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2006年 08月 15日

プライド

     「プライド 運命の瞬間」 主演・津川雅彦 
              迫真の東條英機 [1998年04月28日 夕刊]

 日本人の誇りを回復したい−。そんな思いを込めた一本の映画が完成した。
戦後日本の原点ともいうべき極東国際軍事裁判(東京裁判)を検証する「プラ
イド 運命の瞬間」(五月二十三日から全国東映系で公開)。社会派作品には
定評のある伊藤俊也監督がメガホンを取り、津川雅彦が圧倒的な存在感で東條
英機元首相の実像に迫る。結審から五十年目に当たる今年、大きな意義を持つ
作品になりそうだ。(田中宏子)

 東映京都撮影所最大の十一ステージ内に、東京裁判市ケ谷法廷を模した実物
大(約一千平方メートル)のセットが建てられていた。当時の写真や資料をも
とに、いすやヘッドホンまで忠実に再現してある。法廷シーンは全編の半分近
くを占めるが、中でも山場の撮影はピーンと張り詰めた空気が漂う。 戦勝国
の十一人で構成する判事グループ、キーナンを筆頭にした検事団、清瀬一郎や
ブレークニーらの弁護団、A級戦犯として判決を受ける東條ら被告たち、通
訳、MP…。総勢百五十人の俳優やエキストラが実在の人物にふんしてズラリと
並ぶ。
 初めから死を覚悟しながらも、日本の名誉だけは守ろうと、自衛のための戦
争であったことを主張し、勝者が敗者を一方的に裁く東京裁判のあり方を批判
した東條。一九四八年十一月十二日、ついに刑が宣告される。「Tojo Hideki
 sentence you to death by hanging」(東條英機、絞首刑に処す)。
取り乱すこともなく静かにうなずく彼は、ほほ笑んでいるようにも見える−。
 この重いシーンを、津川が入魂の演技で決める。八キロ減量、細かいしぐさ
まで入念に役作りしたという彼は、まるで東條が乗り移ったかのようだ。ライ
トが次々に消されていき、ステージ内は真っ暗になった。同時に伊藤監督のOK
が出ると、スタッフや俳優の間から大きな拍手が沸き起こった。クランクアッ
プでもないのに拍手が起こるのは珍しい。

               ×  ×  ×

 クライマックス・シーンを撮り終えた伊藤監督は「劇映画ではあるけど、何
ものをも付け加えていません。一切のニュースフィルムも使わず、すべて忠実
に再現しました」と胸を張る。一方、津川も満足そうな笑みを浮かべて熱っぽ
く語り出した。

 「僕はこれまで悪役を好んで演じてきた。今回は大変な極悪人ということ
で、役者みょうりに尽きると思いました。ところが、台本を読めば読むほど、
東條について調べれば調べるほど、彼のイメージは変わってしまった。葉隠の
精神というか、日本人的なたたずまいが好きにさえなった。そして、どうもわ
れわれはこれまでずっと操作されてきたような、イヤ〜な感じがしてきたんで
す」
 五十八歳の津川は、いわゆる戦後民主教育の第一期生だ。イヤ〜な感じの原
因は「その偏った民主教育のせい」だとし、「東條を百パーセント正当化する
つもりはないけど、一方的に一つの意見だけが出回るのは健康的じゃない」と
力を込める。
 「自らの死刑を淡々と受け止めるこのシーンで、僕は東條に昔の日本人の美
しさを感じた。あれから五十年がたって、多くの日本人はそういう精神土壌を
なくしてしまい、自分の国を愛そうともしない。西洋コンプレックスの裏返し
として、日の丸や君が代を疎んじている。この映画で日本人の誇りを取り戻し
たい。もっと大きく言えば、日本の文化を取り戻したいですね」

               ×  ×  ×

 小林正樹監督のドキュメンタリーをはじめ、東京裁判はこれまでにもさまざ
まな映画で取り上げられてきた。今年は東京裁判が結審し、東條ら七人のA級
戦犯が処刑されてから五十年という節目の年に当たる。そこでもう一度、この
裁判を見直そうと、「プライド 運命の瞬間」が企画された。
 東京映像制作と東映の提携作品で、製作費は十五億円。十一人の判事の中で
ただ一人、国際法に照らして日本の無罪を主張し続けたインドのパール判事、
インド独立運動の指導者チャンドラ・ボースにもスポットを当てる。東條夫人
のいしだあゆみ、清瀬弁護人の奥田暎二らが共演。キーナン首席検事のスコッ
ト・ウィルソン、ウェッブ裁判長のロニー・コックスもハリウッドから駆けつ
けた。

