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2006年 02月 08日

漢字が表す二つの世界

                 文  中国社会科学院文学院 李兆忠


 四角い小さな漢字の中に、二つの異なる世界が存在している。

 一つはもともと中国で造られた中国製、もう一つは日本で改造された日本製である。この二つの世界は、「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」ようなもので、コミュニケーションにはとても便利だ。しかし多くの場合、この両者は、うわべは親しそうに見えて実は心が通わず、似て非なるものなのである。

 日本語の中の多くの語彙は、見た目では中国語とまったく同じだが、実は意味が非常に違う。中国から来たある代表団が日本の工場を見学したとき、工場内に掲げられている「油断一秒、怪我一生」というスローガンを見て、その文字面だけから「これは油が大切だと言っているのだな」と憶測した。中国語では「一秒でも油が切れれば、生涯自分が悪いと思う」という意味になるからである。

 しかし実は日本語では、これは安全生産のスローガンなのだ。「油断」は「不注意」、「怪我」は「傷を負う」という意味だとわかって大笑いになった、という。

 中国人と日本人がつきあうとき、この種の誤解は避けることができない。私の友人に「猪木さん」という人がいるが、彼はよく私に文句を言う。それは、彼の中国の友人たちがいつも「猪」と「豚」を混同し、日本人はどうして「豚」という姓を好むのかと不思議がるからだ。おかげで彼は、泣くにも泣けず、笑うに笑えない心境に陥るのだという。

 中国語では、「猪」と「豚」の二つの漢字が同じ意味で使われていることを彼は知らない。もっとも、古代漢語では少し違いがあり、「豚」は子ブタを意味していたのだが……。

 日本語の中で使われる漢字の語彙には、中国人の想像を超えるものがほかにもたくさんある。たとえば、中国語での「無理やり」を意味する「勉強」は、日本語では「学習」の意味で使われる。中国語で「夫」を意味する「丈夫」は、日本語では「頑丈」の意味だ。このように、表面の「毛皮」を傷つけることなく、中身の「肉」をすっかり「すり替え」てしまう日本人の知恵と想像力に、感心せざるを得ない。

 しかし、われわれ中国人は、これに驚く必要はない。率直に言えば、現在の中国で使われている中国語の語彙の多くは、20世紀初めに日本から導入されたものだからだ。たとえば、「金融」「投資」「抽象」など、現代中国語の中の社会科学に関する語彙の60〜70%は、日本語から来たものだという統計がある。
 漢字文化圏に属する多くの国家や民族を見回して見ると、漢字をこのように創造的に「すり替え」、もう一つの漢字王国を樹立し、かつまた中国語へ「恩返し」しているのは、日本だけだ。

 日本のすごいところは、中国の漢字に対して、受動的にそのまま受け入れるのでもなく、愚かにも高慢にそれを拒否するのでもない、自発的にそれを手に入れ、徹底的にそれを消化した後、自分の必要に応じて大胆な改造を行い、自分の言語にしてしまうところだ。だからこそ漢字は、日本にしっかりと根を下ろし、西洋文化の猛烈な襲来に耐えることができたのである。

 客観的に見れば、この奇跡は、かなりの程度、日本が島国であるという特殊な地理的環境によっている。広大な太平洋が天然の要害となり、異民族の鉄騎兵の侵入を阻止したばかりでなく、文化的に異民族に同化される運命から逃れることができた。大陸とも適当に離れているため、日本は必要に応じて、自分より先進的な中国の文化を摂取し、ゆっくりとそれを咀嚼し、消化して改造することができた。異文化をどう受け入れるか、その主動権は完全に自らの手中にあったのである。

 これと同時に、1200百年前、日本は漢字を大規模に導入するとともに、「ひらがな」を発明した。ここで日本は自分の文字言語を持った。「ひらがな」は完全に漢字の草書体に啓発されて造られたものではあるが、大和民族の魂の深いところにある必要性から発したものでもある。

 日本人から見るとおそらく、基本的に一つの漢字に一つの音がちゃんと対応している四角い漢字は、柔らかくて滑らかな日本語の感覚や、長さにこだわらない語彙とは多少隔たりがあり、曲線が美しく、簡潔な「ひらがな」こそが、日本人の発想や言語感覚により合致すると映るのだろう。

