2010年 03月 30日

狙われる国土、森、水、なぜ日本は手をこまぬいているのか

狙われる国土、森、水、なぜ日本は手をこまぬいているのか
到来するフォレスト・ラッシュ(森林争奪)時代
平野 秀樹 

 レアメタル(希少鉱物)やレアアース(希土類)の市場が熱い。農地も世界各地で争奪戦の様相だ。西欧や産油国、中国などが、積極的に農地を求め、支配下に置いている。ゴールド・ラッシュ、オイル・ラッシュにつづいて、ランド・ラッシュ(土地争奪)だ。

 森林にも触手が動いている。米国の有力投資家たちは現地法人を通じ、ブラジル・アマゾン流域の森林を買収する。その森は生物多様性の観点から最も多様な種を擁して、しかも世界の肺ともいわれるエリアだが、それらを遺伝子組み替えの大豆畑にするという。

 日本国内でも、さまざまなセクターが山林買収に乗り出している。過去10年間の土地取引件数(5ヘクタール以上)は、ここ数年で急増した。年間800件(2000〜2002年)だったものが、1100〜1200件(2006〜2008年)に増えた。40〜50%の増加だ。

 その総土地取引面積も大幅に増加している(下図)。住友林業はここ2年で、所有森林を17%増の5万ヘクタールまで増やす計画(*1)」だし、木材流通業者も森買いをはじめた。林業に縁のなかった異業種からの参入もある。とりわけ新興の不動産業者が山林相場を活気づけている。フォレスト・ラッシュ(森林争奪)だ。

 *1 地主との長期森林管理契約も一部含む
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 産業としての「林業」が儲からず底冷えしているのと、好対照である。

 その狙いが木材でないなら、水、CO2、あるいは生態系サービスの市場化だろうか、それとも国土という土地資源なのか? 顔がなかなか見えないセクターもある。

 投げ売りしたいと急ぐ森林所有者と、狙いはわからないが買収をもくろむ複数のバイヤー。それらを山林ブローカーたちがつないでいく。森へ向かうのは“森ガール"だけではないのだ。


顔の見えない購入者はやがて…

 森林買収が増えていく中、外資の噂が絶えない。

 「ある日突然、新たな森林購入者が現れ、付近一帯の山々を占有したことを宣言して土地を囲い込み、民間警備会社に厳重な警備をさせて地域住民を排除する。そして、隣地に無断で一方的に境界を主張し、伐採や投棄を行ったり、地下水を大々的に揚水したりしはじめる。

 やがて、水位が変化したり、汚染が拡がっていったりしたとき、その森林が下流地域に対して果たす基本インフラとしての側面から、また 国家安全保障(national security)の観点から問題になっていく。本社が海外にある場合は、海を越えての境界紛争や環境論争がはじまっていく。そんな近未来もあながち絵空事ではないはず…」

 これらを小説だという人もいる。口裂け女や人面魚と同じ「都市伝説」にすぎないという。

 あるいは、日本の土地制度の特異性を知悉したセクターによる「見えにくい足場づくり」だとする外資脅威論者もいる。

 水源林買収の噂がどの範疇に入るのか不明だが、問題は予測されうる未来に対し、十分な備え――最低限の制度が諸外国並みに揃っていない点だ。加えてインフルエンザのパンデミック騒ぎに比べ、テーマへの制度的な対応が鈍い点も気になる。

 特に、地図混乱地域(登記所の公図と土地の位置・形状が著しく相違している地域)では、「時効取得(*2)」を根拠に、20年経つと、後発の参入者が所有権を一方的に主張していく可能性もある。

 *2 鎌倉時代の御成敗式目以来、事実上、その土地を長期にわたって実効支配した場合、その支配権を正統性を問わず認めるという考え方による。民法162条に規定されている。

 そういった事態が発生してしまった場合、手遅れだったと気づいてもにわかには措置しようがなく、元に戻すには、膨大なコストと時間を要することを知らなければならない。

 なぜこういった警鐘を鳴らすのか。

 日本の土地制度には、3つの盲点があるからである。


「済州島を買っちまえ」

 2008年10月。国境の島・対馬の不動産が韓国資本に買収されたと話題になったとき、当時の総理は次のようにコメントした。

 「土地は合法的に買っている。日本がかつて米国の土地を買ったのと同じで、自分が買ったときはよくて、人が買ったら悪いとは言えない」

 外務省も静観した。
 「合法的な取引について政府として何か言う立場にない。規制できるものかどうかわからない」

 果たして、マンハッタンのビルを買うことと国境離島の買収は同じだろうか。
 その後の2009年3月。連合の笹森清氏(前代表)が民主党首脳との会話を披露した。

 「対馬が(韓国の)ウォン経済に買い占められそうだ」
 こう言った笹森氏に、民主党の小沢代表(当時)は次のように応じたという。

 「そのことを心配するなら、いま絶好のチャンスだ。円高だから済州島を買っちまえ」

 地元長崎の衆議院議員のパーティー会場での会話だったというから深い意味はなかったろうが、果たして済州島は買収できるのだろうか。ちょっと気になって調べてみた。

 結論を言うと、済州島を買いとることは不可能である。

 なぜなら、韓国には「外国人土地法」が機能していて、外国人が韓国国内で土地を所有する場合には制限が課されているからだ。生態系保全区域や文化財保護地域、軍事目的上必要な島嶼地域等の土地売買は、許可が必要とされている。済州島には周辺離島も含め、国境警備のために軍が常駐しているから、全島を買い取ることは事実上不可能だ。

 これに対して、日本国内では土地はだれでも購入することができる。国籍を問わない。対馬も例外ではなく、土地売買はフリーで特段の制限はない。不動産登記簿に国籍を記入する必要もない。大正14年(1925年)に制定された「外国人土地法」が残っているものの、全く機能していない。肝心の制限区域の基準や要件が政令によって定められていないから、眠れる法律のままになっている。

 私たちが済州島を買うことはできないけれど、外国人は対馬はもとより日本全土を買うことができる。しかも無制限である。下表に示すように、アジアで外国人がフリーに土地所有できる国は日本だけだ。

 1つ目の盲点がこれである。
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のけぞったドイツ人

 2つ目として、足元の地籍(*3)が日本は不十分だということが挙げられる。

*3 一筆ごとの土地の所有者、地番、地目を調査し、境界の位置と面積を測量するもの。「地籍」とは、いわば「土地に関する戸籍」のこと。

 「本社に報告しておかねば…」
 ドイツ銀行の支店長は驚愕してのけぞった。

 「日本の国土の半数以上にきちんとした測量図がないなんて…ドイツではあり得ない。地籍がないということは、担保価値がないということ。われわれドイツ人は全く知らなかった。それにしても大きな問題だ」

