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2006年 07月 24日

【「友好」の舞台裏】中国の対日宣伝工作(上) 党中央、戦略的に活動一元化

 北朝鮮のミサイル乱射を受けた国連安全保障理事会での日本と中国の攻防は、熾烈(しれつ)を極めた。中国首脳は靖国神社参拝の姿勢を変えない小泉純一郎首相とは国際会議の場でも会おうともしない。その一方、胡錦濤国家主席は首相との対決姿勢を鮮明にする民主党の小沢一郎代表と会談、自民党に揺さぶりをかける。「日中友好」の裏側で活発化している中国の対日宣伝工作の実態を探った。

 ■いきなり排除

 PHP総合研究所の江口克彦社長はこの7年、中国の地を踏んでいない。それ以前の25年間は、頻繁に中国で講演していた。きっかけは、PHPが平成11年、当時の李登輝台湾総統が書いた「台湾の主張」を出版したことだった。

 「以前は中国へ行くというと、中国の学術機関から招待状が届いた」と江口氏は振り返る。

 中国は、彼が松下電器出身で「経営の神様」といわれた松下幸之助氏を長くサポートしてきたことから、経済界とも太いパイプを持っていると判断していたようだ。

 「松下幸之助は『経済の井戸』を掘った人として、中国でも尊敬されている。近くにいた私から話を聞きたいという人が、中国には非常に多い」と江口氏は語る。

 しかし、「台湾の主張」を出版したことでその関係は切れた。その年の秋、日本の某大学教授から「あなたは北京で石原慎太郎さんとともに『悪のオピニオンリーダー』と話題になってますよ」と忠告された。

 その後も中国の大学などから口頭で講演依頼が7、8件あったが、招待状は一度も届かなくなった。江口氏は「大学が中国政府に申請しても却下していると思う。『台湾の主張』を出した江口はけしからん、ということなのだろう」と語る。

 ■本国では抗日

 昨年夏、東京・六本木ヒルズで中国政府主催の写真展「ともに築こう平和と繁栄−中国と日本60年の歩み」が開かれた。日本の政府開発援助(ODA)が中国の経済発展に役立ったことをPRするコーナーもあり、会場は友好ムード一色。中国国務院新聞弁公室の趙啓正主任(閣僚級)は記者会見で、写真展の前に中国で起きた大規模な反日デモによる日本人の対中感情悪化に触れ、「日中関係が難しい時期だからこそ、お互いのいいところを見なければならない」と述べた。

 しかし、同様の写真展は中国国内では開かれなかったという。趙主任の言葉と裏腹に、同じころ、中国では日中戦争での中国空軍の業績をたたえる「抗日航空烈士記念館」が南京で着工され、米国など連合軍の元兵士約200人を北京の「抗日戦争勝利式典」に招待、「反日イベント」が頻繁に開かれていた。

 元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏は「中国は対外宣伝活動を統一方針の下、理論的、組織的にやっている」と話す。

 中国は数多くの対日交流機関や窓口を設け、日本の政党、民間団体、学術機関、マスコミなどに常時働きかけている。

 中国事情に詳しい専門家によると、対日情報収集や宣伝工作で、最も強い影響力を持つのが国家安全省。全国各地に下部組織の安全局があり、日本に「工作員」を派遣する実行部隊となる。日本の政治、経済などの情報を収集しながら、日本に住む民主化運動家や台湾の協力者らを監視するのが主な業務だ。

 人民解放軍の情報部も重要な役割を担っている。日本の軍事、産業情報などを収集するプロ集団であり、大使館に武官を派遣している。

 関係者によると、この2つの部署から中日友好協会などに出向するケースは少なくない。また、人民解放軍総政治部の下にある国際友好連絡会が創価学会など宗教団体や海外援助活動に熱心な財団をカバーしており、活動範囲は広くきめ細かい。

 菅沼氏は「一見バラバラに見えるが、活動方針はすべて共産党中央で決められており、一つの組織としてみた方が妥当だ。中国のやり方は巧妙なだけに日本にとっては脅威だ」と指摘する。

                   ◇

 ≪「アメとムチ」戦術使い分け≫

 ■政界工作

 中国が対日工作で最も重視しているのは政界への働きかけだ。

 昨年11月、日中友好議連の中国訪問が突然中止になった。関係者によると、訪中団の人選に中国側からクレームがついたという。

 訪中団名簿には町村信孝元外相の名前があった。その半年前、中国各地で激しい反日デモが起き、外相だった町村氏が緊急訪中したのだが、外相会談の冒頭、テレビカメラの前で抗議したことが怒りを買った。

