2006年 01月 08日

日本という国にはなぜ皇室があるのか、天皇がいらっしゃるのか

【藤岡】「新しい歴史教科書」は日本文明の自己形成史という視点で書かれています。日本は古来独自の文明をはぐくみ、同時に外国からの優れたものを取り入れた。しかも、自分なりに主体的に咀嚼(そしゃく)して、自国の伝統と統合して新しい文化をつくっていった。

 もう一つは、日本という国家がどのようにして形成され、発展してきたかという視点です。日本は歴史上二回、国家形成を遂げている。一度目は、古代において中華文明と接触して、これを受け入れつつ、独自の自立的な国家をつくった。聖徳太子の設計に始まる古代国家、律令国家です。

 そのことをこの本は天皇号の成立と結びつけて書いています。遣隋使が六〇七年に派遣されますが、このとき小野妹子が「日出づる処の天子書を日没する処の天子にいたす。つつがなきや」という文書を持って行きました。隋の煬帝(ようだい)は激怒した。なぜならば天子という称号が両方に使われていた。これは皇帝の言い換えですから対等です。当時の東アジアの国際秩序では絶対許されないことでした。皇帝を名乗るのは中国の皇帝だけで、周辺は属国だから王を名乗らなければいけないんです。

 翌年もう一度、遣隋使を派遣する段階になって、日本の君主の称号をどうするかが問題になった。このときに使ったのが天皇という称号です。これが絶妙なのは、「天皇」の「皇」という字が「皇帝」の「皇」と同じですから、あなたと原則的には対等ですと宣言している(笑い)。だが、全く同じにはしないということで、少し相手の顔を立てている。これが天皇という称号を歴史上使用した最初の例です。

 こういう史実を知らないと、日本という国にはなぜ皇室があるのか、天皇がいらっしゃるのか、その意味が分かりません。天皇号こそは日本の東アジアにおける国家的独立宣言でした。

 しかも、つなぎとしての女性天皇はいましたが、血統としては一貫して男系の天皇でつながってきました。それが天皇家の子孫以外の豪族が天皇家の血筋を乗っ取ることをブロックしました。だから百二十五代続いてきた。それが日本の伝統であり、小泉首相が簡単に皇室典範を変えるなどということは、許されないと思っています。

 【石井】その説明は分かりやすいですね。

◆「正論」新春鼎談 第21回「大賞」受賞(3-2)
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by thinkpod | 2006-01-08 01:14 | 政治経済


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