2006年 08月 05日

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑

宝島30 1994.12月号       きむ・むい(ルポライター)

 朝鮮学校とは、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)が運営する教育機関のことである。一般に「民族学校」と呼ばれることが多いため、超政治・党派の海外子女教育−たとえばアメリカン・スクールのような・・・−が行われていると思っている人も少なくないようだが、実際はそうではない。

 朝鮮学校が、確かに生徒たちに民族教育を施しているのは間違いない。しかし、運営母体の朝鮮総聯が朝鮮民主主義人民共和国(以下、便宜上″北朝鮮″と表記する) の国是を支持する団体である以上、カリキュラムには北朝鮮の政治性が強く盛り込まれている。その意味では、客観的に見た時、「北朝鮮民族教育」と表現した方が、その教育内容の実状にかなっている。

 現在、朝鮮学校は幼稚園から大学校まで、全国に百四十校以上の校舎が存在している。の項点にあるのが、北朝鮮民族教育の最高学府である東京・小平市の朝鮮大学校(全寮制。二年制の師範教育学部、四年制の政治経済学部、文学部、歴史地理学部、外国語学部、経営学部、理学部、その上に二年制の研究院がある)である。

 この朝鮮大学校の下に、朝鮮高級学校(高校)が設けられている。北海道、宮城、茨城、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、山口、福岡の十二都道府県が高校所在地である。

 朝鮮総聯社会では、これら朝鮮学校を卒業することが、望ましい子女教育ということになっている。事実、朝鮮総聯は常に、朝鮮学校への生徒誘致を各種活動の中でもっとも重要なものとして位置づけているのである。一口に朝鮮学校と言っても、その土地によって微妙にスクールカラーに違いはあるようであるが、共通点の方が多いのはもちろんである。

 第一は、北朝鮮民族教育である以上当然かもしれないが、金日成・金正日思想教育に重点が置かれているということだ。在日朝鮮人子女の朝鮮学校入学率は減少傾向になって久しいのだが、その原因を思想教育にあると指摘する向きも少なくない。一般教科の教科書、理科系のものにまで「偉大なる首領・金日成元帥様」のお言葉がゴチックで引用されているくらいである。

 次に、全カリキュラムを朝鮮語で行なっていること。生徒は、ほぼ一〇〇パーセント、生きた朝鮮語を身につけることができる。朝鮮学校出身者たちは、「教育内容には不満は少なくなかったけれど、小さいころから言葉を習得できたことだけはよかったと思う」と口をそろえる。

 そして何より目立つ特徴は、女子生徒の制服が、朝鮮の民族衣装であるチマ・チョゴリで統一されているという点である。男子生徒は、東京朝校はブレザー、他の地域では学生服など、日本の高校生とあまり変わらない制服を着ることになっているのに、である。

 北朝鮮初の核兵器搭載ミサイルと日された「ノドン一号」の発射実験と核開発壌惑に揺れる今年の四月頃より、その朝鮮学校の女子生徒のチマ・チョゴリが何者かに切られるという事件が頻発し、大きな社会問題になった。この核疑惑とNPT脱退問題、米朝交渉と南北首脳会談の開催決定、そして七月八日の国家主席・金日成の死去、その後の金正日後継の動向と、今年は例年になく、北朝鮮関連の報道がメディアに溢れた年だった。


「なんだかうさん臭い」記事

 誇りの制服切られる悲しみ 朝鮮学枚女生徒への暴力急増(略)チマ・チョゴリを女生徒の制服としている東京都北区の東京朝鮮中高級学校によると、四月から同校高級部の女生徒八人が被害に遭っている。▽一年生がJR山手線大塚駅付近の車内で刃物をちらつかされ、途中下車して逃げたエハ月一日).
▽通学途中の一年生が総武線新小岩駅付近でチマ・チョゴリを五センチほど切られた南月二十七日)。
▽東京都八重洲口通路で、二年生が中年の男性から「朝鮮へ帰れ」と怒鳴られ、飲みかけのカップ酒のビンを頭にぶつけられた(同月二十二日)。
▽帰宅途中の三年生が、同駅の地下通路ですれ違った中年の男性から「北朝鮮め」とつばをかけられた(同月十日)。


 同学校の李準沢副校長は、「これは偶発的なことではない。大韓航空機事件(一九八七年)やパチンコ献金疑惑(八九年)の時もチョゴリが標的になりました。最近の北朝鮮の核問題に端を発した過剰な報道の結果、一部の心ない人がこうした行動に走る」と心配する。(略))(朝日新開六月九日付朝刊)

