2005年 12月 04日

◆【緯度経度】東京にて、黒田勝弘 韓国はもう弱者ではない

509 名前: マンセー名無しさん  Mail: sage 投稿日: 05/12/03 (Sat) 08:50:34 ID: BXaH8m9f
2005/12/02 産経朝刊から。
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◆【緯度経度】東京にて、黒田勝弘 韓国はもう弱者ではない
 私事で申し訳ないが、このたび「菊池寛賞」を受賞するという思いがけないことがあった。
受賞理由に「四半世紀にわたり韓国に駐在し日韓関係の全般を広く深く報道し続けてきた功績」
とあるのでこの際、ぼく自身がやってきたことを振り返り、韓国との今後のことを考えてみたい。
 初めての訪韓は一九七一年で初めての韓国取材は一九七七年、そして一九七八年の語学留学を
きっかけに韓国への長期滞在が始まった。韓国ウオッチングは約三十年になろうか。

 この韓国体験の一端はすでに本紙に長期連載した「日韓新考」や「20世紀特派員・隣国への
足跡」(いずれも扶桑社文庫に収録)でも紹介したが、まず一九七〇年代から八〇年代にかけての
ぼくの韓国リポートの狙いは、韓国および韓国人の姿を多様に伝え日本におけるそれまでの韓国
(人)イメージを変えたいということだった。

 その際、「韓国人はネクラではなく実はネアカなのだ」をキーワードにした。これは七〇年代の
初訪韓による衝撃的な印象であり今も変わらない。「韓国は反日だが親日だ」も同じく。

 それまでの日本での韓国イメージは「いつも日本にぐずぐず文句をいっているネクラで付き
合いにくい相手」だった。しかし実際の韓国(人)はいつもにぎやかで元気だった。そして
韓国は発展した。そこでイメージ転換作戦として「韓国人は東洋のイタリア人だ」という仮説も
編み出した(一九八六年刊「韓国人の発想」など)。

 親しめる韓国(人)-この作戦はそれなりに成功したと思っている。これは一九八八年の
ソウル五輪を機に日本で起きた“韓流”、第一次韓国ブームにつながった。

 一九九〇年代に入って逆流が起きる。その象徴は慰安婦問題と日本に対する執拗(しつよう)
な謝罪要求だ。日本では韓国イメージに混乱が起きる。「あんなに明るく元気で発展した韓国が
今なぜ“過去”なのか?」というわけだ。日本で“嫌韓”の言葉が生まれたのはこの時期だ。

510 名前: マンセー名無しさん  Mail: sage 投稿日: 05/12/03 (Sat) 08:51:08 ID: BXaH8m9f
>>509
 韓国における過去蒸し返しによる反日は、韓国のいわゆる民主化と関係がある。民主化は
若い世代の過去世代に対する全否定の気分を生み、慰安婦問題など過去掘り起こしが彼らの
愛国・民族主義感情をかきたてることになった。

 日本統治時代を経験していない若い世代は、過去については教科書的で図式的かつ観念的だ。
豊かな時代に育った愛国世代だけに「日本何するものぞ」の気分もあり、その反日はときに
感情的でより激しい。

 日本に対するいわば“短絡的”な反日に接する中で、ぼくを含めた昔からのウオッチャー
たちは韓国の現状に批判的になる。発展にともなう民族的自信が対日余裕にはつながらず、
より反日になっていることへのいらだちというか。この深層心理には、手に負えない存在に
なった韓国に対する“寂しさ”もあるかもしれない。韓国はもう弱者ではなくなったのだ。

 しかも、韓国は北朝鮮と接近しはじめた。親韓派といわれたぼくを含む日本のウオッチャー
たちの多くは、日本社会が朝鮮総連の影響や金大中事件などで反韓・親北ムードが強かった
時代、時流に抗して韓国の発展ぶりとその明るさや元気さを説き、一方で北朝鮮の独裁体制を
厳しく批判し続けてきた人たちだ。

 そのぼくらにとって韓国の北への接近もまた寂しい。北の独裁体制に変化はないだけに、
韓国のこの現状は批判の対象にならざるをえない。

 とみてくると、やはり韓国の変化が韓国に対する見方の変化につながっているといえる。
韓国が変わったのならこちらも変わるしかない。

 ぼくらオールド・ウオッチャーには韓国や朝鮮というとやはりどこか同情がらみで情緒的
なところがある。たとえば「韓国人は情が深い」とか「韓国社会は温かい」といった実感論が
そうだし、ぼくの“韓国人ネアカ論”もそうかもしれない。

511 名前: マンセー名無しさん  Mail: sage 投稿日: 05/12/03 (Sat) 08:52:06 ID: BXaH8m9f
>>510
 しかし今や「韓国」を考えるときはもっとドライにならなければならないと思う。韓国は
変わったのだから。韓国はもう日本人にとって過去の歴史を理由にした「すみません」という
一方的な感情、つまり贖罪(しょくざい)感の対象ではないのだ。

 盧武鉉大統領も国家的自信を背景に米国に対してさえしきりに「自主外交」や「対等な関係」
を言っている。日本に対する“過去カード”もむしろ民族的優越感と見た方がいいかもしれない。

 韓国を対等な相手として日本はちゃんと自己主張し、ときには厳しく批判もする。
そういう時代になったのだ。ぼくもそのつもりである。

【日韓】黒田勝弘 総合スレ5【新考】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1122824352/509-511
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by thinkpod | 2005-12-04 04:38 | 半島


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