 日本経済団体連合会での会合の1コマだが、日本の土地の区画や面積が曖昧のままであることを聞いた支店長は、「信じられない」を繰り返した。

 確かに、日本では地籍調査が国土の48%しか進んでいない。これまで60年間の歳月をかけてやってきたけれど、半分以上が未了だ。山林では6割が手つかずで、毛筆で記された漫画のような図面しか備わっていない。不動産登記簿も正確な状況を表しておらず、所有者の登記漏れ、相続時の名義変更漏れは珍しくない。つまり、誰がどの土地を、何の目的でどれだけ所有しているか、国家として現状をきっちりと把握する仕組みがない。

 地域差も大きい。地籍調査の進捗率は大阪府が4%、奈良県が10%、千葉県が13%、東京都が19%だ。

 確定できた地籍がこの割合しかないというのは、恐ろしいことだが事実である。

 ドイツはちがう。地籍は全国土の100%が確定済みだ。一筆ごとの境界情報は山林の場合、「軍」の情報管理部門が一元的に管理している。

 世界比較をしてみると、ドイツのみならず、フランス、オランダ、韓国も地籍が100%確定している。

 フランスはナポレオン時代に一度実施し、1980年代後半には2度目の調査を完了させている。

 哀しいかな日本は、太閤検地以来、境界確定が手つかずという土地が全国いたる所に残ったままになっている。


世界一の土地私権

 3つ目は、土地私権の強さである。

 日本の特殊性は、私的土地所有権でも際立っている。諸外国に比べ、個人の権利がすこぶる強い。世界一だろう。

 国家の公権が私的土地所有に及ぶ力は、日中韓で比較するなら、中国が最も強く、韓国がそれに次ぐ。それゆえ、彼の地の公共事業は必要とあれば突貫工事で瞬く間に終了する。北京五輪(2008年)の広域幹線道路やソウル市内の清渓川復元プロジェクト(2005年)に関して言えば、それらの完了に至るスピードは日本では考えられない。不可能だ。

 日本の土地収用法(*4)が、大いに機能したという話は聞こえてこない。外環道(東京外かく環状道路)は日本国が必要と認める事業だが、計画が出来上がってから数十年経ても、未だ地権者の合意が得られず完成していない。北京にもソウルにも、高速環状道路は複数あるが、東京には1本もできていない。成田国際空港も全く同様で、ハブ空港までの道のりは険しく長い。伝家の宝刀――土地収用法が機能せず錆ついてしまっている。

*4 公益的事業のため、土地所有権等をその権利者の意思にかかわらず、国・地方公共団体等に強制的に取得させることについて定めた法律。

 日本では林地の所有権を手に入れた者は、かなり強い私権をもつことになる反面、義務は驚くほど安い固定資産税を納めるだけでよい。1ヘクタール(3000坪)の林地なら、年間2000円程度だ。

 開発についても、比較的自由な振るまいが所有者は可能である。温泉や井戸も掘れる。掘って思う存分、温泉水や地下水を汲み上げることができる。その量に制限はない。これほど自由な林地の扱いでいいのだろうか。

 日本における土地所有権(私的財産権)は実質的に絶対不可侵に近く、土地という財産を保持することの効力はおそらく世界で最も強いと考えられる。何人も土地さえもっていれば「地下水も温泉も自分のものだ」と、私的権利をどこまでも主張できる可能性がある。

 もし、この国内事情に通暁した主体が土地買収を計画的に進めているとするならば、すぐれた支配戦略であり、その主体は確かな未来の繁栄を手にすることだろう。国土が余すところなく買収されてしまえば、主権はどこにあるのかわからなくなってしまう。

(1)外国人土地法が機能せず、また(2)土地制度の起点となる地籍も確定していない。にもかかわらず、(3)私的所有権が驚くほど強い――というのが日本だ。わが国はこういった3点セットの特性をもっているという現実を知っておかねばならない。


なぜ日本は手をこまぬいているのか?

 最後にもう1つ。外国人土地法が目下のところ、使えないことはわかったが、外為法(外国為替及び外国貿易法)は、national securityの観点から機能するだろうか。これにも言及しておきたい。

 米国では近年、この分野の規制法について強化を進めている。1988年のエクソン・フロリオ条項の拡大、1992年のバード修正条項、2007年の外国投資国家安全保障法の制定――である。外国からの投資に対して、国家の安全保障のみならず、重要なインフラの概念を審査の対象に追加し、幅をもたせた観点で国土を衛ることとしている。

 わが国では2008年、Jパワー(電源開発)への英国ファンドの投資に対し、外為法によって「公の秩序の維持」を理由にこれまでで唯一、中止命令を出したが、水源林が買収される場合はどうであろうか。

 同法では、「林業」への外国からの投資なら事前届出が必要だが、「不動産業」や「リゾート業」への投資なら事後報告でよい。フォレスト・ラッシュがつづく中、法の抜け道はいくつも探せそうだ。これからはM&Aで、大量の森林不動産を抱えた企業の社名が頻繁に変わっていくかもしれない。

 こうしている今も、顔の見えない森林所有者や不在村の森林所有者が増えていることだろう。

 水とつながる森林は生命の維持に不可欠な資源であり、地域にとって、また下流域にとってかけがえのない社会的資本――基本インフラなのだが、水源林を山ごと売りたがる冷めた対応が続いている。辺境が翳りゆく中、これまでの経験知だけでは対応できない事象が辺境から起こりはじめている。

 本来、国家戦略とは採算が見込めないハードへのバラマキを続けることではなく、情報を制し、足元を見据え、その上で踏み出していくことではないか。手をこまぬくばかりで「あり得ない買収事例」や「状況証拠」をただ待つのではなく、せめて諸外国並みの制度的な備えを急いでいくべきだ。


参考・引用文献:『奪われる日本の森―外資が水資源を狙っている』(平野秀樹/安田喜憲 新潮社 2010年)、『土地と日本人』(司馬遼太郎ほか 中央公論社 1976年)、『守るべき日本の国益』(菅沼光弘 青志社 2009年)、『国家ファンド――国際金融資本市場の新たな主役』(前田匡史 PHP研究所 2009年)、「首相、問題視せず」(「産経新聞」2008年10月22日)、「済州島買収と小沢氏」(「朝日新聞」2009年3月12日)

 (本テーマの詳細な政策提言については、東京財団の政策提言「グローバル化する国土資源(土・緑・水)と土地制度の盲点〜日本の水源林の危機 II 〜」をご覧ください)
http://www.tkfd.or.jp/research/project.php?id=63

■変更履歴
本文2ページ目の表中、「×」は「△」でした。お詫びして訂正いたします[2010/3/30 11:12]


平野 秀樹(ひらの・ひでき)
東京財団研究員、森林総合研究所理事。1954年生まれ。九州大学卒。国土庁防災企画官、大阪大学医学部講師、環境省環境影響評価課長、林野庁経営企画課長などを経て現職。博士(農学)。著書に『奪われる日本の森』(新潮社)、『森林理想郷を求めて』(中公新書)、 『森の巨人たち・巨木100選』(講談社)、『森林セラピー 養成・検定テキスト』(共編著、朝日新聞出版)、『森林医学』『森林医学II』(共編著、朝倉書店)など。

2010年3月30日(火)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100326/213636/?P=1
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# by thinkpod | 2010-03-30 21:58 | 政治経済
2010年 03月 01日

トヨタ“推定有罪”の世論を作った 謎の人物とLAタイムズの偏向報道

トヨタ“推定有罪”の世論を作った
謎の人物とLAタイムズの偏向報道
~『ザ・トヨタウェイ』著者の米大物学者が語る衝撃の分析!