 五月二十五日の朝日新聞の第一報「子どもたちに各地で嫌がらせ チマ・チョゴリの通学中止 栃木の朝鮮学校」を皮切りに、朝日新聞を中心として、こうした「チマ・チョゴリ切り」事件の報道が、連日のように繰り返された。どれも、「核疑惑報道によって煽られた差別意識によって、心ない日本人男性が朝鮮学校の女子生徒のチマ・チョゴリを切っているのは許せない」という内容の記事だ。覚えている方も多いだろう。

 ところで、こうした報道が加熱するにつれて、周囲から、「どうもおかしい、何かうさん臭い感じがする」 − そんな声が、聞こえ始めてきた。その中には日本人もいれば、在日の友人もいた。言い方や関心の度合はさまざまだが、大まかに共通していたのは、「事件の内容が何だかできすぎていて、嘘っぼい」ということだ。 確かに、そう思わざるを得ない記事も多い。 例えば、六月十五日の読売新開前日の夕刻に、JR中央線車中で、武蔵野市在住の朝鮮中学校二年の女子が被害にあったという内容なのだが、描写が以下の通りなのである。

 (略)五十歳くらいの男に刃物で制服のチマ・チョゴリのチマ (スカート)を切られた。女子生徒の講では、男は満員の車内で隣にぴたりとくつつくように立って、「北朝鮮」、「核」などと独り言を言い、怖くなった女子生徒が他の車両に移動した後もくっつくように立っていた。車内で「ビリ」という音がした後、男が武蔵小金井駅で降りたため、女子生徒が次の国分寺駅で降り、チマのすそが計六十センチほど切られているのに気付いた(略)

 満員電車の中での、「北朝鮮」、「核」との独り言。思わず、「そんなヤツいるかよ!」と言いたくなるような記事ではある。

 同じ事件を、朝日新聞は一日遅れで、「立川のチマ・チョゴリ事件 安全考え集団下校」の見出しで報道している。
(略)十四日午前八時ごろJR中央線の下り電車内で、後ろにいた作業服姿の五十歳くらいの男性が「核」、「朝鮮」などと、ひとり言を言い、ビリビリというような音がした。こわくなって国分寺駅で降りたところ、スカートが構に六十センチぐらい切り裂かれているのに気づいたという。同日、立川署に被害届けを出した。(略)
 そして、以下のように記事をまとめている。
被害届を出したのは今回が初めてだが、同校の生徒は四月中旬から、暴言によるいやがらせを少なくとも九件受けたという。主に通学時の駅ホームや車内で、いずれもチマ・チョゴリを着た女子生徒が、「朝鮮に帰れ」「なぜ日本にいるのか」「へんな服装をしている」などと言われた。発言した側は一件が六十歳ぐらいの女性で、八件は四十〜五十歳ぐらいの男性だったという。中級部の女子生徒約八十人は普投、制服としてチマ・チョゴリを看ているが、父母らの不安に配慮して、十一日から体操服での登校も認めていた

 中学校二年生の女の子が、満員電車の車内で理不冬な暴力にあったことは、おそらく事実だろう。だが、同じくらい気になるのは、滑稽としか言いようのない犯人像の描写である。結局この事例では、犯人検挙には到っていないのだが、では誰がこの細かいディテールを事実だと確認したのだろう。それでいて、例によって朝日新聞は、「藤校長は『日朝関係の懸け橋となる子供たちの心を傷つけないでほしい』と訴えた」と、捕まってもいない犯人を日本人と断定し、犯行の動機が民族差別であると決めつけるかのような口ぶりだ。

もう一例、引用してみよう。七月五日の朝日新聞

 相次ぐチマ・チョゴリへの攻撃日朝合同で調査委(略)六月九日にJR京浜東北線の車内でチョゴリを切られた高校三年生は、自衛のために体操服で通学した同月十三日にも、駅構内で「朝鮮人が・・・」と言われ、上着を引っ張られて切られた。さらに二十日にはタクシー運転手に「あんたこの前新聞に出ていた子だろう。こういう情勢だからしょうがないんだ。このやろう」と言われたという。このほか数人の生徒が、(調査委員会に対して---筆者注)複数の被害を受けていると証言している。(略)

 この記事を読んだ限りにおいて生じてくる疑問を、率直に記述してみよう。 なぜ、犯人が「タクシー運転手」だとわかったのか。そして、なぜその「タクシー運転手」は、通りすがりの女子高生を、「あんたこの前新開に出ていた子だろう」と特定できたのか。新開に限らず、この件についてのすべての報道は匿名でなされ、もちろん顔写真などはどこにも出されていないのだ。 さらに、常識的に見て「怪しい」としか言いようのない事態がこの当時起きていた事実をもう少し追ってみる。

