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2008年 03月 15日

洞爺湖サミットで日本は“不平等条約”京都議定書の愚を繰り返すな

 CO2(二酸化炭素)などの温室効果ガスについて、拘束力のある削減目標を一部の先進諸国に課した京都議定書は、大変な“不平等条約”である。目標達成のために、日本の産業界は、世界随一の製造技術・設備を持ちながら、排出権購入のコスト負担を強いられて競争力を低下させつつあるという。

 そこで注意したいのが、ポスト京都を論じる7月の洞爺湖サミットだ。このサミットでは、京都議定書を採択した「地球温暖化防止京都会議」(国連気候変動枠組み条約締約国会議、以下は京都会議)と同様、再び、日本に議長国の役割が巡って来る。準備不足のまま会議に突入し、大盤振る舞いによって成功を収めようとすると、京都会議と同じ轍を踏みかねない。ポスト京都は、2050年までという長丁場の枠組みとなるだけに、福田康夫政権は、周到に戦略を構築してサミットに臨む責任がある。

実は日本は
温暖化ガス排出量の優等生

 昨年2月、最優秀ドキュメンタリー部門など2部門で第79回アカデミー賞に輝いた映画『不都合な真実』の中で、主演のアルバート・ゴア米元副大統領が明かした衝撃的なデータをご記憶の読者もいるのではないだろうか。

 そのデータは米エネルギー省の調査によるもので、日本の「地球温暖化への寄与度」は、わずか3.7%と、米国の30.3%、欧州の27.7%、ロシアの13.7%などに比べて格段に小さい。世界のGDPに占める日本の割合は約1割。つまり、日本は米国や欧州の半分に匹敵する経済規模を持ちながら、温暖化ガスの排出量は米国、欧州の1~2割に過ぎないというのだ。このデータは、日本の優等生ぶりをくっきりと浮き彫りにした。

 ゴア元副大統領は映画の中で、自動車の燃費効率の向上がCO2の排出削減に役立つことも指摘した。この面で、日本が現在、1リットルあたり19キロメートル以上という世界で最も効率的な燃費の達成を義務付けていることを紹介したうえで、2005年の2月から9ヵ月の間に、株式の時価総額で、トヨタ自動車が11.86%、ホンダが3.28%それぞれ上昇したのに対し、米フォードが33.20%、ゼネラル・モータースが38.84%下落した事実を示して、日本企業が優れた技術を開発することで、収益的にも成功してきたと強調した。

 ところが、日本企業は、温暖化ガスの排出削減が十分でなかったとして、海外から排出権を購入する必要に迫られている。3月9日付けの日本経済新聞は、電気事業連合会や日本鉄鋼連盟が、今後、海外から取得するCO2の見込み額を日本経団連に報告したと報じた。それらをまとめると、産業界は、京都議定書の温暖化ガス削減目標を達成するため、2012年までの5年間に、合計で2億~3億トンあまりの排出権の購入が必要と予測している。そして、新日鉄の試算によると、それらのコストは、最低でも5000億円と巨額になるという。

 別の報道によれば、こうした日本の産業界の足許をみて、海外ではすでに排出権を買い占める動きが活発になっており、実際に産業界が負担する費用は、その何倍にも膨らんだとしておかしくないとの見方もある。

 なぜ、あまり温暖化ガスを出さない日本の企業が、そんな理不尽なコスト負担を強いられる破目に陥ったのだろうか。

 ここで避けて通れないのが、京都議定書の内容をきちんと分析することだ。マスメディアでは、「環境」といえば、何でも推進せよという感情的な盲従派が多く、客観的な分析があまり見られない。が、実は、京都議定書は、日本にとって、大変な不平等条約なのだ。

 不平等条約と聞くと、京都議定書が採択された1997年12月の京都会議の報道を注意深く見ていた人は、温暖化の防止を「途上国の経済大国化にブレーキをかけようとする先進国のエゴの現れ」と決め付けて、中国やインドといった途上国が温暖化ガス削減の数値目標の受け入れを拒んだことを連想するかもしれない。あるいは、中国に網をかけられなかった点を理由にして、米国が京都議定書を批准しなかったことを想起する人もいるだろう。だが、そういったことは、実は、京都議定書が日本にとって不平等条約である理由のほんの一面に過ぎない。

EUに有利なルール作りが
日本に理不尽を強いる

 まず重要なポイントとして指摘したいのは、温暖化ガスについて、1990年を基準として、2008年から2012年の5年間に、ロシアが0%、日本、カナダが6%、米国が7%、欧州が8%それぞれ削減することで合意した、「削減率のマジック」である。