ジェフリー・ライカー・ミシガン大学教授 核心インタビュー

世界的な自動車研究の拠点・ミシガン大学の名物教授で、米国におけるトヨタ研究の第一人者でもあるジェフリー・ライカー博士が、独自の情報源から知り得たトヨタ・リコール問題の“深層”を語った。同氏は、今回の騒動はロサンゼルス(LA)タイムズと謎の人物ショーン・ケイン氏によるトヨタバッシング報道に端を発したものであり、巷間言われている製造エンジニアリングの根本的な問題ではないと断じる。この見方を、『ザ・トヨタウェイ』の筆者によるトヨタ擁護論とばかりも言い切れない。専門家ならではの冷徹かつ詳細な説明には、日本では報じられない数々の衝撃的な情報が含まれている。(聞き手/ジャーナリスト 大野和基)

ジェフリー・K・ライカー
(Jeffrey K.Liker)
世界的な自動車研究のメッカであるミシガン大学工学部産業およびオペレーション・エンジニアリング学科の教授。ジャパン・テクノロジーマネジメント・プログラム、リーン生産開発プログラムを同大学で創設。トヨタ自動車生産現場の人とモノのシステムを分析した著書『ザ・トヨタウェイ』は、新郷重夫賞を受賞した。ほかにもリーン生産や日本の製造業に関する著作、論文は多い。ノースイースタン大学で産業エンジニアリングを専攻、マサチューセッツ大学で社会学博士号を取得


―米国現地時間で2月24日に行われた豊田章男社長が登壇した公聴会を観たか。

 観た。

―全体的な感想は?

 豊田氏は、ひどく無礼な物腰の議員たちから悪意を持って攻撃された。議員たちは彼の会社を人を殺したとして(killing people)、露骨に非難し続けた。彼らに真実を知りたいという気持ちはなく、公聴会の前に、すでに豊田氏を裁いて有罪だと決めつけていた。

 実際は、電子系統の欠陥のために急加速して誰かが亡くなったという証拠など一切ない。集団訴訟という法的な文脈において犠牲者という言葉があるだけだ。それなのに、(豊田氏は)まるですでに有罪になった殺人者のように扱われていた。彼が発するいかなる言葉も、彼に不利に扱われた。そんな針のむしろの状況で、豊田氏は真相の究明と会社の改善について真摯に取り組むと何回も冷静に繰り返した。彼は自分にそのこと(今回のリコール問題)について知識がないことは認めはしなかったが、決して保身の態勢に入らなかったことは良い。私は豊田氏の沈着と誠実、そして問題を解決しようとする真剣な姿勢にひどく感銘を受けた。

―しかし表面上、トヨタは突然大きくよろめき始めているように見える。そもそも、アメリカ人はトヨタの何を問題視しているのか。

 急加速問題に関する苦情は(トヨタに限らず)かなり以前からあったが、元をたどれば、ロサンゼルス(LA)タイムズのある記者がトヨタ車の加速問題に焦点を絞って調査を始めたことに(今回の一連の騒ぎは)端を発する。実はこの記者はショーン・ケインという人物と組んで、一緒に調査をした。資金はトヨタに対して集団訴訟をする弁護士たちが出している。


謎の人物ショーン・ケインの正体

 ショーン・ケインはSafety Research and Strategiesというウェブサイトを持っていて、そこにトヨタ車での負傷事故などトヨタ車の安全に関する情報ばかりを載せている。彼は、この10年で、“意図せぬ急加速”で負傷した人が2000人以上、死亡した人が約18人いると言っている。ある女性がトヨタ車を運転していたら、突然加速し始め、木にぶつかったというような情報をたくさん持っている。その集団訴訟の主要証人が彼だ。

 そしてLAタイムズの記者と一緒にメディアの力を使ってトヨタを叩いている。このLAタイムズの記者は、かなり前からトヨタの記事ばかり書いている。トヨタはこの10年で“意図せぬ急加速”のケースが20%増えたとか、市場シェアは(2010年1月実績で)14%なのに(急加速問題の)データの4割をトヨタが占めているとか書き立てている。つまり、トヨタの問題が異常に多いと主張している。

 推測は入るが、(タイミングを考えても)こうした報道を受けて、NHTSA(米運輸省道路交通安全局)はトヨタを問題視するようになったと思う。その後、NHTSAはトヨタに、“意図せぬ急加速”に関してこれだけの報告があるが、何が問題かとトヨタに問い質した。だがトヨタが実際に調査を始めても、本当の問題の証拠が見つからなかったというわけだ。

 実はNHTSAには、毎月3万件以上のこの種の苦情メールが届く。自分の車が勝手に加速したというたぐいのものだ。

 NHTSAはその苦情を調べて整理しなければならないが、どれが本当でどれが嘘かわからない。彼らが見るのは傾向である。ある傾向が目立ってくると、自動車メーカーに何が起こっているのか問い質す。自動車メーカーはそれを受けて調査する。10年間でざっと2000件であれば、1年あたり200件。(調査しきれないほど)さほど大きな数字ではない。そこでトヨタは調べた。だが、フロアマット以外では何の問題も見つからなかったのだ。

 トヨタによれば、米国では、世界のどの国よりも、ゴム製で黒色のall weather(全天候型)フロアマットの人気が高い。どんな天候にも耐えるし、泥や水で汚れても洗い落とすのが簡単なため、アメリカ人はそれを好んで使う。ここに、ひとつ重要な点がある。このマットを使うならば本来、時間をかけてクリップできちんと止める必要があるが、アメリカ人は床にポンと置くだけの場合が多いということだ。このゴム製マットはトヨタ製ではない。きちんとはまるものもあるが、そうではないものもある。

 トヨタは、米国が“意図せぬ急加速”に関する苦情が他の国に比べて群を抜いて多いことに気付いた。そして、このゴム製のマットが引っ掛かったいくつかのケースを立証することができた。トヨタはNHTSAに対して「アメリカ人はこのゴム製のマットを使っていて、アクセル・ペダルをひっかけている」と伝えた。だがNHTSAはフラストレーションを感じていたのだろう。「他に何か原因があるに違いない」と言い返した。


電子制御不具合説がおかしいこれだけの理由

 LAタイムズの記者とショーン・ケインは、“意図せぬ急加速”問題の増加はトヨタが電子制御スロットルシステム(wire electronic throttle system)を導入した時期と一致すると主張する。つまり、彼らは、電子制御スロットルシステムに問題があるというスタンスを取っている。一方のトヨタは、電子制御スロットルシステムの欠陥を見つけられないとの主張を繰り返している。トヨタは電磁気が強い発電所にまで持って行ってテストしたが、それでも何の問題もなかったという。

