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2006年 07月 26日

地球史探訪:操られたルーズベルト

■1.米国が日独と戦ったのは間違い■

 2000年の米大統領選に名乗りを上げている保守派の元
テレビ・コメンテーター、パット・ブキャナン氏(60)が、
最近刊行した米国の外交政策に関する著書「帝国でなく共和
国を」で、「第二次大戦で米国がドイツや日本と戦ったのは
戦略的に間違っていた」と主張したことが波紋を広げている。

・・・日本に関しては、当時の仏領インドシナに進駐した後、
米国のルーズベルト大統領が極めて厳しい経済制裁を発動し
たことが、日本にとって「のど元をつかまれた」形になり、
真珠湾攻撃を決意させたと指摘。開戦には米国の政策が大き
な役割を果たしたとしている。

 ブキャナン氏は、・・・日独敗北の結果、旧ソ連に対する
歯止めがなくなったことで、共産中国の誕生や、朝鮮、ベト
ナム両戦争での米軍の犠牲など「苦い結末を得た」ともして
いる。[1]

 第2次大戦で米国は「敵を間違えた」という主張は、今もくす
ぶっている。本誌96号「ルーズベルトの愚行」では、当時の政治
家や米軍幹部の証言に基づいて、ルーズベルト大統領がソ連に異
常な肩入れをして、ドイツとの参戦を果たすために、日本を開戦
に追いつめたプロセスを紹介した。

 その後、当時の公文書公開が進み、ルーズベルトの背後でソ連
スパイの暗躍があったことが明らかにされた。このニュースは、
わが国の現在の国際情報戦略にも重大な警告を投げかけている。

■2.真珠湾の7ヶ月前に日本爆撃計画■

 第一のニュースは、日本の真珠湾攻撃の7ヶ月も前に、米軍が
蒋介石軍に荷担して、日本爆撃を計画し、陸軍長官、海軍長官、
そしてルーズベルト大統領自身が承認のサインを与えていた書類
が明るみに出たことである。

 この作戦には350機のカーチス戦闘機、150機のロッキー
ド・ハドソン爆撃機を使用するとし、また大阪、神戸、京都、東
京、横浜の爆撃には木造住宅の多い日本民家に効果のある焼夷
(しょうい)弾を使用すべきであるなどとする内容もあった。後
の本土空襲の原形がすでに考えられていたのである。

 実際には、欧州戦線への爆撃機投入を優先したため、この計画
は実施が遅れて、その前に真珠湾攻撃となった。[2]

 しかし、この案が突飛なアイデアでない証拠として、すでに米
軍の最新鋭戦闘機とパイロット約100名、地上要員約200名
のフライング・タイガーと呼ばれる一隊が、義勇兵を装って、蒋
介石軍に参加していた事実がある。上記の爆撃計画は、この戦闘
機部隊に爆撃機を加えて、日本本土を直接攻撃しようという拡張
案なのである。[3]

 これは完全な中立義務違反で、こんなことが国際法上許される
なら、たとえば台湾が中国に攻撃された場合、自衛隊を台湾に義
勇兵として送れば、日本は中立と平和憲法を維持したまま、実質
的に参戦できることになる。

■3.日本爆撃計画推進者はソ連のスパイ■

 さらに、この空爆計画の推進者だったロークリン・カリー大統
領補佐官(当時)は、実はソ連と極秘情報のやりとりをしていた
ことが、当時の米暗号解読機関によって確認されていた。

 この文書はVENONA資料と呼ばれ、1940年代後半、ニュー
ヨークとワシントンにあるソ連代表部とモスクワ間の交信記録を
米特殊機関(戦後の国家安全保障局=NSA)が暗号解読したも
のだ。

 カリー補佐官はカナダ生まれの経済学者で、39年から45年まで
大統領補佐官(経済担当)をつとめた。41年初頭には対日戦略を
調整するため米国の中国支援担当特使に任命され、ルーズベルト
大統領と中国国民党の蒋介石主席(当時)の橋渡し役をしていた。

 48年にソ連スパイだったことを告白した政府職員、エリザベ
ス・ベントレーによる「カリー氏もスパイだ」という訴えをきっ
かけに、カリーは米下院・非アメリカ委員会の追及を受けた。
しかし最後まで容疑を否定し、50年に米国市民権を放棄し、南米
コロンビアに移住、93年に死亡している。

 ソ連がスパイを送り込んで、日本と蒋介石軍との戦いをアメリ
カに支援させていた動機は容易に理解できる。両者が戦えば、毛
沢東軍が漁夫の利を占めることになり、中国共産革命が近づく。