朝鮮学校生 暴力・嫌がらせ被害124件朝鮮総連調べ 今月急増、全国で(朝日新開・六月十六日)
電車で暴行、ば声受けた女生徒 でも……私はチマは脱がない。東京中高級朝鮮学校 視察の都議18人に訴え(朝日新開・六月十八日)
なぜ朝鮮学校生 標的に 妻在彦・花園大教授に開く 戦前の歴史観ひきずる(朝日新開・六月二十三日)

 以上のように、朝日新聞では、わずか八日間の間に三回も、社会面その他に六段、七段、あるいは記者著名人りで一ページほとんどをつぶして、この事件を報道している。まさに、世界的な大事件、といったような扱いだ。そして、これらの記事から読みとれる朝日新開の主張はチマ・チョゴリの女子生徒は受難者で、制服にチマ・チョゴリを着ることは絶対に譲れない民族的権利で、その大切なチマを切るのはどうやら日本人に決まっていて、つまりは核疑惑報道に端を発した民族差別が横行しているのだ、という三段飛びのような論法である。いったい、この一大キャンペーンの背後には何があるのだろうか。

被害届は二十二件

 ああ、いつものヤツが始まったんだな-----。 日本人・在日朝鮮人を問わず、朝日新聞が大キャンペーンを張り始めた頃、過去にも似たようなことがあったことを思い出し、ひそかにそう考えた人は多いのではないだろうか。新聞記事のコメントで朝鮮学校の教師自身が認めているように、国際情勢や日本国内世論が北朝鮮にとって圧倒的に不利になると、なぜかチマ・チョゴリは切られだすのだ。核疑惑の今年は、大韓航空機爆破事件(金賢姫事件)、パチンコ献金疑惑についで三回日の受難なのだという。

 では、それ以外の年には、朝鮮学校の女子生徒に一件の被害も発生していないのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれでずいぶん不思議な話ではある。 いったい、少女のスカートを切るという行為にいそしんでいる、言わば「変態さん」系のクラい犯罪者が、朝鮮半島情勢にだけはずいぶんと熱心な関心を払っている、などということが本当にあるのだろうか。それも一人や二人ではなく、申し合わせたかのように全国共通で。

 だが、おかしいと思いつつも、なぜだかそのことを口に出してはいけないような雰囲気が、当時あったことも確かである。なにしろ、被害者は在日朝鮮人の女子生徒である。彼女たちが恐怖に怯えている、とされる時に、その事件に対して「なんだかうさん臭い」と言うことは、かなりの勇気がいることだ。誰だって、好き好んで「差別者」のレッテルを張ってほしいとは思わない。

 七月十二日、一連のチマ・チョゴリ切り事件についていくつか敢えてほしい点がある、と警察庁に取材を申し込んでみた。直接取材はなぜか却下されたが、捜査資料は送付してくれた。

朝鮮学校生に対する嫌がらせ事実について
[嫌がらせ事実の発生状況]
 被害届により警察が認知したものとして報告を受けているものは、本年四月以降、22件である (七月十一日現在)。

 その形態としては、22件中12件(うち東京8件、埼玉2件、神奈川1件、福岡1件)は萱下校中の女子生徒が列車内等で衣服を切られたという事実であり、その外に、暴行及び傷害事件が8件、窃盗と強制わいせつ事実が各1件である。

 警察としては、この種事実については、必要な捜査を行い、申告のあった22件中2件についてはすでに被疑者を検挙しているところである。

 そのほかの20件については、被害届を受理し、必要な捜査を推進中である) 被害届は二十二件、被疑者検挙は二件。被害届はあくまで任意のものだから、提出しないから事件はなかった、と言えないのはもちろんである。しかし、朝日新聞による「被害数124件」と比較した時に生じる、実に七倍近い格差をどう評価すべきなのだろうか。また、衣服を切られたものとは別に「暴行及び傷害」が八件とある。大問題ではなかろうか。この八件の中には、怪我で入院にまで追いこまれた少女もいるとのことなのだが、社会に伝えられる被害のメインはあくまで、「切り裂かれたチマ・チョゴリ」なのだ。「窃盗と強制わいせつ」が各一件。これも、たんなるハレンチ罪ではなく、その犯行の裏に「民族排外主義」があると考えられるのだろうか。

 この書類を手にした時は、すでにチマ・チョゴリ切り事件報道は鳴りをひそめ、代わりに金日成が死んだばかりの北朝鮮情勢に、メディアの大部分は関心を移していた。金日成が死んだ途端、チマ・チョゴリは切られなくなったらしいのだ。まるで日本全国の「民族排外主義的変態さん」たちが、偉大なる首領様の死に哀悼の意を表したかのように。

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑(続き)
[PR]

by thinkpod | 2006-08-05 01:27 | 半島


<< 武士道の覚醒と強い日本を願う      「チマ・チョゴリ切り裂き事件」... >>