 確かに技術的に見ればそうした不具合がトヨタ車に起きるとは私にも思えない。というのも、2つの異なったコンピューター・プロセッサがペダルに装備されているからだ。一方が他方とは異なるメッセージを受け取れば、電子制御スロットルを止めて、加速が止まる。だからトヨタにすればアクセルが勝手に加速するシナリオは考えられないのだ。

 だがNHTSAは、LAタイムズの記者から追及を受け、その対応の遅さについて書きまくられ、ショーン・ケインからプレッシャーをかけられ続けた。一方、トヨタ側は電子制御スロットルシステムに欠陥があるという証拠はないと言い続けた。私の推測では、NHTSAは少し苛立って、トヨタが言い訳をしているように感じたのではないか。

―トヨタ側に非はないということか。

 こう答えよう。もちろん、サンディエゴで起きたレクサスの事故(家族4人が死亡)は悲惨なものだった。しかし、あのときメーカーの違うフロアマットを置いたのはレクサスのディーラーであり、しかも事故車は代車だった。問題は、ペダルにくっついたフロアマットだったのだ。

 もっとも、この事故が、NHTSAとトヨタに大きなプレッシャーを与えたことはいうまでもない。トヨタは原因を調査し、一体自分たちに何ができるかと問うた。フロアマットに問題があるとすれば、本来それは顧客の使用方法の問題だ。人がどんなマットを車のフロアに置くかまでは(自動車メーカーには)コントロールできない。中にはマットの上にさらにマットを置く人もいる。つまり2枚使う人もいる。トヨタの設計ではペダルとマットの間のスペースは工場でマットがつけられた状態がちょうどいい具合になっている。しかし2枚使うと十分なスペースがなくなる。しかも、ゴム製のマットは普通のカーペットよりも分厚い。

 そこでトヨタは基準変更を決定し、すべてのペダルについて全天候型マットを元のマットの上に置いてもスペースが十分確保できるようにした。そのやり方はペダルを切って短くすることだった。だから最初のリコールは、ペダルを短くすることだったのだ。


CTSのペダルもリコールの必要があったか疑問

 トヨタは直ちに公示を出して、すべての顧客に実際に起こっていることを説明した。つまりマットに問題があるかもしれないから、この車を持っていたら、マットとペダルのスペースが十分ではないので、そのマットをトランクに入れてください、こちらから連絡するという公示を出した。
 
 本来はマットを取りだす必要などない。マットがクリップで止められている限りはそのままで良いからだ。しかし、前述したとおり、現実にはクリップで止めていない人もいれば、その上に黒のマットを置いている人もいるため、トヨタは念には念を押してマットを取りだすように伝えたのだ。

 しかし、これがネガティブに捉えられ、あっという間に大ニュースになった。品質で評判のトヨタに何か起きたのか?全米の報道機関が大々的に報じ始めた。他のメーカーの、黒の全天候型のマットがどうしてトヨタの品質に関係あるのか?はっきり言って何もない。しかし、トヨタは必要以上に慎重に対応した。その結果が、ネガティブ報道だった。

―しかし、問題はフロアマットにとどまらない。その後も、次々と問題が明るみに出ている。

 時系列にもう少し説明しよう。

 (トヨタがNHTSAにフロアマットの取り外しなどの安全対策実施を通知した)10月、間の悪いことに、カローラなどにsticky(べとべとくっつく)ペダルの問題があることが分かった。米CTS社製のアクセル・ペダルだ。

 CTSが作るペダルは複合材料でできていて、何年も経って摩耗したり、水滴にさらされるとペダルの戻りが遅くなる。そうなると、顧客はイライラする。ただ、ブレーキに問題はない。だから、トヨタは当初、リコールする気はなかった。

 ところが、この問題にメディアが再び牙をむいた。トヨタ車を運転している人なら誰でも急加速してポールや他の車にぶつかるような書き方をした。トヨタ車を運転するのは安全ではないから、ガレージに入れておくようにというようなセンセーショナルな報道も増えていった。ちなみに、stickyペダルの問題が特定できたのは200万台のうち20台にすぎない。しかも、新車には問題はなく、かなり時間を経た旧モデルだった。

 繰り返すが、200万台に20台だ。道路を渡っているときに車に轢かれる可能性の方がまだ高い。しかも、トヨタによれば、stickyペダルによる確認された事故はない。また、繰り返すが、ブレーキは効く。それでも、人はナーバスになるのだから、奇異な感じだ。


メディアは他社の同じ問題を黙殺!

 結局、トヨタはリコールを決めて、そのことをNHTSAに伝えた。しかし、問題はそれで済まなかった。NHTSAはリコールだけでは不十分であり、“不具合”が直るまでは製造を止めるように言った。そして、トヨタが製造を1週間止めると、今度はメディアが「トヨタは品質に問題がある」「トヨタの車は安全ではないから、製造をやめた」と反応した。テレビでは、デイビット・レターマン(有名なショーのホスト)が「信号で止まってバックミラーを見ると、何が見えたと思う?トヨタだった。それは止まらずに私の車に向かってぶつかり、私は死ぬところだった」とジョークを言ったりもした。

 そこに来て、プリウスのブレーキペダル問題が浮上した。トヨタによれば問題があるのは5台だけだという。ここでもトヨタは安全の問題とは思わなかった。というのも、レギュラーブレーキシステムには問題はなく、横滑り防止のABSが作動するような状況において、その前に少し(ブレーキの効きが)遅れる“感じ”がするというものだったからだ。(その遅れる感じ)は1秒以内だ。ちょっと変な感じはするが、危険ではない。ブレーキは効く。トヨタに限らず、エンジニアならば、リコールに値しないという判断を下すだろう。だが、トヨタはこの問題でも“秘密主義”だと罵しられ、結局はリコールに踏み切った。トヨタは良かれと思って1月に(ABSの)制御プログラムのアップデートを無償で行うと発表した。それがまたネガティブ報道の連鎖を呼んでいるのは周知のとおりである。

 ここで疑問がわく。なぜ叩かれるのがトヨタだけなのか、と。なぜならフォードもフュージョン・ハイブリッドで、トヨタと同じブレーキシステムに関する不具合の苦情を受けている。だが、フォードはディーラーに修正の指示をしただけでリコールせず、しかもメディアはそのことをほとんど報じていない。また、ホンダは一部モデルがウィンドウ・スイッチ部分の不具合で発火する恐れがあるとして何十万台という車をリコールした。しかし、このケースもトヨタのような注目を集めなかった。ほとんど無視された。

―なぜトヨタだけがこんなに耳目を集めているのか。

 まずマスコミは、センセーショナルなストーリーを探している。サンディエゴの事故は非常に象徴的だ。また、トヨタは世界最大の自動車メーカーであり、品質と安全において高い評価を得ている。だから、ニュースストーリーとしておもしろい話になる。