 中国側は日中友好議連に、間接的に「胡錦濤国家主席と会える」との好条件をちらつかせながら、町村氏をメンバーから外すよう求めた。しかし、日本側が拒否したため、訪中そのものが中止となった。

 自民党関係者によると、一昨年9月、北京で開かれたアジア政党国際会議でも同様の騒動が起きた。自民党は棚橋泰文氏らを派遣しようとしたが、在京の中国大使館参事官が「棚橋先生では困る。直近に自民党員として台湾に行った人は中国として迎えられない」と激しく抗議。メンバー変更を強く求めたが、この時も党執行部の判断で、代表派遣を見送った。

 一方、中国は7月4日、訪中した民主党の小沢代表に対し、胡主席との会談をセット、友好ムードを演出した。日中関係筋は「現在の対日政策の基本的な柱は民主党や与党内の親中派勢力と交流を深めることだ」と語る。小沢氏に秋波を送ったのも、自民党内で野中広務元幹事長ら「親中派」とされた大物議員が相次いで引退したことが大きく、野党第一党である民主党を押さえておきたいとの思惑からだという。

 中国は「親中派」とみなした議員には、要人との会談を設定、熱烈な歓迎ぶりをみせ、地方都市の名誉市民や大学の名誉博士といった「称号」を与えて歓心を買う。逆に「反中派」とみなした議員には訪中拒否などで冷遇するといった「アメとムチ」の戦術を使い分ける。

 京都大学大学院の中西輝政教授は、国連安保理の対北朝鮮決議の日本提案に中国が強く反対したことを「アジアのもう一つの大国である日本が国際政治の舞台で一人前のプレーヤーになってほしくないからだ」と分析する。同時に「中国の対日工作の攻勢をはねつけるには、国民がしっかり団結して対応しなければならない」と語る。

 組織的かつ戦略的な中国の対日宣伝工作にいかに対応するか。「ポスト小泉」政権にとって重要な課題といえる。


Sankei Web 産経朝刊 【「友好」の舞台裏】中国の対日宣伝工作(上) 党中央、戦略的に活動一元化(07/24 05:00)
http://www.sankei.co.jp/news/morning/24iti003.htm


3.地方や大学へ浸透狙う 中国が対曰宣伝工作で力を入れているのは、政界や言論界だけでない。米軍基地や尖閣諸島を抱える沖縄へのアプローチや東西の有力私大への働きかけも活発化させている。 

■自衛隊訓練中止 
今月16曰、台湾と国境を接する沖縄県与那国島で、防災訓練の一環として実施されるはずだった陸上自衛隊第1空挺団(千葉県船橋市)の隊員によるパラシュート降下が中止された。 これに先立つ6月28曰、与那国町役場に町長を訪ねた八重山地区労働組合協議会の代表は「いたずらに近隣諸国を刺激し、友好的な発展を阻害する」として中止を求める要請文を手渡した。要請文には「明らかに与那国町民への宣撫工作であり、想定されている中台問題や尖閣問題を視野に入れた瀬踏みだ」と書かれ、開係者によると、町長も同調するかのような発言をしたという。 陸上自衛隊は「町長からの要請やめたのではなく、パラシュート訓練は天候に影響されやすいのでやめた。代わりにヘリコプターによる負傷者救出訓練を実施した」(広報室)と説明する。しかし、同じ八重山地方の石垣市は4月、自衛隊が計画していた演奏会開催のための市民会館使用を「混乱が起きるのは好ましくない」と不許可にした。相次ぐ自治体の自衛隊への厳しい対応に中国の影をみる向きもある。 「中国は戦略的に重要な地域である沖縄で、盛んに『中国人観光客が沖縄の観光業を救う』と宣伝している。他の地域でも同じことを言って浸透をはかっている」 在京のある外交官はこう指摘する。 沖縄の本土復帰後、曰中友好関係の組織がほとんどなかった沖縄に平成16年、「新しい沖縄と中国の友好交流を推進する会」が発足した。これに呼応する形で、中国は、中国から伝来した沖縄の伝統競漕「那覇ハーリー」に広東省からチームを派遣するなど急速に交流を深めている。 沖縄在住のジャーナリスト、恵隆之介氏はこう警鐘を鳴らす。 「沖縄では戦後、米陸軍第8心理作戦部隊が県民に本土復帰の気持ちが起こらぬよう反曰宣伝を徹底した。その影響で、中国に朝貢していた時代が美しく語られている。県民に国家帰属意識が薄いことに中国はつけ込み、ここぞとばかりに浸透している」