 1990年という時期は、1970年代の2度の石油危機、1980年代の円高不況の直撃を受けて、日本の産業界は、燃料節約、コスト削減の観点からスタートして製造工程を見直し、その結果として温暖化ガスの大幅な排出削減も達成した後にあたる。つまり、1990年を基準にすることは、日本勢にとって、乾いた雑巾をさらに絞れというような無理を求めるものに他ならない。

 さらに、削減率のマジックが追い討ちをかけることになる。1990年を基準として、ロシアが0%、日本、カナダが6%、米国が7%、欧州が8%それぞれ削減するという、いわば表向きの削減率は、実質的な削減率と大きな隔たりがあるからだ。実は、京都議定書が採択された1997年12月段階で、日本の温暖化ガスの排出量は2000年に1990年比で13%増の13億4000万トンに膨らむと見込まれていた。つまり、1990年比の6%削減には、2000年比で19%の削減が必要だからである。同様に、米国の実質的な削減率は22%、カナダのそれは25%と膨大だ。

 対照的なのは、ドイツ、イギリスの欧州勢と、ロシアである。温暖化ガスを垂れ流し放題だった東ドイツを統合したドイツは排出削減が容易で、2000年に19%の削減を達成しており、実質的には11%も増やすことができたのだ。同様に、1990年代に効率的な発電所への転換を進めたイギリスも実質的には5%拡大できた。景気後退が著しかったロシアに至っては、実に38%もの増大が可能だったのである。

 以上の実質的な削減(増加)率データの検証は、中部大学の武田邦彦教授が文藝春秋の2008年3月号で示したものであるが、京都議定書が、いかに日本、米国、カナダの3国にとって不平等かつ過酷なものであるか、一目瞭然だ。そして、京都議定書を米国が批准せず、カナダも離脱したのは、その内容が理不尽だったからだとの指摘もある。日本では、両国の行為をエゴと決め付ける報道が罷り通ってきたが、不平等条約の内容を直視せず、甘んじて受け入れ、ツケを自国の産業に押し付けるような先進国は日本しかないというのが真相なのである。

 付け加えると、欧州が京都議定書に盛り込んだ欧州優位のマジックはこれにとどまらない。例えば、「共同達成」というEUに認められた方式もそうだ。ざっくり言えば、イタリアやスペインといった国が温暖化ガスをそれほど減らせなくても、ドイツやイギリスの削減分を回してもらうことみよって、目標をクリアーしたと見なすというものだ。EUは自陣に有利な体制の構築を成し遂げたと言える。

 さらに、ポスト京都に向けて、EUは加盟国を15カ国から27カ国に増やし、より削減余地の大きい旧共産主義国を取り込むことで、見た目には厳しい目標を掲げながら、実は容易に達成できる体制作りを狙っているという。

 こうした京都議定書の実態について、これこそ「EUの陰謀だ」との見方は少なくない。前述の武田教授は、EUの狙いが「石油枯渇後の世界における覇権」にあるという。

京都会議の戦犯は
国益を蔑ろにした官僚

 それにしても、いったいなぜ、このような不平等条約が罷り通ったのだろうか。

 「Kei(経)」2008年1月号(ダイヤモンド社刊)の『「ポスト京都」に向けた環境問題の新たな取組』で、当時の官僚たちの準備不足を指摘したのは、立命館大学の佐和隆光教授である。佐和教授は当時、NGOの一員として京都会議に参加していたが、旧通商産業省の担当者が議定書の内容を会議初日になってもよく知らなかった事実や、外務官僚が「排出権取引」を理解していなかった様子を描いたうえで、「議長国日本は、終始一貫、蚊帳の外に置かれっぱなしだった」と述べている。

 筆者が改めて取材したところ、たしかに、京都会議において、旧通産官僚や外務官僚は、京都会議や京都議定書の意味をほとんど理解していなかったようだ。旧通産省は、産業界の守護神的存在として振る舞うことに躍起で、交渉全体の行方に責任を持つ姿勢が乏しかった。外務官僚も、京都議定書の採択さえできればよく、中身が国益にかなっているかどうかは二の次という態度だったという。