 タイガー・ウッズの浮気問題にはメディアが群がる。世界中で何人の人が浮気をしているか?浮気をしたからと言って新聞の一面には出ないだろう。ウッズがトップ記事になるのは、彼が有名であり、評判が良く、ヒーローであるからだ。

―彼のイメージもクリーンだった。

 そうだ。イメージがクリーンだったから、ニュース価値がある。クリーンイメージのある人が道を誤るとニュースになる。元々悪いイメージの人が道を誤ってもニュースにはならない。

 もちろん、ホンダもクリーンなイメージを持っている。しかしホンダはビジネスのやり方が静かで目立たないし、世界最大の自動車メーカーではない。一方、トヨタはとにかく目立っている。“カイゼン”というモットーを持ち、他社が真似をしようとするくらいだ。

―信用を取り戻すためには、トヨタは今何をすればよいか。

 トヨタがやるべきことは、極めて明快である。まず問題を封じ込めること。それから解決だ。今すでに封じ込めのモードに入っているが、まだ終わってはいない。メディアからの攻撃、NHTSAからの攻撃、今は米国政府からの攻撃を受けている。トヨタは今攻められている。だからまず自分たちを守らないといけない。

 今彼らにできることは、攻められるたびに「顧客を失望させて申し訳ない。すみませんでした。問題を解決します。リコールします」と守備モードで行くことだ。他にできることはないと思う。守備モードというのは、否定することではなく、問題があれば、「我々は間違いを犯した。だからリコールする」という意味だ。

 現在のトヨタは、ガキ大将に殴られまくっているような状況だ。そのまま殴らせて我慢しなければならない。反撃するとさらに悪化する。NHTSAもメディアからトヨタに甘すぎると非難され、「トヨタはこの件で逃げ切ることはできない。市民の安全のために監視している」と厳しい警官のように行動し始めているのだから、今はとにかく我慢して謝罪するしかない。


プリウスのリコールも本来必要なかった

―プリウスは本来リコールする必要はなかったと思うか。

 ノーマルな状況ではしないが、今はノーマルな状況ではない。

―今の問題はトヨタの経営の方法論に起因するものだと思うか。

 ニューヨーク・タイムズは、トヨタの問題について「何らかの問題があることはわかっていたが、それに注意を促したくない。なぜならそれは自分たちのイメージに悪いからという人がいる」からだと大々的に報じていたが、トヨタでリコールの決定に責任がある人が本当に今回の問題を隠そうとしていたかどうかは私にもわからない。そもそも、安全の問題なのかということもある。

 ちなみに、私が集中的に研究してきたのはトヨタのエンジニアリングと製造の部分で、PRやリコール関連ではない。

 質問に戻れば、今後豊田氏がイニシアティブをとって内部調査をすれば、会社の慣習で気に食わないことが出てくるかもしれない。それは直さなければならない。

 トヨタ報道もやがては鎮静化し米国政府からの攻撃も止むことだろう。そうなれば、breathing room(一息つける時間)ができ、トヨタにも実際に問題を解決する余裕が出てくると思う。必然的に品質も安全性もさらに向上することになるだろう。すでにトヨタは一部高級車に限られていたブレーキ・オーバーライド・システム(アクセルとブレーキが両方踏まれた場合、アクセルが緩むシステム)をすべての車に順次搭載していくことを発表している。こうした動きは、他の自動車メーカーに対して、同レベルの安全対策を施すようプレッシャーをかけることになるだろう。

 確かに、トヨタは優柔不断だった。事態に対応するのに時間がかかった。秘密主義で対応したという批判が出るのも無理はない。しかし、今回の一連の騒動が、トヨタの製造エンジニアリングの根本的な問題を示しているものだとは私は思わない。


<聞き手プロフィール>
おおの かずもと
1955年兵庫県西宮市生まれ。東京外語大英米学科卒業後、1979~1997年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、ジャーナリストの道に進む。著書『代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳』(集英社)など。

http://diamond.jp/series/dol_report/10036/
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# by thinkpod | 2010-03-01 19:17
2009年 09月 14日

「温室ガス25%削減」鳩山発言への懸念/中国ばかりが"丸儲け" 巨大化する排出権ビジネス

1世帯36万円以上の最低負担
 「温室ガス25%削減」鳩山発言への懸念
        町田徹(ジャーナリスト)
        【第91回】 2009年09月11日

 日本の2020年までの温室効果ガスの削減目標(中期目標)について、鳩山由紀夫・次期首相が7日の講演で「1990年比で25%の削減」と、現政権のそれ(90年換算で8%の削減)を塗り替えると発言し、内外に波紋が広がっている。海外から鳩山礼賛の声が多く寄せられる一方、国内の経済、労働界から強い反発が出ているのだ。

 しかし、冷静にみると、この発言は異常ではないだろうか。というのは、肝心の国内のコンセンサス作りを何もしておらず、対外的なパフォーマンスを優先した格好となっているからだ。

 ちなみに、鳩山案は、今年1月の政権獲得以来、精力的な国内調整を進めているオバマ米大統領の削減案(1990年基準に換算してプラスマイナス0%)も大きく上回る。

 現政権の試算(真水ベース)に照らすと、鳩山案達成には、1世帯当たり22万から77万円の可処分所得の減少をはじめ、最低でも36万円程度の経済負担が必要だ。低所得者の負担を軽減するには、環境税新設のような所得の再分配が不可避とされるが、経済危機の最中にこうした重い負担増に国民が耐えられるとは到底思えない。

 民主党政権の外交デビューにあたって、真に意味のある温暖化予防策を提言し、世界に対して新政権の力強い指導力を印象付けようとするのなら、もっと外交的に意味のある提案は他にいくらもあったはず。例えば、筆者の持論である、温暖化ガスの人口1人当たり排出量の上限を決めて、国力に応じ、その達成年の目標を定める手法などは、その一案だ。鳩山発言の拙速さは、真に残念である。

国連関係者は鳩山氏を
諸手を挙げて歓迎するが

 次期首相が発言したのは、朝日新聞社が都内のホテルで主催した「朝日地球環境フォーラム2009」だ。このフォーラムは、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)のイボ・デブア事務局長、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のラジェンドラ・パチャウリ議長らも参加する国際的なもので、鳩山次期首相はこの場でオープニングスピーチを行った。

 民主党や朝日新聞によると、次期首相は「政権交代が実現することとなった今、私は、世界の、そして未来の気候変動に対処するため、友愛精神に基づき国際的なリーダーシップを発揮していきたいと考えています」と前置きした。そのうえで、中期目標について「2020年までに1990年比25%削減を目指します」と明言した。

 そして、この中期目標の達成を、「(マニフェストに掲げた政権公約であり、)政治の意思として、あらゆる政策を総動員して実現をめざしていく決意です」と強い調子でコミットしたというのだ。

