2006年 08月 05日

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑(続き)

朝鮮総聯の仕組んだキャンペーン?

 チマ・チョゴリ切り報道の現場では、何が起こっていたのか。最後の最後まで報道を続けたのは、新開では朝日だけだが、当初は他の主要紙も事件を取り上げていた。

 ある全国紙の社会部記者で、この取材に携わっていた三十代の男性に、埼玉県下で会った。彼は言う。「同じ新聞記者として、正直に言えば、ぼくも朝日さんの報道内容にはかなりの疑問を持っているんです。朝鮮総聯さんが開く記者会見で、被害数が何件、と発表されると、必ず『それは例年に比べて多いのですか、少ないのですか』という質問が出る。ところが、回答は『通常はそういう統計はとつていないからわからない』なんです。データとして不確かなものを、新開が無批判に掲載していいのかと思います」

 ではなぜ、あなたの新聞も含めて、五月頃は各紙ともこの件を積極的に取り上げていたのか、と開くと、「決していいことではないと承知しているんですが、毎日紙面を埋めねばならないブン屋の意識としては、それが真実か否かよりも、まず『ああ、これは記事になる』と発想してしまうんです。具体的に言うと、五月二十五日の朝日に、例の[子供たちに各地で嫌がらせ チマ・チョゴリの通学中止 栃木の朝鮮学校]という記事が出た。よし、これはネタになる、ウチも取材してみよう、ということになる。朝鮮学校に電話する。取材に釆てもいいという返事が貰える。つまり、一例でもあると、それが各紙で記事になってゆくんです。やがて、雑誌が取り上げる、テレビが取り上げる、そういう流れになってゆく」----つまり、情報の拡大再生産が行なわれている、ということですか。「その通りです。一般にブン尾は、それが本当にニュースかどうかなんて考えていませんから」

 そして披は、誰もが思っていながら誰もが日には出せない、例の雰囲気についてこう言つた。「記者クラブでも、この一連の事件について、何だか不自然だ、と感想をもらす者がいます。すると、必ずといっていいほど、″進歩的″な新聞記者から次のような言葉が返ってくる。「じゃあ、お前は彼女たちが自分で切っているとでもいうのか!』こう言われると、日本人の朝鮮への侵略・差別の歴史への贖罪感をつかれてしまって、もう何も言えなくなるんです」

 しかし、そうすると、このチマ・チョゴリ報道に関しては、情報に何らかのバイアスがかかった時に、チェック機能が働かないということになるのではないか。それは、結果的には一種のフレームアップを生み出しているのではないか。「フレームアップとまでは言えないでしょう。しかし、現場にいた記者として、これは朝鮮総聯さんの、少女たちの被害をうまく利用した政治的キャンペーンだったとは感じています。なぜなら、そもそもこれは、最初からウラがとれない種類の事件なんです。被害があったことまでは確認できる。しかし、犯行の動機が、北朝鮮への批判的報道が過熱したことによっての差別的な感情からのものだった、なんていったい誰が証明できるのか。ひょっとしたら、犯人本人にだってわからないかもしれない。民団系の人にはそういう被害が一切ないことを見れば、精いっばい好意的に見ても、これは『民族差別』ではなく、『国への反感』だったと言うべきだったのではないか。もちろん、だからいいとは言っていないですよ。論理をすりかえてしまうのはよくないと言っているんです。北朝鮮の核疑惑という政治問題が、気がつけば朝鮮学校の女生徒への迫害という人権問題にとつてかわられていた。朝日を中心にメディアを実にうまく使った、大成功のキャンペーンだったんじゃないかな、と思います」

