核の冒険商人)による経済的侵略行為が、のちにそれぞれの政府によって認知されて、植民地として政治的体裁を整えるようになったのである。

 東インド会社の正体

  ここに国家的に海外進出を行なった日本と、それに3世紀先行するヨーロッパ各国との大きな違いがある。そして、こういう動きの中心には必ず何らかの思想的、宗教的な背景があるものだ。
  イギリス、オランダ、フランスの場合は、その中心を成したのはユダヤ系の商人であったと思われる。アメリカ大陸を発見したコロンブスも、その身元を探るとやはりユダヤ人であったと見られている。つまり、海外に出て行って商売をし、そこで軍事力・政治力を打ち立てて植民地化し、独占的商業圏を築き上げ、その住民を搾取するという観念は、ヨーロッパ土着の考えというよりは、むしろ古い中東の歴史から出た考えであると見るべきであろう。
  イギリスの東インド会社が設立されたのは1600年で、これは秀吉が亡くなって2年後のことである。そして、オランダの東インド会社ができたのは、それから2年遅れた1602年、フランスの東インド会社は1604年である。
  その後のイギリス、オランダ、フランスの植民地経営を見ると、現地の住民を教育するといった考えはなく、単に労働力として酷使したのである。また現地人の中で頭の良い者は、本国の大学に入れて植民地政府の従順な官吏として使った。
  さて、英・蘭・仏の東インド会社なるものは、主としてユダヤ系の勢力によって作られたものであり、その中には太古の中東から脈々と流れる精神が深く隠されていたのである。彼らの植民地支配の内容を見ると、流血と詐取と搾取の跡が歴々としている。こういうことは本来の敬虔なキリスト教徒である本国ヨーロッパ人は避けていたことであろう。
  たとえば中国に侵入したイギリスの行なったアヘン戦争と、アヘンの中国への無制限の持ち込みといいったことは、尋常の精神で考えられるものではない。以後の中国は、上海を中心とするサッスーン財閥その他の、もともとアヘン貿易によって資産を成した者によって牛耳られていったのである。

 フリーメーソンの暗躍

  フリーメーソンの起原あるいは性格については、今日でもごく最内部にいる少数者を除いて十分に知っている者はいないと考えられるが、この東インド会社なるものの行動規範にフリーメーソンがまとわりついていることは疑う余地がない。
  ところで、すでにアヘン戦争を起こして中国に入り込んでいたイギリスが、なぜ日本に真っ先に来ないで、代わって米国の東洋艦隊司令官マシュー・ペリー代将が江戸埠頭に現れたのか。これは各国フリーメーソンの共同謀議の結果と見るべきであろう。
  彼らがアジア諸国を植民地化するに際して用いたのは、現地の王侯、大商人等をフリーメーソン組織に入れ、あるいは彼らを操って内部抗争を起こさせ、その混乱に乗じて全体を手に入れるという手口であった。インドなどはその典型である。
  たとえば戦前の中国は、まさしくフリーメーソンによって四分五裂の状態に陥っていた。孫文も、蒋介石を取り巻く人物の多くもフリーメーソンであった。蒋介石の婦人は宗美齢だが、この宗一家はことごとくフリーメーソンであった。そして周恩来もまたフリーメーソンであったと言われている。周恩来は若いころフランスに留学している。