 「ひらがな」は日本語の形を完成させた。それを用いて発音を表記することができ、漢字の発音を日本化させた。また、直接、日本固有の語彙を書き表すこともでき、助詞として用いてセンテンスを構造することもできる。まさに一石三鳥とも言うことができる。

 「ひらがな」の創造は、日本語が自分の「形」と「心」を探し当てたことを意味する。これによって漢字は第一線から退き、一つの重要な材料として日本語の構造の中に組み入れられた。この時、漢字の固有の意味は、時間の流れとともにひっくり返されたり、「すり替え」られたりすることが必然的に発生した。全体からいえば、漢字の語彙の意味が厳格で重厚な歴史の含蓄を持っているのに比べ、日本語の漢字の語彙は明らかに軽く、生き生きとしている。使い方もそれほど厳格ではなく、通常、いくつかの異なる漢字を使って一つの日本固有の語彙に表している。それによって人々はさらに、一種の遊びの味を感じるのである。

 漢字に対する違った考え方が、二つの異なる漢字の世界をもたらした。その優劣は、一概に論じられない。しかし、西洋文明が東側に浸透してきた「近代化」の歴史背景の中で見れば、その優劣ははっきりと示されている。当時、激しく湧き起ってきた近代化の流れと西洋の科学文化に直面した中日両国の学者たちは、まったく異なる姿勢と反応を示したのである。

 たとえば、西洋の科学に関する著作を翻訳する際、清朝末期の中国の学者は「中学為体、西学為用」(中国の学問を「体」とし、西洋の学問を「用」とする)という文化的な信念を堅持し、中国の古典を引用して西洋科学の概念を既存の語彙に置き換えようとした。例えば現在の「経済学」を、「計学」あるいは「資生学」と翻訳したり、「社会学」を「群学」と訳したりしたのである。しかし結局は、どうにもならなくなってしまった。

 しかし日本の学者は、実用的で柔軟なやり方で、「文字本位制」の制限を受けずに、意訳の方法によって、数多くの多音節の語彙を作り出し、みごとに西洋の概念を置き換えることに成功した。これによって、日本が西洋に学び、「近代化」の道を歩んでいくうえで、言語の面で道路が舗装されたのだった。

 もし日本が、漢字を借用して西洋の概念を置き換えることをしなかったら、現代の中国語はいったいどのようになっていただろうか。おそらく今よりも寂しいものになっていたのではないだろうか。多分、強い刺激や栄養に欠けているため、すばやく「近代化」することが難しくなったに違いない。

 こうした角度から見れば、日本語の中国語への「恩返し」の功績を、われわれは決して忘れてはならないのである。

http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200303/fangtan.htm



第79回 中国語の中の日本語

今回は、現代の中国で中国語として使われているメイド・イン・ジャパンの漢語の語彙についてです。上海外国語大学日本語学部の教授をされていた陳 生保先生が著書「中国と日本——言葉・文学・文化」(麗澤大学出版会2005年)の中でこの問題を取り上げておられますが、私の知る限りでは最も体系的で優れた研究と思うので、その内容を紹介します。

陳先生によると「共産党、社会、主義、幹部、経済、共和、手続、場合、解放、哲学、物理、出口、入口、癌」などは皆、日本製だそうです。日本と中国の双方で同じ漢字で意味も同じという語彙はたくさんありますが、その多くは中国から伝来した漢字を日本人が中国と同じ意味で使っている、というものです。しかし反対に、日本で作られた漢語が中国で日常語として使われているものも結構多い、ということは案外知られていない事実でしょうね。

一.例として陳先生は、毛沢東の論文「実践論」の日本語訳を挙げています。下線の語彙は日本から輸入された漢語で、原文でも同じです。

「マルクス以前の唯物論は、人の社会性を無視し、人の歴史的発展を無視したもので、認識問題を観察した。それがために、認識と社会実践との依存関係、すなわち、生産と階級闘争にたいする認識の依存関係を了解することができなかった。
まず第一に、マルクス主義者は、こう思う・・・人類の生産活動は、最も基本的な実践活動であり、その他のすべての活動を決定するものである。人の認識は主として、物質の生産活動に依存し、しだいに、自然の現象・自然の性質・自然の法則性・人と自然との関係を了解する、その上、生産活動をとおして、各種の、ことなる程度で、しだいに人と人の一定の相互関係を認識する。
これらの一切の知識は、生産活動をはなれては得ることができない。階級のない社会では、どの人も社会の一員という資格でその他の社会のメンバーと協力し、一定の生産関係を結び、生産活動に従事して人類の物資生活の問題を解決する。いろいろな階級社会では、各階級社会のメンバーは、やはりいろいろ違った方式で一定の生産関係を結び、生産活動に従事して人類の物資生活の問題を解決する。これが人の認識発展の基本的なみなもとである。