背後には計画的なものがある

 一九九〇年、康京華(カン・キョンファ)は、現役の朝鮮高校女子生徒だった。制服としてチマ・チョゴリを看ていた当事者である。この年は、北朝鮮関連で、とくに何かが起こった年とは言えない。「あたしの時も、切られた子はいましたよ。その時も、父兄会の要請もあって、自衛手段として集団下校はしたんです。けれど、被害数の統計もとってくれなかったし、事実究明活動も行なわれなかったようでした。それが今年に限っては被害が何件になって、調べた結果詳細はこうで・…等の詳しい調査が行なわれていると知ると、ひどい話だと思ってしまう。対策を立てるなら北朝鮮がどうだろうと関係なく、日ごろからやっておくべきだと思います」

 同じく東京朝高卒菜の柳和実(リュウ・ファシル)は、「百二十四件はどうかとしても、その半分くらいの被害が今年はあったと思う」 とした上で、やはり、「何もなかった年」に、自らの目の前でクラスメイトのチマが切られた時の体験を語ってくれた。「いつも京浜東北線で通学していたんですけれど、ある時、赤羽から二駅くらい通過したところで、友達の一人のチマが切られていることに気がついたんです。切り方は、そうですね、乱切りつて言えばいいのかな? ズタズタにされていて……。怖かった。わずかの間に、相手に気付かせずに、こんなにも見事に切れるものかと驚いてしまいました」

 当然、誰がやったのかはわからずじまいだった。「その後、ちやんと先生には報告したんですけれど、ホームルームの時間に『みなさん、気をつけましょう』でおしまいでした。被害にあった子に何かしらケアをしてくれたという詰も聞かないし、重要な問題だから運動として取り組もうということにもなりませんでした」

 今の彼女は、そう憤りを隠さない。                      

 京都朝鮮中学校出身の憤俊河(シン・ジュナ)は、「実際、朝校生への暴力は、今も普もあるんです。けれど、朝校生も、徒党を組んでずいぶん悪いことをしている。弱そうな日本人の中学生見つけて、『おい、自転車貸せ』 って取り上げて、壊れるような使い方して、返す時はツバ吐きかけてから渡したり、とかね。朝校に行ってよかったと思うことはいくつもあるけれど、ぼくはああいう″伝統″みたいなんが、すごく嫌でした。もし立場が逆やったら、今頃、『日本人、男子生徒にも暴行』とか何か言うて、大々的に記事にされてるんちゃいますか。祖国が不利になると、まるで持ち駒のようにチマ・チョゴリを持ち出してくる。正直に言うて、どうかと思いますよ」

 兵庫朝鮮高校を卒彙した洪相基(ホンサンギ)は、よりストレートにこう述べる。「この記事、絶対おかしいですよ。朝鮮総聯の言いなりに書いているとしか思えませんわ。だって、百二十四件や言うけれど、どういう基準でどう調査したのかは皆目わかれへん。それに、言うたら、そんなに『勇気』のあるヤツがいてるんかな、と不思議ですわ。カミソリか何か持って、女の子の後つけまわすなんて、リスクの高い行為ですやん。その場で捕まったらしまいや。もしほんまに総聯や朝校に対して反感持ってるヤツやったら、そんなセコいことせんと、もっと堂々とした手段選ぶと思うわ」 先に引用した七月五日付の朝日新開中では、弁護士の床井茂という人が、こうコメントしている。

 「(朝鮮学校生徒への暴力は書からあったが)今回は非常に長く続いており、一つひとつは偶発的に見えるが、背後には計画的なものがあるようだ」 

 洪相基は、それを読んで、「ぼくもそう思うわ。ただし、逆の意味で、ですけどね」 と言い、笑った。

朝日新聞記者の驚くべき発言

 朝日新聞を中心とする「チマ・チョゴリ切り」事件の一連のキャンペーンには、少女たちの受難を奇貸とした、ある種の政治的な意図が働いていたのではないか。取材を進めるにしたがって、そのように考えざるを得なくなっていった。

 取材期間の最後になって、チマ・チョゴリ切り事件報道記事を実際に書いた朝日新聞のある社会部記者に、匿名を条件にやっと話を開くことができた。それまで朝日新聞は、非常に官僚的な対応で取材を拒否していた。取材することで収益を得ている新聞社が取材拒否をするとは、見上げた根性である。