 日本開国の遠謀

  それでは彼らは日本に対して、いったいどういう手を用いたか。
  幕末をフリーメーソンの光に照らしてみると、当時の事情が鮮明に浮かび上がってくる。ペリーの来航前、フリーメーソンは彼らの占領していた上海で日本征服の会議を開いたと伝えられている。その時期や場所、内容は現在のところわかっていない。おそらくその当時長崎の出島に橋頭堡を持っていたオランダのフリーメーソンが主導権をとって、日本征服の計画を練ったものと思われる。
  当時の清国に対してとった武力侵攻政策を日本に適用することは否決されたと言われている。それは、日本を武力で侵攻することに成功の保証がなかったからである。
 日本は侍(さむらい)の国であって、ペリーの来航66年も前の1786年に、林小平が『海国兵談』などで外国の攻撃の危険を説いていた。その後、多くの人が外国からの攻撃の危険を論じ、幕府はじめ各藩は海防を厳にしていた事情がある。
  アヘン戦争が1840年であるから、いかに林小平が先覚の士であったかがわかる。 日本侵入に関するフリーメーソン上海会議は、アヘン戦争以後数年以内に行なわれたものであろう。日本侵入の第一着手として、アメリカの東洋艦隊による日本強制開国が決定されたものと思われる。
  では、なぜイギリスではなくてアメリカだったのかという問題であるが、イギリスに対しては、アヘン戦争における清国での行状から、日本人は極端な悪感情を抱いており、またオランダは長年にわたって長崎・出島に住みつき、幕府に対しては極めて恭順の体裁をとっていたので、いずれも日本に開国を迫る当事者としては不適当であった。
  そこで、フリーメーソン国家アメリカが呼び出され、その任を授けられたのがペリーであったのだろう。
  極めて興味深いのは、ペリーに対するアメリカ大統領の訓令の中に、「決して武力を行使してはならない」ことが記されていたことである。つまり、日本の武士たちの対面を大砲によって破ることは、その後に計り知れない悪影響を及ぼすことを、彼らは悟っていたのである。
  アメリカ海軍のペリー提督は、日本開国について十分知識を集めて研究をして来たものであり、衰弱した幕府官僚は一方的に条件を呑まされるしかなかったのである。

 内乱を起こして植民地にせよ

  このとき、フリーメーソンはどういうプロセスを経て日本を手に入れようとしたのか。それは当時の事情から分析することができる。つまり、彼らの常套手段——対抗勢力を操って内乱を起こさせる——を使ったのである。
  幕府に入ったのがフランス・フリーメーソンで、フランスから相当規模の使節団を入れて借款を申し入れている。つまり薩長土肥の倒幕派に対して幕府が十分戦闘できるだけの軍資金と兵器・弾薬の提供を申し出たのである。
  一方、薩長側にはイギリス・フリーメーソンがついており、長崎に駐在していた武器商人のトーマス・グラバーを通じて相当の便宜供与を行なった。
  こうして日本を内乱状態に陥れ、そのどさくさに紛れて日本の植民地化を図ったのである。
  この時、日本に2人の英雄が現れた。一人は官軍の参謀総長である西郷吉之助(隆盛)、もう一人は幕府軍の参謀総長・勝海舟であった。西郷と勝が小人物で、英仏フリーメーソンの影響を受け、金で買われていたならば、とんでもない大戦争になり、江戸は焼け野原になって、今日までも大きな禍根を残しただろう。
  このような事情から、フリーメーソンはその後も日本への侵入と日本国家のコントロールをきわめて長期の計画で辛抱強く進めてきた。その後の日本の政財界の西洋一辺倒の風潮に乗って、彼らがその本心を隠して日本の著名な人士、勢力を持つ人物にそれとなく浸透していったことは間違いない。
  当時の元老・西園寺公望などは、10年間もパリに滞在したのち帰国しているが、彼は公家出身者で公爵でありながら、完全に、しかし隠微にメーソン的思想のもとに行動した人物である。フリーメーソンは現在の日本の政財界にも深く浸透していると考えて間違いはないだろう。