この論文の語彙の内、四分の一くらいが日本製のものです。社会、歴史、生産、階級、主義、自然、知識、物質、関係、問題、活動、現象、闘争、解決、方式など見慣れたものばかりですね。中国語に入ってきた日本語は、主として社会科学と自然科学の用語です(生活用語には殆ど入っていない)。その理由として陳先生は、次のような時代背景を指摘しています。

二.日本は明治維新以後、近代化を進めるため西洋の学問や技術を積極的に吸収したが、その際、西洋の語彙を日本語に移し変える必要があった。これらの概念はそれまでの日本語にはないものであったので、当時の日本人は漢字のもつ意味を組み合わせて新しい語彙を作っていった。

一方、清朝末期の中国では明治維新に成功した日本に学ぶため、多く知識人や若者が来日した。最初の留学生の来日は1896年で、盧溝橋事件勃発の1937年までの42年間に中国人の留学生の数は6万人以上に上る。これらの知識人や留学生は、日本で学んだ西洋文明を中国に伝えようとしてこれらの語彙を持ち帰った。

勿論、中国においても西洋の語彙を独自の方法で中国語に移し変える試みも行われた。例えば「Economics」という英語は日本語では「経済学」と訳されているが、当初、中国では「計学、資生学、富国学、平準学」などと訳されていた。また、「Philosophy」は日本語の「哲学」にたいし、中国語では「理学、智学」、「Sociology」は「社会学」にたいして「群学」と訳されていた。日本の訳語と中国の訳語が共存していた時代もあるが、日本製語彙の「経済学、哲学、社会学」の方が人気が高く、いつの間にか中国社会に住み着いていった。今ではこれらが日本から逆輸入された語彙であることを知らない人のほうが多い。

三.中国語になった日本語の特徴について、陳先生の研究の要点は次の通りです。

1.近代になって中国語に入った新語の殆どは日本語からである(西洋から直接入ったものも少しはあったが、現在はあまり使われないものが多い)。その数は大体、千語程度であるが、現代中国語における使用頻度は非常に高い。そして、二つまたは二つ以上の文字で作った語彙である。中国語の古代語では、殆ど一つの文字で一つの語彙が作られている。このような語の複音化によって語義が細かくなり、表現がいっそう緻密になり、正確になった。

ある調査によると、現代中国語の二音節基本語のなかで使用頻度が高いものは、約三分の一が日本製である。日本製の漢語の大部分は、中国から来た漢字を使って日本で新しく組み合わせたものであるが、一部には古代漢語を利用して西洋語を訳したものもある。これらは、本来の意味とは異なっている。例えば、組織(本来は紡績)、雑誌(本来はさまざまな事を書きしるすこと)、労働(本来は運動)、社会(本来は集会)、経済(本来は経世済民)など。

2.中国語になった日本語には、次のようなものがある。

(1)自然科学や社会科学の基本概念———哲学、心理学、論理学、民俗学、経済学、社会学、財政学、物理学、衛生学、解剖学、病理学、下水工学、土木工学、河川工学、電気通信学、建築学、機械学、簿記、冶金、園芸、和声学、工芸美術など。

(2)古代漢語に新しい意味を与えたもの(上記以外)———人道、革命、索引、意味、共和、形而上学、憲法、唯心、唯物、地主、知識、保険、生産、権利、歴史、民主、作用、積極、絶対など。

(3)現有の漢字を使って日本で新しく組み合わせてできたもの———高潮、低潮、直接、間接、広義、狭義、主体、客体、主観、客観、肯定、否定、時間、空間、理性、感性、右翼、左翼、直流、交流、暖流、寒流、動脈、静脈、優勢、劣勢、長波、短波、内在、外在、予算、決算、決議、否決、動態、静態、質量、数量、熱帯、寒帯、温帯、動産、不動産、上水道、下水道、地上水、地下水、内分泌、外分泌、重工業、軽工業、陽極、陰極、債権、債務、抽象、具体、流通資本、固定資本など(以上は相対的な、または相反の意味の言葉であるが、ほかに次のような語もある)