 彼はあっさりとこう言った。「チマ・チョゴリ事件報道のニュースソースは、朝鮮総聯です。私個人としては、事件のカウントの仕方に疑問を持っていますけれども。古二十四件の中には、女子中学生がスカートに手を突っ込まれた、というような事例も含まれているんです。これなどは、『民族排外主義』というよりは『いわゆる痴漢行為』にあたるのではないか、と思っているんです」

 しばらく、二の句が告げなかった。一連の記事は、彼自身も著名人りで書いたのである。

──では、なぜそのように報道しなかったのですか。
 「朝日新開としては、朝鮮総聯の発表である、として記事にしたのです。よく『警察庁発表によると……』の表記の記事を御覧になると思いますが、基本的にはあれと同じなんです」

 日本の国家機関である警察庁と、日本では法人格すらない、いわば「私的組織」でしかない朝鮮総聯を同等の基準で扱っていいのだろうか。

──新聞社として独自の取材はしなかったのですか。
 「した・しないではなく、両者は報道としては別物だということです」

──ある新聞記者は、そもそもウラ取りができない種類の事件であると語ってましたが(ここで、先の某紙社会部記者の発言の要旨を伝える)。
 「それはおっしゃる通りだろうとは思います。しかし、われわれはニュースソースから開いた情報を、ニュースソースを明らかにした上で報道したのです」

──朝鮮総聯の言う通りに報道したのですね。
 「朝鮮総聯がこういう発表をした、と報道したのです」

 これが、「チマ・チョゴリ切り」事件報道における朝日新開の記事の作り方なのだ。独自取材をまったくしなかったわけではなさそうだが、それにしてもあんまりではないか。つまりは、朝鮮学校の女の子がいたずらされたというだけの事件に、そんな手間とコストはかけられませんよ、ということか。これでは、「うさん臭い」と言われても仕方がないのではないか。

 柳和実が言っていた。「開いた話ですけれど、今朝校の女の子たちは、防犯ベルを持って通学しているそうですよ。あんなこと書かれたら、女の子、絶対に怖いですよ」

 朝鮮総聯の発表をもとに、新聞記者たちがウラもとらずに書きなぐつた記事で、女子生徒たちはさらなる恐怖に晒されることになったのである。

女子生徒は在日の「広告塔」か


 東京朝鮮高校で、切られたチマ・チョゴリの現物を見た。朝鮮総聯の施設に足を踏み入れるのは、実に久しぶりのことだった。
「これはひどいですね」

 保管されていたチマ・チョゴリを見た、率直な感想であった。取材の過程で、被害事実そのもの・については十分に心証ができていたのだが、ナマで見る説得力は予想以上だった。このチマ・チョゴリを看ていた女の子は、どれだけの恐怖感を味わったことだろう。

 夏物の上着の襟には垢の汚れがあり、背中がザクリと切られている。チマは、ザクザクに切り裂かれている。おそらく、被害がいちばんひどかったものを学校側が保管しているのだろう。

 ここで、不自然としか思えなかった報道の事実経過について、疑問をぶつけてみた。例のタクシー運転手の件である。答えは、明瞭だった。「その子の場合は、埼玉の小さな街に住んでいて、そこから通って来る子は非常に少ないんです。彼女が最初に被害にあった時、警察の人が通学時に警護してくれるようになったんですね。なにしろ小さなところだし、通学の時間は決まっているから、顔を覚えられてしまったようなんですよ。タクシーに乗った時に、ドライバーが彼女を知っていて、暴言を浴びせてきた、ということだったそうです」 そう説明してくれれば、とりあえずの納得はいく。ならば、中央線の「核」「北朝鮮」独り言オジサンに関しても、新聞が舌足らずだっただけで、やはり理解できるプロセスがあったのだろうか。