 「アメリカの戦後戦略に、東京裁判と新憲法があったと思うんです。日本人
は東京裁判で徹底的に断罪されて委縮してしまい、押しつけられた憲法を持っ
て今を生きている。そして、東京裁判と最もよく向き合い、最もよく闘ったの
が東條だったと思う。その亡霊を立ち上がらせて、くっきりと東條像を提出し
たのも、戦後の原点を正しく把握してほしかったから。外野からあれこれ言わ
れそうな作品ではあるけど、僕は右でも左でもありません」

 「誘拐報道」「花いちもんめ」など、骨太の作品を得意とする伊藤監督。妥
協を嫌う寡作の人で、劇映画のメガホンは九年ぶりとなる。だが「事実をもっ
て語らしめた」と言い切るあたり、手ごたえは十分と見た。



     【正論】ノンフィクション作家 上坂冬子 
           命で償った真実を知ろう [1998年05月18日 朝刊]

 ◆卓抜、公平な映画

 とりたてて親友というほどの人もなく、特定の活動や運動体には一切関与せ
ずに生きている私は、時として思いがけない情報不足にあわてることがある。
 東条英機元首相を主人公とする映画「プライド」がそれだ。すでに二年も前
から企画されていたというのに、私は最近までこういう映画が製作されたこと
すらしらずにいた。試写会にかけつけたのは、一刻も早く情報不足を補いたい
と思ったからである。
 それにしても、この時期に東条と東京裁判を映画化するとは、何と卓抜な発
想であろう。謝罪と補償がしきりに取り沙汰された戦後五十年の喧騒の中で上
映されていたとすれば、あるいは雑音の一つとして扱われたかもしれぬ。
 民主主義とはタブーのない社会であるはずだが、東条を論ずることはこれま
で一種のタブーであった。靖国神社が特に論議の対象とされるようになったの
も、東条はじめA級戦犯が祀られてからだという気がする。いわば極悪人扱い
されている人間を「プライド」というタイトルで白日のもとにさらすというの
だから、関心を持たずにはいられない。

 映画は、まず東条の演説からはじまっている。私はつくづく俳優という職業
に脱帽したのだが、演説の口調といい姿勢といい津川雅彦の演じる東条は、ま
さに生き写しであった。裁判の場面では奥田瑛二が見事に清瀬一郎弁護人にな
りきっている。大柄で甘いマスクの奥田に、小柄で渋い表情の清瀬が乗り移っ
たかのようであった。

 二時間四十分の大作を見おえて、まず言えることは、私の案じた点が杞憂に
終わったという思いである。東条をとりあげたというだけで製作会社東映の労
組から反発がおきたほどだから、この種のテーマの常として賛否両論が手ぐす
ねひいていたにちがいない。右寄りだ、いや左寄りだという論議に終始しかね
ないと案じたが、そういう低次元な論を封じ込める公平さで貫かれている。

 ◆見直そう、単純な図式を

 裁判の冒頭の場面で、アメリカの弁護人が、国際法では戦争による殺人は罪
にならない。それを原爆を投下した者たちが裁くとは!という意味の発言を
し、そのとき日本人の通訳が仕事の中断を命ぜられていた。つまり戦勝国が敗
戦国を裁くということ自体、裁判の名に値しない不公平な設定だというところ
から、映画ははじまっているのである。これはアメリカのインテリ層の間です
でに通説とされており、たとえば一九八六年から八年にかけてアメリカ各地で
上演された「横浜戦犯裁判」で、脚本家のコーニッシュは「敗戦国にだけ戦犯
が存在して、戦勝国に存在しないのはおかしい」という台詞をアメリカ兵の一
人にいわせていた。

 これまで日本人は東条=極悪人という単純な図式で切り捨ててきたが、半世
紀にわたってこの判断だけでよかったのか。映画の一場面として小学校の教室
で教師が東条の孫を指さして、
 「皆さん、東条クンのお祖父さんは泥棒よりもっと悪いことをした人です」
と伝える場面がある。指さされた少年が、無邪気に微笑んでいたのが涙をさ
そったが、これは実話に近いだろう。当時、東条家には非難の手紙が殺到し、
娘たちは身の安全のために一時、東条の姓を変えて過ごしていた。いまどきの
イジメどころではない。
 日本人のみならず、もちろんアメリカ人も東条を敵視しており、巣鴨プリズ
ンの教誨師としてよく知られている花山信勝師によると、プリズン内の歯科医
は東条の治療を終えたあと金歯にRPHと刻んだという。RPHとはリメンバー・パ
ール・ハーバーの略で、
 「遺品として残された入れ歯にその文字があるかどうか、あるとき勝子夫人
に電話で確かめたことがあります。夫人は、わざわざ見に行って『書いてあり
ます』と答えてくださいました」
 とのことだ。

