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2010年 03月 30日

狙われる国土、森、水、なぜ日本は手をこまぬいているのか

狙われる国土、森、水、なぜ日本は手をこまぬいているのか
到来するフォレスト・ラッシュ(森林争奪)時代
平野 秀樹 

 レアメタル(希少鉱物)やレアアース(希土類)の市場が熱い。農地も世界各地で争奪戦の様相だ。西欧や産油国、中国などが、積極的に農地を求め、支配下に置いている。ゴールド・ラッシュ、オイル・ラッシュにつづいて、ランド・ラッシュ(土地争奪)だ。

 森林にも触手が動いている。米国の有力投資家たちは現地法人を通じ、ブラジル・アマゾン流域の森林を買収する。その森は生物多様性の観点から最も多様な種を擁して、しかも世界の肺ともいわれるエリアだが、それらを遺伝子組み替えの大豆畑にするという。

 日本国内でも、さまざまなセクターが山林買収に乗り出している。過去10年間の土地取引件数(5ヘクタール以上)は、ここ数年で急増した。年間800件(2000〜2002年)だったものが、1100〜1200件(2006〜2008年)に増えた。40〜50%の増加だ。

 その総土地取引面積も大幅に増加している(下図)。住友林業はここ2年で、所有森林を17%増の5万ヘクタールまで増やす計画(*1)」だし、木材流通業者も森買いをはじめた。林業に縁のなかった異業種からの参入もある。とりわけ新興の不動産業者が山林相場を活気づけている。フォレスト・ラッシュ(森林争奪)だ。

 *1 地主との長期森林管理契約も一部含む
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 産業としての「林業」が儲からず底冷えしているのと、好対照である。

 その狙いが木材でないなら、水、CO2、あるいは生態系サービスの市場化だろうか、それとも国土という土地資源なのか? 顔がなかなか見えないセクターもある。

 投げ売りしたいと急ぐ森林所有者と、狙いはわからないが買収をもくろむ複数のバイヤー。それらを山林ブローカーたちがつないでいく。森へ向かうのは“森ガール"だけではないのだ。


顔の見えない購入者はやがて…

 森林買収が増えていく中、外資の噂が絶えない。

 「ある日突然、新たな森林購入者が現れ、付近一帯の山々を占有したことを宣言して土地を囲い込み、民間警備会社に厳重な警備をさせて地域住民を排除する。そして、隣地に無断で一方的に境界を主張し、伐採や投棄を行ったり、地下水を大々的に揚水したりしはじめる。

 やがて、水位が変化したり、汚染が拡がっていったりしたとき、その森林が下流地域に対して果たす基本インフラとしての側面から、また 国家安全保障(national security)の観点から問題になっていく。本社が海外にある場合は、海を越えての境界紛争や環境論争がはじまっていく。そんな近未来もあながち絵空事ではないはず…」

 これらを小説だという人もいる。口裂け女や人面魚と同じ「都市伝説」にすぎないという。

 あるいは、日本の土地制度の特異性を知悉したセクターによる「見えにくい足場づくり」だとする外資脅威論者もいる。

 水源林買収の噂がどの範疇に入るのか不明だが、問題は予測されうる未来に対し、十分な備え――最低限の制度が諸外国並みに揃っていない点だ。加えてインフルエンザのパンデミック騒ぎに比べ、テーマへの制度的な対応が鈍い点も気になる。

 特に、地図混乱地域(登記所の公図と土地の位置・形状が著しく相違している地域)では、「時効取得(*2)」を根拠に、20年経つと、後発の参入者が所有権を一方的に主張していく可能性もある。

 *2 鎌倉時代の御成敗式目以来、事実上、その土地を長期にわたって実効支配した場合、その支配権を正統性を問わず認めるという考え方による。民法162条に規定されている。