 さらに日米戦争ともなれば、ソ連にとっても日本からの軍事的
脅威はなくなり、ドイツと日本から挟撃されるという最悪の事態
を避けられる。まさに一石二鳥の見事な謀略なのである。[4]

■4.ソ連スパイが作成したハル・ノート原案■

 日本爆撃計画は不発に終わったが、実際に日米戦争の引き金を
引いたのが、41年11月26日、ハル国務長官が提示したハル・ノー
トであった。

 このノートで米政府は

・ 中国、仏領インドシナからの日本軍の全面撤退
・ 蒋介石国民党政府以外の政府の否認
・ 日独伊三国同盟の死文化

 などを要求した。これを最後通告と解釈した日本は、翌日、米
国との交渉の打ち切りを決定した。

 実際には、ハル国務長官は90日間の停戦を骨子とする緩やか
な妥協案を作成していたのだが、ルーズベルトは、財務次官ハリ
ー・デクスター・ホワイトが41年6月に作成していた対日強硬提
案の方を採用した。

 今回のVENONA資料では、このホワイトも、ソ連に米国政
府の極秘情報を通報したり、現金をもらっていた事を示しており、
カリー補佐官と同様、ソ連のスパイであることが判明した。

 さらに当時のソ連人民内務委員部の工作員だったパブロフが41
年5月にワシントンでホワイトと密会し、日本と米国が交戦する
よう仕向ける外交案の作成を要請していたことが、ソ連崩壊後の
同氏の回顧録で明らかになった。

 パブロフによると、ホワイトに与えた指示書では、日本軍の中
国および満州からの完全撤退要求など日本側が到底受け入れられ
ない内容を含んでおり、ほぼハル・ノートと同じ内容になってい
る。ホワイトが試案を作成したのはその翌月で、パブロフの指示
を忠実に守ったことをうかがわせている。

 さらに、ホワイトは41年に成立したソ連と中国への米軍事支援
を合法化した武器貸与法を強く推進したことがわかっている。

 ホワイトは、カリー補佐官と同様、エリザベス・ベントレーら
による告発で米下院・非アメリカ活動委員会に召喚されたが、ス
パイ容疑を否定したあと、3日後に心臓まひで死亡している。ホ
ワイトの直接の部下だったコーら二人の財務省高官も同様のスパ
イ容疑をかけられたあと、中国に亡命し、そこで客死した。[5]

■5."恥ずべき"最後通牒■

 ハル・ノートによって、日本政府は米国には交渉意思がないと
最終判断を下し、12月7日(現地時間、日本では8日)にパー
ルハーバー攻撃に踏み切った。翌日、ルーズベルト大統領は下院
議会上で、次のように演説を始めた。

 昨日すなわち、1941年12月7日は、恥ずべき行いの日と
して永遠に残るでしょう。合衆国は、突如、しかも故意に攻
撃されたのであります。[6,p164]

 当時の共和党指導者ハミルトン・フィッシュ議員は、下院での
日本に対する宣戦布告決議の最初に演説し、「米国内で論争、対
立をすべき時は過ぎた。今や行動をとるべき時である」と述べ、
ルーズベルト大統領のもとに団結するよう訴えた。立場の違いを
乗り越え、祖国の危機に立ち上がろうという憂国の至情あふれた
演説であった。

 しかしハル・ノートの内容を知った後で、フィッシュ議員は次
のように憤る。

 今日私は、ルーズベルトが日本に対し、恥ずべき戦争最後
通牒を送り、日本の指導者に開戦を強要したということを知
っており、この演説を恥ずかしく思う。[6,p47]

 この最後通牒に言及するにあたっては、ルーズベルトがパ
ールハーバー攻撃を"恥ずべき行いの日"と呼んだことにちな
み、"恥ずべき"最後通牒と呼ぶことが適切かと思われる。
[6,p38]

■6.日本が米国世論に訴えていたら?■

 このフィッシュ議員に代表される議会勢力と米国世論を味方に
つけていれば、わが国は日米戦争を回避できたのではないか? 
たとえば、日本政府が、フライング・タイガーの中立義務違反を
米国世論に広く訴えていたら、どうなっていただろう。

 ルーズベルトは3選をかけた大統領選挙1週間前の1940年10
月30日、ボストンで次のような演説をしている。

 私は、母であり、あるいは父であるあなたがたに話すにあ
たって、いま一つの保証を与える。私は以前にもこれを述べ
たことがあるが、今後何度でも繰り返し言うつもりである。
「あなたがたの子供たちは、海外のいかなる戦争に送り込ま
れることもない」[6,p82]