 獅子身中の虫

  日本を日米戦争に導く構想が指導したのは1921年のワシントン軍縮会議である。
  それ以来、日英同盟の廃棄、中国における排日思想の誘発、満州における張学良を使っての日本との紛争の惹起、満州事変への誘導などの手が打たれ、さらに中国共産党と連携して支那事変を起こさせ、蒋介石を指導援助して対日抗戦を継続させた。そして最終的には、石油禁輸によって日本を絶体絶命の窮地に陥れ、ハル・ノートで戦争に追い込んだのである。この間の情勢を冷静に検討してみると、日本の政治家、軍人の非常な愚かさがあるし、また彼らの計画の水も漏らさぬ周密さが際だっている。
  1921年から41年までの20年間の日米関係、日英関係を振り返ってみると、深い謀略が周到に張り巡らされていたことが明らかである。
  しかも極めて残念なことに、日本国民の中にこれらの謀略の手先を務め、決定的に日本を対米戦争に追い込んだ者たちが見受けられる。もっとも忠実な日本人であるべき陸軍軍人の中枢にさえも、きわめて少数ではあるがその筋の影響を受けて日本を戦争に追い込むのに加担したものがいたのだ。

 占領政策の内実

  こうして日本はイギリス、アメリカ、そしてそれらの意のままに動かされた中国によって自在に操られ、ついに支那事変から日米戦争へと追い込まれる。これは米英を動かしてきた中心勢力の隠微なる働きによることは明白であるが、一方、長年にわたり国内に培われていたマルキシズム、共産思想、社会主義分子によっても大きく動かされてきたのである。
  戦後の日本は6年間の占領によって根本的に変えられてしまった。米国外交政策を指導するフリーメーソンにしてみれば、天皇制を廃し、自由民主主義の美名のもとに少数の資本家を中核とし、大多数の国民を従順なる羊の群れとして搾取するという構想を考えていたことであろう。
  皇室はその力を削がれ、大部分の皇族は一般人となり、華族制度は解消され、財産税の無差別な適用によって上は皇室から財閥、市井の金持ちにいたるまで、すべて一様に巨大な収奪を被ったのである。
  これは、要するに伝統的支配階級を滅ぼす政策であり、日本の歴史的伝統、精神的中核を骨抜きにする作業であった。これによって今日、まったく骨のない、歴史を忘れたわけのわからぬ日本人が無数に出てきたのである。
  日本の敗戦後の状況は、フリーメーソン、イルミナティが表面に現れないようにして日本を改変し、彼らの思う方向に誘導してきた結果である。これは半ば成功し、半ば失敗したと言うことができるであろう。
  彼らは結局天皇制を廃止することができなかったし、天皇に対する崇敬を根絶することもできなかった。しかも、彼らが手を加えて大いにその衰滅を図った日本神道は、今日でも各地の神社が盛大である。少なくとも彼らが完全な成功を収めたとは言いがたいようだ。彼らからしてみれば、日本は頑強に彼らの誘導する方向に抵抗したということができよう。

 日本経済のフリーメーソン化

  明治から大正、大正から昭和、昭和から平成と、それぞれ大きな時代の変わり目であった。現在は平成5年であるが、この5年間に日本のフリーメーソン化は急激に進んでいる。
  日本の企業は大挙アメリカに出て行った。そして日本の金融機関はたいへん巨額の金を海外とくにアメリカに持ち出した。そしていわゆるバブル経済がピークに達し、その破裂が起こったのもこの時期である。
  1929年のニューヨーク株式大暴落は決して自然的経済現象ではなく、周到に根回しされ、引き起こされた人為的経済現象であるというのが、私の考えである。これと同じく、一昨年初めからの株式大暴落は、1つの劇つまり人為的なものであって、まさしく半世紀前にニューヨークの市場を操ったのと同一の手によるものであると思っている。
  当時ニューヨーク市場を動かしたのは、もとより米国人であったが、それよりはさらに大きいヨーロッパの勢力、おそらくはロスチャイルドやワーバーグの関係者がいたのである。つまり、当時のアメリカ金融界はなおヨーロッパのコントロール下にあった。それと同じように、敗戦以来の日本の経済、政治、あるいは社会は、ほとんど完全にアメリカの手によって操られているといって差し支えない。
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by thinkpod | 2006-08-22 17:26 | Books


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