■孔子隠れみの? 
京都市の立命館大学。その本部近くに「立命館大学国際平和ミュージアム」があり、「わだつみ像」が玄関に立つ。戦後、「きけわだつみのこえ=曰本戦没学生の手記」地方や大学へ浸透狙うの収益金を基金にして発足した「曰本戦没学生記念会(わだつみ会)」の事業としてミュージアムはつくられた。その2階に「立命館孔子学院」がある。 孔子学院は、世界での中国語教師育成や中国文化普及を目的とする教育機関。中国政府が世界各国の大学、研究機関と運携、世界中に100力所創設しようという一大プロジェクトだ。一昨年12月にソウルに第1号が開校されて以来、現在では米国の10力所を最多に世界80力所に設置されている。 曰本では、立命館大に昨年10月、設置されたのが最初。その後、愛知大、北陸大、桜美林大とわずか半年で4私立大学に開設された。中国大使館によれば、北海道や東北、九州など国内各地に開校の予定がある。 学校法人立命館の鈴木元総長・理事長室長は、「立命館は戦前から、中国の留学生を受け入れ、戦後も国交のないころから交流を進めてきた歴史がある。自国語の教育施設を一気に数年で世界につくろうというのは中国の明確な国家戦略だと思う。それを分かったうえで『曰本で一番初めに』とアプローチした」と語る。 設立から半年、立命館大の孔子学院では中国語講座や講演会などを行っている。周イ生立命館孔子学院長は「孔子学院の設立は、言語教育と文化交流の促進が狙い。世界への宣伝戦略ではないし、政治的なことはやらない」と語る。 しかし、中国の国内事情に詳しい上村幸治・独協大学教授は疑問を投げかける。「『孔子』というのは共産党色がないから、カムフラージユにはちょうどいい。大きな枠組みでいえば対外宣伝工作だろう」と分析する。

■「腫れ物触るな」
 早稲田大では今年4月から7月まで「中国総合講座」を開催した。1回目に中国の王毅駐曰大使が「中国の発展と中曰関係」と題して講演、10回にわたって、大使館の参事官クラスが講師となり、外交や貿易、科学技術、文化、中曰関係などについて講義を行った。早稲田大学広報室では「政治的な内容はなかった」としているが、中国大使館がこうした講座を開くのは初めてだ。 平成14年11月、慶応義塾大学で行われた学園祭「三田祭」。その期間中に台湾の李登輝前総統の講演を、学生サークルが企画していた。が、大学側は自粛を要請、最終的に学生組織の三田祭実行委員会が却下し、中止となった。当時、大学側は「一切関与していない」と説明したが、慶大の執行部内では李登輝氏講演に消極的な意見が多数を占めていたという。慶大教授の一人は「李登輝氏の講演は、脈々と実績を培ってきた慶応と中国の関係に殴りこんできたようなもの」と明かす。 早慶だけではない。複数の大学で教鞭を執っていた国際関係研究者は、中部地方の大学で講演した際、大学側から「中国人留学生が多いから中国との問題には触れないでほしい」と頼まれたことがあると証言する。この研究者は「今や地方の私立大学はどこも中国人留学生がいないとやっていけない。中国人教員は中国人留学生のリクルーターでもある。自然と中国人の発言力は大きくなるし、大学側も『腫れ物に触るな』となる」と語っている。


4.メディア使い世論操作
 中国の対日宣伝工作で最大の効果をあげているのが、「南京事件」に関する宣伝戦だ。さらに宣伝工作の対象は在日中国人にも広がっている。

■大虐殺記念館
 中国・南京の「南京大虐殺記念館」(侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館)は1985年に建設され、現在は拡張工事が行われているため閉館中だ。2年後に敷地面積7.32ヘクタール、建築面積2万3000平方メートルの大規模施設に生まれ変わる。 「300,000」 記念館の前面に掲げられた数字は中国が主張する虐殺者数だ。「30万人虐殺」は、当時の南京市の人□や軍事常識では不可能で、誇張された数字であるのは研究者にとって“常識”。しかし、この記念館を訪れた日本人修学旅行生や政治家は、凄惨な展示内容に絶句し、贖罪意識を植えつけられるという。 (過去を忘れず末来を大事にするという)中国側の姿勢に心の豊かさを感じた」 17日、記念館を訪れた自民党の古賀誠元幹事長はこう語った。中国側は、休館中の記念館を古賀氏のために特別に開いた。 だが、展示物には、偽造写真や事件と関係のないものも少なくないという。日本政府も6月、「『記念館』に対し、写真パネルで用いられている写真の中に、事実関係に強い疑義が提起されているものが含まれている旨を指摘している」 (河村たかし衆院議員の質問主意書に対する答弁書)との見解を示した。 記念館を訪れたことのある河村氏は、「あんな展示を見たら、中国人は日本に復讐心を持つ」と語る。

