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2006年 08月 09日

郵政改革と宗教戦争

特定郵便局の概略
昨年の郵政改革を巡る騒動が何であったのか、意見の別れるところである。先週号で述べたように、表面上は改革の賛成派と反対派の間でデマとも受取られるような議論の応酬であった。参議院で改革案は否決された後、衆議院は解散され総選挙が実施された。この選挙で改革推進派の候補者が多数当選し、一転して参議院で改革案は可決成立した。

この過程で、郵政改革に反対した有力議員は自民党を追われた。自民党の郵政部会の混乱あたりから、マスコミや世間はこの郵政を巡る騒動に関心を持ち始めた。しかし9月に小泉政権の内閣改造が行われ、郵政改革法案が参議院で可決すると、一転して皆の関心は薄れた。今日となっては、郵政改革に興味を持つ者など全くいないのではないと思われるほどである。

まず郵政の話を進める前に日本の郵便局の分類について簡単に説明する。大きく分けると郵便局には、日本郵政公社直営の普通郵便局と特定郵便局長が経営する特定郵便局がある(この他に簡易郵便局があるがここでは話を省略する)。先週号で取上げた問題は主に普通郵便局に関わるものであった。今週はもう一つの方の特定郵便局を取上げる。

特定郵便局は全国に約1万8千局ある。明治4年(1871年)に日本の郵便制度は発足した。明治政府は、この郵便制度の整備を急ぐため、局長に地域の有力な名士を据えた。多くの名主や庄屋と言われた人々が、私財を提供し郵便事業に携わり、日本の郵便事業は急速に発展した。今日の地方の特定郵便局長のは、これらの地方の名士の後継者ということになる。この点が郵便局員のOBが多い都会の特定郵便局長と異なる。

特定郵便局長は国家公務員であるが多くは世襲されてきた。これに対して国家公務員が世襲されるのはおかしいという話になり、一応特定郵便局長になるための任用試験の制度が設けられた。話によるとこの試験のポイントは特定郵便局長に相応しいかといった人物評価が中心になっている。他人の金を預かったり、信書を扱うということになれば、このようなことが重要になることに納得は行く。この結果、世襲ではない特定郵便局長の割合が段々と大きくなっている。

ところでこれまで地方の特定郵便局長の政治力というか、集票力は大きいとされてきた。ただし正確に言えば、特定郵便局長は公務員であり政治活動に携わることができないため、選挙の際に実際に選挙活動を行うのは特定郵便局長のOBである。しかし特定郵便局長だから集票力があるのではなく、地域で人望が篤い人々が局長になっているから集票力があるという解釈が成立つ。

民営化を進め採算を重視する郵政改革は、このような地方の特定郵便局の整理に繋がることがはっきりしており、特定郵便局長はこぞってこれに反対した。実際、郵政民営化に伴って、特定郵便局の整理と特定郵便局長の転勤制度という話が出ている。つまり特定郵便局長会の危惧していた事態が現実化しているのである。

地方は過疎化によって、市町村合併などによる行政の合理化が進んでいる。補助金や地方交付金のカット、さらに公共事業の削減が行われている。そしてこれに追討ちをかけるような特定郵便局の整理である。このような話は昨年の郵政改革論議でさんざん聞かされた。しかしこのような話は事実ではあろうが、あくまでも表向きの話である。郵政改革騒動で全く触れられてこなかった重要な部分があると筆者は見る。


平成の物部氏と蘇我氏の争い
一年ほど前、ある会合(飲み会)で二人の神主さんとお話する機会があった。二人とも神主であると同時に地方の特定郵便局長であった。お二人の話によると、地方の特定郵便局長には神主の方々が極めて多いということである。いわゆる「村の鎮守」の神主である。「村の鎮守」は地域住民のある意味で精神的なよりどころであり、地域共同体コミュニティーの中心である。しかし神社からの収入は知れており、まさに「村の鎮守」を維持するための経済的基盤が問題となっている特定郵便局ということになる。

過疎化や農業収入の減少によって、地域のコミュニティーはガタついている。そこに郵政改革によって、特定郵便局長という地域の取りまとめ役的人物の経済基盤が失われる事態が起ろうとしている。そして特定郵便局長に神主の方が多いということは、「村の鎮守」の行末が怪しくなったということを意味する。特定郵便局長会は、自民党の重要な集票組織であった。郵政改革はこの特定郵便局長会の意に反するものであり、普通なら自民党は特定郵便局長会の意向に反するような改革の進め方はしないものである。しかし何と自民党はこの大切な支持組織をバッサリと切って捨てたのである。当然、自民党の内部では議論が割れた。郵政改革反対派は、特定郵便局長会をバックに民営化推進派に異を唱えた。

これはあまり報道されていないが、自民党の改革派だけでなく、郵政改革を強く押し進めた一大勢力がある。公明党である。最終的に、公明党を取るのか特定郵便局長会を取るのかの選択を自民党の国会議員は迫られたのである。これによってそれまで優勢であった改革反対派が腰砕けになった。

特に都会の自民党議員は公明票に大きく依存しており、公明党のこの脅しが効いた。一方、特定郵便局長会をバックにした郵政票は年々小さくなっている。自民党全体としては、郵政票を捨て、公明票を取ったという図式になる。

しかし見逃してならないのは、公明党が巨大宗教団体をバックにしていることである。いや巨大宗教団体そのものが公明党と言った方が正確である。この新興宗教団体の特徴は日本的でない点である。そしてこの新興宗教団体は大都市で多くの信者を獲得しているが、どうしても入り込めないの地域がある。特定郵便局が配置されているような片田舎である。ちょうど06/6/5(第439号)「美しくない話」で取上げたような原日本人が住むような地方である。

このような地域の人々の精神面と文化・伝統面を支えいるのが神社(村の鎮守)である。そして多くの特定郵便局長が神主ということは、郵政改革を巡る争いは、巨大新興宗教と日本の古来からの伝統宗教との対決ということを意味する。ちなみに郵政改革反対派の首領、綿貫民輔元衆議院議長は自らが宮司であり、神道政治連盟国会議員懇談会の会長でもある。つまり今回の郵政改革騒動は、ある意味で宗教戦争という側面を持ち、まさに「平成の物部氏と蘇我氏の争い」のようなものと筆者は理解している。

自民党は公明党と連立を組むようになってから変質した。表面上は改革派の跋扈である。しかしそれは一面であり、本質は自民党の公明党化である。実際、公明党の選挙協力なしで当選できるのは、それこそ地方の有力議員候補だけである。

郵政改革などのように旧来の支持層を切捨てる構造改革政策が続き、自民党の公明票への依存度はますます強まった。このような大変な事態に気付いている自民党の政治家もいるが、既に手後れのような気がする。票を得るため支援者の名簿を公明サイドに渡している議員も多く、公明党の意向に逆らってはまず当選しない議員の集まりが今の自民党である。

日本では日本に古来からある宗教とは異質の新興宗教が周期的に流行り問題を起こしている。マインドコントロール系の宗教である。分りやすい例は霊感商法や合同結婚式で問題になった宗教団体である。数年前、文芸春秋にこのような宗教のルーツが朝鮮半島の北部にあることを指摘した記事が掲載された。

朝鮮半島には昔からこの種のマインドコントロール系の土俗的な宗教があったと言うのである。このような宗教群は、時おり他の宗教、例えばキリスト教や仏教の教義を取入れ、多くの熱心な信者を集める。仮にこのような宗教が日本の政治に食い込もうとしているとしたなら、我々としても大いに関心を示す必要がある。

経済コラムマガジン
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by thinkpod | 2006-08-09 03:19 | 政治経済


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