 そういった事態が発生してしまった場合、手遅れだったと気づいてもにわかには措置しようがなく、元に戻すには、膨大なコストと時間を要することを知らなければならない。

 なぜこういった警鐘を鳴らすのか。

 日本の土地制度には、3つの盲点があるからである。


「済州島を買っちまえ」

 2008年10月。国境の島・対馬の不動産が韓国資本に買収されたと話題になったとき、当時の総理は次のようにコメントした。

 「土地は合法的に買っている。日本がかつて米国の土地を買ったのと同じで、自分が買ったときはよくて、人が買ったら悪いとは言えない」

 外務省も静観した。
 「合法的な取引について政府として何か言う立場にない。規制できるものかどうかわからない」

 果たして、マンハッタンのビルを買うことと国境離島の買収は同じだろうか。
 その後の2009年3月。連合の笹森清氏(前代表)が民主党首脳との会話を披露した。

 「対馬が(韓国の)ウォン経済に買い占められそうだ」
 こう言った笹森氏に、民主党の小沢代表(当時)は次のように応じたという。

 「そのことを心配するなら、いま絶好のチャンスだ。円高だから済州島を買っちまえ」

 地元長崎の衆議院議員のパーティー会場での会話だったというから深い意味はなかったろうが、果たして済州島は買収できるのだろうか。ちょっと気になって調べてみた。

 結論を言うと、済州島を買いとることは不可能である。

 なぜなら、韓国には「外国人土地法」が機能していて、外国人が韓国国内で土地を所有する場合には制限が課されているからだ。生態系保全区域や文化財保護地域、軍事目的上必要な島嶼地域等の土地売買は、許可が必要とされている。済州島には周辺離島も含め、国境警備のために軍が常駐しているから、全島を買い取ることは事実上不可能だ。

 これに対して、日本国内では土地はだれでも購入することができる。国籍を問わない。対馬も例外ではなく、土地売買はフリーで特段の制限はない。不動産登記簿に国籍を記入する必要もない。大正14年(1925年)に制定された「外国人土地法」が残っているものの、全く機能していない。肝心の制限区域の基準や要件が政令によって定められていないから、眠れる法律のままになっている。

 私たちが済州島を買うことはできないけれど、外国人は対馬はもとより日本全土を買うことができる。しかも無制限である。下表に示すように、アジアで外国人がフリーに土地所有できる国は日本だけだ。

 1つ目の盲点がこれである。
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のけぞったドイツ人

 2つ目として、足元の地籍(*3)が日本は不十分だということが挙げられる。

*3 一筆ごとの土地の所有者、地番、地目を調査し、境界の位置と面積を測量するもの。「地籍」とは、いわば「土地に関する戸籍」のこと。

 「本社に報告しておかねば…」
 ドイツ銀行の支店長は驚愕してのけぞった。

 「日本の国土の半数以上にきちんとした測量図がないなんて…ドイツではあり得ない。地籍がないということは、担保価値がないということ。われわれドイツ人は全く知らなかった。それにしても大きな問題だ」

 日本経済団体連合会での会合の1コマだが、日本の土地の区画や面積が曖昧のままであることを聞いた支店長は、「信じられない」を繰り返した。

 確かに、日本では地籍調査が国土の48%しか進んでいない。これまで60年間の歳月をかけてやってきたけれど、半分以上が未了だ。山林では6割が手つかずで、毛筆で記された漫画のような図面しか備わっていない。不動産登記簿も正確な状況を表しておらず、所有者の登記漏れ、相続時の名義変更漏れは珍しくない。つまり、誰がどの土地を、何の目的でどれだけ所有しているか、国家として現状をきっちりと把握する仕組みがない。

 地域差も大きい。地籍調査の進捗率は大阪府が4%、奈良県が10%、千葉県が13%、東京都が19%だ。

 確定できた地籍がこの割合しかないというのは、恐ろしいことだが事実である。

 ドイツはちがう。地籍は全国土の100%が確定済みだ。一筆ごとの境界情報は山林の場合、「軍」の情報管理部門が一元的に管理している。

 世界比較をしてみると、ドイツのみならず、フランス、オランダ、韓国も地籍が100%確定している。

 フランスはナポレオン時代に一度実施し、1980年代後半には2度目の調査を完了させている。

 哀しいかな日本は、太閤検地以来、境界確定が手つかずという土地が全国いたる所に残ったままになっている。


世界一の土地私権

 3つ目は、土地私権の強さである。

 日本の特殊性は、私的土地所有権でも際立っている。諸外国に比べ、個人の権利がすこぶる強い。世界一だろう。

 国家の公権が私的土地所有に及ぶ力は、日中韓で比較するなら、中国が最も強く、韓国がそれに次ぐ。それゆえ、彼の地の公共事業は必要とあれば突貫工事で瞬く間に終了する。北京五輪(2008年)の広域幹線道路やソウル市内の清渓川復元プロジェクト(2005年)に関して言えば、それらの完了に至るスピードは日本では考えられない。不可能だ。

 日本の土地収用法(*4)が、大いに機能したという話は聞こえてこない。外環道(東京外かく環状道路)は日本国が必要と認める事業だが、計画が出来上がってから数十年経ても、未だ地権者の合意が得られず完成していない。北京にもソウルにも、高速環状道路は複数あるが、東京には1本もできていない。成田国際空港も全く同様で、ハブ空港までの道のりは険しく長い。伝家の宝刀――土地収用法が機能せず錆ついてしまっている。

*4 公益的事業のため、土地所有権等をその権利者の意思にかかわらず、国・地方公共団体等に強制的に取得させることについて定めた法律。

 日本では林地の所有権を手に入れた者は、かなり強い私権をもつことになる反面、義務は驚くほど安い固定資産税を納めるだけでよい。1ヘクタール(3000坪)の林地なら、年間2000円程度だ。