石油、出版、法案、方針、正当、政策、保健、保証、理事、幹事、系統、伝統、闘争、協定、協会、協議、社交、社団、批判、企業、投資、広告、景気、法則、範疇、道具、劇場、象徴、前提、揚棄、活動、運動、講座、典型、版画、計画、派遣、細胞、電流、電池、電波、結核、科学など。

(4)日本語だが、中国に入ってから意味が変わっているもの———労働者(はじめは本来の意味で使われたが、のちに「工人」にとってかわられ、今では「働く者」の意味)、弁護士(「律師」にとってかわられ、いまでは法律用語ではなく、ただ弁護する人の意味)、組合(はじめは「労働組合」がそのまま使われたが、今では「工会」にとってかわられた。「組合」は組み合わせの意で使われている)

3.中国語になった日本語には、上記のような語彙の他、造語力を持つ接尾語のような語が23もある。これらの接尾語を付けた語も現代中国語で巾広く活躍している。

(1)化———一元化、多元化、大衆化、自動化、現代化、機械化、長期化、理想化など。
(2)式———問答式、方程式、恒等式、西洋式、日本式、旧式、新式など。
(3)炎———肺炎、胃炎、腸炎、関節炎、脳炎、気管支炎、肋膜炎など。
(4)力———生産力、消費力、原動力、想像力、労働力、記憶力、表現力、支配力など。
(5)性———可能性、現実性、必然性、偶然性、周期性、放射性、必要性など。
(6)的———歴史的、科学的、必然的、相対的、絶対的など
(7)界———文学界、思想界、学術界、金融界、新聞界、出版会、宗教界など。
(8)型———新型、大型、中型、小型、標準型など。
(9)感———美感、好感、情感、優越感、敏感、読後感、危機感など。
(10)点———重点、要点、焦点、注意点、観点、出発点、終点、着眼点、盲点など。
(11)観———主観、客観、悲観、樂観、人生観、世界観、直感、概観など。
(12)線———直線、曲線、抛物線、生命線、戦線、警戒線など。
(13)率———効率、使用率、利率など。
(14)法———弁証法、帰納法、演繹法、表現法、選挙法、方法、憲法、民法、刑法など。
(15)度———深度、強度など。
(16)品———作品、食品、芸術品、記念品など。
(17)者———作者、読者、訳者、労働者、著者など。
(18)作用———同化作用、心理作用、精神作用、副作用など。
(19)問題———人口問題、土地問題、社会問題、民族問題、教育問題、国際問題など。
(20)時代———旧石器時代、新石器時代、原子時代、新時代、旧時代など。
(21)社会———原始社会、奴隷社会、封建社会、資本主義社会、中国社会など。
(22)主義———人文主義、人道主義、資本主義、帝国主義、社会主義など。
(23)階級———地主階級、資産階級、中産階級、農民階級、無産階級など。

四.西洋の語彙を漢字を使って日本語に訳す際、明治の日本人は次のような造語法に従っていた。これは中国語の造語法のルールでもあったことが、日本製の新語がひろく中国で受けいれられた一因と考えられる。

1.修飾語+被修飾語
 (1)形容詞+名詞———特権、美学、背景、化石、環境、人権、哲学、金庫など。
 (2)副詞+動詞———互恵、独占、交流、高圧、特許、否定、肯定、表決、歓迎など。
2.同義語の複合———解放、供給、説明、方法、共同、主義、階級、闘争、法律など。
3.動詞+目的語———断交、動員、投票、休戦、作戦、投資、抗議、脱党、処刑など。
4.前述の語による複合語———社会主義、治外法権、土木工程、自然科学、防空演習、唯物史観、動脈硬化、神経衰弱、国際公法、経済恐慌など。

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上に紹介した語彙は今では日本語の語彙の一部として深く根を下ろしており、これらを使わないで自分の考えを表現することは出来ないと言って過言ではない。そしてこれらが、わずか100余年前に造られたものであるとは、とても信じられない思いがする。また、これらが留学生などによって中国に持ち帰られ、中国でも常用語として広く活用されているという事実は、両国を結ぶ漢字の意義について再認識させられる。

http://www12.plala.or.jp/nihongo73/iriguti/d79/d79.htm


【明解要解】中国語を支える日本語
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by thinkpod | 2006-02-08 21:44


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