■歴史力−ド
 中国事情に詳しい国際政治学者によると、対日歴史力ードの扱いや、宣伝工作の基本方針を決めるのは中国共産党中央政治局。実行に移すのが党中央宣伝部だという。 ことに南京事件の宣伝工作は、1930年代に国民党が生み、共産党が1980年代に育てた“国共合作”といえる存在だ。 東中野修道・亜細亜大教授によると、1937年12月の南京陥落から7ヵ月後に出版されたハロルド・ティンパーリ編「戦争とは何か 中国における日本軍の暴虐」が宣伝戦に大きな役割を果たしたという。 「私の調査で『戦争とは何か』は中国国民党の宣伝本だったことが百パーセント確認された」と、東中野氏は指摘する。ティンパーリは英国紙の中国特派員で、司書は南京在住の欧米人(匿名)の原稿を編集、38年にロンドンやニューヨークで出版された。この本をもとに「残虐な日本」のイメージが定着していった。 実はティンパーリは、中国国民党の「顧問」だった。東中野氏が台北で発見した極秘文書「中央宣伝部国際宣伝処工作概要」 (1941年)には、「国際宣伝処が編集印刷した対敵宣伝書籍は次の2種類」とあり、そのうち1冊が「戦争とは何か」だった。 国民党で宣伝活動を担当していた作家の郭沫若は著書「抗日戦争回想録」で「宣伝は作戦に優先し、政治は軍事に優先する」との当時のスローガンを紹介している。 「中国共産党は、『アジプロ』を重視していた。アジテーション(扇情)とプロパガンダ(宣言という意味だ。日本人は『扇情』『宣伝』というと後ろ暗く感じるが、彼らは公然とやっている」と、現代史家の秦邦彦氏は指摘する。秦氏は「最大限で4万人」との立場だが、かつて中国人学者に30万人説について聞いたところ、「『たくさん』という意味だ」との答えが返ってきた。 秦氏は「中国は『30万人』は絶対に譲らない。つじつまが合おうと合うまいと、情報戦の世界では『たくさん』というイメージを作るのは当たり前。中国がカードを切れば、日本国内で何倍も大騒ぎしてくれる。こんなに安くつく情報宣伝工作はない」と指摘する。

■コントロール
 在日中国人向けの中国語新聞や雑誌は現在、約20も発行されている。 そのうち公称部数8万部の「中文導報」は20日付の1面トップで、台湾の馬英九中国国民党主席の訪日を「3つの誤算があった」と報道。「国民党は政権を目指すなら、自分に対する認識と世界に対する認識を改めるべきだ」と厳しく批判した。 その一方、2面では「日本は靖国の代替施設建設について政権中枢で熱心に議論、胡錦濤国家主席訪日のため道をつくろうとしている?」との記事を掲載。さらに中国側が歓迎した民主党の小沢一郎代表の訪中を「昔を思い、今を大事にし、未来をとらえる。小沢は丁寧に中国の旅を作り上げた」と持ち上げた。 記事の内容は中国政府の方針に近い立場をとっているようにみえるが、同級の楊文凱編集長は「本国政府や大使館から編集方針で圧力はない」と語る。 だが、日本国内で発行されている中国語新聞・雑誌の大多数は中国政府を批判する記事を載せないのが特徴だ。 ある日中関係筋は、「中国人向けマスコミの中には経営者や記者が定期的に大使館に呼び出され、指導を受けているところがある。本国の意向に反する記事を掲載したら、バスポート更新をはじめ、嫌がらせを受ける可能性があるからだ。逆に意向に沿った記事を載せれば広告の便宜や事業で大使館に後援してもらいやすいのでメリットがあると明かす。 在日中国人の活動を紹介する情報誌「日本僑報」を創刊し、出版活動やメールマガジンを運営する段躍中・日中交流研究所長は「政府の息がかかっている媒体もある」と関係筋の話を裏付ける。段氏によれば、「中国政府はインターネットを自分の意見を述べる道具に使おうとしている。それは中国政府開連のホームページで日本語表記が充実しつつあることなどをみれば分かる」という。日本国内向け中国系マスコミの中には「北京週報」の日本語版などがインターネット版を開始、対外宣伝機能の強化をはかる動きが出ている。 こうした指摘に、在京中国大使館の李文亮報道部参事官は、「中国の広報活動はまだまだ非常に足りていない。どこの国でも同じことで相互理解のためには、まだ努力しなくてはならないと思っている」と語っている。

  この企画は高橋昌之、阿比留瑠比、小島優、比護義則、矢板明夫が担当しました。

Depot(ディポ): 中国の対日宣伝工作(本文)
http://wildhorse-depot.seesaa.net/article/21514595.html
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by thinkpod | 2006-07-24 18:11 | 中国


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