 39年の9月に行われた世論調査では、米国民の97%が欧州戦争
参戦に反対していた。ルーズベルトは決して参戦しないという公
約を武器に当選していたのである。

 これに対して、米国民の知らないうちに、フライング・タイガ
ーとしてすでに300名もの兵員を中国戦線に送りこんでいる事
実が暴露されたら、選挙公約違反であることは誰の目にも明らか
である。このような卑劣なうそほど、米国民を激高させるものは
ない。

 同様にハル・ノートを「恥ずべき最後通牒」として、全世界に
公開していたらどうなっていたか。戦争に反対するフィッシュ議
員の非介入主義は、共和党議員の90%、民主党議員の半数の支
持を受けていた。その議会に内緒で戦争を挑発しようとするハ
ル・ノートのアプローチは、米議会のみが宣戦布告の決定をなし
うるという米国憲法を大統領が自ら踏みにじったものであるとフ
ィッシュ議員は主張している。

 真珠湾前にこの点があきらかにされれば、大統領は議会と国民
の信任を失い、「米国は簡単に日本との間で和平条約を締結でき
たであろう」というフィッシュ議員の主張が勢いを得て、米国政
府の方針転換につながっていた可能性が高い。
 
■7.欧米資本を味方にひきつけた高橋是清■

 アメリカの中にも、フィッシュ議員のような信頼し得る陣営が
あり、また米国民の世論も、説き方によっては味方につけること
ができた。戦わずして、スターリンとルーズベルトの陰謀を粉砕
し、日米戦争を避けることができたかも知れない。

 しかし、現実には日本政府はそのような対米世論工作は検討す
らしなかったようだ。米国が一丸となって戦争をしかけていると
判断し、真っ正直に一か八かの全面戦争に突入した。我々日本人
は伝統的にこの種の世論工作に弱いのだろうか。

 しかし見事な例外もある。たとえば、日露戦争中に欧米で公債
による戦費調達を担当した高橋是清である。ロシアの黄禍論(黄
色人種の白色人種侵略)に対して、日露戦争は日本の生存をかけ
た自衛戦争であることを主張し、さらに、日本政府は過去、元利
支払いを一度たりとも遅らせたはないとして、信用を訴えた。

 こうした高橋の主張に納得したユダヤ資本は、同胞を迫害する
ロシア政府を倒すためにも、日本を支援しようと、巨額の公債を
引き受けてくれた。戦争前の日銀の正貨保有額が1億17百万で
あったのに対し、合計13億円にのぼる戦費調達に成功したので
ある。日露戦争は、まさにユダヤ資本、欧米資本を味方につけて
初めて戦うことができたのである。それを引き出したのは高橋是
清の欧米世論への働きかけであった。[7]

 明治時代にはこのように日本の主張を堂々と国際世論に訴えう
る人材が少なくなかった。しかし、その後、昭和に入り、そのよ
うなセンスは次第に失われ、戦後はさらにひどくなったように見
える。慰安婦問題(JOG106,107)やアイリス・チャンの南京事件
告発(JOG60)に見られるような国際的謀略に、一方的に攻撃され
ている。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と
生存を保持しようと決意した」(日本国憲法前文)という他者依
存の姿勢では、国際世論工作の必要性すら理解できないであろう。
ことは一国の独立心、自立心の問題であって、語学の問題ではな
いのである。

■参考■
1.「ブキャナン氏の著書、波紋呼ぶ『日独との戦争、誤りだった』
  産経新聞、H11.09.28、東京朝刊、4頁、国際2面
2.「米『真珠湾』直前 日本爆撃を計画」、産経新聞、H11.07.15、
  東京朝刊、1頁総合1面、関連記事が国際2面に2件
3.「発覚したルーズベルトの”だまし討ち計画”、前田徹、
  正論、H11.10
4.「ルーズベルト政権 日本爆撃計画立案者はソ連のスパイ」、
  産経新聞、H11.08.04、東京朝刊、5頁、国際面
5.「『ハル・ノート』はソ連指示で作成?」、産経新聞、H11.08.22
  東京朝刊、1頁、総合1面、関連記事が国際に2件
6.「日米・開戦の悲劇」、ハミルトン・フィッシュ、PHP文庫、H4.12
7.「高橋是清自伝・下」、中公文庫、S51.8

謝辞:本稿は、佐々木さん、および、ほそかわかずひこさんのお二
人の姉妹誌JOG Wingへの投稿をもとに再編集したものです。
改めて御礼申し上げます。
 ほそかわさんのJOG Townでのホームページ
 
■リンク■
JOG(96) ルーズベルトの愚行 対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。

© 1999 [伊勢雅臣]. All rights reserved.

JOG(116) 操られたルーズベルト
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog116.html
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by thinkpod | 2006-07-26 16:19 | 国際


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