 ◆戦後を論じる良き教材

 また花山師は、東条が獄中にあって常に兵の身を案じていたとも語ってい
た。巣鴨プリズンに拘置されている兵たちは様々な労働に従事させられたが、
東条は彼らの労働賃金を留守家族宛てに支払うようアメリカ側に申し入れをし
ていたのである。いくつもの事実を握っていた教誨師もすでにこの世になく、
絞首刑という野蛮な方法で日本人が謝罪を強いられて五十年が過ぎた。

 戦争が終わってからほぼ五年にわたって、国内外で千人を越える日本の指導
者や兵たちの命が奪われたことすら知らない世代が、いまでは社会の中堅と
なっている。また、敗戦のころすでに成人していた日本人たちも、当時はその
日の食糧を求めることに精一杯で、命をもって償いをさせられた人々の真実に
疎かった。その意味でこの映画が時宜を得て提示されたことを高く評価した
い。
 今後、日本の戦後処理に関する謝罪や補償を論じる場合は、理不尽な裁判に
よって命を奪われ謝罪を強いられた日本人がいたことを、誰しも念頭におくだ
ろう。
                        (かみさか ふゆこ)




   【イブニングマガジン】映画「プライド」
              論説委員 皿木喜久 [1998年05月08日 夕刊]


 Nさんという毎日新聞のOBから、東条英機の話をうかがったことがある。Nさ
んは戦前から政治記者をつとめた、戦後政治の生き字引のような方である。駆
け出しは今の政治部記者と同様、首相官邸での首相番、いわゆる番記者だった
が、そのときの首相が東条だった。大変気さくな首相で、Nさんたちともよく
話をしてくれた。
 やがてNさんにも赤紙が舞い込み、東京近郊の部隊に入隊した。そこから東
条首相に「お世話になりました」という手紙を書いた。もう生きて会えないか
もしれないと思ったからだ。さっそく東条から丁重な返礼がきた。軍隊での私
信は差出人を検閲された。上官はNさんへの手紙の差出人を見て驚いた。何し
ろ軍人にとっては雲の上の人の陸軍大将である。
 「貴様、東条閣下を知っておるのか!」
 「ハイ。親しくさせていただいていました」
 おかげで、外地の激戦地にいかなくてすんだのかもしれません、とNさんは
苦笑していた。要するに、常識あふれる普通の軍人であり官僚であり、また政
治家であったのだ。少しばかり秀才だったけれども。
 ただ、あまりに常識的な人物であっただけに、開戦時にも普通の判断しかで
きず、開戦を阻止できなかったのかもしれない。             
     

                     ◇

 東条英機は陸軍士官学校十七期卒業生、いわゆる陸士十七期である。彼の一
年上の陸士十六期に永田鉄山という軍人がいた。陸軍きっての秀才、国際派と
して知られた。陸軍内の同じ「統制派」に属していた一期下の東条も、永田が
いる間はほとんど目立たない存在だった。
 永田は軍事課長、軍務局長として国家総動員体制の確立を目指したが、いわ
ゆる「皇道派」の反発を買った。昭和十年八月、局長室で相沢三郎中佐に斬殺
される。これが相沢事件であり、その裁判が二・二六事件のひきがねのひとつ
となったとされる。

 永田の死後、東条は押し出されるように頭角を現し、陸軍次官、陸相などを
へて首相となる。だが、大秀才であった先輩の永田が生きていたら、果たして
どうだったのか。
 「東条が首相になるのだったら、その前に永田がなっていたのは間違いな
い」とする歴史家もいる。もし昭和十六年当時の首相が東条でなく永田だった
ら日本はどうなっていたのか。開戦はあったのか。当然、東条の運命も変わっ
ていたに違いない。むろん歴史にイフはありえないのだが、このケースだけ
は、どうしても考えてみたい気がするイフなのである。          
        

                     ◇

 戦争が終わった直後、東条の家の近くの店は「東条の家族には何も売りたく
ない」と日常品の販売さえ拒否したという。また、東条の孫は転校した小学校
ですべての教師から担任になるのを拒否されたという(『教科書が教えない歴
史2』)。 何とももの悲しく、情けなくなる話である。



   【イブニングマガジン】映画「プライド」 東条英機最後の闘い
               主演 津川雅彦 [1998年05月08日 夕刊]

 東条英機ら七人の「A級戦犯」に絞首刑の判決が下された「東京裁判」終結
から今年で五十年。その裁判の全容をリアルに再現した映画「プライド 運命
の瞬間(とき)」(東映系)がついに完成、二十三日から公開されます。日本
中の憎悪を一身に集め、死を覚悟しながら「最後の戦い」に挑む東条英機を演
じた津川雅彦さんをはじめ、東条の孫娘などゆかりの人々のインタビューを通
し、「五十年後の東京裁判」を特集します。(大川聡美)