 次期首相は、「もちろん、我が国のみが削減目標を掲げても、気候変動を止めることはできません。世界のすべての主要国による、公平かつ実効性のある国際枠組みの構築もめざします。すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意が、我が国の国際社会への約束の『前提』となります」と付け加えて、米国や中国といった京都議定書の削減義務を負わない主要排出国をけん制することも忘れなかった。

 さらに、今回の発言はいわば予告編に過ぎず、より具体的なことについては「今月22日に開かれる国連気候変動首脳級会合にぜひ出席させていただき、本日申し上げたことを、より具体的に国際社会に問うていきたいと思います」と、首相としての初の外遊となる米国訪問の際に、さらに踏み込んだ途上国援助などを公表し、この中期目標を国際公約とする考えまで表明した。

 こうした次期首相の発言を、前述の国連関係者らは手放しで喜び、賛辞を惜しまなかった。例えば、イボ・デブア事務局長は、「鳩山代表が表明した目標は素晴らしい。低炭素社会へのリーダーシップにもなるだろう」と褒め称えた。パチャウリ議長も「鳩山氏の発言は、世界各地で聴いた政治家の発言の中で最も勇気づけられるものだった」と持ち上げた。

 だが、フォーラムに参加した中国関係者は素っ気なかった。中国は、米国と並ぶ世界の2大温暖化ガス排出国の一つでありながら、京都議定書の削減義務を負っていない。2013年にスタートするポスト京都の新しい枠組みへの参加を危ぶむ声も多い。そんな注目の視線を浴びながら、国家発展改革委員会・エネルギー研究所の周大地顧問が今回のフォーラムで講演したのだが、「中国は温室効果ガスの増加ゼロを実現し総量を減らしていく」と、述べただけ。新たな削減目標に踏み込んだ発言をしなかったのだ。

 鳩山発言には、「日本が踏み込んでも、その目標が独り歩きするだけで、諸外国から必要な譲歩を引き出せない懸念がある」(経済団体幹部)と懸念する声がある。周顧問の消極姿勢は、はからずも、そうした指摘が現実の問題であると裏付ける形となったのである。

 こうした問題を、鳩山発言が持つ大きなリスクと主張してはばからないのが経済、労働界だ。具体的には、日本鉄鋼連盟の宗岡正二会長(新日本製鉄社長)は、「鳩山代表がおっしゃっているとおり、『世界のすべての主要国による、公平かつ実効性のある国際枠組みの構築を目指す』ことに全力を尽くしていただきたい」とのコメントを書面で発表し、今後の外交交渉でいいところ取りをされないようにやんわりと釘を刺した。

 新聞報道によると、同じく新日鉄の三村明夫会長は出張中の中国で、記者団からコメントを求められて、憮然とした表情で「国際公約とする時には、国民生活への影響をぜひ議論してもらいたい」と鳩山代表の手続きを問題にしたそうだ。さもないと「対等な競争条件が崩れ、日本から逃げ出さなければならない産業も出てくるかもしれない」と強い調子で警告を発したという。

 さらに、民主党の支持母体である連合傘下の労働組合からも、鳩山発言批判が相次いだ。電力総連の南雲弘行会長は9日の北九州市での定期大会で、来賓として出席した民主党の直嶋正行政調会長を前にして、「(鳩山代表の中期目標の)実現可能性には疑問を抱かざるをえない」「数字上の見せやすさだけが先行している」と痛烈な批判を展開した。

 また、自動車総連の西原浩一郎会長は3日の記者会見の段階で、すでに、鳩山発言の土台となった民主党のマニフェストの問題点を取り上げて、「雇用への影響や国民負担の問題を含めて、十分な情報提供がなされているとは思えない」と批判していた。

いたずらに高い目標設定は
海外の環境原理主義者を儲けさせるだけ

 ここで話を進める前に、はっきりさせておきたいことがある。それは、筆者が、鳩山発言を称賛する海外の反応だけでなく、強い反発をする経済・労働界の反応のいずれにも与する気はないということだ。

 その理由のひとつは、さすがに国連やIPCCまで同類だとは言わないものの、海外から日本に高い目標設定を求めてきた環境専門家と言われる人々の中に、投資銀行や投資ファンドなどの金融出身者が圧倒的に多いことがあげられる。そして、その専門家たちの動機には、首を傾げざるを得ない面が多いとされているのだ

 実際、麻生太郎現政権が今年6月に中期目標を公表した際、その目標が海外からの排出権の購入を前提としない、国内における技術開発などの施策だけで目標を達成しようとする「真水ベース」だったことに対し、海外の環境専門家の多くが失望感を隠そうとしなかった事実がある。

 失望した理由は、日本が大量に排出権を購入しないと、海外の投資銀行やファンドが将来のメシのタネと見込んで巨額の先行投資をしている排出権が無価値になり、国際的な排出権取引が成立しなくなることがある
。そこには、海外の環境原理主義者たちの台所事情が透けているのである。

 ちなみに、こうした環境原理主義者たちの多くは、中国の大口のCO2排出事業者と連携して、すでに大量の排出権を買い占めているとされる。つまり、将来、日本に、排出権を高値で売却することを目論んでいるとされるのだ

 こうした金儲け狙いの環境原理主義者たちを儲けさせる義務を、日本が背負う必要などまったくない。本音と建て前をきちんと見分ける眼力は必要だ。日本がいたずらに高い目標を設定することは、そうした金儲け原理主義者たちを喜ばせるだけである。むしろ、排出権取引の欺瞞に乗せられる愚を避けて、本当は自力でCO2を削減したくても、資金が乏しく、そういう努力をできない、真面目な国々を援助する仕組みを真摯に検討することこそ、本来の日本の役目とするべきである。

 逆に言えば、GDP世界第2位の地位を、今後1、2年のうちに、日本から奪取しようというほどの国力を付けた中国には、日本の高度な省エネ技術を正当な対価を払って導入して貰うべきなのだ。日本国民に重い負担を強いながら、排出権取引で中国に多額の資金を供与する必要性など見出せない

 話を戻すと、そもそも、日本が2度の石油危機という経済的な試練を乗り越えて、世界で最も省エネの進んだ国家となったことは、周知の事実である。それに対して、欧州連合(EU)は1990年当時、省エネで日本に後れをとっていた。そのうえ、それまでCO2の排出削減努力をほとんどして来なかった東ドイツの崩壊などによって、EUの加盟国数が増えたため、EUはごく軽微な努力で中期目標(1990年比20%削減、他の先進国が足並みを揃えれば30%までの削減に応じるとの但し書きもつけている)を達成できることも知られている。そうした事情を無視して、90年比という特殊な基準年を受容して、日本が国際的にみて必要以上にハードルの高い中期目標を掲げることはナンセンスなのだ