 いくつかの事例について説明を聞きながら、もう一つの懸念について尋ねてみた。----ほとんど犯人が検挙されていない中で、どうして「民族排外主義的な日本人の仕業」と断定できるのか。

 学校側の答えはこうだった。「私たちは同民族の犯行であってはならないし、あってほしくないと思います。状況から見て、日本の方、と断定できます」

 だが、仮に事件のすべてが日本人によるものだとしても、そこに民族排外主義なるものが介在していたかどうかは、薮の中としか言いようがない。チマ・チョゴリ切りの背後にある動機は、あれだけの大騒ぎがあったにもかかわらず、いまだ誰も解明していないのである。

 そして、さらなる疑問。

 なぜ朝鮮学校は、女子生徒だけに民族衣装の着用を強要するのか。これに対する学校側の答えは、「話が長くなる」という理由で、今回は得られなかった。

 朝鮮には、男性の民族衣装(パヂ・チョゴリ)もある。こちらの方は、学校に限らず、朝鮮総聯社会でも滅多に着用されることはない。せいぜい、運動会などのイベントの際に、舞踊の衣装として着るくらいである。

 朝鮮学校の女性教師たちは、学内ではカラフルなチマ・チョゴリを着ることが多いが、通勤時の着用は必ずしも義務付けられてはいないようである。

 柳和英が言っていた。「チマ・チョゴリを着ると、冬はすごく寒いんですよ。それでも、上にコートをはおることはしなかった。別にそういう規則があるわけじやないんですよ。でも、コートをはおったら、チマが見えなくなってしまうでしょう。みんなが我慢しているのに、一人だけコートをはおるなんて、怖くてできなかった」

 康京華も、同様の思い出を語っていた。
「チマ・チョゴリつて、機能的ではないし、とにかく目立つんです。あたしたちが電事に乗っただけで、車内の雰囲気が変わるくらい。ある時、母親が、そんなにチマ・チョゴリが嫌なら、私服で通ったらどうかと言ったことがありました。でも、本当にそうしたら、学校でどれだけの辛い思いをさせられるか。あたしは、ジャンヌ・ダルクにはなりたくなかった」

 しかし康京華は今、「でも、ジャンヌ・ダルクは必要なのかな」と考えることはある、と言う。

「あのね、そんなにチマ・チョゴリが大切だったら、朝校の女の子だけじやなく、みんなで着ればいいんですよ。民族の血、民族の誇りがチマ・チョゴリだと言うならね。それだけで民族性満たされるのなら、朝校の先生も、総聯の職員も、女はみんな着ればいい。

 朝校の女子生徒のチマ・チョゴリは、つまりは象徴化させられているんですよ。儒教的な性差別だと思います。こういう事件も、そもそも朝校側に明らかな問題があるから起きるんです。女子生徒を大切に思うなら、いくらでも改善策はあるはずなのに」

 現在、在日人口約六十八万人。朝鮮学校の女子生徒は、一校に百五十人とかなり多めに見積もって計算しても、二万五千人くらいか。「北朝鮮」の活字が連日おどろおどろしく躍る街を、全在日人口の中で数パーセントにも満たない朝鮮学校の女子生徒だけが、チマ・チョゴリを着用させられて歩いている。彼女たちは、在日の「広告塔」なのか。

 チマ・チョゴリは確かに切られていた。だが、それによって朝日新聞をはじめとする日本のジャーナリズムは「反民族差別」キャンペーンに成功し、核疑惑報道が下火となって北朝鮮と朝鮮総聯は得点を上げ、そして、チマ・チョゴリ着用を強制されている女子生徒たちだけが、恐怖に震えていた。日本のメディアと在日社会は、いつまで彼女たちをスケープゴートにし続けるのか。
[PR]

by thinkpod | 2006-08-05 01:20


<< 「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑      戦争プロパガンダ 10の法則: >>