 東条英機の役の依頼を受けたとき、あれほどイメージの悪い方ですから、彼
を演じるのは身震いするくらい魅力的だった。悪人をその人間的側面にスポッ
トを当てて、逆に観客に共感を覚えさせることは役者にとって大きな楽しみで
す。
 しかし、台本を読むうちに東条という男は東京裁判で、連合軍の不正に立ち
向かった「正義の人間」だと感じた。日本が何も主張しないから、誤りが正さ
れないままになってしまっている。「この裁判は不正なものだった」−この真
実で、一点突破だな、と。

 この作品が戦後五十年でなく、三年ずれて、東条が亡くなって五十年の今
年、発表されるのは非常に意義がある。キレたら刺す中学生、接待官僚、金融
腐敗…この三年間に、さまざまな社会問題が花火のように打ち上げられた。東
京裁判はこれらの問題を現出している元凶のひとつだと思う。なぜなら五十年
前、重大な敗戦体験を自らの手で貴重な経験として生かすことができず、日本
は無責任な敗戦処理をしてしまったから。それが東京裁判なんだ。

 頭を剃って、ヒゲとメガネをつけたら、自分でもびっくりするぐらい簡単に
東条さんに似たのはラッキーだった(笑い)。僕はオバケは苦手だけど、東条
さんは絶対化けて出てこないと思うよ。それくらいキチッと演じられた。
 キーナン検事とウェッブ裁判長を演じたスコットとロニーの腕前は光ってい
たね。「役者がよければ映画は文句なくおもしろくなる」というのが実証でき
た。彼らも所属しているアカデミーの外国映画部門に出品しろって、熱意を
もってすすめてくれた。これから邦画関係者たちが、キャスティングにもっと
神経を使ってくれるようになるとうれしいね。
 伊丹十三さんをなくしたショックや寂しさを、この映画にかけることによっ
てまぎらわすことができた。逆にパワーになった。彼を失った穴はとても大き
いけれど、この映画と伊藤俊也監督との出会いは、私の今後の人生のうえで、
貴重な体験となったね。                   

                      ◇

 つがわ・まさひこ 昭和15年京都生まれ。父は沢村国太郎、母は女優のマキ
ノ智子、母の父が“日本映画の父”牧野省三、妻は朝丘雪路、兄が長門裕之の
芸能人一家。31年「狂った果実」でデビュー。ブルーリボン賞など多数の映画
賞受賞。                  

                      ◇

 【映画ストーリー】 昭和20年にポツダム宣言を受諾し、連合国の占領下と
なった日本。元首相、東条英機は、戦犯容疑で逮捕される寸前、ピストル自殺
を図るが、未遂に終わる。命を取りとめた東条は、A級戦犯として、巣鴨プリ
ズンに収監される。
 死を覚悟する東条にとって、裁判は無意味なものに思えたが、独立国家の主
権すらも否定し、戦争の原因のすべてを敗戦国に負わせようとする連合国の意
図を知り、無罪を主張し、戦い抜く決心をする。 21年5月3日、東京裁判が開
廷した。11カ国で構成され、内部に対立の芽を内包する判事団、国家戦略を胸
に戦犯を追及する検事団、国際法に基づき懸命の論陣を張る弁護団、そして戦
前、戦中の歴史の舞台に登場した証人たち…。それぞれの思惑がぶつかり合
い、裁判は緊迫する。
 そして、ついに東条が証言台に立つときがきた。

 【主なキャスト】

  東条英機…津川雅彦
  キーナン首席検事…スコット・ウィルソン
  ウェッブ裁判長…ロニー・コックス
  立花泰男(ホテル客室主任)…大鶴義丹
  新谷明子(ホテル客室係)…戸田菜穂
  パール判事…スレッシュ・オビロイ
  チャンドラ・ボース(インド独立の指導者)…アンヌパム・ケール
  赤松貞雄(元首相秘書官)…前田吟
  重光葵(A級戦犯、元外相)…寺田農
  大川周明(A級戦犯、国家革新運動指導者)…石橋蓮司
  田中隆吉(元陸軍省兵務局長)…島木譲二
  溥儀(元満州国皇帝)…金士傑
  清瀬一郎(東条担当弁護人)…奥田瑛二
  東条かつ子(東条の妻)…いしだあゆみ


Untitled Document
http://www2.nkansai.ne.jp/users/minoru2/yomoyama/ojisan/pride/sankei.html


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by thinkpod | 2006-08-15 03:15


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