 あまり日本では知られていないが、37ヵ国で構成する「途上国グループ」が今年6月半ば、国連の気候変動枠組み条約事務局に提出した、彼らの「京都議定書改定案」は、そうした国際的な常識をなかなかよく反映している。というのは、37ヵ国が日米欧の3極に応諾を要求したCO2削減目標が、大きい順に、EUがマイナス28%、米国がマイナス26%、日本がマイナス19%ときちんと格差を付けていたからである

 それにもかかわらず、鳩山氏が明言した日本の中期目標は、現政権の中期目標(2005年比15%削減、90年基準換算でマイナス8%)や、オバマ米政権が国内コンセンサス作りを急いでいる中期目標(2005年比で14%削減、90年基準換算でプラスマイナス0%)を大きく上回るだけでなく、37ヵ国の途上国グループが求めた水準をも大きく上回ったのだ。この事実からだけでも、鳩山案が国際的にみて大変な大盤振る舞いであることはおわかりいただけるはずである。

 とはいえ、鳩山氏に発言の自重ばかりを求める日本の経済界や労働界の関係者にも、筆者は失望を覚えざるを得ない。というのは、実態が国益のぶつかり遭う利害争いである、国連気候変動枠組み条約の長い外交交渉の歴史の中で、の経済、労働界は、産業分野別の国際削減目標の設置というセクトラルアプローチの提案を除いて、日本が交渉をリードできるような建設的な提案を行った実績がほとんどないからだ。対案を示さず、ただ反対意見だけを主張してきただけという印象が強過ぎて、彼らが本当に国民の声を代弁していると言えるかどうかは疑わしい。

国内コンセンサスもなく
不利益な国際公約をする無責任

 だが、日本の採るべき道を探るため、冷静に、国全体として見た場合、中期目標の達成にどれぐらいのコストが必要になるのか、その試算を行うことは非常に大切である。そして、コストの試算結果を国民に情報開示して、その負担をどう分担するかのコンセンサス作りを行うことも、また重要だ。そうしたプロセスを経ないで、国内のコンセンサスを構築しないまま、時の政権がいきなり国際公約を行うことは、あまりにも無責任な行為と言わざるを得まい

 筆者のようなジャーナリストは、本来ならば、現在が、日本の民主主義の歴史に例のない形で政権を奪取しようとしている民主党への政権移行期であることを勘案して、民主党への注文・批判は避けたい時期である。米国の政権交代の例などを見習って、例えば100日程度、意見・批判を挟まず、鳩山新首相のお手並みを静かに拝見したいところなのだ。

 だが、そうした沈黙・配慮は、主に、鳩山新政権が対内的な、政府の組織作りや人事、連立政権作りの協議、新政策の実行の手順などを議論しているケースを想定したものである。CO2排出削減の中期目標のように、国内でのコンセンサスを得ないまま、いきなり国際公約を行うような行為まで許容し、沈黙して見守ることは、ジャーナリストとして、かえって無責任と言わざるを得ないだろう。

 その意味では、鳩山氏は中期目標のディテールをもっと語るべきだった。そもそも、鳩山氏の中期目標が、麻生太郎政権の掲げた中期目標と同じように、国内の削減努力だけで達成しようというものなのか、それとも国際的な排出権取引の利用を前提としたものかが明らかになっていない。そればかりか、全体でいくらコストがかかると見込んでいるのか、その負担をどのように分担するのかといった点も含めて何ひとつ開示されていないのは、あまりにも無責任な話と言わざるをえない

 加えて、現政権が6月に中期目標を策定した際の試算に照らしても明らかだが、中期目標の達成には大きなコスト負担が避けられない。鳩山案が掲げた90年比25%の削減が真水ベースだとすれば、77万人から120万人の失業者の増加、1世帯当たり22万円から77万円の可処分所得の減少、そして同じく11万から14万円の光熱費負担の拡大といった負担を伴うと推計されるのだ

 鳩山氏の念頭には、環境税の新設や国内排出権取引の導入によって、ある程度、負担の再分配を行う案があると推察されるが、それでも、これほど重い負担に、経済危機の最中にある国民が耐えられるとは到底思えない

 鳩山氏は16日にも新首相に指名された後、再来週、米国で開催される一連の国際会合(国連気候変動会議ハイレベル会合開会式、国連総会、日米首脳会談、G20金融サミット)に出席することに強い意欲をみせている。

 そこで、その外遊の際には、今一度、是非踏み込んで提案をしてほしいことがある。

 それは、「90年ベースで25%削減」という、省エネが進んでいた日本に世界のどこよりも重い負担を強いる提案をすることではない。そもそも、「90年比で○○%の削減」というCO2の削減目標の設定を求める京都議定書の枠組みは、各国の絶対的な排出量を無視した「不平等条約」である。2013年以降の削減目標を決めるポスト京都でも、「京都」の枠組みを踏襲することは、不平等条約の延長を受け入れる愚策に他ならない

 むしろ、今、次期首相にお願いしたいのは、7日のフォーラムで次期首相自身が語った温暖化対策の基本的な考え方、つまり「(各国に)共通だが差異のある責任」を、文字通り、具現化する提案を国際社会に対して行うことである。

 具体的には、大至急、人種や民族に関係なく平等な「一人当たりCO2排出量の上限」(キャップ)の国際基準を作成して、国力に応じて、そのキャップの達成年を公約して貰うという新たな枠組みを提唱してほしいのだ。

 温暖化ガスの排出削減は、各国の国民にとって負担を避けられない問題だ。それだけに、実際に排出できる1人当たりのCO2に関して、国際的な不平等、あるいは国家間の不公平を残してしまう、その矛盾にメスを入れられない「京都」方式を踏襲したままで、国民的なコンセンサスと国際的なコンセンサスを得られると考えるのはあまりにも甘過ぎるのではないだろうか

 ポスト京都の枠組みを年内に作ろうという交渉がほぼ暗礁に乗り上げている中で、この状況を打開するには、こうした新たな提案こそ不可欠なはずなのだ。そして、民主党政権による、そうした斬新な提案こそ、国際社会が期待するものだと思われるが、新総理、いかがだろうか。


執筆者プロフィール
町田徹
(ジャーナリスト)
1960年大阪府生まれ。神戸商科大学(現兵庫県立大学)卒。日本経済新聞社に入社後、記者としてリクルート事件など数々のスクープを連発。日経時代に米ペンシルバニア大学ウォートンスクールに社費留学。同社を退社後、雑誌「選択」編集者を経て独立。日興コーディアルグループの粉飾決算をスクープして、06年度の「雑誌ジャーナリズム賞 大賞」を受賞。「日本郵政‐解き放たれた「巨人」「巨大独占NTTの宿罪」など著書多数。

http://diamond.jp/series/machida/10091/


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地球温暖化問題に仕組まれた「偽装」







環境バブルから透けて見える日中米の損得勘定
中国ばかりが"丸儲け" 巨大化する排出権ビジネス

 ここ数年来、経済誌や専門家の間では、「次のバブルは環境ビジネスで起こる」という予測が広まっているが、昨年末ぐらいから、ついにバブルの序章が始まったとの見方が強まっている。その理由は、まず何よりも、今年1月に誕生したオバマ新政権にある。各メディアでも大きく報道されたが、オバマが大統領に就任してまず打ち出したのが、環境分野に予算を重点配分して雇用拡大を目指す「グリーン・ニューディール政策」。これまでのブッシュ政権では、温暖化防止の取り組みを「経済成長を妨げる」と反対していたが、それに真っ向から対立する方針である。