 開発についても、比較的自由な振るまいが所有者は可能である。温泉や井戸も掘れる。掘って思う存分、温泉水や地下水を汲み上げることができる。その量に制限はない。これほど自由な林地の扱いでいいのだろうか。

 日本における土地所有権(私的財産権)は実質的に絶対不可侵に近く、土地という財産を保持することの効力はおそらく世界で最も強いと考えられる。何人も土地さえもっていれば「地下水も温泉も自分のものだ」と、私的権利をどこまでも主張できる可能性がある。

 もし、この国内事情に通暁した主体が土地買収を計画的に進めているとするならば、すぐれた支配戦略であり、その主体は確かな未来の繁栄を手にすることだろう。国土が余すところなく買収されてしまえば、主権はどこにあるのかわからなくなってしまう。

(1)外国人土地法が機能せず、また(2)土地制度の起点となる地籍も確定していない。にもかかわらず、(3)私的所有権が驚くほど強い――というのが日本だ。わが国はこういった3点セットの特性をもっているという現実を知っておかねばならない。


なぜ日本は手をこまぬいているのか?

 最後にもう1つ。外国人土地法が目下のところ、使えないことはわかったが、外為法(外国為替及び外国貿易法)は、national securityの観点から機能するだろうか。これにも言及しておきたい。

 米国では近年、この分野の規制法について強化を進めている。1988年のエクソン・フロリオ条項の拡大、1992年のバード修正条項、2007年の外国投資国家安全保障法の制定――である。外国からの投資に対して、国家の安全保障のみならず、重要なインフラの概念を審査の対象に追加し、幅をもたせた観点で国土を衛ることとしている。

 わが国では2008年、Jパワー(電源開発)への英国ファンドの投資に対し、外為法によって「公の秩序の維持」を理由にこれまでで唯一、中止命令を出したが、水源林が買収される場合はどうであろうか。

 同法では、「林業」への外国からの投資なら事前届出が必要だが、「不動産業」や「リゾート業」への投資なら事後報告でよい。フォレスト・ラッシュがつづく中、法の抜け道はいくつも探せそうだ。これからはM&Aで、大量の森林不動産を抱えた企業の社名が頻繁に変わっていくかもしれない。

 こうしている今も、顔の見えない森林所有者や不在村の森林所有者が増えていることだろう。

 水とつながる森林は生命の維持に不可欠な資源であり、地域にとって、また下流域にとってかけがえのない社会的資本――基本インフラなのだが、水源林を山ごと売りたがる冷めた対応が続いている。辺境が翳りゆく中、これまでの経験知だけでは対応できない事象が辺境から起こりはじめている。

 本来、国家戦略とは採算が見込めないハードへのバラマキを続けることではなく、情報を制し、足元を見据え、その上で踏み出していくことではないか。手をこまぬくばかりで「あり得ない買収事例」や「状況証拠」をただ待つのではなく、せめて諸外国並みの制度的な備えを急いでいくべきだ。


参考・引用文献:『奪われる日本の森―外資が水資源を狙っている』(平野秀樹/安田喜憲 新潮社 2010年)、『土地と日本人』(司馬遼太郎ほか 中央公論社 1976年)、『守るべき日本の国益』(菅沼光弘 青志社 2009年)、『国家ファンド――国際金融資本市場の新たな主役』(前田匡史 PHP研究所 2009年)、「首相、問題視せず」(「産経新聞」2008年10月22日)、「済州島買収と小沢氏」(「朝日新聞」2009年3月12日)

 (本テーマの詳細な政策提言については、東京財団の政策提言「グローバル化する国土資源(土・緑・水)と土地制度の盲点〜日本の水源林の危機 II 〜」をご覧ください)
http://www.tkfd.or.jp/research/project.php?id=63

■変更履歴
本文2ページ目の表中、「×」は「△」でした。お詫びして訂正いたします[2010/3/30 11:12]


平野 秀樹(ひらの・ひでき)
東京財団研究員、森林総合研究所理事。1954年生まれ。九州大学卒。国土庁防災企画官、大阪大学医学部講師、環境省環境影響評価課長、林野庁経営企画課長などを経て現職。博士(農学)。著書に『奪われる日本の森』(新潮社)、『森林理想郷を求めて』(中公新書)、 『森の巨人たち・巨木100選』(講談社)、『森林セラピー 養成・検定テキスト』(共編著、朝日新聞出版)、『森林医学』『森林医学II』(共編著、朝倉書店)など。

2010年3月30日(火)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100326/213636/?P=1

by thinkpod | 2010-03-30 21:58 | 政治経済


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