環境官僚が不平等と知りつつ
確信犯的に条約批准に暗躍

 だが、「ミスター温暖化」の異名をとり、現在、環境省の最高幹部の一人に昇進している人物が、当時、確信犯的に暗躍していたことは見逃せない。この人物は、京都議定書が不平等条約であることを承知しながら、京都会議以降、日本の産業構造が大きく転換し、削減目標が足かせになることはないと判断して、鷹揚に不平等条約を受け入れたというのである。例えば、発電は、1990年代の欧州で進んだように、急ピッチで温暖化ガスを出さない原子力に移行し、鉄鋼は生産の海外シフトが進んで日本から主要な生産設備は無くなると予想していたという。

 関係者によると、この環境官僚は当時、鉄鋼会社の経営幹部に会って、「高炉をひとつかふたつ閉鎖すれば、排出権取引で巨額の利益が見込めるから文句はないでしょう」などと発言、むしろ鉄鋼会社に恩を売ろうとしていたという。

 これに対し、当の鉄鋼会社は、「バブル経済崩壊に続き、タイ発のアジア経済危機に直面しており、その後の中国特需や鉄の復権など予想もできない時期だった」と洩らす。換言すれば、鉄鋼会社として反論する元気がなかった時期であるということによって、ミスター温暖化とのやりとりにおいて反論をしなかった、とまで認めているのである。要するに、産業界は、これほど景気が回復して生産増強が実現し、排出権の購入というコストが必要になるなどと考えていなかったというわけだ。

 余談だが、鉄鋼などの世界市場では、米国を中心に反ダンピング提訴が横行し、自由貿易が機能していない問題がある。これこそ、より本質的な問題かもしれない。というのは、本来、自由貿易が機能しており、高品質低価格の日本製品の輸出が拡大していれば、海外メーカーは生き残りのため、先を争って日本製の製造技術や設備を購入せざるを得ず、日本並みに温暖化ガスの削減も進むはずだからである。ところが、反ダンピング提訴の横行によって、そうした市場メカニズムが機能しておらず、「排出権取引」という擬似的な市場メカニズムを導入する必要が出たうえ、その設定の不合理から、遅れた設備を使う他国メーカーでなく、日本勢が排出権の購入を迫られているというのは、なんとも理不尽と言えるのではないだろうか。

政府はサミット成功のために
日本の競争力を殺ぐ拙速を避けよ

 福田政権は、経済界と協力して戦略構築するステップを踏まずに、最近になって、洞爺湖サミットのアジェンダ作りのため、突然、環境問題を前面に押し出した。というのは、政府は、昨年12月のバリ会議で、温暖化ガス削減のための国別の上限枠の設置に猛反対しておきながら、福田首相が今年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)に出席。突然、サミット最大のアジェンダとして環境問題を取り上げて、国別目標を導入する考えを表明したからである。

 環境問題は、本来、長期的視点で取り組む必要のある課題だ。ところが、昨年のハイリゲンダム・サミットで、安倍晋三前首相が唐突に「美しい星50」構想を提案し、2050年までに世界の排出量を現状の半分に削減する目標を掲げた。あの拙速ぶりには、首を傾げざるを得なかった。温暖化ガス半減といえば、先進国がまったく温暖化ガスを出さず、発展途上国が現状で凍結してようやく達成できる過酷な目標だからである。

 今回の福田政権も、それに劣らず、拙速との印象を免れない。日本経団連の奥田硯前会長を急きょ、内閣特別顧問や「地球温暖化問題に関する有識者会合」座長に担ぎ出し、その発言力で、産業界の押さえ込もうとするかのような対応も、反発を呼んで逆効果になりかねない。

 むしろ、政府は、世界規模で産業セクターごとに効率化を目指す目標を掲げて、日本勢の競争力を損なわない配慮をするべきだ。製造業に比べて、対応が遅れている分野の戦略作りも急ぐ必要がある。環境省によると、2002年度までの過去12年間に、製造業など産業部門のCO2排出量は0.7%減っているのに対して、逆に、一般のオフィスと家庭をあわせた業務部門は7.3%、運輸部門が3.6%も排出量が増えているからだ。

 まずはセクターごとの削減目標を積み上げて、足りなければ、きめ細かく追加努力を要請して、日本としての国別目標を構築することが、洞爺湖サミットへの第一歩であるべきなのだ。そうしたコンセンサスや戦略がないまま、本番に挑んだのでは、したたかな欧州に再びまんまとしてやられかないリスクを肝に銘じる必要がある。

町田徹(ジャーナリスト)
【第20回】 2008年03月14日
http://diamond.jp/series/machida/10020/
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by thinkpod | 2008-03-15 22:47 | 国際


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