「温室効果ガスについての排出量削減義務を定めた国連条約である京都議定書からもアメリカは離脱するなど、『環境はお金にならない』と一貫していたブッシュに対して、オバマは環境一辺倒。ただ、一部米紙では、政権内部に環境利権に巣食う人脈が入り込んでいるのでは?という指摘もある。 ブッシュは石油、オバマは環境というわけです」(大手紙経済記者)

 そんな環境政策の中でも、とりわけ注目されているのが、「排出権取引」である。排出権とは、二酸化炭素などの温室効果ガスを削減した企業や国が、削減分を売却できる権利のこと。この取引の中心となっているのが、地球規模で温室効果ガスの排出量を削減しながら、裕福な国から貧しい国へお金を移動させる、クリーン開発メカニズム(CDM)と呼ばれる制度である。一般の認識通り、温室効果ガスを排出する権利を、先進国が発展途上国からお金で買い取るビジネスである。世界の市場規模は、08年時点で約10兆円に到達したといわれているが、その現状はどうなっているのだろうか? 日本における排出権取引仲介業のパイオニアであるナットソース・ジャパンの代表取締役・髙橋庸夫氏はこう語る。

「排出権取引は、京都議定書で設定された温室効果ガス排出枠まで先進国が削減できないときに、柔軟性をもった補完的なシステムとして生まれたということを忘れてはなりません」

 排出権取引の多くは、「キャップ・アンド・トレード方式」というやり方で行われている。国や行政単位、企業別に排出量の上限(キャップ)を定め、その上限よりもオーバーした分を買う、あるいは減らした分を排出権として売るのである。建前上、排出権は先進国同士でも売買できるが、流れとしては、温室効果ガスの削減義務を負っていない途上国で排出権を仕入れ、先進国で売ることが多い。

●中国にとって環境問題は絶好のビジネスチャンス

 現在、世界で取引されている排出権の半分以上は中国から仕入れられていると推測されている。しかしご存じのように、中国は、多くの公害問題を抱え、05年実績でアメリカに次ぐ、世界第2位の温室効果ガスの排出国。京都議定書締約時の97年には、「途上国」と見なされ、温室効果ガス削減義務を負わなかったものの、その経済成長からいっても、もはや「途上国」とは呼べない中国が保有する排出権を別の国に売っている、という現状には、果たして整合性があるのだろうか?

「温室効果ガスの削減義務を誰が負うのか? という問題は非常に難しいんです。先進国は電気・エネルギーの使用量も膨大ですし、1人当たりのGDP(国内総生産)を見ても、途上国との間には大きな開きがあります。中国にしても、1人当たりのGDPはまだまだですし、電気がない地域もありますし。ただ、中国とインドをめぐっては、削減義務のある先進国と義務がない途上国という区切りではなく、両者の間に別のステージを設けて、そこに組み込んだほうがいいのでは? という議論があるのは事実です」(同)


 しかし、そういった議論をよそに、売買されている排出権の約6割が中国産となっているのは事実。いったいなぜそこまで中国に集中しているのだろうか?

「それは単純に安いからです。中南米やインドに比べて、中国の排出権は安いし、排出量削減プロジェクトが多いのでスキームも完成されている。現在、取引されている相場は、1トン当たり1000円から2000円程度の金額です。日本の企業が、独力で同程度の排出量を削減しようとしたら、桁が違うコストがかかります。また、政府の干渉があまりないインドなどと比べて、中国では、政府の介入を恐れ、中国企業は今のうちに......」(同)

 二酸化炭素取引の場合、排出権販売で得た収入の2%を中国の企業が税金として政府に支払っているという。しかし今後、その税率が上がる可能性もあり、中国企業は、今のうちに取引をどんどん成立させたいという意識が働いているようなのだ。

 また、中国政府としては、07年の国連気候変動大会において「先進国は、2020年の温室効果ガスの排出量を90年より25~40%削減すべき。途上国は政策措置をもって気候変動への取組みが評価されるべきで、先進国は資金提供や技術移転により、途上国による気候変動対応能力の向上を支援することが求められる」と主張しているが、前出の経済記者はこう解説する。

「こういった中国の態度は、『環境問題は、先進国からお金と技術を獲得する絶好のビジネスチャンス』と読み替えることができます。つまり、中国にとっては、環境問題、特に排出権ビジネスは宝の山なんですよ」

 売る側の主役が中国なら、買う側の主役はイギリスと日本である。中でも日本は今後、かなりの量の排出権を購入する可能性が出てきてたのだ。

「柏崎刈羽原子力発電所の停止によって、年間3000トンの排出増となります」と髙橋氏は言う。新潟県中越沖地震の影響で同発電所が停止、それによって、東京電力の火力発電はさらなる稼動を余儀なくされ、CO2排出量は増加しており、それに見合った排出権を購入しなければならないのだ。

「また、京都議定書に定められた第一約束期間が終わる2012年はもうすぐです。そのときの排出権の相場が現在よりも高くなっている可能性は十分あります。もちろん、国際的な経済情勢や、排出権ビジネスの各プロジェクトの進展をふまえないといけないでしょう」(髙橋氏)

 いずれにせよ、冒頭でも述べたように、グリーン・ニューディール政策を打ち出したオバマ政権によって、欧州と比較した場合、排出権取引に若干乗り遅れ気味だったアメリカも本腰を入れてくるに違いない。

「そういった状況の中で注目されるのが、今年12月にコペンハーゲンで開催される国連サミットです。ここで、2013年以降の排出量の数値の大枠が決められる可能性が高い。2013年は、オバマ政権が存続していれば、ちょうど2期目に入る。現在仕込んだ政策が実を結び、環境バブルが最大の沸点に達するとすれば、まさにこのタイミングでしょう」(前出・経済記者)

 オバマ政権が打ち出した方針を背景に、経済の立て直しを図り、ドル建環境金融商品と呼ばれる、環境政策に関連づけた預金や融資に海外資金を流入させ、環境ビジネスのバブル化を着々と目論むアメリカ、そういった状況を利用してお金と技術を得ようと、たくましい商魂を見せる中国......その一方で、日本の政府は国内の企業の顔色ばかり伺って、明確な環境政策を提示できないままである。このままでは、日本企業は、いつまでたってもお金と二酸化炭素を排出してばかり、というふがいない有り様が続いてしまうのではないだろうか。
(黄 慈権/「サイゾー」3月号より)

http://www.cyzo.com/2009/03/post_1593.html
http://www.cyzo.com/2009/03/post_1685.html
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# by thinkpod | 2009-09-14 16:41 | 政治経済